Section 6-Four
調査開始です。
でも、運と推理力に恵まれた女探偵の調査は、決して長引かないのです……。
リカルド町長のお屋敷を出て、わたし達は森へ通じる道を歩いています。
近道になるからと、町長さんは屋敷の裏手から出るよう勧めてくれました。裏手にも、表側と同じように木製の橋と見張り小屋があって、わたし達はその橋を渡って屋敷を出ました。その際には、小屋の中にいた見張り番の人が、ぺこりと頭を下げたので、わたし達もそれに応えて会釈しました。
そういえば、ローゼさんは橋を渡る時、欄干を興味ありげにじっと見ていました。本人に聞いてみたら、「いや、何でもない」と言われましたけど。
さて、砂利を踏み固めた道をひたすら歩いていくと、間もなく森への入り口が見えてきました。その手前に川が流れていて、短い橋が架けられています。もしかしてこの川、さっきわたし達が(もといローゼさんだけが)釣りをしていた、あの川でしょうか。
「この森の中に、伝説の情報屋が住んでいらしたのですね……」
少し緊張してきて、わたしはごくりとつばを呑み込みます。
「まだいるとは限らないけどな」
「それにしてもローゼさん、そんなすごい人と会おうとしているのに、手ぶらというのは少々失礼かもしれませんよ」
「このご時世じゃ、どこに行っても礼節という概念はないに等しいからなぁ。まあ、いざとなればこれをお土産にすればいい」
そう言ってローゼさんが取り出したのは、木の枝に刺さった魚、三匹分。さっきローゼさんが釣って、内臓を取って洗ったものです。町長さんとお話をしている間は、案内役の人に持たせていました。昼前の空腹になりやすい時間帯に、他人の魚を預けるのですから、案内役の人からすれば、生殺しのような仕打ちです。哀れ……。
ちなみにわたし達はお昼ご飯の代わりに、応接間で少しお菓子をいただきました。昼食というにはあまりに質素で、すぐに空腹になりそうですけど。
というか。
「すぐ近くの川で取れる魚をお土産にして、向こうは喜びますかね」
「ちょっとした情報の対価だと思えば、これで十分じゃない?」
「お土産がお手軽すぎますね……」
そんな不毛な会話をしながら、わたし達は森に入っていきました。
森の中の道も、外と同様に小石を敷いて踏み固めたものですが、乱立する木々の間を縫うように作られているので、薄暗いのも相まって見通しがよくありません。地面を見れば、道とそうでない所の区別はつきますが、油断していると道を外れそうで怖いです……。だからわたしは、しっかりとローゼさんに掴まって進んでいきます。
「いや、あのな? 掴まるなら手だけで十分だと思うんだけど」
「いいえ! このくらいじゃないと安心できません! ローゼさんはどうぞ気にせず進んでください」
「腕にしがみつかれると、かえって歩きにくいんだが……」
ぶつぶつと文句を言いつつ、それでも振り払おうとしないところがわたしは好きです。
しばらくして二つ目の橋が見えてきました。川岸が低すぎるせいか、橋は川面すれすれのところに作られていて、時おり川の水が橋の上にかかっています。やはり木製の橋ですが、板が濡れているせいで滑りそうです。
「これ、増水したらあっという間に流されそうですね……」
「そうでもなさそうだぞ」ローゼさんは橋の手前でしゃがみます。「分厚い板はしっかり固定されているし、両端を地面に埋めて杭を打っている。意外と丈夫に作っているよ。流木が当たったりしない限り、増水しても壊れることはないと思う」
なるほど。考えてみれば、サンプソンさんが姿を消す二年前まで、町と森の中を行き来するために使っていたのですから、この橋は少なくとも二年以上、ここにあるわけです。雨が多いというこの地域で、二年以上も耐えているのですから、それなりに頑丈な造りになっているのでしょう。
でもこの橋、狭いうえに、欄干も手すりのようなものもないので、渡るのがちょっと恐いです。だからしっかりとローゼさんに掴まって渡って行きます。
「だから、歩きにくいんだって……」
それでもわたしが誤って橋から落ちないよう、もう片方の手でわたしを支えようとしてくれるのですから、やっぱりローゼさんは優しい人です。
二つ目の橋を渡り終えると、そこから先の道は少し勾配がきつくなりました。山登りになってきたようです。町長さんの家の窓から見た感じだと、さほど高い山ではないはずですが、慣れていないと大変かもしれません。しかもわたしは未だに、森の中を歩くのに向いていない靴を履いているので、なおさら大変です。
「そろそろ、靴の買い替えを真剣に検討したいですね……」
「靴のかかとを折って潰して、足首をテーピングしておけば、それなりにいける」
「かかとと一緒に女子力まで削るつもりですか」
ローゼさんと旅を始めて以来、服はつぎはぎですし、肌は荒れますし、だんだん女の子の身だしなみから遠ざかっています。ローゼさんがそういうことを気にしないのは元々ですが、そんな彼女にじわじわ染まっているみたいで、鳥肌が立ちそうです。
そうこうしているうちに、三つ目の橋に辿り着きました。渓谷に架けられた吊り橋です。裂け目のような渓谷なので、吊り橋はすぐに渡りきれそうなほど短いですが、底は結構深いです。渡っている最中にうっかり下を見たら、足がすくんでしまいます。
