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屑鉄の鉄拳  作者: ウィリアム万次郎
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第六話

 重い鉄の扉の先には、廊下よりもやや質素な、どちらかといえばフィリア好みな部屋が広がっていた。査定時には危険物なども取り扱う関係で、あまり内装を高級なものにはできないのだ。とはいえ、十分な贅沢品と言っていい、座れば体が沈み込んでしまいそうなほど柔らかいソファに、フィリアはロボットと共に腰掛ける。自分の隣に座らせたロボットに目を向けると、ロボットはもはや思考停止といった風に、赤い眼の動きを止めていた。


「あの、大丈夫…?」


 査定室に入るまではずいぶんと騒がしかったロボットが突然静かになってしまったので、流石に心配になり声をかけてみる。


「ハシャギ、スギ。ツカレタ」


 どうやら疲れてしまったようだ。赤い眼は、無我の境地に至ったようにも見えるほど落ち着いている。やはり異様なほどに感情表現が豊かだ。ロボットに疲れる、などという感覚があるとはフィリアは思いもしなかった。だが、疲れたと自己申告しているのだからそうなのだろうと納得した。


「そっかぁ、私も疲れたよ…。まさかあんなことに巻き込まれるとは思わなかったからさ」


「フィリア、シンパイ、シタ」


 あんなこと、とは広場での出来事である。どうやらロボットも一部始終を見ていたらしく、心配したと伝えてきた。


「心配させちゃったか。ごめんね。でもああいうの、好きじゃなくてさ」


「アアイウノ?」


 ぼうっとした目で、正面に見える鉄扉を見ながら、ロボットの問いに答えるというよりむしろ独り言のようにフィリアは呟く。


「力で物事を解決するのは仕方ない…。けど、話し合って分かるようなら、それがベストなんだ」


「フィリア…?ナヤンデ、ル?」


 ロボットの心配そうな声音に、伏し目がちになっていた目を上げると、フィリアは少し無理をして明るく大きな声を出した。


「でも、さっきは私も挑発しちゃったし、仕方なかった!そう思おう」


 そう言うと、査定室の扉の向こうからヒキガエルのような笑い声が聞こえてきた。それを聞いたフィリアは、顔を引き攣らせる。フィリアが「いいって言うまで黙ってて!」と小声でロボットに伝えたのと同時に、先ほどフィリアと共に「城」に来たバイヤーが外から査定室の扉を開けた。顔を引き攣らせたまま、フィリアが見詰める先には、彼女の予想通りの人物が立っていた。


「ゲッゲッゲ、フィリアがそのようなことを言うとは、我輩としても感慨深いところがある」


 そこにいたのはまるでペンギンのような体つきの老人だった。小さな体に似合わず、大きなシルクハットを被っている。太い指にはジャラジャラと指輪を着け、その指で金属製の杖を握っている。フィリアの方へ近づいてくるこの男こそ、鉄血商会の会長、ジロヴァガーレ・ブルートその人である。


 ジロヴァガーレは皺だらけの顔に笑みを浮かべながら、机を挟んでフィリアの正面にあるソファに座った。


「お久しぶりです、会長」


 フィリアはあえてジロヴァガーレの言葉を一部無視して、硬い声で久方ぶりの再会の挨拶をした。


「ああ、久しぶりだ。もう二月ほど会っておらんか」


 発する言葉全てに濁点がついているかのようなしゃがれた声が、フィリアに問いかける。


「そうですね、大体二月前くらいです」


 先ほどの言葉を無視したままやり過ごせるかと思ったフィリアだったが、淡い期待は裏切られた。


「それはそうと、やはり感慨深い。あのフィリアが暴力を肯定するとは!」


 やはり聞かれていた、と唇を噛む。この意地の悪い老人は自分の暴力嫌いを徹底的にからかってくる上、全てを見透かしているため、フィリアは彼を少し苦手としていた。彼が気のいい老人であることも間違いはないのだが。


「私ももう子供じゃありませんから、場合によっては暴力が必要なことくらいはわかってます。そもそもさっきのは私も相手を挑発してましたし」


「ああ、『視て』いたとも。我輩はお前のそのような所も面白いと思っている。このような世界で人間らしく成長しようとするお前の姿は、我輩のこの濁った目には実に好ましく映るのだよ」


