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Section 6-Three

一応この世界は、戦争で荒廃した世界という設定です。影響はそこかしこにあるよう描写していますが、荒廃しているような雰囲気があまりありませんね……まあ、文明は過去のもの、ということは念頭に置いていますが。

兎にも角にも、最初の謎が提示される第3回を、どうぞ。


 見張り番の男性に屋敷の入り口まで案内された後、この家の使用人の方に連れられ、町長が待っているという一室へ招かれました。廊下に敷き詰められた灰色の石も、壁や天井に使われている木材も、綺麗に加工されているせいか、この屋敷全体がとても丈夫そうな印象を受けます。お金があるかないかで、ここまで建物に違いが表れるのですね……。

 招かれた部屋は応接間の仕様になっていて、木のテーブルを挟んで置かれた二つの木製の長椅子の片方に、白いあごひげを蓄えた男性が腰かけていました。


「おお、来ましたな」


 男性はそう言って長椅子から立ち上がります。思ったより長身で、ローゼさんより頭一つ高いくらいでしょうか。服装はかなりラフなもので、仕事場からすぐにここへ来たことがうかがえます。一枚の布をそのまま使ったような服……ポンチョ、というものでしょうか。


「あなたですか、私と話がしたいというお客さんは」

「ええ。多忙にかかわらずお会いになってくださって、感謝します」

「これはご丁寧に。町長のリッツ・リカルドです。お二人は旅の方ですかな」

「ええ。わたしのことはローゼとお呼びください。正式な名前はないのですが、基本的にそう呼ばせています。こちらは相棒のシャルロットです」

「お初にお目にかかります」


 わたしはスカートの裾を片手でつまんで少し上げ、もう片方の手は胸に当て、片足を引きながら前傾の姿勢を取ります。わたしはこの挨拶に特に違和感がないのですが、ローゼさんはいつも不思議そうな顔で見てきます。さすがに慣れたのでしょうか、今回は特にそういう目で見てはきませんでした。


「ほお……そちらはずいぶん高貴な身分の方のようですな」

「はい?」

「それより、早速ですが本題に入らせてください。すでに聞き及んでいると思いますが、わたし達は、レスター・サンプソンの居場所を探しています」


 早くもその話を始めようとするローゼさん。気のせいでしょうか。リカルド町長のわたしへの興味を、遮ったようにも見えましたが……。

 町長に促されて、わたし達はもう片方の長椅子に、並んで腰かけました。正対して座った町長さんは、あごひげを撫でながら言います。


「レスター・サンプソン……他人の口からその名前を聞いたのは久々ですな。お二人は、どこでその名前を?」

「この辺りまで船で来たのですが、その船長から聞きました。わたしはそれ以前から、その人の噂を耳にしていましたが……本当に、この国にいるのですか」

「……恐らく、まだいるはずです」


 妙な答え方です。いると思っていても確信がないような言い方をしています。同じ疑問を抱いたようで、ローゼさんも眉を上げてわたしと目を合わせます。


「町長さんは、サンプソンさんにお会いしたことがあるのですか?」

「ええ、以前に何度か……というのも、彼は二年ほど前まで、この町に定住していましたので。自然と顔を合わせる機会もあったのですよ」

「えっ」


 サンプソンさんが、この地域の中心地であるこの町に住んでいた……ローゼさんの読みだと、彼を知る有力者がいるならこういう町だと踏んでいましたが、まさかサンプソンさんも同じ町に住んでいたとは思いませんでした。


「でもここ二年ほど、その行方が分からないのです」

「行方が分からない?」

「彼の噂を聞いているならば、彼が元々、アムリゴの情報組織に所属していたことはご存じでしょう。彼は組織を抜けた後、この町に流れ着いて、すぐそこにある森に一軒家を建て、ひっそりと暮らし始めました」


 町長さんが目をやった方には窓があり、その向こうに確かに森が見えます。この町は三方を森林に囲まれているのです。


「彼は自分の存在を外部に知られないよう、地域住民ともほとんど交流をせず、たまに必要に迫られて買い物に出るくらいでした。ところがいつからか、彼の存在が町の外に知られるようになり、彼から様々な情報を引き出そうと、よそから調査員らしき連中が次々来るようになりました」

「当然だけどその中には、手段を選ばない奴もいたでしょうね」

「ええ。軍隊を引き連れて現れ、町に混乱を招いた人もいれば、情報提供に応じなかったことで、無理やり森から連れ出そうとした人もいました。もっとも、情報収集に関してはサンプソン氏に一日の長あり……そういう人が現れることを事前に察知しておいて、軍隊が押し寄せれば毒虫と猛獣を放って追い出し、無理やり連れ出す兆候があれば落とし穴に嵌めて追い出したりしていましたな」