「こういう吊り橋は、前を見ながら一歩ずつ慎重に渡った方がいい。だから今回はわたしに掴まらず、頑張って一人で歩くといい」
「ひぃぃぃ……手すりがロープ一本なんて心許なさすぎますよぉぉ」
橋に入って一歩目で、もう両足がガクガクと震えるわたし。そもそも今までの人生で、吊り橋を渡った記憶などないのです。……記憶喪失だから、当たり前ですが。
「ゆっくりでいい。わたしもちゃんとそばについているから」
「こうなったらローゼさんの背中だけを見て進みます! 他は何も見ません!」
「……まあ、結果として前は見るから、いいんじゃないの」
そんな感じで、ローゼさんが先導する形で、わたし達は吊り橋を渡りました。短い吊り橋ですが、一番時間がかかったかもしれません。
さて、町長さんの話によれば、この先にサンプソンさんが元々住んでいた家があるはずです。何も残っていないかもしれませんが、とりあえずその家を目指しましょう。
……と思っていたのですが、ローゼさんは吊り橋を渡ってすぐの所で足を止め、なぜか道を外れて森の中に分け入っていきました。
「ローゼさん? どこへ行くのですか?」
「ちょっと気になるものが……あ、あった」
道を外れてすぐにローゼさんは立ち止まり、切り株の前でしゃがみ込みました。
大きな切り株です。たぶん、木材にするために切り出したのでしょう。伐採されて長い時間が経ったからでしょう、縁やひび割れたところから、新しく芽が出て伸びています。
「その切り株がどうかしたのですか」
「……年輪がある」
「ええ、ありますね」
切り株の断面には、渦巻きのような年輪が残っています。これを見ると、樹木の大体の年齢が分かったり、広がり方の違いで方角が分かったりします。……あれ、後のほうは俗説だった気もします。
「それがどうかしましたか? 年輪に変なところはなさそうですけど」
「年輪があること自体が、おかしいんだよ」
「え?」
「これはシャルロットも知っていると思うが、年輪というのは、木の成長が速くなったり遅くなったりを繰り返すことで出来る。ユーロピアをはじめ、ほとんどの地域では、気温や降水量が時期によって大きく異なるから、木の成長速度もたびたび変わって、こうして年輪が作られる。だがこの地域は、年中通して気温も降水量もほとんど変化しない。だから、この地域の樹木には、ここまで明確な年輪はできないんだ」
それは知りませんでした……記憶喪失でも常識は残っていますが、やっぱり知らないことはあるみたいです。
「高地だと気候が変わることはあるけど、この山の高さだと、ふもとと大きく変わるってことはないだろうし、やっぱり年輪があるのはおかしいな」
「では、この切り株は一体……」
「たぶん、どこか別の、気候の異なる地域から移植されて、それから伐採されたんだ。樹皮の色合いや質感から見て、恐らくこの山にあるほとんどの木が、同じように別の場所から移植されたものだ」
「それもサンプソンさんが、業者さんを使ってやったのですか? 何のために……」
「そうだな……」
ローゼさんは立ち上がって、辺りを見渡しました。四方八方、どこを見ても、樹木の太い幹が視界を埋めています。
「どの木も綺麗に剪定されている……最初から木材として使うために、ここに植えられたようだ。レスター・サンプソンは自分の住居を、自分で建てたと町長は言っていた。その建材に使われた可能性は高いな」
「でも、移植される前から、ここには森があったはずですよね。どうしてその森の木を使わなかったのですか?」
「どうしてだろうな。元々あった木は、やっぱり別の場所に移して、もしかしたら木材にしてどこかの業者に渡ったかもしれない。それらを使わず、どこかから移植した木を使った理由とは何か。使うにしても、移植してから木材に加工する、という余計な手間をかけた理由とは何か。それがもし、レスター・サンプソンの言っていた、“七番目の橋”の謎につながっているとしたら……」
ぼうっと虚空を見つめながら、ローゼさんはぶつぶつと呟いています。考えをまとめて、閃きが訪れるのを待っているのです。わたしもその瞬間を、静観して待ちます。
そして……。
「……ああ、そういうことか」
その瞬間が訪れました。ならば来るでしょうか、あのセリフが!
「よし、森を出るぞ。レスター・サンプソンの居場所は分かった。日が暮れる前に、彼に会いに行くよ」
「…………」
「ん? どうした、シャルロット」
いや。いやいやいや。こんな期待の裏切り方はありませんって。
「神秘の箱はどうしました! 放っておくのですか!」
「……別に事件と言えるほどでもないからなぁ」
ローゼさんは肩をすくめて言いました。
というわけで、探偵役の決め台詞が飛び出すのは、また今度に持ち越しです。
というわけで、ローゼの決め台詞はもうしばらくお預けです。ぐわあ。
シャルロットの視点なので、推理に必要な手掛かりが、フェアに提示されているかは怪しいものです。が、この時点で“七番目の橋”の謎を解く手掛かりは揃っています。伝説の情報屋がいる場所も、すでに描写されています。推理しつつ探してみてください。
……まあ、ミステリに慣れた人なら、たいして推理しなくても見当はつくでしょうか。
正解は、次週の更新にて。では。




