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Section 2-One

久しぶりの新章です。今回は全編を通して、相棒役のシャルロットの視点で展開します。

難解で複雑なトリックはありません。読んでいくうちに、ミステリ慣れしている大多数の読者は、犯人の正体やトリックに気づくと思います。それでも、探偵のローゼがいかにして謎を解き、いかにして解決に持ち込むのか、その鮮やかな手際を御覧じてください。


 赤道直下にほど近いこの地域では、年中にわたって暖かい日が続き、時として激しい雨が襲うそうです。太陽と空気と水に恵まれ、豊かな森林が広がっています。以前は気候変動の影響で、森林面積が減りつつあったそうですが、先の大規模な戦争で、世界中の産業が停滞したことで、異常気象が少なくなり、森林も自然と元に戻りつつあるとか。

 とはいえ、森林を管理する人間もいなくなったため、木々は自然のまま育ち続け、鬱蒼とした原生林のようになっています。変わっていないのは、今でもそれなりに車が行き来している、人工的に作られた道くらいのものです。

 さて、そんな砂利だらけの不安定な道を、わたしは先ほどまで車で走っていました。運転していたのは別の方なのですが。ところが今、わたし達はその道の途中で、立ち往生してしまっているのです。


「……ローゼさん、もしかしてさっそく、エンジンが馬鹿になりましたか」


 運転をしてくれているその女性に、わたしは不安を隠さず尋ねました。


「いや、たぶんこれは……」


 ローゼさんは車の鍵をもう一度ひねって、エンジンをかけます。一度ついたかと思ったら、すぐにプスンと情けない音をたてて、車は静かになってしまいます。


「うん、燃料切れだな」

「えー……」

「闇市で手に入れた中古品だからなぁ、燃料表示もないんだよ。不便なことこの上ない」

「どうするんですか、これから」


 エンジンが馬鹿になった程度なら、ローゼさんが車に積んでいる道具で、簡単に直すことができます。でも燃料が無くなったら……少なくとも、周りに森しかないこの場所では、対処のしようがないのです。


「ふむ……まだ十分に陽が高いし、とりあえず歩いて家を捜そう。ここまで民家はほとんどなかったし、先を目指すしかない」

「はあ、歩くんですか……」

「なんだ、嫌そうだな。シャルロットは車に残っていてもいいぞ」

「それはもっと嫌です。何か起きたら、わたし一人じゃ不安です」


 待っている間に、凶暴な野生動物が現れるかもしれませんし、雨も降るかもしれません。この車には屋根もホロもないから、雨が来たら身を防げないのです。


「だったら素直についてきなさい。わたしならいくらでも対処できる。お前を目的地に連れて行くまで、守ると約束したからな」

「そういう約束なんですから、冗談でも置いていくなんて言わないでください……」


 非常にだるいですが、愛車を放置して先に歩き出したローゼさんを追って、わたしも車を降りて歩き始めました。


 わたしは、このローゼさんという女性と一緒に旅をしています。ローゼさんは探偵で、世界中を旅しながら調査の依頼をこなしているそうです。一見近寄りがたい印象を与えますが、面倒見がよくて優しいですし、何より見目麗しき美人さんです。初めて会って話した時から、わたしは彼女を好きになってしまいました。……ええ、本当に。

 この国で記憶喪失になり、途方に暮れていたわたしを、ローゼさんはご自分の旅に同行させてくれました。それはわたしの、「自分にふさわしい死に場所を探すのに協力してほしい」という願いを、引き受ける形でした。なぜわたしが、自分に関するあらゆる記憶を失いながら、その願いだけを強烈に覚えていたのか分かりませんが……。

 ちなみにわたしは、自分の名前も思い出せませんでした。シャルロットというのは、わたしが持っていた帽子の刺繍から、ローゼさんがつけてくれた名前です。とても素敵な名前ですよね。


 そういうわけで、わたしはローゼさんとともに探偵の旅に出たのですが、一応相棒であるはずのローゼさんのことが、実はまだよく分からないのです。もちろん、それ以上にわたし自身のことも分からないのですが。

 なぜ当てのない旅をしているのか。いつから探偵の仕事をしているのか。わたしを救出するのに使った数々の妙な道具は、どこで手に入れたのか。話によれば南京錠もものの数秒でこじ開けたそうですし、そのための訓練もしていたとか。いい人だとは思いますが、色々と謎めいている人です。


