13.初デート①
翌日の朝。
私はいつもより早く起き、スカーレットだけではなく、他のメイドも来て身なりを整えてもらっていた。
「ああー、緊張する! 公爵様の顔に泥を塗るようなことになったらどうしよう……」
朝の段階ですでに緊張している私に、スカーレットは微笑みかけてくれる。
「ご安心ください。アイリス様が粗相をしても、当主様はお許しになられると思います」
「やっぱり公爵様って身内には甘いよね⁉︎ 今まで数え切れないほど無礼を働いた気がするのに、一度も怒られたことがなくって……公爵様は本当に優しくて温かい人だね。少し自分に無頓着すぎるけれど」
この屋敷に来てから公爵様は仕事漬けの毎日を送っていて、全く休んでいる気配がない。
昨日も私が何も言わなければ、きっと遅くまで仕事をしていたことだろう。
「ありがとうございます」
「え、どうしてスカーレットがお礼を言うの?」
私の話を聞いたスカーレットは嬉しそうに微笑み、お礼を告げられる。
「当主様のことをわかってくださる方がいて嬉しいのです。さあアイリス様、準備ができました」
「あ……ありがとう」
すぐに話を逸らされてしまい、準備の終えた自分を鏡越しに見つめる。
公爵様の隣に立つにふさわしいとまでは言えないけれど、恥ずかしくない姿にはなったと信じたい。
「それでは行きましょう」
スカーレットの言葉に頷き、玄関へと向かうと、すでに公爵様の姿があった。
「公爵様! お待たせしました」
「ああ……」
慌てて駆け寄り、公爵様の正面にだったけれど、なぜか公爵様の反応はなかった。
「あの、公爵様……」
「アイリス。今日は私から離れないように」
「えっ、急にどうされたのですか?」
もしかして、私を心配しているのだろうか。
兄を通り越して親のような言葉に首を傾げる。子供扱いされているようで、あまりいい気はしない。
「君の麗しさに気づいた男たちに狙われるかもしれないからだ」
「なっ……」
「とても綺麗だ」
私の手をそっと取り、熱の籠った視線を向けられる。
思わず俯いたけれど、公爵様は私の手を離してくれそうにない。
「それで、返事は?」
「こ、公爵様ってロマンス小説のようなお言葉を申される方だったのですね!」
色事に一切興味がなさそうだったのに、意外と軽い人……ではないとわかっているけれど。
そう思わないと心を保てそうにない。
「実はそう言うことに興味がおありですか?」
「では、興味があるといえば付き合ってくれるのか」
「それ、は……」
恥ずかしくて顔が熱い。
心臓の音がうるさく鳴り響き、聞こえてしまいそう。
「冗談だ。ただ、私の見える範囲にいてくれ」
「……はい」
公爵様って冗談を言う人だったのか。
本気かどうかわからないからやめてほしい。
それでも私は公爵様の言葉に頷き、ようやく馬車に乗る。
まだ少し胸が高鳴っているけれど、それを隠すように外へと視線を向けた。
「……」
妙に気まずい空気が流れる。
向かい合って座る公爵様の視線をすごく感じて、前を向けない。
「私、王都に出かけるのは初めてなんです」
沈黙を破ろうと口を開く。
何度か行く機会はあったけれど、いずれも神殿に関するもので、プライベートでは行ったことがなかった。
本当は出店やレストラン、貴族向けのお店など、行ってみたいところがたくさんあった。
「なのでとても楽しみです。今日は外出の許可をしてくださってありがとうございます」
公爵様と視線こそ合わせられなかったけれど、感謝の気持ちを言葉にする。
「本当は私の許可なく外出させてあげたいのだが……君の安全が第一だから、しばらくは我慢してほしい。すまない」
「そんな、謝らないでください! 私はむしろ感謝しています!」
「それでも謝らせてほしい。君には今後も窮屈な思いをさせるだろうから」
ふと公爵様の意味深な言葉に顔をあげる。
その表情はどこか暗く感じた。
「今日早速、私と来たことを後悔するかもしれない」
「そんなことありえません! 私は公爵様がお忙しいのに一緒に来てくださってとても嬉しいです」
緊張はしていたけれど、嫌という感情はなかった。
むしろ楽しみだったし、公爵様と一緒に出かけられることは嬉しかった。
突然の暗い発言に戸惑ったけれど、すぐに公爵様は微笑んでくれた。
けれどいつもより力のない笑みに違和感を覚えていると、公爵様が暗い表情をしていた理由がすぐわかることになった。
それは馬車が王都に到着し、降りる時から始まっていた。
「ロドリアン公爵様……!!」
「公爵様!」
私たちが乗っていた馬車を囲み、それはまるで土下座のように深々と頭を下げる人たちの姿があった。
各々が震え上がっていて、恐怖心が現れている。
怯えている相手とは他でもない、公爵様だ。
国王が王都に来た時ですら、誰もここまでの反応は見せないだろう。
これが現実だった。
聖君と呼ばれ、民から愛される国王と対するように、公爵様は躊躇いなく殺め、冷酷で人の心を持たないと恐れられていた。何か無礼を働けばすぐに殺されてしまうという謎の噂が現在進行形で広まり続けている。