 うわあ……思わず苦笑してしまいます。当事者でなければ、さぞや愉快な光景に見えたでしょうねぇ。


「まあ、レスター・サンプソンの有名税がそれほど高いと、本人も十分に自覚していたのでしょう。だからこういう辺鄙(へんぴ)な場所に身を置き、危ない連中を追い出すための仕掛けも用意していた……軽い気持ちで踏み込めば痛い目を見るってことですね」


 ローゼさんは肩をすくめて言いました。


「しかし、さすがのサンプソン氏も、情報を求める人間があまりに多すぎることに辟易(へきえき)して、ついには森の中の家を抜けだして、どこかに雲隠れしてしまったのです。それが大体二年前のことで、それ以来姿を見せなくなりました」


 自分の存在が知られたことで、平穏な生活が脅かされるばかりでなく、住民を巻き込むことを恐れたのかもしれません。だとすると、最悪の場合、国外に逃げている可能性だってあります。この町にまだ留まっているとは、ちょっと考えにくいですね。


「でも町長は、どこかの筋から情報を得て、レスター・サンプソンがまだ国内にいる可能性を考えていますよね」


 ローゼさんのその指摘に、わたしは首をかしげます。


「え? どういうことですか?」

「レスター・サンプソンがこの国にいるか尋ねたとき、『恐らくまだいるはず』と答えていた。姿を見たことはなくても、国内に留まっていると考えるだけの理由が、何かあるってことでしょう」


 ああ、なるほど。さっきの妙な答え方は、そういう事情があったからですね。


「どこから得た情報かは分かりませんが、この二年間、誰もレスター・サンプソンと接触できていないことから察するに、居場所を確実に特定できるものではなさそうですが」

「ええ、その通りです。まあ、その情報は私が個人的に、サンプソン氏本人から直接聞いたものなのですけど」

「本人から居場所の手掛かりを教えてもらったのですか?」

「よほど信頼を得ていたみたいですね」

「さて、どうでしょうな……」ため息をつく町長。「私は、情報屋として彼と接したことはほとんどないので、彼に疎まれていたとは思っていません。まあ、彼の人脈を利用して、この屋敷を今のように改装したことはありますがね。隣町の腕利きの土木業者と、懇意にされていると聞いたもので」


 確かにそれだけなら、疎まれる理由はなさそうです。サンプソンさんがやったことといえば、業者を紹介することだけで、情報屋の仕事としては簡単なはずです。


「以前は堀も塀もなくて、簡単に泥棒に入られていましたからね……おかげで私は助かりましたが、いま思い返すと、大規模な改修に関わったことがきっかけで、サンプソン氏の所在が明るみになったのかもしれません」

「あなたが原因で、平穏な生活が脅かされたと思われたから、レスター・サンプソンからの信用が落ちていると?」

「確かなことは分かりません。ただ、彼にとって私は、単なる伝達人(メッセンジャー)にすぎないのでは、と思うこともあるのですよ」

「伝達人?」

「彼と最後に言葉を交わしたのが、どうも私らしいのです。手掛かりを残されたといっても、私が選ばれたのはたまたまで、失踪する前のあいさつ程度だったかもしれません。それに、この情報を口外するな、とも言われませんでしたから」

「では、彼に接触したがっている人たちに、その情報を伝えたのですか」

「ええ。私自身、その情報を頼りに、彼に会おうとしましたが、結局上手くいきませんでしたからね。よそに教えても、どうせ会うことはできませんし、本人に咎められることもないなら構わないと思ったのです。恐らくサンプソン氏もそう考えて、私に居場所の手掛かりを教えたのでしょう」


 リカルド町長は自嘲するように弱々しく微笑みました。信頼されていたわけじゃないと分かっていても、サンプソン氏はこの町の住人で、自分はこの町の長……ある程度は信頼してくれてもよかったのでは、という思いがあったのでしょうか。


「それで? レスター・サンプソンはどんな情報を、あなたに残したのですか」


 ローゼさんはやや前のめりになって尋ねます。もうすぐサンプソンさんの痕跡を掴めると分かって、さすがのローゼさんも気持ちの高ぶりを抑えきれないようです。前の職場で伝説扱いされていた情報屋に会えるのですから、興奮してもおかしくないですね。

