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階段を登る

作者: ねこのどら

「ねぇ見て!!空ちょー綺麗じゃない!?」

いつものようにHRが終わり、2人でまた、授業が分からないだとか面白いことがあっただとか、他愛のない言葉を交わし、じゃあまたね、の一言でそれぞれの放課後を過ごすと思っていた。何となく話し終わってカバンをもちかけた時、なつきが言った。

窓に目を向けると、そこには若干フライングの、春の空が広がっていた。

「ねぇ!2人で写真とろうよ!」

その一言で、2人とも無造作にカバンからスマホを取り出してベランダに向かった。

外に出ると、穏やかな風が頬をかすめるのを感じ、青草と土の匂いが鼻先に漂ってきた。なんだか本格的に春の訪れを告げられているように感じて胸が踊った。少しだけ灰色がかった、けれども美しい白色の雲から溢れ出る柔らかい光。その光が雲の影の間をすり抜けながら橙色から黄色へとグラデーションをつけて変化していく。光は天国に繋がる階段を連想させた。周りの空はそんな光の柔らかさをより繊細に表現するかのようにそっと控えめな水色。空は青色だと誰が決めたのでしょうか。思わずそう問いたくなるほど、私の目に映るキャンパスには、様々な色がのせられていた。雲が麗らかな春の太陽を隠してしまっているのに、それでいて、見えないくらいが綺麗だと思った。しばらく2人の間に無言の時間が流れた。自然の美しさというものを肌で感じ、なんだか繊細な気持ちになっていった。

「なつきちゃーん!先生が呼んでるー!」

クラスメイトの誰かが教室から叫ぶ声がして、なつきは、はっとした。ちょっとまってて、と私に言い、タイミング悪いよーと叫びながら扉の前で待つ先生の所へ走った。

1人残された私は、陽をみながら、この光は来年度の新しい活動に対する希望の光かなと、少しばかり自分に酔った考えが浮かんでは、恥ずかしいからこの思いは内に秘めておこうと思った。ふと、大人になっても、空を見て同じように綺麗だと思うことはあるのかという疑問が浮かんだ。この空は、この感動は、多感な時期と言われる今だからこそ現れるものなのか。だとしたら、この高校生活で抱えてしまう悩みや辛さはいささか悪いものではないように感じる。


そんなことを考えていると、早足でなつきが戻ってきた。

「ごめん、いまから部活入っちゃった!すぐいかなきゃ!」

なつきの手には、全国大会に向けた諸連絡と大きな字で書かれた紙が大事そうに抱えられていた。2、3言言葉を交わし、ごめんねーといいながら駆け足で去っていった。


なつきが去った後は一人きりでこの空を占領しているような少しだけ気まずい気持ちになった。なつきの全国大会出場を改めて実感し、なんだか不思議な気がした。同じクラスで同じように授業を受け、テストして、お弁当を食べて、おしゃべりして。同じ生活をしているようで、2人は全くもって別々の人で、それぞれの人生を歩んでいるのだと自覚させられた。当たり前に、大学も違うし、その後の仕事も違って、新しい出会いがあって、別れがあって。その経験の過程でこの空を思い出したりして泣くのだろうか。辛いことがあった時、高校での思い出を振り返って、勇気づけられるのだろうか。それともそんなことなんかとっくに忘れてしまって、ただ目の前の今を生きるのか。分からないけれど、少しだけ寂しいような気持ちがしてしまうのは何故だろうか。

将来に対する不安と期待。何となく二人の間で将来について口にしたことはなかった。多分それは、お互いに不安が大きかったからなのかもしれない。


ふわっと土の匂いともに風がたなびき、木々の葉を優しく揺らした。見上げるとやっぱりまだ綺麗な空がそこにはあった。この空はもう二度とやってこないのだと思い、何気なく、しかし、記録に残しておきたいような気がして、スマホのカメラを向けたが、液晶画面越しの空はなんだか安っぽい気がして、そっと腕を下ろした。


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