第三話
フォルティトゥードは、大門によって外界と区切られている。だが、大門と言っても、国を象徴するような立派なものではない。造られた当初は壮麗な門であったのであろうが、現在は、増設に増設を重ねたせいで、ともすれば醜くも見える無骨な門になってしまっている。上層から降ってくる屑鉄を、のべつまくなしに補強に使っているためだ。上層から降ってくるものの中には、魔導の材料も混ざっていることがあるため、生物的な補強がなされている部分もある。魔導と機工が混在しているこの門に、もはや元の美しさはないと言っていい。だが、その醜悪とも言える外見こそが、最下層民と外界の獣との戦いの歴史であり、抵抗の証なのだ。
台車が走り出して、5分ほど経って、フォルティトゥードの大門の前に着いた。大門の前だけは大きくスペースを取るように舗装されているため、下のことなどお構いなしに投げ捨てられる屑鉄の山は存在しない。フィリアは軽い足取りで、浮いている台車から降りた。
「ドコカ、イク?」
置いていかれるとでも思ったのだろうか、ロボットが不安そうな声を出す。
「どこにも行かないよ、ちょっと門番と話すだけ」
ロボットを宥めるように声をかけると、フィリアは門に向かってスタスタと歩き出した。門の前には、スカベンジャーが何人かたむろしており、その中のリーダー格の男が、気さくに声をかけてくる。
「よう、フィリア。今日はもう店じまいか?」
「そうだね、あんまり働きすぎても体に毒だし」
フィリアは、自分より十は年が上の男に対し、気軽に返答する。そして、もう話がないならと軽く手を振り門へ向かうフィリアに、男たちも「じゃあな!」などと言いながら手を振り、自分達の会話に戻った。
フィリアは大門の目の前に立ち、大声で「門番」を呼び出す。
「イエロ!イエロ・クアドラート!出てきて!」
フィリアがそう叫ぶと、捻れた鉄骨や生物の鱗のようなもので覆われている大門が波打ち、フィリアの目の前に初老の男の顔が浮き出てきた。
「フィリアか、今日はなにを持って帰ってきたんだ」
少し厳格さを感じさせる灰色の顔は、顔に似合わず優しくフィリアに語りかける。灰色の顔は、イエロ・クアドラートと呼ばれる無機生命体だ。彼は、機械と魔導が混ざった大門が人格を宿した、いわば大門の意志である。その成り立ちは禍々しさを感じさせるが、彼の性格はとても優しく、何よりフォルティトゥードを守ることに懸命だ。だからこそ、彼はみんなに好かれている。そして、そんなイエロにフィリアも親しげに返答をした。
「今日はボイラーとか、魔導の材料を少しくらい」
「なるほど、いつもと変わらずか」
「そうだね、まあ少し面白いのも拾ったけど、ちょっと正体がよくわからないから、サンサーラのところに持っていこうと思うんだ」
「ほう、彼女は物をよく知っているからな。是非とも聞いてみるがいい」
「そうね…。で、門を開けてほしいんだけど」
「おぉ、そうだった。お前と話していると楽しくて、つい自分の本分を忘れてしまう」
楽しげに話していたイエロは、フィリアの言葉を聞いて、ハッとしたように大門の中に沈んでいった。フィリアは台車に戻る道すがら、先ほどの男達に、門を開けるよ、と一言声かけた。
それを聞いた男達は、そろそろ仕事に戻ろうと伸びをしながら出発する準備をし始めた。だが、その準備がまだ終わらないうちに、
「開もぉぉぉぉぉん!」
大音量の叫びが空気を揺らした。イエロの声だ。大門が重々しく開き始める。鉄と生命の塊が地面を揺らし、スカベンジャー達を蹴散らす。準備が終わる前に門を開かれ、泡をくったようにその場から撤収したスカベンジャー達を見ながら、フィリアはくつくつと笑う。
「あいつらも悪い奴じゃないんだけどね。イエロにとっては、目の前に溜まられて気に入らなかったみたい」
ロボットに語りかけているような、独り言のような調子でフィリアは呟く。
「じゃ、行こっか」
ロボットの返事を待たずに、フィリアは台車を再出発させた。門を通る時にイエロに軽く挨拶をして、フィリアとロボットはフォルティトゥードの中へと入った。
フォルティトゥードは、元々は小さな国家だったが、それなりに栄えていた。今でこそ周辺を荒野に囲まれているが、『大厄災』以前は緑豊かな地において隆盛を誇っていたと言われている。もちろん、そんなことをフィリアのような最下層民が知る由はないが、それでもその街並みには繁栄の跡を見ることができる。そして、繁栄があればその裏には影が必ず生まれる。フィリアはそんな影、つまりは当時の裏街に居を構えていた。現在は裏街というほどでもないが、それでも地理的な条件で言えば、あまり良いとは言えない場所だった。だがフィリアは4年前、12歳の時にこの家を買った。理由はただ一つ、広いからである。
