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Section 6-Twelve

探偵は、どう許すのか。

相棒は、どう許されるのか。

必見の、第一部・完結編。


 夕方になると雨足はかなり弱くなり、日没に差しかかったところで小雨になった。熱に浮かされたように謝り続けていたシャルロットは、疲れたのか眠ってしまったので、わたしは彼女を背負って宿に戻った。もちろん、半裸で毛布に包まったままで、だ。

 なんとか宿の店主にバレないように部屋へ運び込むと、毛布で包んだまま、シャルロットをベッドに寝かせた。濡れた服は焚き火のおかげでまあまあ乾いたけど、服は脱がせるより着せる方が手間もかかるので、起きてから自分で着てもらうことにした。

 ほどなくしてシャルロットは目を覚まし、またしても自分がほぼ裸の状態だと気づいて赤面していたが、すぐに服を着たので事なきを得た。

 ……まあ、かなり気まずい雰囲気ではあったが。


 それでもお腹はすく。しかも今日は二人ともお昼を食べていないので、どうしても何か食べずにはいられない。シャルロットが寝ている間に買ってきたパンや果物は、わたしと彼女とであっという間に食べ尽くされた。いつもと違って、会話の一切ない寂しい食事ではあったけれど。


 そんな感じで夜を過ごし、翌日の朝を迎えた頃、宿の店主が部屋までやって来た。


「ちょいと、お前さんたち。リカルド町長の使いの者が来てるぞ」

「あっ、車が届いたのですね。ローゼさん、起きてください」

「おー……今起きるー……」


 例によって、朝に弱いわたしはシャルロットに起こされることになった。この宿にシャワーの類いはないので、とりあえず顔だけ洗って目を覚ます。


 表に出てみると、一台の車と共に、見覚えのある人物が立っていた。リカルドの屋敷で応接間に案内してくれた、使用人の男性だ。リカルドが用意した、車をわたしに無条件で引き渡す旨を記した契約書を見せて、署名をしてほしいと頼んできた。


「あなたの要望どおり、車を確かに引き渡した証として、契約書を用意されました」

「どうも。署名入りの契約書があれば、わたしに車が渡ったと証明できるからね。面倒でも無駄な(いさか)いを避けるには必要なんだ……」


 契約書にさらさらと名前を書いて、使用人に返した。これでこの車はわたしの所有物となった。……とっくに捨てた名前ではなく、通り名のローゼで署名したけど、これで有効な契約となったかは怪しいが。

 それにしても、最後まで売れずに残ったと聞いていたが、見た目はなかなかいい車だ。よく見ると屋根はホロになっている。前に使っていた車はホロすらなかったから、ずいぶんと快適な旅ができそうだ。


 旅の足も手に入ったし、この地域に留まる理由もなくなった。この宿ともお別れになるだろう……と思って振り向くと、シャルロットはまだ入り口近くで立ち尽くしていた。


「……どうした?」

「……わたしは、同行していいのでしょうか」


 シャルロットは、声も雰囲気も沈んでいる。昨日の一件を引きずっているのは明らかだ。


「今後も一緒に旅をしたいって言ったのは、シャルロットだぞ」

「でもわたしに、そんな資格があるのでしょうか……わたしはローゼさんに嘘をついて、裏切ってしまったのに……」


 わたしに許されないことをしたという罪悪感から、もう一緒にいる資格はないと、思い込んでしまっているようだ。シャルロットはどこか生真面目なところがある。一時的な感情に流されて、わたしが一番嫌うことをしてしまったことに、彼女自身が大きな責任を感じているみたいだ。

 わたしは彼女に、許さないとは一度も言っていない。だけど、これまでに何度も、わたしに嘘をついた人間に厳しく接していたから、自分もそうなるのではないか、と思われても致し方ない。その意味では、たぶんわたしにも問題はあったのだ。


「ここでわたしから離れて、どうやって生きていくつもりだ。この世界じゃ、ひとりで生きていけないって、お前は言っていたぞ」

「そう、ですね……きっとまともに生きていくのは無理だと思います。でも仕方がありません。わたしはそのくらい、許されないことをしたのですから……」


 野垂れ死ぬことになっても、罰として甘んじて受け入れる、ということか。死にたくないという気持ちとせめぎ合っているのが、顔にも浮かんでいるというのに、よくそんなことが言えたものだ。

 わたしは嘘つきが嫌いだけど、同じくらい嫌いで許せない人がいる。格好つけて死を覚悟するような人間だ。世の中には、死にたくもないのに、理不尽な死を突きつけられる人がたくさんいて、その度に誰かが苦しい思いをしているというのに……そんなことも考えず、自ら未来をかなぐり捨てるような輩が、わたしは大嫌いだ。

 自分のことならいくらでも嫌いになれる。でも、シャルロットのことは……ずっと一緒にいて、様々な出会いと別れを共有してきた彼女のことは、嫌いになりたくない。


 その一心で、わたしは彼女の目の前まで歩み寄った。俯いている彼女の頬に手をあてて、少しだけぐっと顔を上げさせて……。


 彼女の額に、そっと口づけした。


「…………っっ」


 薄く閉じていた目を開き、シャルロットと真っすぐに見つめ合う。

 シャルロットは耳まで真っ赤に染めて、大きく開いた瞳は潤んで煌めきを帯びている。そして、何が起きたのか理解が追いつかないと言わんばかりに、口をパクパクと動かしている。

 うぅむ。恥ずかしがるシャルロットを見るのは初めてじゃないが、その顔を正面から見たことはないかもしれない。これがいわゆる乙女というものか。これまでの人生で出会うことがなかったから、なんだか新鮮に思える。


