Section 6-Six
橋の謎の解答編です。そして、第六章前半のラストエピソードとなります。
ローゼさんは“七番目の橋”の謎について、自身の推理を話し始めます。
「ヒントはやはり、吊り橋の先の森に植えられていた、年輪のある樹木だ。その木からどんなふうに加工して木材を切り出しても、表面には必ず、年輪による模様が浮かぶ。森の中にあった橋と、そしてここの堀に架かっていた橋は、いずれもその模様があったんだ。厳密には、表側の橋には模様がなく、裏手の橋にだけあったけどね」
そういえばローゼさんは、裏手の橋の欄干を気にしていた様子でした。その時に、表側の橋との模様の違いに気づいたのでしょう。
「あの森の木が、サンプソンの手によって移植されたのは、木材として活用するために他ならない。自宅を建てる材料にもしただろうが、橋の材料にもしていた。リカルド町長の家を改築するときにも、堀に架ける橋にその木材を使っていた。でもなぜか、模様のある木材を使ったのは、裏手の橋だけだった。この違いから、わたしはこう考えた。この町には、模様のある木材を使った橋と、使っていない橋が混在している」
「……それが、どうしたのです?」
「“七番目”というのは、一本道にある橋を辿るときの順番じゃない。その模様のある木材を使って、橋が作られた順番のことだ。つまり、七番目に作られた橋こそが、サンプソンの残した謎の答えというわけだ」
「ああっ!」
わたしはようやく、大きな思い違いをしていたことに気づきました。リカルド町長の勘違いを真に受けて、七番目の橋も森の中の道に架けられていると思い込んでいたのです。探しても見つからないはずです。答えとなる橋は、森の外にあって、地理的な順番通りに並んでいたわけではなかったのですから。
「なまじ、森の中に橋が六つあるから、七つ目も森の中にあると錯覚したんだな。あと少しでゴールに着くと思えば、引き返してそれまでの過程を疑うのは難しくなる。六つの橋がすべて、一本道に作られていれば、七つ目はその先にあるとなおさら思ってしまう」
「ローゼさんはよく、その間違いに気づけましたね」
「二年もの間、森の中を徹底的に調べて、それらしい橋が見つからなかったんだ。森の外にあると考えるのが自然でしょ」
「自然、ですかね……でも、同じ木材で作られた橋は、この町の他の場所にもあるかもしれませんよね」
「そうだな。それにわたし達は、森の中にある六つの橋のうち、まだ三つしか見ていない。残りの三つも、模様のある木材で作られたかは確かめていない。正攻法でここに辿り着くためには、町じゅうの橋を全て調べ、工事に携わった業者に問い合わせて記録を調べ、どれが七番目に作られたかを探らないといけない。三日もかかって当然だ」
「では、どうしてローゼさんは一発で、ここに辿り着けたのですか?」
「うん……ここから先は、レスター・サンプソンの目的を、考える必要がある」
ローゼさんはサンプソンさんに向き直り、推理の続きを話しました。
「わたしが次に気になったのは、どうして年輪のある木を、よそから移植したかだ。そんなことをしなくても、加工された木材を調達した方がはるかに楽だったはずだ」
そういえばローゼさん、あの森でそんなことを呟いていましたね。その疑問点から、答えに辿り着けたみたいですが。
「加工済みの木材を調達することと、移植してから伐採して加工すること、その違いは何だろうか。それはあの森に、年輪の入った切り株が残されることだ」
「切り株? 確かにありましたね」
「橋に使われた木材の違いは、よく見れば気づくことができる。でも当然、気づかない人だって大勢いる。でも切り株を見れば、この地域ではあるはずのない年輪が、はっきりとあることに気づく。それだけで、正解に辿り着く確率はぐんと高くなる」
「まあ、そうですね……あれ?」
「気づいた?」
ローゼさんの話を聞いているうちに、妙な感触を覚えました。なんだか、町長さんの話と矛盾している気がするのです。
