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11.婚約生活

「わっ、大きい……!」


 朝を待たずに公爵様の力で神殿から出られた私は、王都にある公爵家の屋敷にやってきた。

 日付が変わって夜が遅いにも拘らず、中に入ると大勢の使用人の出迎えがあった。


「もう夜も遅い。ひとまず今日はゆっくり休むといい」

「は、はい……」

「緊張しているのか?」


 クスッと公爵様に笑われたけれど、その微笑みに胸が高鳴ってしまい、慣れそうにない。


「ここはもう君の家でもあるんだ。緊張する必要などない」


 いや、必要ありますとも! と心の中で突っ込む。

 こんな豪邸を我が家のように過ごせるはずがない。


「ここが今日から君の部屋だ」

「こんな広い部屋、良いのですか?」


 さらに公爵様に案内された部屋は、神殿の一番良い部屋よりも有に広くて質が良く、さすがは公爵家としか言いようがなかった。


「当然だ。不便があったらすぐに言ってくれ」

「ありがとうございます……!」

「ではまた明日。おやすみ、アイリス」


 公爵様は私の手の甲にキスをして、去っていった。

 そのキスが挨拶だとわかっているけれど、ドキドキしてしまう。

 これから何度もこの手の挨拶があるのだとしたら、早く慣れなければ。


「はあ……あ、気持ちいい」


 今日はもう遅いため、ゆっくり休もうとベッドに横になる。

 そのベッドもふかふかで気持ちよく、考えないといけないことがたくさんあるのに、すぐ眠りについてしまった。



◇◇◇


 眠ったのが夜遅かったせいか、次に目が覚めた時はもうお昼前だった。


「やばっ、早く公爵様に朝食を……あれ」


 時計を見て飛び起きたけれど、見慣れない部屋に呆然とする。

 数秒後、ようやく昨日のことを思い出した。

 そうだ。私、公爵様の屋敷に来たんだった。もうここは神殿ではない。それがたまらなく嬉しくて思わず笑みがもれる。

 その時、部屋のドアがノックされた。

 公爵様だろうか。だとしたら、今のこの寝起きの格好は相当恥ずかしい。


「失礼いたします……あっ、アイリス様! お目覚めになられたのですね。おはようございます」


 一人焦っていたけれど、部屋に入ってきたのはメイド服姿の小柄な女性だった。


「えっ、と……」

「申し遅れました。私はロドリアン公爵家のメイドをしております、スカーレットと申します。本日よりアイリス様の身の回りのお世話は私が担当することになりましたので、なんでもお申し付けくださいませ」

「私はアイリスと申します。どうぞよろしくお願いいたしま……」

「アイリス様。メイドに敬語を使うなどおやめください」


 まるで小動物のような可愛らしい見た目の彼女は、困り顔でそう言った。

 そうか、私は仮にも公爵様の婚約者。

 メイドと話す時、今までのように目上の人を相手にしているように接しては、公爵様の矜持に関わってしまう。


「わかった、スカーレット。これからよろしくね」

「はい!」


 にこにこと笑うスカーレットが可愛くてキュンとした。

 これは癒される……!