 町長さんはひと息置いてから、口を開きました。


「……『七番目の橋を渡った、すぐ先にいる』と、話していました」

「「七番目の橋? あっ」」


 思いがけずわたしとローゼさんで、声が重なってしまいました。


「さっきも言いましたが、サンプソン氏は向こうの森の中に住んでいました。森の中には川や渓谷があって、そこに架けられた橋をいくつか渡らないと、彼が住まいにしていた家には辿り着けないのです。たぶん、その橋のことかと」

「ふうん……じゃあ、その橋というのはいくつあるのですか?」

「確か、三つだったはずです。ただ、森の中の道の途中に家があるので、その先にもまだ橋があると思われます」

「つまり、森の中の道をさらに奥まで進んで、七つ目の橋を渡った先に、今のサンプソンさんの住まいがあるということですか?」


 なんだか、簡単に辿り着けそうな気がします。でも、町長さんをはじめ、多くの人がこの情報を頼りにサンプソンさんを探そうとして、失敗しています。どういうことでしょう。

 町長さんは首を横に振りました。


「私もそう思って、森の中を探ってみました。確かに、以前に彼が住んでいた家を通り過ぎてからも、橋が架かっている箇所はありましたが、六つ目の橋を渡ってしばらくして、森を抜けて隣の町に入ってしまったのです。途中に分かれ道はいくつかありましたが、そのどれも、川や渓谷にぶつかる前に途切れたり森を抜けたりしていました」

「つまり、その森の中に、橋は六つしかなかった、ということですね」


 ローゼさんの言葉に、町長さんは神妙に頷きます。

 分からなくなってきました。サンプソンさんの残した情報は、単なる道案内ではなく、不可思議な謎かけのように思えます。

 森の中に橋は六つだけ……では、“七番目の橋”は一体どこにあるのでしょう。それは幻なのでしょうか。それともわたし達が、何か見落としているのでしょうか。


「これまでに何人も、森の中をくまなく調べましたが、橋と呼べるかどうかも怪しい、ただの板を細い川に架けただけのものが見つかるだけで、もちろんその周辺にも、人間が身を潜められそうな場所はありませんでした。この二年間、ずっとこんな調子で、誰もレスター・サンプソンを見つけられていないのです」

「なるほどね……」


 そう言ってローゼさんは熟考を始めました。

 経験で分かります。こうなってしまったローゼさんは、何か引っかかりを見つけるまで、他のひとの声が耳に入りません。とりあえず、放っておきましょう。


「そういえば」町長さんが尋ねます。「お二人はどうして、レスター・サンプソンに会いたがっているのですか? 政財界の関係者が訪れることはよくありますが、旅人が訪ねてきたのはこれが初めてですよ」


 ローゼさんが黙り込んでしまったので、わたしが答えます。


「わたし達、これからユーロピア方面に向かう予定だったのですが、乗せてもらっていた貨物船が事故で使えなくなってしまって、仕方なく陸路を進むことになったのです。そのための移動手段が必要で、サンプソンさんなら、それを調達できるつてをご存じではないかと思ったもので……」

「そういうことでしたか」

「使っていない車を譲ってくれそうな所に心当たりがないか、サンプソンさんに会ったら聞いてみるつもりです」

「それでしたら、私が一台、お譲りしましょうか?」


 町長さんの言葉に、わたしは一瞬、脳の処理が止まった気がしました。


「…………はい?」

「使わず(ほこり)をかぶっている古い車が一台ありますので、もらってくれると助かります」


 好々爺(こうこうや)のような優しい笑みを浮かべ、町長さんはそう言ってくれました。いや、それはもう、願ったり叶ったりという状況ですけど、ちょっと理解が追いつきません……。こういう時、ローゼさんなら迷わず「喜んで」と答えるのでしょうけど。


 えーと、つまり? ぐるぐると混乱する頭の中を、なんとか整理してみます。

 リカルド町長が車を貸して下さるということは、わたし達がサンプソンさんに会う理由の大半が、この時点でなくなったということになります。そもそも、最初からこの人に頼めばよかったのではないでしょうか。……いえ、実際に会うまで人となりは分からないのですから、車を貸してもらえる保証はなかったはずです。

 うーん、これは……予想外の形で問題が解決しそうで、むしろ途方に暮れてしまいます。こんなうまい話が、そうそう転がっていていいものでしょうか。


「あの、何ゆえ使っていない車が手元にあるのでしょうか……?」

「いやあ、恥ずかしい話ですよ。昔は道楽で車を何台も持っていたのですが、戦争の影響で稼ぎが減ってしまい、泣く泣く車を手放すはめになりましてね。それでも、買い手がつかずに残ってしまった一台があって、ずっと持て余していたのですよ」

