第一話:鉄拳との出会い
荒野に大きな塔がそびえ立っていた。天を衝くほど高い、先細りな形の塔は、無骨な顔を荒野に向けている。近くで見てみれば、その塔は、さながら子供の積み木遊びのように、建物を積み重ねて作られていることがわかる。極めて堅牢ながらも年季が入っていることを感じさせる、積み重ねの一番下の層は、街どころか小国くらいならすっぽりと収まってしまいそうな広さを誇っている。
塔の名は、積層都市・フォルティトゥード。勇気の名を冠した、人類の牙城の一つである。400年前の『大厄災』の折、小国フォルティトゥードの周りに高い外壁を築くことで、この塔の原型は完成した。以来、400年間にわたり、人口増加に伴い、国を縦に縦にと伸ばした結果、一つの国は荒野に聳え立つ尖塔となった。
塔の拡張が始まった頃とは違い、塔の高さはそのまま身分制度の象徴へと成り果てた。特に布令が出るでもなく、塔の上層には貴族や研究者が押しかけ、下層には貧民が取り残されるという形で、身分が固定されたのだ。身分が固定されたところで、層間の移動はある程度自由な上、上層から中間層に対して理不尽な命令が下されることはないので、生活に特に不自由はない。上層への移動が物理的に不可能な最下層の民を除いては。
歴史書を繰らなければ、この都市の成り立ちなどは分からない。だが、最下層に住んでいる人間たちにとっては、自分達の住処の歴史や上層との関係より、その日を生き抜くことが重要だった。それは、最下層で生きる少女、フィリアにとっても同様だった。
「よい、しょっと…」
フィリアは、塔の足元にある屑鉄の山から、金属塊を引き摺り出す。屑鉄の山は日に日にかさを増している。『大厄災』以後、異常に増加し、凶暴化を遂げた獣たちに立ち向かうために、フォルティトゥード上層では日夜兵器が作られているが、それらの失敗作や開発の過程でできた残骸が毎日投げ捨てられているのだ。
(これはなんだろう?ボイラーかな、これなら鉄血商会に売れそう)
金属塊を検分しながら、脇にある台車に乗せる。台車には既に山のように、複雑な機構の金属部品や、奇抜な色のドロドロとした塊が乗っている。先ほど手に入れたボイラーを、山に仲間入りさせた後、フィリアは満足げに頷いた。
(今日はこんなもんでいっか、あんまりたくさん作業しても疲れちゃうしね)
フィリアはいわゆる「スカベンジャー」である。毎日落ちてくる屑鉄を拾っては、卸先に売りつける仕事だ。上層から一切の援助がない最下層民にとって、上層から捨てられる機械や魔導を拾ってきてくれるスカベンジャーは、生命線のようなものになっている。
スカベンジャーが拾ってくる物は、たとえば生活を支える道具になり、狩りの道具にもなる。彼らがいなくなったなら、最下層民の生活は音を立てて崩れ去ることになるだろう。
フィリアは幼い頃からスカベンジャーとして生きている上、どういった巡り合わせか、最も大きな商会である『鉄血商会』と太いパイプを持っている。そのようなコネを持っているということは、そのままスカベンジャーとしての技量の高さを示している。
優秀なスカベンジャーであるフィリアには、自分一人で生きていくための蓄えは既に十分にあった。あまり一生懸命に屑鉄拾いをする必要はもうない。同じ程度に優秀なスカベンジャーたちは皆、自らで屑鉄拾いをするより、後進を育てることに注力している。毎日欠かさず塔外に出ているような奇特なスカベンジャーは、フィリアくらいであろう。だが、6歳の頃から10年間毎日続けている作業をやめてしまうことの方が健康に悪い、とフィリアは考えていた。だから、フィリアは毎日屑鉄拾いをしているのだ。とは言っても、ほぼ日課となっている屑鉄拾いも、過ぎたるは自らの体を害してしまう。そのことをよく理解しているフィリアは、後ひとつ何か売りつけられそうなものを見つけたら、作業を終わらせることに決めた。
(何かいいのはあるかな、この際売れなくてもいいや)
自分が漁っていた山の頂点に立って、周囲をざっと見渡し、何か自分の関心を引くものを探す。同じ鉄屑や魔道具でも、落ちてきている分、損傷の度合いや型式にも違いがある。高値で売ることを第一に考えるときは、なるべく目新しい物か、損傷の少ない物を見つけなければならない。だが、一通り今日の仕事は終えてしまったので、そんなことに頓着する必要もない。たまにはそういうことは度外視で、自分の興味の赴くままに探してみよう、と思い立った直後、どこかから声が聞こえてきた。
「…ケテ、タス…ケテ…」
切れ切れで聞き取りづらいが、間違いなく助けを求める声だ。フィリアは血相を変えて自分が立っていた10m級の屑鉄の山から、ほとんど飛び降りるような格好で駆け降りた。
「どこ!?聞こえたら返事して!」
「コッチ…コッチ…」
フィリアは血相を変えて、声の発信源を探す。実は屑鉄の山は非常に危ない。日中であろうと平気で屑鉄は落ちてくるし、作業中に山が崩れることもある。そのようなことがあるため、よほどの理由がない限り、子供は屑鉄拾いの作業に参加させないことが、決まりとなっている。だが、聞こえてくる声は、若干くぐもっているためわかりづらいものの、明らかに子供のものだ。フィリアは半狂乱になって声の主を探す。
「辛いと思うけど、声を出し続けて!絶対に救うから!」
「コッチ…、コッチ…」
自分の目の前で、誰かの命が失われるようなことは絶対に避けなければならない。幸い、声の元にはすぐに辿り着いた。
フィリアが作業をしていた山から、少し歩いたくらいの距離のところに、大きめの屑鉄の山が崩れた形跡があった。おそらく、さっきまで作業をしていたスカベンジャーの作業中に山が崩れてしまったのだろう、とフィリアは推測する。山が崩れるくらいのことならよくあるが、人が周りにいるのに山を崩すとは何事か、と憤慨する間も無くフィリアは声を上げた。
「ここにいるの?今からどかしていくから、後少しだけ待ってて!」
「ワカッタ、待ツ」
返事が聞こえてくるのと同時に、フィリアは3mほどの屑鉄の山に、一足飛びに飛び乗った。飛び乗ったらすぐに、華奢な体型に見合わない力強さで、屑鉄の山を丁寧に崩していく。二次被害を防ぐために、少し離れた場所に屑鉄を投げて新たな山を形成していく手際は、まさしく匠の技と言っていいほどだった。足元の山がフィリアの背丈ほどの高さになってきたタイミングで飛び降り、また山を崩していく。到着してから3分もたたないうちに、屑鉄の山は姿を消した。だが、肝心の救助対象がどこにもいない。まさか場所が違ったか、とフィリアの顔色が青くなったが、そうではなく、
「コッチ、ウシロ」
「え!?」
機械音声に呼びかけられた。驚きながら振り向くと、そこには丸い頭の70cmほどの大きさのロボットがいた。