第二話
少し不細工なロボットを見て、目を白黒させるフィリアに、ロボットはさらに続ける。
「アリガト、タス、カッタ」
やや掠れた、途切れ途切れの機械音声は、屑鉄の山に埋もれていれば確かに子供の声に聞こえるかもしれない。だが、陽の元でその声を聞いてみれば明らかに機械のものだ。ここにきてやっと自分の勘違いを理解したフィリアは、大きく声を上げて笑うしかなかった。
「プッ、アハハハハハハハ!」
「タノシイ?タノ、シイ!」
見ればロボットも、ヘルムの奥の単眼を細めている。だが、フィリアはそんなロボットにはお構いなしに、助けを求める声を聞いた時の緊張や焦りから解放された反動と、自分のバカな勘違いへのおかしさから、しばらく笑い続けた。笑い出して5分ほど経っただろうか。いよいよ息が切れてきたフィリアは、それでもまだ面白いといった風に、笑いを噛み殺しながらロボットに向き直る。
「フゥ…、フフフ、久しぶりにこんなに笑ったな。腹筋が痛いや」
「オナカ、イタイ、ダイ、ジョウブ?」
「うん、平気。まさかロボットと人間を間違えるとは、自分でも予想外だっただけ」
フィリアは、笑いすぎて涙が滲んだ目を擦りながら、ロボットを見つめる。どうやら自分は、この古びたロボットをガラクタの一部だと勘違いして動かしてしまっていたらしい。
人間だって思い込んでいたとはいえ、助けようと思っていた相手をガラクタと勘違いするとはね、などと少し自嘲気味に呟きつつ、どこか愛嬌のある単眼で見返してくるロボットを検分することにした。
見た目は頭部分が半球になっている筒、といった感じだ。頭部分はヘルムになっていて、ヘルムの切れ目の奥には赤い単眼が見える。頭からは歪な形の角のようなものが5本生えており、時折カチャカチャと音を立てて動いている。だが何よりも目を引くのは、機体全体に分厚く広がる錆だ。頭の角が動く度に、耳障りな音を立てながら錆の粉が落ちている。
どれほど長い年月放置されていれば、こんなに多くの錆がまとわりつくのか、フィリアには見当もつかなかった。分厚い錆に覆われたロボットは、それでも機能に問題はなく稼働しているようで、自身を見つめるフィリアの目を見つめ返してくる。
ロボットにニコリと笑いかけてから、フィリアはロボットの後ろに回った。錆の下にあるのはなんの変哲もない背面であり、ある一点を除けば違和感はなかった。
「あなた、もしかして自分では動けないの?」
「ウゴク…。デキナイ、ウゴキ、タイ」
ロボットの全身を見た上で、フィリアが覚えた違和感はそこだった。目の前にいるロボットには、自走するための機能がついていないのだ。ロボットは、動かすことのできない、錆だらけの体をよじらせるようにしてフィリアの問いかけに答える。ここでフィリアはさらなる違和感に気づく。
(そういえばこのロボット、やたらと情緒豊かな感じだけど…)
スカベンジャーという仕事柄、フィリアは機械や魔導に明るい。フィリアの場合、長い間スこの仕事をしている分、下手な技師などよりよほどこちらの方面の知識はあると自負している。そのフィリアでも、これほどまでに情緒豊かなロボットを見たことはなかった。
(大抵の場合、プログラムされた通りに話すか、感情らしいものがあっても、この子みたいに自分の欲求を発露することはない…。もしかしたらすっごく珍しいのかもしれない)
一通りロボットの検分を済ませて、また正面に向き直ったフィリアからは、先ほどまでのにこやかな雰囲気は消え失せていた。まるで、品定めするかのような鋭い目で、ロボットを見つめる。ロボットは、単眼を淡く瞬かせてフィリアを見つめ返した。その様がまるで、子供が慌てて瞬きをしているようにも見えて、どうにも愛らしくてならない。フィリアの目からは鋭利さが消え、体から力が抜けた。
今、自分が目の前のロボットについて考えすぎても、あまり意味はないだろう。どうしても気になるなら、街に帰ってから詳しい人に聞けばいい。そう考えたフィリアはロボットに、にこやかに声をかけた。
「私は帰るけど、あなたもついてくる?私の知り合いならあなたのメンテナンスができるかもしれないわよ」
「メンテナンス!キボウ、スル」
メンテナンスと聞いて、ロボットは赤い眼をクルクルと回した。どうやら、体を動かせない分、眼で語っているつもりらしい。本当に感情豊かなロボットだ、と苦笑しつつ、フィリアは話を続ける。
「じゃあ、私についてくるってことでいいのね」
「ツイテ、イク」
「ならちょっと待ってね…。よいしょ!」
フィリアは掛け声を一つ上げると、ロボットに手をかけて持ち上げた。ちょうど赤ん坊を抱っこするような格好で、先ほど残してきた台車のもとへと向かう。長い脚を大股に踏み出すその足取りからは、ロボットの重さなどは少しも感じさせない。とはいえ、さすがにある程度重さのあるロボットを運ぶのは大変だったようで、台車に着く頃には、額に艶のある黒髪が張りついていた。
「フゥ…。結構疲れたな」
「ゴメン、ナサイ…」
「いや、気にしなくていいよ。私がしたくてしたことだし」
申し訳なさそうに謝罪を述べるロボットを軽くいなすと、台車にロボットを乗せる。
そういえば、とフィリアは思い出す。
「まだ私自己紹介してなかったね」
「ジコ、ショウカイ?」
「そ。私の名前はフィリア。あなたの名前は?」
「ナマエ、ワカラ、ナイ」
「そっかぁ。まあ、街に戻ってから型番を調べてもらえば名前もわかるでしょ。その時に改めて聞くね」
「アリガト、フィリア」
なんだかしょんぼりとした雰囲気で、自らの名前を知らないと告白したロボットに、フィリアは努めて軽く返事をした。こんなに情緒豊かなロボットなど相手にしたことがないから、どうにもやりづらいが、同時にロボットに対して可愛げも感じていた。
ロボットと視線を合わせるために、少し中腰になっていたフィリアは、伸びをすると自らも台車に乗り、ロボットの隣に腰掛けると、作業着のポケットから取り出したコントローラーで、何やらポチポチと操作をした。すると、台車がゴゥン…と重い音を出して浮き上がった。
「それじゃあ、しゅっぱーつ」
「シュッパーツ」
フィリアとロボットのゆるゆるとした出発の合図に合わせて、台車が動き出す。最初は機関車のようにゆっくりと、だんだん加速がつき、屑鉄の山々を軽快に走っていく。向かう先はもちろん、積層都市・フォルティトゥード最下層の大門だ。