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Section 1-Eight


 この後のことは、特記するほどでもないだろう。ビエラットの一味が、地下にいた医師たちを尋問した結果、案の定この病院の経営者が親玉であることが判明した。経営者が仕事の拠点としているアルビタニア王国に、今回の事態が大使館経由(ルート)で報告されると、病院は王国の直轄となり、元経営者の息がかかった医師たちは本国に送還された。ビエラット一味は子どもたちを救った英雄として、称賛の的になったとかどうとか。

 わたしはといえば……そうした結果を見る前に、この街を出ることになった。追放されるわけではなく、元々この依頼を完遂したら街を出る予定だったのだ。

 翌日、エリーは姉のシーナと一緒に、わたしが泊まっていた施設の前に来ていた。もうひとつの約束を果たすためだ。


「はい、お姉さん。この帽子返すね」

「いいの? せっかくあげたのに」

「うん。汚れたらもったいないし。帽子は今度、お姉ちゃんに買ってもらうから」


 え、聞いてないよ、という声が姉の口から聞こえた気がしたけど、とりあえず聞かなかったことにした。仲が良いようで何より。


「というわけで、はい、お姉さん」


 シャルロットに白い帽子を返すと、エリーはわたしに向かって手を差し向けた。


「へいへい、そういう約束だったからね。ほら、持ってけ」


 少々雑な渡し方だったけど、エリーは約束どおりに二百ポルドを受け取れて、ご満悦の様子だ。たぶん彼女は、この二百ポルドを手に入れるために、わざわざ律儀にも帽子を返しに来たのだろう。案外エリーは、今後もしたたかに生きていくかもしれない。

 手を取り合って仲良く帰路につく姉妹を、わたしとシャルロット、そしてビエラットの三人で見送る。二人の姿が見えなくなってから、ビエラットが尋ねる。


「それにしても、よくあの子の姉が、まだ病院内にいると分かったな。俺はてっきり、もう売りに出されたものだと思っていたぞ」

「まあ、攫われて四日は経っていたし、注文を受けてから病院に誘い込んだなら、ほとんど間を置かずに売られるだろうけど……たぶん一週間くらいは、まだあの病院に監禁されていると踏んでいたよ」

「ほう……それはどうして」

「大事な商品だからよ。整形手術では、痕を残さず抜糸するのに一週間はかかる。手術痕が残っていたら、商品価値が下がって高く売れなくなるかもしれないでしょう」

「なるほど。手術痕がなければ堂々と外に出して売りさばけるが、縫合糸が残っていれば注文を取り下げられたり安く買い叩かれたりして、元が取れなくなる。だから一週間は病院の中に隠していると踏んだわけか」

「元々、売りに出す子どもを長期間手元に置かないようにして、足がつく可能性を減らすのが計画の要だったからね。それに、手術痕が残った状態で病院の外に連れ出せば、他の患者の記憶に残り、整形手術のことに気づかれる恐れもある」


 もちろん、夜中にこっそり連れ出すこともできるが、全身麻酔はどんな副作用をもたらすか分からないし、他の場所では、万一のことが起きたとき十分に対処できない可能性がある。隠し場所としておあつらえ向きな地下室が病院にあるなら、危険を冒してそこから連れ出す理由はない。手術痕が消えて、退院を装って自然に外へ出せるようになるまで、そこに閉じこめているはずだと考えた。


「だから、妹が呼べば必ず反応があると思ったのよ」

「お見事。まさに評判どおりの名探偵だな」ビエラットは肩をすくめて言う。「それにしても、そちらのお嬢さんを助けるためとはいえ、結構無茶をするよな。あの後すぐにスタンガンを回収したけど、一歩間違えたら病院側に訴えられる恐れもあったぞ」

「エリーの姉はともかく、シャルロットは顔にメスを入れられる寸前だったからね。多少の無茶はやむを得なかったよ。わたしだって、シャルロットが危機に瀕してなかったら、もう少し慎重な手段を取っていたわよ」

「何もかも彼女のためか」

「わたしが勝手に助けようと思っただけ……つまり自分のためよ。他人のために無茶できるほど、高尚な精神は持ち合わせていないから」


 これは大多数の人間に言えることだ。自分の事情を度外視して、純粋に他人のために大胆な行動に出られる人なんて、数えるほどしかいないだろう。だからこそ、誰かのため、何かのため、という言葉を声高に唱える人間は信用できない。彼らはその考えを正義とうそぶき、あらゆる暴力的行為を正当化してきた。そんな人間が強大な権力を握ってしまったために、あの戦争が起き、この街も荒廃してしまったのだ。