広い分質素ではあるが、あまり華美な物を好まないフィリアにはうってつけの物件だった。購入当初は二階建てであったが、フィリアはこの家を買ってすぐに一階部分は丸ごとガレージに改造して、作業スペースにした。不動産屋に、ぜひに!と強く推されて台車とセットで買ってお買い得だったが、当の台車を置くスペースがなかったためである。今になれば騙されていたようにも思えるが、それはそれとしていい買い物だったことも事実である。フィリアはそんなことを思い出しながらガレージに台車を搬入した。
台車全体がガレージに入ったことを確認すると、フィリアはひらりと台車から飛び降りた。背負っていたバックパックを床に下ろして、ガレージの奥に向かい、電気のスイッチを入れた。電灯の無機質な光で明るくなったガレージの中を見渡すと、工具や怪しげな薬品が入ったフラスコなどが散らばっており、雑然とした印象を受ける。そんな雑然としたガレージ内に頓着することなく、フィリアは台車を地面に接地させた。
「よし、到着!荷解きするかあ」
「ニホドキ?」
長年一人暮らしをしていたせいか、独り言が癖になっているフィリアは、話すと返事が返ってくるこの状況に新鮮さを覚えつつ、ロボットの疑問に答えた。
「そう、荷解き。さっき集めてきた物を、機械系と魔導系に分類して、それぞれの卸先に売るの」
「キカイ、ケイ、マドウ、ケイ…」
フィリアに抱えられて、台車から降ろされながら、ロボットは知らない単語を復唱する。フィリアはつなぎの上半身を脱いで、細い腰の辺りでつなぎの袖を結びながら、ロボットの復唱を疑問と捉えて、解説を始めた。
「そう、機械系と魔導系。その技術基盤が上層の機工研究所に基づいた物なら機械系で、鉄血商会に持って行くと高値で売れる。それとは逆に、技術基盤が上層の魔術院に基づいた物なら魔導系で、サンサーラのところに持っていくと高く売れる」
「マホウ、キカイ!タカネ!」
何がそんなに気に入ったのか、なぜか分類について鼻息を荒げるロボットに困ったような笑みを向けつつ、フィリアは白い半袖シャツの袖をまくり、分類作業を始めた。
「これは機械、こっちは魔導…。うぇっ、何これ、オイルが漏れてるじゃん。売れるかなあ、まあ廃材カテゴリか…。うーん、これはとっておこう」
大量の機械と魔導が、瞬く間に三つの山に分かれていく。最終的に、台車の上には二つの山、ガレージの地べたの上に他二つよりは控えめな大きさの山が一つ生まれた。
「コレ、ミッツメ、サッキ、キカイ、マドウ、フタツ、ダッタ」
自らの近くに築かれた小さめの山を見ながら、ロボットがフィリアに問いかける。片言だが、その問いの内容を正確に把握したフィリアは、額の汗を手の甲で拭いながら答えた。
「あぁ、これは私がとっておこうと思うものだよ。必ずしも全部売らないといけないってわけじゃないし」
「トッテ、オク、ナンデ?」
赤い目を点滅させながら、ロボットはさらに問いを重ねる。
「ん〜、まあ理由はものによって違うけど、これとかは…っと」
と言いながら、フィリアは地べたの山から一本の瓶を取り出してロボットに見せる。その中にはどろっとした黒い粘性の液体が入っている。
「これは過重石油だね。すっごい圧力で石油を圧縮して、エネルギー効率を良くしたもの。こういうエネルギー資源は買うと高いから、拾った時は自分のものにしてるの」
「ナル、ホド。セツヤク!」
「そ、飲み込み早いじゃん。」
所帯じみた話にも早い理解を示したロボットに感心しながら、フィリアはまた出発の準備を始める。と言っても先ほど下ろしたバックパックの中から小さめのショルダーバッグを出して肩にかけただけだ。
「さて、じゃあまた出発だ!あなたのことも見てもらうから、連れて行くよ」
「ウン、ナマエ、メンテナンス、タノシミ!」
フィリアは、動けないのに浮き足立つロボットを抱え、台車に飛び乗る。
「そいつは良かった」
「タカネ、モ、タノシミ!」
「フフッ、そっかそっか」
やたらと現金なことを言うロボットに、フィリアは笑いかける。
「じゃ、まずは鉄血商会のマーケットに行こう!しゅっぱーつ」
「シュッパーツ。」
大門に向かう時と同じように、二人でゆるりとした合図をして、フィリアは台車を浮遊させた。