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屑鉄の鉄拳  作者: ウィリアム万次郎
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第五話

 つい先ほど、大捕物を終えたとは思えない涼しい顔でフィリアの元にやってきたバイヤーは、背の高い帽子を脱いで深々と頭を下げた。


「先ほどは大変申し訳ございませんでした。私どもの対応が遅かったため、フィリア様には大変なご迷惑と甚大な被害を…」


「私は、あの大きい人に怪我をさせたくなかっただけだよ。結果としてあなたがあの人を怪我させちゃったけどね」


 フィリアは淡々とした態度でバイヤーの謝罪には取り合わず、食い気味に皮肉を被せた。


「そうは仰いましても、力には力で返答するのが我ら鉄血商会の掟でございます」


 今度は本気で困ったように笑みを浮かべるバイヤーに、フィリアはため息をつく。フィリアはどうしても彼らが好きになれなかった。


 鉄血商会の擁するバイヤーたちは、規格外の暴力であり、鉄血商会の隆盛の原点である。この暴力でもって、無法を取り締まり、暴れる者を屈服させる。その強大な力は無闇に振るわれず、最終手段として存在する。それが鉄血商会の在り方であり、原則だ。

 だが、


「あなた、さっきは暴れたくてわざわざあんな風に分からず屋を演じてたでしょ?」


 フィリアの目には、バイヤーたちは何かと理由をつけて暴れたがっているようにしか映らない。


「滅相もありません。私は礼を尽くした上で、まだご理解をいただけなかった上、フィリア様に無駄な被害が及んだため彼奴を制圧したまででございます」


 子供でもわかるほどあからさまに論点をずらされたが、フィリアが目の前のバイヤーに助けられたのもまた事実だ。


「そう、だね。さっきは助けてくれてありがとう」


 フィリアは自分の好みや主義主張より、今自分は目の前の男に命を助けられたという事実を優先した。


「いえ、こちらこそ、本来は無関係にも関わらず、フィリア様に危険が及んでしまい、まことに申し訳ございませんでした」


 そんな内心を知ってか知らずか、バイヤーはフィリアにまた深々と頭を下げる。


「もういいよ、大丈夫だから」


「それはよかった!して、本日はどういった御用向きで?」


 バイヤーは帽子を被り直して、本来の業務であるフィリアの接客を始めた。フィリアがバイヤーと話している間に、先ほどの男は回収され、騒ぎは収まったようで、市場にはいつも通りの喧騒と活気が戻っていた。


「あそこに台車停めてあるから、ちょっと来てくれる?」


「承知いたしました」


 フィリアは長身のバイヤーを連れて、台車の元へ戻る。


「おぉ、本日も大漁でございますね!本日は城へ参りましょう。案内させていただきます」


 台車を見て、バイヤーは目を輝かせた。最近はあまり入ってなかった「城」に行くと聞いて、フィリアは少し眉根を寄せた。何か高値のものでもあったのだろうか。


「道はわかってるからいいよ」


「まあそうおっしゃらず、決まりでございます。どうしてもとおっしゃるならば別ですが」


「…分かった」


 正直、さっきの今でこの男と一緒に行動したくはなかったが、ここでわがままを言っても相手に悪い。そう考えたフィリアは、バイヤーと共に城に向かった。


 鉄血のマーケットは、フォルティトゥード最下層の中でも最も大きな面積を占めている。それもそのはず、マーケットは『大厄災』の折に半壊した王宮を買い取って作られたからだ。作られたと言っても、瓦礫を整備して、露店を広げやすくしただけなのだが。


 半壊したとはいえ、元は王宮である建物は「城」と呼ばれ、フィリアのように長年付き合いのあるいわゆる得意先か、貴重な品物を持ち込んできた者しか入れない決まりとなっている。「城」に招かれることはスカベンジャーの中で一種のステータス化しており、毎日とは言わないまでも、高頻度で「城」に招かれるフィリアは、スカベンジャーたちからの嫉妬や羨望を背負っていた。


「城」に着くと、入り口に案内人がいたので、指示に従って台車を駐車スペースに停める。今日売るつもりだった物品を、バイヤーがまとめて袋に入れて担いだ。先ほどもそうだったが、その細身のどこにそんな力があるのかと目を疑わざるを得ない。