「あ、あの、ローゼさん、今のは……」

「まあ、その、なんというか……シャルロットが嘘をついたことに関しては、とっくに許しているってことだ」

「……許して、くれるのですか?」

「今回のことは、わたしにも非がないわけじゃないし、本人が相当に苦しんで心を痛めているのに、追い打ちをかけるのはあんまりだろう? それに、一緒に旅を始める前、わたしはお前に言ったはずだ。絶対に守れる約束しかしない、と」

「あっ……!」


 シャルロットもちゃんと覚えていた。彼女の依頼を受けて、わたしの旅に同行してもいいと言ったとき、まだ不安の残っていた彼女に告げたことを。


「お前にとっての死に場所を見つけるまで、できる限りお前を守ると約束した。ここでお前がわたしから離れたら、その約束を反故にすることになる」

「ローゼさん……」

「わたしは自分のことをいくらでも嫌いになれるし、嫌われることにも慣れている。でも、シャルロットがそれでも、わたしを好きでいてくれるのなら……」


 驚くほど自然に、わたしはシャルロットに笑顔を見せられた。


「わたしを、嘘つきにはさせないでくれ」


 ようやく、今さらだけど、自分の素直な気持ちと向き合えた気がする。わたしはきっと、シャルロットにだけは嫌われたくないのだ。一瞬でも彼女がわたしの元から消えて、その気持ちに気づくことができた。

 彼女に嫌われない自分でいるために、わたし自身を許せるようになるために、わたしは決して嘘つきにならない。交わした大切な約束は、絶対に破らない。


 シャルロットは感極まったように、口元をきゅっと結び、胸元を掴む手に力を入れた。失意の底から一気に引き上げられて、感情の整理がつかないみたいだ。喜びと同時に、こんなことがあっていいのかという不安もあるのだろう。


「……ローゼさんは、わたしを、嫌いにはなりませんか?」


 旅が始まる前のときみたいに、一抹の不安をこめて問いかけてきた。これまで、わたしに嘘をついた人を許したことはないし、よほどのことがなければ嫌いになっていた。

 でも今は、よほどのことなんて、必要ない。


「額、ではあるが……嫌いなやつに、こんなことはしない」


 言っているうちにこっちも気恥ずかしくなって、思わず口元を手で覆いながら、目を逸らしてしまった。情けないなぁ、わたし。

 そんな醜態を晒したわたしに、シャルロットは飛び込むように抱きついてきた。


「ローゼさん、わたし……最後まで、ローゼさんについていきます!」

「……シャルロット」


 全身に感じる彼女の温かさを、わたしはしっかりと受け止めた。両手を彼女の背中に回して、その華奢な体躯をぐっと引き寄せる。不器用だけど真っすぐな、この温もりを、わたしは長らく忘れていた気がする。

 昨日までの雨はすっかり止んでいる。雨の後は上天気、といったところか。


 微かな名残惜しさを感じつつも、わたしとシャルロットは、密着させていた体をそっと離した。不安の消え失せた眼差しが交差して、自然と互いに笑みがこぼれた。


「行こうか」

「はい!」


 今度は二人で一緒に、新しく手に入れた車に乗り込んだ。さあ、探偵と助手、女ふたりの旅の再開だ。

 意気揚々として車のエンジンをかけたが、直後にプスンと音を立てて止まった。さすがに燃料が全く入っていないってことはない。つまり……。


「…………」

「……このっ」


 せっかく気分よく出発しようとしたのに水を差されて、ちょっと苛立ったわたしは、もう一度エンジンをかけた。……今度は上手くいった。

 車が走り出してから、助手席のシャルロットがクスクスと笑いだした。


「……笑うな」

「ローゼさんって、意外なところで抜けていますよね」

「ほっとけ」


 今のは全面的にこの車がポンコツなのが悪いのだ。

 出だしでいきなり躓いてしまったが、その後は順調に速度を上げて、一日近く降り続いた雨でぬかるんだ道を、突っ切って進んでいく。


 結局、シャルロットの記憶喪失の原因は分からないままで、どこを目指せばいいのかもはっきりとしないままだ。とりあえずアルビタニアを目指して北へ向かうつもりだが、アルビタニアに入ることでどんな事態になるか、何ひとつ予想できない。この先の旅路だって、安らかなものにはならないだろう。

 それでも……この先に不安があっても、大丈夫な気がするのだ。


「どんなことがあっても、ローゼさんと一緒なら」

「少しは楽しくなりそうだな、シャルロットと一緒なら」


 この二人なら、きっと。


 まあ、気ままに寄り道でもしながら、ゆっくりと進んでいこう。

 わたし達の旅は、まだ始まったばかりなのだから。


……分かりやすい“おれたた”エンドで申し訳ないです。

でもまあ、今回でこの作品は一区切りとしまして、やり残した他の作品をあらかた片づけてから、再開する予定でいます。ローゼとシャルロットの旅はまだ終わりません。そういうわけで、二人の関係が無事に修復したところで“わたたび”エンドとしまして(どっちだよ)、続編への伏線とさせていただきます。

結局この章で、シャルロットがなぜ記憶喪失になったのか、その謎は置き去りのままになりました。明らかになったかと思えば作り話だったし……でもご安心を。まだしっかり固まってはいませんが、記憶喪失の原因についてはちゃんと用意しています。というか、実はその前提で今まで書いていました。だからどこかに、記憶喪失の原因を探るヒントがあるかもしれません。

その辺の話はもっと後になるとは思いますが、とりあえず今回で第一部・完結ということで、ここまで追って読み続けてくれた皆さん、ありがとうございました。

そして、第二部もお楽しみに!

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