「さて、報酬は受け取ったし、わたしはそろそろ街を出るから。あの姉妹のことは、あなた達に任せるよ。もう少しまともな仕事を紹介してあげてね」

「最後まで人使いが荒いな……まあ、俺たちが責任もって面倒みるしかないんだが」


 ビエラットはため息をつきながらその場を去って行く。この地域の治安を預かっている自負がある以上、またスリをやりかねないエリーを、放置するわけにいかないのだ。

 ところで、病院があんなことになってしまったために、シャルロットは一晩、わたしと一緒に泊まることになったわけだが、今後のことは何も解決していない。家族も住む家も分からない以上、ビエラットに彼女を押しつけることもできない。

 ……うすうす予想はしていたが、やはりこうなるのか。


「さて、シャルロット。わたしに依頼したかったことがあったわね」

「ローゼさんに依頼……ああ、わたしにふさわしい死に場所を探してほしいって話ですね」


 もしかしてこいつ、今まで忘れていたのか?


「ひょっとして、わたしの依頼を引き受けてくださるのですか?」

「このまま放置するわけにもいかないけど、あちこち放浪しているわたしにできるのは、旅に同行させながら面倒を見ることくらいよ。まあ、そのついでに、その死に場所とやらを探してやってもいい……探偵の仕事ではないかもしれないけど」


 シャルロットの瞳がキラキラと輝きを増していく。まさか引き受けてくれるとは思ってなかったのだろう。わたしだって最初はそのつもりじゃなかった。


「あ、でもわたし、報酬は払えそうにないのですが……」

「そうね。基本的には誰が相手でも、仕事を引き受ける以上は必ず報酬をもらう。それがわたし自身に課した規律(ルール)だから」

「エリーさんには要求しませんでしたけど」

「あれは正式な依頼じゃなかったし、ビエラットから依頼された調査に含められるから、もらう必要はないと思ったのよ。でも、あなたの依頼は長期にわたる可能性があるから、労働の対価という意味では、報酬をもらう権利がある」

「…………」

「とはいえ、手持ちがないなら仕方ない。あなたには、わたしの仕事を手伝ってもらう。それを報酬代わりにするわ」

「!」うつむいていたシャルロットが顔を上げた。「ローゼさん……!」

「言っておくけど、探偵の仕事は甘くないからね。連れて行くと約束する以上、あなたの身はちゃんと守るけど、安全は保障できない。それでもいいなら、わたしについて来てくれる?」

「……ついて行って、いいのですね?」


 まだ心のどこかで信じ切れていないようだ。でも、これだけは断言できる。わたしは、偽らざる思いを口にする。


「わたしは嘘が嫌いなの。だから、約束を破る人にはなりたくない。わたしはね、絶対に守れる約束しかしないって決めているの」


 シャルロットはわたしを真っすぐに見つめて、口元をきゅっと結ぶ。手元の白い帽子が強く握られて、くしゃりと歪んだ。

 そして、深々と、頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「……うん、よろしく。それじゃあ、さっさと行こうか。向こうに車を用意している」

「えっ、ローゼさん、車をお持ちなのですか?」

「こっちの大陸に来てすぐに、中古のやつをただ同然で買ったのよ。たまにエンジンが馬鹿になるけど、乗り心地は悪くないわよ」

「えーと……よろしくお願いしたばかりであれですが、不安しかないです」


 駐車場に向かって歩き出したわたしの後を、シャルロットはそう言ってついてくる。

 こうしてわたしは、記憶と金を失くした少女と契約を結び、一緒に旅をすることになった。この出会いが、わたしの運命さえも大きく変えていくのだが、それはもう少し先の話である。


というわけで、第一章はここまでです。忌憚のない感想を待っています。

いよいよ表題にある“ふたり旅”が始まるわけですが、この旅の過程でローゼとシャルロット、二人の関係が少しずつ変化していく筋書きを考えています。まあ、ローゼはあのとおり、クールなうえに何か闇を抱えていそうなので、基本的にシャルロットの片思い状態が続くと思いますが。

あらすじにもありますが、この作品の時代設定は近未来の世界です。文明や技術がある程度発達したあたりで戦争があり、現代なら違法、非道とされる様々な行為が蔓延しています。名探偵のあり方も現代とは少し違うかもしれません。終末感のある未来の世界でどんなミステリが作れるか、楽しみながら挑戦しています。

一応、舞台は現実世界の延長上にある設定ですが、地名などは全て架空です。でも、冷静に特徴を読み解いたら、実在する国をモデルにしていることが、なんとなく分かると思います。今回出てきたアルビタニア王国というのがどこなのか、現時点で手掛かりは少ないですが、そのうち分かってくるでしょう。今後、とても重要になる国のひとつなので。

次の第二章のスタートは来年になるでしょう。更新のタイミングは火曜日の22時で変わりないので、しばしお待ちいただけたらと思います。少し早いですが、来年こそ、よいお年を。

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