「そうですか…」


 ジロヴァガーレは、自分の濃緑の目を指差しながら、微笑んでいる。老人の意味ありげな言葉にゲンナリとした調子で返答するフィリアに、先ほどのバイヤーが紅茶を渡しつつ、話しかけた。


「査定後に会長とお話をするのもよろしいかとは思いましたが、会長御自ら、本日はどうしても自分の立ち合いの元、査定を行いたいと仰せでしたので、会長共々参りました」


「うん、どうせそんなことだろうと思ったよ…」


 フィリアには、ジロヴァガーレが最初から来ることは予想できていた。彼の言葉通り、フィリアはジロヴァガーレに、大変に気に入られているからだ。その理由は本人曰く「成長のしざまが面白い」から、ということだが、変に高い地位の人間に気に入られると厄介ごとに巻き込まれてしまうから、せめて表立って自分を贔屓するのはやめてほしい、とフィリアは常々思っている。


 そんな思いを知ってか知らずか、ジロヴァガーレは嬉々とした様子でフィリアに話しかける。


「さて、今日は面白い物があるとコルトから聞いておる。他の品物も合わせて吾輩が査定しよう」


「じゃあコルトさんの持ってる袋から、よろしくお願いします」


 バイヤー改めコルトがフィリアの指示に従い、査定室の机にフィリアが拾ってきた品物を並べていく。並び切らなかったものは、第二陣として袋の中に入ったまま、部屋の隅に置かれた。


「ふむ、中々の品揃えだと言えよう。してコルト、貴様の言う目玉商品とはなんだ?」


「こちらでございます」


 そう言ってコルトが指差したのは、机の中心に置かれた透明な立方体だ。


「私の見立てにはなりますが、こちらは恐らく拡張空間を内包した収納機構ではないかと。この透明度からして、相当な容量であると思われます」


「なるほど、その見立ては正しい。貴様ならいくらで買い取る?」


「96万オーロほどかと…」


「それもまた正しいな。フィリア、それで良いか?」


「はい、大丈夫です。今日集めたものの中にそこまで興味あるのなかったので、あとは最終確認だけで大丈夫です」


「ゲッゲッゲ、豪気なことよ。では進めるとするか」


 そう言うと、ジロヴァガーレはコルトと共に査定に集中し始めた。最初の収納機構以上の値は出なかったが、時折10万単位の金額の話が出る。普通のスカベンジャーなら、目の前でジロヴァガーレ・ブルートに査定されているという事実と、買取金額に驚いて生きた心地がしないだろうが、フィリアにとってはある程度耐性のついている状況だった。そんな光景をよそに、フィリアは紅茶とお茶菓子をいただくことにした。そして、温かい紅茶を飲み終えて、お腹も満たされた。だからと言うわけではないが、段々と眠気が差し…。


「…なさい。起きなさい、フィリアよ」


 眠りに落ちて1時間ほど経った頃。特徴的な老人の声で起こされたフィリアは、まだしょぼしょぼしている黒い目を擦りながら、ジロヴァガーレとコルトに謝った。


「すみません、どうしても眠くて…ふわぁ…」


 あくび混じりの謝罪に、流石のジロヴァガーレも苦笑する。


「吾輩を前にそのマイペースを崩さぬ輩などそうはおらんぞ」


「す、すみません」


 呆れたようなジロヴァガーレの声を聞き、少し慌てたようにフィリアが姿勢を正す。


「寝起きのところ悪いが、本日の査定結果じゃ。本日は占めて、158万オーロじゃ。主に例の収納機構が大きい。他は普段と同じようなものばかりだったが、オイル漏れなどが散見されたゆえ、若干買取価格が下がっているものもある。まあそこは致し方なし、と思って飲み込んでくれるかの?」


「もちろんです。わざわざありがとうございます」


「端数は切り上げておる。いつも上質なものを持ち込んでくれるからおまけじゃ」


「あ、そんなお気遣い、いいのに…。でもありがとうございます」


 コルトからずっしりと重い、札束が入った封筒を手渡される。フィリアがそれを受け取って、丁重にウェストポーチに入れたのを見計らって、ジロヴァガーレが声をかけた。


「さて、コルトからはさらにお前から吾輩に直々に相談があると伝えられておる。相談とはお前の隣にあるそのロボットのことじゃろう?」


 老人の言葉に頷くと、フィリアはずっと沈黙していたロボットに声をかけた。

なんとなく筆が進んだので、複数投稿です。

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