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英雄譚①


 息が切れる。これほど長い時間走り続けたのは、いつ以来だろうか。


 日が昇るとともに始まった、人類対魔物の生き残りを賭けた大合戦。王の呼びかけ真っ先に応え参集した我ら一門は、その先駆けとばかりに魔物どもの大群へと突き進んだ。


 視界の全てが醜き魔物どもで埋まり、斬っては捨て斬っては捨てを繰り返し、血と肉の生ぬるさを頬で感じながら、ただ只管(ひたすら)に前へと進み続けた。


 ふと魔物の悲鳴にまざり、若い男の鈍い声が轟いた。目を向けると、見慣れた背中が今まさに崩れ落ちるところであった。声の主は、同じ年代の誰よりも剣技に優れた従兄弟であった。その最期の叫喚に俺は奥歯を噛みしめる。


 また、どこよりか今際の声が上がった。だが、誰とも知れぬ死に悲しむいとまなどない。押し寄せる魔物の猛攻に、我らはひたすら剣を振り進み続けるしかなかったからだ。そうして前へ進み続けること約半刻ばかり、いつしか我が一門はその数を半数ほどに減らしていた。


 そして、その途方もない犠牲の果て、我らは遂に魔物の軍団を貫き通し魔王城へとたどり着いたのだった。


「これは好機である!」


 魔王城を背に、家長である大叔父上が声を張った。目前に禍々しく聳え立つ魔王城こそ、我らが敵の総本陣。いま、大将首に最も近い場所にいるのが我ら勇者一門なのだ。


「ばば様、大丈夫か?」


 足が悪いくせに、無理やり戦についてきた祖母に声をかける。しかし、祖母は応えの代わりに喉からヒイヒイと風を吹かすので精いっぱいだった。抜き身の剣を杖代わり、よくぞここまでついてきたものだ。しかし、その体たらくでも尚、ここまでの道中に幾体もの魔物を(ほふ)ったのだろう。祖母の剣は、血と油に濡れていた。


「ああ、家宝の聖剣を杖がわりになんか使うから。ほら、切っ先が欠けちゃてるよ」


「……ば、ばかたれ。鞘を落としてしまったんじゃから致し方あるまい」


 ようやく息を整えつつあった祖母が、大きく咳き込んだ。


「なんで、そんな体でついて来たんだよ」


 祖母の手足は、疲れと緊張のせいか幽かに震えている。魔王討伐という悲願を前に、既に虫の息であった。


「あ、あのハナタレには任せておけぬ」


 祖母が、『ハナタレ』と呼ぶのは我が勇者一門の当主である大叔父上のことだ。老いてなお鍛え抜かれた肉体で、文字通り魔物をちぎっては放るような豪傑も、祖母からすれば未だ頼りない弟というわけなのだろう。


「しかたねえなあ。魔王の下まで、俺が連れて行ってやるよ」


 背を向け腰を屈めると、祖母は素直におぶさってきた。正直、足手まといに他ならない。しかし祖母は未だ、自身が真の《勇者》となることを諦めてはいないのだ。一族に連綿と受け継がれてきた、勇者への憧憬にどうして置いていくことができようか。


「ゆくぞぉ!」


 当主殿の号令に、我らは再び歩みを進める。だが思い掛けずも我らは、難なく魔王城へと入城を果たすことができた。何故なら、魔王城の城門は開け放たれ、その守り手すらも不在であったからだ。


 あまりの肩透かしに、思わず息が漏れた。


「魔族の多くは、その膂力(りょりょく)と引き換えに知力に乏しい。当然、統制の整った軍行動などとれるはずもあるまい」


「親父、生きていたのか」


 平原での乱戦のさなか、姿を見失った父が知らぬ間に傍らに立っていた。身体中傷だらけであるものの、その芯に揺らぎはない。俺は、父の健在な姿に安堵した。


「ふん、お前に心配されるほど耄碌(もうろく)しておらんわ」


「それで―――なんだって。つまり奴らは本陣を空にするような間抜けだってことか?」


「侮ってはいかんぞ。個の強さに関して、魔物は人より遥かに上だ。しかし、奴らは集団行動がとれんのだ。魔王も、それを知るからこそ奴らを陣形もとらせず城下に捨て置いているのだろう」


 父の話は、至極尤もらしく聞こえた。だが、本当にそれだけであろうか。事は最終局面、人類の興亡がかかっているのだ。何もかもが疑わしく思えてしまう。例えば、もしこれが所謂(いわゆる)『空城の計』だとしたら。城の奥地で火に巻かれ我らは灰となって散るのではないか。


 死ぬのは、怖くはない。だが、望むなら魔王との戦いの果てに死にたい。


「なんじゃ、腰でも抜けたか。臆病者め」


 俺の躊躇いを察した、祖母が悪態を放った。『臆病者』。その言葉に、胸から頭にかけて血が沸騰したかの如くのカーっと熱くなった。昔からそうだ。俺に限らず、我が一門は誰一人として臆病者と呼ばれることをよしとしない。


 その言葉を撤回させ、自身の勇猛さを示すためならば、一族の全ての者が平気で命を張るだろう。身体中を巡っている勇者の血、勇猛さで名を馳せた英雄の末裔であるという誇りが、まるで呪いのようにそうさせるのだ。


 祖母は、俺の中の迷いを見て取り発破をかけたのだろう。だとすれば、その目論見は見事に成功していた。いまや、瞬間的に湧きたった怒りに、俺の体から迷いと共に緊張が抜け、全身に力がみなぎっていた。―――しかし、祖母の手のひらの上というのは実に気にくわない。


「腰が抜けてるのはババ様だろ」


 俺の精いっぱいの反撃に、祖母は俺の頭をピシャリと叩いてみせた。


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