「では早速、当主様がお待ちですので急ぎ準備して向かいましょう!」

「……え」


 スカーレットは慣れた手つきで私の身なりを整えていく。

 今まで無縁だと思っていたドレスを着ることになり、不思議な感じがした。


「すごい……! 私じゃないみたい」


 スカーレットの手で、少しは貴族の令嬢らしくなった気がする。

 少し自分に自信がついた私は、気分良く公爵様の元へと向かった。


「おはよう、アイリス」


 けれどその自信とやらは、公爵様に会うなり瞬く間に溶け落ちていく。

 公爵様の麗しさを前にすると、少しでも身なりがマシになったのではと思ってしまった自分が恥ずかしくなった。


「おはようございます……あの、遅くなってしまい申し訳ありません」

「遅いも何も、私が勝手に呼んだのだから気にすることはない。ゆっくり眠れたようで良かった」


 うっ、優しい。

 格好良くて優しくて気遣いも完璧な公爵様の婚約者が私なんて、とても信じられない。


「さあ、食事にしよう」

「わあっ……!」


 神殿で公爵様に出す料理は豪華だと思っていたけれど、そんなものがちっぽけに思えるくらい、テーブルに並べられた数々の豪華な料理に目を奪われる。

 どれも美味しそうなものばかりで、空腹を思い出した。


「好きなだけ食べるといい」

「いいんですか……⁉︎」


 食事というのは生きるために行為にすぎず、必要最低限の料理しか食べなかった……というより、食べさせてもらえなかったし、独りで食べるものだと思っていた。そのため食事とは、寂しくて虚しい時間だった。

 そんな時間も公爵様が神殿にいる時は二人一緒で楽しく、美味しい料理も食べられて幸せだったけれど、公爵様が帰ってしまうとまた独りの生活に戻ってしまうのが悲しかった。

 けれど今は……公爵様との関係が続く限り、これが終わらないということ?


「全て君のために用意したものだ」

「ありがとうございます……!」


 ここはお言葉に甘えてたくさんいただこう。

 それはもう頬が緩みっぱなしになりながら、幸せな食事の時間を過ごす。


「ん~! 全部美味しい……!」

「君は本当に幸せそうに食べるんたな。見ている私も幸せを分け与えられているようだ」

「そ、そのようなことは……」


 大袈裟な、と思ったけれど、微笑ましそうにされて何も言えなくなる。

 公爵様ってこれほど甘い人だったっけ。

 面倒見はいいけれど、ここまで甘い言葉をかけられたことはなかった。

 周りから恐れられていて、他人に一切興味を示さないお堅い人だと思っていた分、ギャップについていけそうにない。


「あの、それほど見つめられるとさすがに気まずいと言いますか……」


 まるで穴が開く勢いで見つめられ、さすがの私も耐えられずに指摘してしまう。


「すまない。この家に君がいるのが嬉しくて」


 思わず「じゃあ許します!」と言いそうになるほどはにかむ公爵様に胸がキュンと高鳴る。

 その言葉が無自覚でも怖いけれど、自覚有りでも怖い。

 婚約して一日目、すでに私の知らない公爵様が垣間見れて心臓に悪い。

 公爵様のことは何でも知っていると思っていたはずなのに。

 逆に公爵様はまだ知らない私の一面を見て、引いたりしないか心配だ。

 昨日の一件もそうだし、他にも……私は公爵様に重大なことを隠している。


「あの、公爵様……ひとつだけ、勝手を申し上げてもよろしいですか?」

「どうした?」

「もしこの婚約がなかったことになっても、神殿には送り返さないでいただきたくて……」


 前は公爵様の領地で働きたいとか言っていたけれど、そんなわがままは言わない。


「修道院に送ってくださっても、なんなら国外に追い出してくれても構いませんので! どうか神殿にだけは戻りたくない、です……」


 わがままなことを言っているのはわかってけれど、またあの神殿に戻るのはどうしても嫌だ。


「君には私がそのような非道な人間に見えるのか」

「そういうわけでは……! ですが、微量とはいえ私には神聖力があるので連れ戻される可能性もあるのではと」

「これだと信用されてるのかされてないのか、わからないな。安心するといい、万が一そうなっても私の屋敷に止まれるよう、手配するから」

「ほ、本当ですか……! 公爵様の屋敷に……屋敷、ですか?」


 国外でも修道院でも、はたまた公爵家の領地でもなく?

 言い間違いかなと思い、再度確認する。


「そうだ。離すつもりはないと言っただろう?」


 つまり、婚約破棄しても私をそばに置いておくつもりだということ……?


「もし婚約破棄になっても、公爵様にとって価値のある人間だと思ってもらえるように努力します!」

「そういう意味では言ったのではないが……まあ、君も望んでくれているのなら構わないか」


 意味ありげな笑みに、思わず聞き返しそうになったけれど、理解のある女だと思ってもらえるようここは我慢する。

 これも全ては神殿に戻らず、平穏な日々を過ごすため。

 こうして、公爵様との婚約生活が幕を開けたのだった。


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