「サンプソンさんは、情報を目当てに大勢が押しかけてくることに嫌気が差して、行方をくらませたはずですよね。それなのに、自分の隠れ場所に辿り着きやすくするヒントを残すなんて、おかしくありません?」
「そうだ。一見すると、リカルド町長の話と食い違っているように思えるな。つまり町長の話には、どこかに間違いや欠落がある。冷静に考えれば、木を移植して地面に定着させ、それから伐採して橋や建物を作るには、年単位で時間がかかる。思いつきですぐにできることじゃない。サンプソンがここに身を隠す事は、この町に移住した時から、すでに決めていたと考えた方がいい」
「騒動が起きる前から、失踪を計画していたのですか? それじゃあ、サンプソンさんの居場所がバレて、大勢が押しかけたという話は……」
「推測にすぎないけど、隠れ場所が完成したから、姿を消す大義名分を作るために、あえて居場所の情報を漏らしたんだと思う。リカルド町長のお屋敷が改築されたタイミングで、サンプソンの居場所が明るみになったのは、そういう事情だったのよ」
愕然とします。町長さんの話で頭に浮かべていた、この町で起きた一連の流れ。そのすべてが一気にひっくり返された感覚です。
最初から姿を消す前提で色んな準備をして、全てが整った段階でわざと自分の情報を流し、あたかも、情報目当てに押しかけた人たちが原因で失踪したと、そう思わせたのです。町長さんも、自分の不手際でサンプソンさんが失踪したと、思い込んでいました。そして多くの人が、その思い込みに惑わされていたのです。
「ここからいくつもの仮説が、連鎖的に浮かんでくる。失踪した原因を錯覚させたのは、サンプソンがすでに、この町から離れていると思わせるため。逆に言えば、サンプソンはこの町の中の、それも絶対にいないと思われそうな場所にいる。リカルド町長が、サンプソンからの信頼を失ったと話せば、町長の近くにいるとはまず考えられない。ということは逆に、町長の屋敷のすぐ近くに隠れていると推測できる。失踪の原因となった騒動の前に建てた場所に、都合のいい隠れ場所があるなんて、誰も思わないからな」
「それでここの橋と、見張り小屋に目をつけたのですね……」
「もちろん、世間的には行方不明という形にしたいだろうから、そう簡単には見つからない場所ではあるけれど、ヒントを残したことから、誰も来てほしくないとまでは考えていないと分かる。本当に一切誰とも関わりたくないなら、“七番目の橋”なんて謎めいたヒントなど残さず、何も言わずに去ればいいんだ」
「つまり、絶対に誰にも見つけられない場所ではない、ということですね」
「それらの条件に当てはまり、しかも模様のある木材で作った橋がある。サンプソンの目的を考えれば、最適な隠れ場所はここ以外になかった」
舌を巻くしかありません……切り株から町長さんの話の信憑性を疑い、サンプソンさんの計画に気づいたことで、ローゼさんは一瞬でこの場所に目をつけたのです。情報収集だけに時間をかけず、しっかりと分析して真相を導く、まさに推理力というべき力が研ぎ澄まされた形です。
ローゼさんはふっと笑い、サンプソンさんに告げます。
「見事な戦術だよ。あんたはひとつも嘘をついてないし、流した噂もすべて事実だ。それなのにタイミングひとつで、難解に思える謎に仕立てた。そして謎を解くための手掛かりも、フェアに提示していた。そうやって、洞察力や分別のある人間だけを、篩にかけていたんでしょ。正攻法で、この町の橋をしらみつぶしに調べれば、時間がかかるし、それだけあんたの耳に噂が入りやすくなる……もし危険があると分かれば、逃げるなり隠れるなり、対処法を考えるだろうし、そのための時間も確保できる」
「そういうことだ。本当は一発で辿り着けるが、そのためには観察と分析が不可欠だ。欲に駆られた連中は、視野も狭くなるし、情報を分析する手間を惜しんで、人海戦術に頼ろうとする。だからいつまでも正解に辿り着けないんだ。お前さんみたいに、俺に逃げ道を作る時間も与えないうちに場所を特定して、ようやく俺の元に到達できる」
「そうなると、ここに来たのはいいものの、あんたに会えずに帰った人もいたのか?」