「それは、その車の性能がよろしくなかったということでは……?」

「確かに上等なものではありませんが、そういうわけじゃないですよ。買い手になってくれそうな所が、ことごとく戦争で財産を失って、車を安く買っても維持する余裕がなくなったのです。他の車はそうなる前に売り払えたのですが、最後の一台は間に合わなかったのですよ」


 なるほど、折が悪かっただけですか。とはいえ、最後まで売れずに残った車ですから、性能や使い勝手に不安があるのは否めませんが。


「町長さん、提案があります」


 ローゼさんがようやく口を開きました。長考を終えたようです。


「わたし達はこれから、レスター・サンプソンを探して会いに行きます。その際、彼に聞いておきたいことがあれば、わたし達が代わりに尋ねて答えを聞いておきます。無事にその答えを持ち帰ることができたら、報酬として車を譲ってください」

「んん……? いえ、そんな面倒なことをせずとも、無償で譲りますよ」

「いいえ。このご時世、何の見返りもなく施しをすれば、後でどんな(いさか)いに発展するか分かりません。あなたにそのつもりがなくても、情報の世界の大物と繋がっていれば、他の誰かがこの件を悪用しないとも限りません。双方が納得したうえで等価交換をした方が、後腐れがありません」

「う、うぅむ……」


 ローゼさんの提案は、この、すべての人間に厳しい世界を生きる人たちの、いわば常識に鑑みたものです。世の中の誰もが、リカルド町長のように純朴とは限りませんから、そういう人たちに付け入る隙を与えないことを、常に考えないといけないのです。

 まあ、単にローゼさんが疑り深く、探偵としての矜持(きょうじ)が許さないだけかもしれませんが。


「書面にしたためておけば、後はわたしが探偵として、役目を果たします。あなたも、レスター・サンプソンの安否が気になっているでしょうから、交換条件としては十分では?」

「それはまあ、確かに……しかしそれなら、サンプソン氏と会えるよう取り計らう、という条件でもよろしいのでは?」

「それは保証できかねます。直接手掛かりを伝えたあなたさえ、接触に失敗するほどです。彼があなたと会うことを、望んでいないという可能性は否定できません。それでも、もし接触できれば、伝言を渡すくらいのことはできるはずです」

「ですが、あなた達が接触に失敗すれば、車は入手できないことになりますが?」

「それがどうしました。元々達成困難なことをやろうとしているんです。このくらい自分を追い詰めた方が、わたし自身の士気も上がるというものです」


 ローゼさんの表情に、暗く怪しげな笑みが浮かんでいます。……ローゼさんって、被虐嗜好(マゾヒズム)でもありましたっけ?

 たぶん、ローゼさんは探偵として、サンプソンさんの残した謎を解き、彼と相まみえようとしているのでしょう。そこまでして彼に会いたいのは、元同業者としての興味からか、それとも……。

 町長さんはしばらく腕を組んで考え込んでいましたが、やがて折れました。


「……分かりました。私も、“七番目の橋”のことが分からなくて、ずっとモヤモヤしていましたから。それが解けて、彼の安否も確かめられるなら、車一台分の価値はあるでしょう。ですが、失敗して何も与えないのでは、私も気が晴れません。少しでも成果が出せたと判断すれば、車は差し上げます。それでもよろしいですかな」

「うーん……今ひとつ燃えるものがありませんが、まあいいでしょう。そちらが判断するのであれば、交換条件としては上等です」

「では決まりですね。契約書を作って、さっそく探しに行きましょう!」


 そう言いだしたのは誰か。わたしです。


「なんだかシャルロットが一番やる気だな」

「ローゼさんがここまでおっしゃるのですから、サンプソンさんの居場所を掴む当てが、もうあるのではないかと思ったので!」


 さっきまでずっと熟考して、そのうえで先ほどの、自分に厳しい条件を提示したのですから、これはもう、解決する目途が立ったと言っていいはず。わたしはそう思って、期待の眼差しをローゼさんに向けました。

 ローゼさんは、とても自信満々な素振りで、はっきりと告げました。


「そんなものは、ない!」


 ……やっぱり被虐嗜好でもあるのでしょうか、このひと。


“七番目の橋”の謎については、まだ推理に必要な材料が揃っていません。でも大丈夫。次週更新ですべての手掛かりが出揃います。レスター・サンプソンがどこにいるか、推理してみましょう。

おや? 手掛かりが次週で出揃うということは、ローゼのあの決め台詞が……?

お楽しみに。

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