「それにしてもあの車、なんで燃料式なんですか。ふつう車って電気式じゃないですか」


 並んで歩きながら、わたしはローゼさんに尋ねます。


「この国は戦争以前から、それほど文明が発達してなかったし、石油産業の恩恵を地理的に受けやすい所だったから、電気自動車が普及しなかったのよ。元々、戦争が始まるずっと前の仕様だから」

「安く手に入れられたらなんでもよかったんですね」

「どうせ最新式で燃費のいい車なんて、この国じゃ手に入らないからね。それに、電気式の車だって、充電が切れたらああやって止まるもの。森の中で止まったら何もできないってことに変わりはないわよ」


 確かに、こんなところで電気が供給されているとも思えません。電線の類いも見当たりませんし、森の中だと地下に送電網を敷くのも難しいですし。


「というか」ローゼさんが言います。「あなたの常識だと、車はみんな電気式なのね」

「……そうですねぇ。実際に見た記憶はないのですが、わたしの感覚では」

「まあ記憶喪失は経験則も忘れるから、以前にそういうものだと教わったのかもね。やっぱりあなた、この地域で育ったわけではなさそう」


 ローゼさんはたびたび、わたしとのこうした何気ない会話から、記憶喪失の原因やわたし自身のことを推測しています。いつまでも過去の記憶が空っぽのままというのは、やはり落ち着きませんし、ローゼさんがこうしてわたしのために考えてくれることは、とても助かっています。

 ただ、ローゼさんとわたしでは、まず体力が違いすぎます。日照りの中を延々と歩き続けても、ローゼさんは涼しい顔をしていますが、わたしはそろそろ限界です。出来るならこういう違いにも気を遣ってくれるとありがたいのですが……。


「ローゼさん、わたしちょっと、喉が渇いてきました……」

「ああ、朝から何も食べてなかったからな。何か食べるものを手に入れるか」

「手に入れようにもお店も見当たらないのですが……」

「必要ない」


 そう言ってローゼさんは、なぜか道を外れて、森の中へと入っていきました。


「えっ……ええ?」


 思わず呆然として立ち尽くしてしまいましたが、こんな所でひとり放置されるのも嫌なので、覚悟を決めて後を追います。森の探索に向かない服装も考慮してほしいものです。

 幸い、ローゼさんの姿はすぐに見つかりました。ローゼさんはわたしの存在が眼中にないのか、地面が不安定で木々が乱雑に立ち並んでいても、すいすいと先に進んで行きます。まるで通り慣れているみたいです。喉も乾いてくたくたの状態ですが、わたしは懸命に後をついていきます。

 やがて視界が開けました。森を抜けたその先には、小さな川が流れていました。


「ふむ……」


 ローゼさんは川辺にしゃがみ、川面をじっと見つめています。


「何をされているんです?」

「いや、魚でも採って食べようかと思ったんだが、見当たらないな」

「確かに魚はいませんね。見たところ結構綺麗な川なのに……え? 川の魚って食べられるんですか? 寄生虫とかいて危ないのでは」

「内臓を取って火を通せば大丈夫よ。あなた、川魚を食べる文化では育たなかったのね」


 隙あらばわたしの個人情報に絡めてくるローゼさんです。逆にわたし、この人がなぜそんなおぞましいことを平然と言えるのか、不思議でなりません。魚の内臓を取って火を通すなんてもう、想像するだけでも不気味で吐き気がしそうです。


「ローゼさんはそういう文化で育ったんですか」

「というか、そうでもしないと生きていけない環境に、何度もさらされたから」


 何度も……? やっぱり謎めいている人です。


「まあとりあえず、水分補給くらいはしておこう。これからまだ暑くなるだろうし」

「そうですね……でも、川の水を飲むなんて初めてです。あ、本当に初めてかどうか分かりませんけど」

「どうでもいいから、さっさと飲んでおけ」


 そう言ってローゼさんが、川の水を手ですくって口に運ぼうとした、その時でした。


「あんた達、やめときな」


 ちょっとしゃがれた女性の声が聞こえてきて、わたし達を止めました。

 声のした方を向くと、川の向こう岸で、鎌を持って立っている中年の女性の姿が見えました。服も手も顔も泥で汚れています。


「その川の水は呪われてる。飲んだら痛い目に遭うよ」

「…………はい?」


 ローゼさんは眉をひそめて、そう答えました。

早くもサブタイトル回収です。

シャルロットの記憶に迫る物語は、まだ始まったばかりなのです。

次週もお楽しみに。

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