 事前にこれは売らないと伝えておいたロボットを、小さめの車輪がついた台に乗せて、バイヤーの後ろに付き従って歩く。


(相変わらずここ、苦手だなあ)


 質素な暮らしを続けてきたフィリアにとって、落ち着いた雰囲気ではあるものの、やや華美な「城」はあまり得意ではない場所だ。昼でも暗い建物の中を、シャンデリアのかすかな灯りが照らす。このシャンデリアは『大厄災』当時から残っている値打ち物、という触れ込みだ。広い廊下に敷かれた毛足の長い赤い絨毯を、自分の泥だらけの作業靴が汚すのを見て、少し憂鬱な気分になる。特に高級品を好むわけではないが、物の値打ちがわからないわけではないので、今踏み締めている絨毯が、自分のひと月分の稼ぎは下らない額であろうことはわかった。そして、フィリアはそういった物を意味なく汚すことも好まなかった。


(やっぱり断ればよかったかも…。あんまりいい気分じゃないや)


 許されるなら廊下の端の石畳の部分を歩きたいくらいだが、自分を案内しているバイヤーは廊下の真ん中を歩いている以上、その後ろからわざわざ離れるのも剣呑だ。


「フィリア、ココ、スゴイ。フィリア、ノ、イエ、マッタク、チガウ」


「そうだねえ…」


 そんな自分の気も知らず、はしゃいでいる同行者に、フィリアは疲れた様子で返事をする。どうやらフィリアの自宅よりも高級感あふれるこの「城」を気に入ったようで、ロボットははしゃいでいた。もうしゃべってもいいよと言って連れてきたが、やはり置いていくべきだったかもしれない、と思っていたフィリアは、先を歩いていたバイヤーが興味深そうにこちらを見ているのに気がついた。バイヤー側も気づかれたことを察したのだろう、軽く頭を下げてからフィリアに話し始める。


「失礼しました。つい気になってしまったもので」


「ううん、気にしなくていいよ」


「ありがとうございます。そちらのロボットはずいぶん高度な感情機能が搭載されているようですね」


「うん、そうみたいだよね。私もこんなによく喋る子は、初めて見た」


 ついでと言わんばかりにぐいぐい突っ込んでくるバイヤーに、フィリアも乗っかる。正直息が詰まりそうだったので、フィリアとしてはだいぶ助かる助け舟だった。


「でしょうな。私も若輩ではありますがそれなりに長くこの仕事をしております。ですが、このように自ら感情を表出させるものは、初めて拝見します」


「え、そうなんだ。てっきりバイヤーさん達はこういうのも見たことあるんだと思ってた」


「うーむ…。少なくとも私は無いですね。会長ならばお分かりになるかとは思いますが…」


「あ〜、会長なら…。今日は会長は時間ありそうかな?会えそうだったらぜひ会いたいな」


 フィリアとしてはすっかりサンサーラに見せるつもりだったが、せっかく「城」にまで入ったのだから、会長に会えるようならぜひ会って、このロボットの正体を聞いてみたい。そう思ってバイヤーに問いかけると、バイヤーは


「ふむ、今すぐには分かりかねますので、後ほどお品物の査定の際に確認いたします。それでもよろしいですか?」


 と、わざわざ後で取り次いでくれるとのことだった。バイヤーたちは暴力的な側面も持つが、基本的には善人である。おそらくは業務外の仕事を頼んでしまったにも関わらず、快く引き受けてくれたバイヤーにフィリアは頭を下げる。


「もちろん!ありがとう。むしろそこまでしてもらっちゃってごめんなさい」


「これくらいはおやすい御用でございます。謝罪なんてもったいないです」


 少し素が出たようなバイヤーの言葉で会話が途切れたと同時に、査定室に着いた。


「ではフィリア様、先ほどの件を会長に確認いたしますので、中に入って少々お待ちいただけますか?お連れ様とご一緒に、中のソファに掛けてお待ちください」


 バイヤーはロボットをフィリアの「お連れ」とすることにしたらしい。


「うん、ありがとう。よろしくお願いします」


 そう言って、フィリアはロボットと共に査定室に入った。


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