「ここに来た連中のほとんどがそうだ。探すのに三日もかけているうちに、橋とは何の関係もない場所に逃げられ、無駄骨だったと諦めて退散する、そればかりだ。それでも、安全そうだと判断した相手には、逃げずに応対してやったが、そいつらにはこの場所を口外しないよう約束させている」
「安全というより、口が堅そうな人を招き入れたんでしょ」
「まあな。その意味では、お前さんも俺の眼鏡に適う人物ではあるだろう。情報の扱いを弁えているし、探偵だから口も堅い。もっとも、眼鏡に適うか判断する前に、お前さんはここに来てしまったわけだが」
「心配しなくても、ここの秘密は守るよ。事情は知らないけど、あんたは隠居生活を選んだみたいだし、真実を広めることがわたしの仕事ではないから」
同じことを以前にも言っていたことを、わたしは思い出しました。探偵の役目は真実を知ることであって、真実を広めることではない……ローゼさんなりの、探偵としてのこだわりがいくつもあるみたいです。
「ただ、わたし達はリカルド町長から依頼を受ける形で、あんたの安否を確認し、それを報告する必要がある。そうしないと、旅に必要な足を手に入れられないんだ」
「そういや、噂だとお前たちは、陸路での移動手段を手に入れるために、俺のつてを頼ろうとしていたんだったな」
「それは事実だよ。でもあれから事情が変わって、この仕事で何かしら成果を上げたら、町長が車を貸してくれることになったんだ」
ついさっきまとまった話なので、まだサンプソンさんの耳に届いていなかったようです。町長さんからの頼みごとについても、サンプソンさんはたぶん知りません。
「そうか。だったら直筆で何か書いてやろう。リカルドなら筆跡で俺だと分かる」
「話が早くて助かるよ。ただ、書くならリカルド町長への伝言にしてくれ。わたしも、町長から伝言を預かっているから、その返答をいただきたい」
「ほお、あいつは何と?」
ローゼさんは少し目を伏せて、ためらいながら口を開きます。
「……『次にいつ会えるか教えて欲しい。たとえそれがあの世でも、謝りに行きたい』」
「…………」
「返答は、あんたが謝るべき時期を書いておきなよ」
「……そうだな」
サンプソンさんはゆっくりと俯いて、どこか寂しそうに微笑みました。町長さんは何も、謝るべきことなどしていません。彼にそう思わせてしまったサンプソンさんこそ、きちんと謝るべきなのです。そのことを、サンプソンさんも理解したみたいです。
ようやく長い話が終わり、町長さんからの依頼も達成の目処が立ちました。居場所までは報告できませんが、戦果としては上々でしょう。町長さんも約束どおり、使っていない車を譲渡してくれそうです。
ひとりホッとしていると、サンプソンさんの視線がわたしに向きました。
「そういえば、お連れさんの名前はまだ聞いてなかったな」
おっと、そうでした。ローゼさんとばかり会話を繰り広げるものですから、わたしの存在はだいぶ置き去りにされていました。わたしはローゼさんほど目立つ行動をしていないので、サンプソンさんも噂を耳にしていないのでしょう。
いつものように、スカートの裾をつまんでわずかに持ち上げながら、片足を引いて頭を下げました。意識せずともやってしまうのです。
「申し遅れました。わたしはシャルロット。ローゼさんの探偵の助手にして、旅の相棒です」
「同時に、厄介な依頼人でもあるけどね」
「ちょっと、ローゼさん」
余計なひと言を付け加えたローゼさんに、ひとつ文句を言おうとしたとき、サンプソンさんの表情の変化に気がつきました。
「シャルロット……ほお、これはなんとも。予想外の珍客だったな」
「珍客って……」
なぜか笑われてしまいました。そんなに奇妙な人間でしょうか、わたしは。記憶喪失という点を除けば、ごく普通の女の子だと思っていますが。
「ローゼくん、なんだってこんな珍品と連れ立っているんだい?」
「珍品って」
「旅先で遭遇して、成り行きで一緒に行動しているんだ。彼女はどうやら、わたしと出会う数日前までの記憶を失っているようでね……彼女の身元について探りつつ、行くべき場所を求めて、一緒に旅をしている」
ローゼさんは端的かつ丁寧に説明してくれました。
「記憶喪失か。なるほど……行くべき場所、というのは?」
「彼女いわく、自分の名前を含めたほとんどの記憶を失っているが、一つだけ強烈に覚えているものがあった。自分が死ぬのにふさわしい場所に、行かなければならない……という感覚だそうだ」
そうです。わたしがローゼさんの旅に同行した理由は、記憶を取り戻すためというのもありますが、それ以上に、わたしにふさわしい死に場所を探すためでもあります。なんとも不吉な衝動ですが、わたしの中でこれは、終の棲家を求めることだと解釈しています。なぜそんなことが義務のように感じられるかは、まだ分かりませんが。
「ほお、確かにそれは、厄介な依頼だな」
「サンプソンさんは、何かご存じありませんか。たぶんユーロピア地方のどこかだと思うのですが、わたしくらいの年頃の女の子が行方不明だという話とか……」
「そんな話は腐るほどある。例の戦争でどこの国も、破壊や略奪が繰り返され、市民が行方不明となった事例は多い。政府が把握していない事例もある。ユーロピアの、君くらいの年頃の娘に限定しても、恐らく何十万、何百万といるだろう」
「そうですか……」
「ひとつ気になったのだが、自分の名前も思い出せないなら、シャルロットという名前はどうやって知ったのだ?」
「ああ、それは、わたしが持っていた帽子に刺繍されていた名前です。名前がないと困るということで、ローゼさんがそこから便宜的につけてくれたのです。いい名前ですよね」
「そうだろうな。実際君は、そういう名前なのだろうし」
「え?」
サンプソンさんの一言に、わたしは一瞬戸惑ってしまいました。
シャルロットがわたしの本名だと、まるで確信しているかのような口ぶりです。わたしが持っていた帽子に書かれていたからといって、その帽子がわたしのものだとは限りませんし、当然ながら本名でない可能性もあるはずですが。
これは、もしかして……いえ、ありうることです。世界の情報の八割を、その真偽も含めて把握しているこの人なら。
「わたしのことを、ご存じなのですか?」
「ああ、知っているとも。あの頃よりずいぶん大人っぽくなっているが、面影は残っているよ。何度となく王宮で顔を合わせていたからな」
「なんだと!」
なぜか大きく反応したのはローゼさんでした。険しい表情になっています。
「どうした、ローゼくん。情報屋の俺が、よその王宮にいたのがそんなに不思議か」
「……諜報活動のために、あちこちで潜入工作をするのはよくあることだ。だけど、なぜ王宮に潜入する必要があったんだ」
「話せば長くなるが、お前さんたちは是が非でも聞きたいだろう。特にそっちの、シャルロットという女の子は、知りたくてうずうずしているだろうな」
……そのとおりです。ローゼさんは、サンプソンさんが諜報員として潜入していたことに驚いていたようですが、わたしはそれ以上に、どうしても気になることがありました。
サンプソンさんは、王宮で何度もわたしと会っている、とおっしゃいました。つまりわたしは、かつて王宮で生活していた、ということになります。
そしてふいに思い出しました。いつでしたか熱を出して寝込んだ日の朝、介抱してくれたどこかの家で、家主の男性からこんなふうに言われたことを。
―――シャルロットか……なんだか高貴な感じがするねぇ。
そういえば、町長さんもわたしの名前を聞いて、似たようなことを言っていました。
その言葉が、的を射ているとしたら?
「そもそもの始まりは、ユーロピアの東部で起きた、あの侵略戦争だったのだ……」
サンプソンさんの話によって、少しずつ、閉ざされていたわたしの記憶がこじ開けられていきます。
アルビタニア王国。その国の王の娘だった、わたしの話です。
伝説の情報屋の謎が解き明かされ、そして次の謎へと続いて行きます。サンプソンはどんな過去を語るのか、そしてシャルロットの身に何が起きたのか、いよいよひとつのクライマックスとなる第六章後編が、来週から始まります。




