Section 6-Two
第六章、第2回です。
伝説の情報屋を探し求めて、探偵と助手が奔走(?)します。
「レスター・サンプソン?」
「ああ。そういう人物の噂を、聞いたことがないか?」
カウンターの向こうで椅子に腰かけ、煙草を燻らしている宿の店主さんに、ローゼさんは問いかけます。
ユーロピアへ向かう途中の貨物船で、事件に巻き込まれたわたしとローゼさんは、乗船してたった二日で陸に上がることとなりました。貨物船が動かせなくなり、次の船もしばらく派遣されそうにないということで、陸路を使って目的地を目指すことにしましたが、そのためには移動手段が必要になってきます。
車をくれそうな人物を探すために、わたし達は、貨物船の船長さんが教えてくれた、凄腕の情報屋を訪ねることにしました。船から避難するために上陸したこの地域のどこかに、その情報屋はいるという話ですが、船長さんも噂を聞いただけで、どこにいるかまでは分からないとのことでした。つまり、わたし達が自力で探すしかありません。
その情報屋というのが、レスター・サンプソンという人物です。
ローゼさんはまず、この地域の中心部を目指そうと考えました。アムリゴの情報組織をすでに抜けているとはいえ、今でも接触を試みる人が多くいるということは、それだけサンプソンさんが情報屋として高く買われていると思われます。そんな人物から引き出そうとする情報が、小さなものであるはずはありません。高度な情報を必要とする人は、それなりに権力を持っているもので、そういう人は生活の拠点を僻地になど置きません。つまり地域の中心部であれば、自然とサンプソンさんの居場所の手掛かりが拾えるのでは、とローゼさんは考えたのです。
一日くらいかけて歩き続け、わたし達は賑やかな町にたどり着きました。賑やかといっても、ボロボロの木造家屋や急ごしらえのお店が並んで、まばらに人が行き交うだけで、町として栄えているという感じではないですが。車とか電線も見当たりませんし、なんだか中世の時代の文明がぎりぎり生きているだけに見えます。
地面はどこも舗装されておらず、赤茶色の土がちょっとぬかるんでいます。少し前に雨が降ったみたいです。ローゼさんいわく、この地域は年中通して暖かく、雨も多いそうです。
到着した時点で日が暮れていたので、ここで宿を探して泊まり、翌日になってからサンプソンさんを探すことにしました。とりあえず野宿とならなくて安心しました……街の中で野宿はさすがに現実的じゃないと、ローゼさんは考えたようです。
そして、この町で今はひとつしかないという宿に泊まり、翌朝になって、一度宿を出る前に、ローゼさんは店主さんからも情報を引き出そうとしたのです。
「ふぅむ……聞いたことないねぇ」
「色んな業界の情報を握っていて、有力者が何人も接触しようとしているって話だけど」
「なんだ、その怪しげな噂は。その、レスターなんとやらはそんなに有名なのか?」
「その筋では有名だけど、情報戦と縁がないと聞かないかもね。しかも現在は、どこかに隠居しているらしい」
「それじゃあ知りようがないぜ。こっちは、小さな宿を細々と営んでいるだけで、お偉いさん連中の話なんか入っちゃ来ないんだ。今はこうして、あんたらみたいなよそからの客も、なかなか来なくなったからなぁ……」
ああ、なるほど。お客さんが来なければ、その手の情報も入ってくる道理がない、ということですね。そんなこと、思っても口には出しませんが。
その代わりと言ってはあれですが、わたしも店主さんに尋ねます。
「でも、そのお偉いさんがどこに住んでいるかくらいは、ご存じなのでは?」
「まあ直接サンプソン氏の居場所を聞き出すには、知っていそうな有力者と会うしかないだろうからな。どうだろう? 心当たりはあるか?」
ローゼさんも同調して、一緒に訊いてくれました。なんだか最近は、ローゼさんの相棒として肩を並べられているようで、ちょっと嬉しいですね。
「この辺りの有力者っていったら、町長のリッツ・リカルド氏くらいじゃないか。この町でまあまあ金持ちなのは、奴くらいだからな。自由に動かせる金があって、自由に与えられるほど土地があるから、この町の長が務まるわけだし」
「リカルド氏か……町長の家なら、歩いて探せば見つかるか?」
「北の方に進んでいって、少し外れたところに屋敷を構えているよ。深い堀と塀に囲まれているし、行けばすぐに見つかるだろうな。金があるから警備を厳しくしているが、普通に表から入ることはできると思うぜ。金持ちだが、それほど悪い噂は聞かないし、町民ともまあまあ交流があるからな」
「それなら、サンプソン氏の居場所も聞き出せそうですね、ローゼさん」
「その情報がリカルド氏にとっての重要機密でなければ、ね」
ローゼさんは肩をすくめて言いました。確かに、凄腕の情報屋の存在は、あまり他人に知られたくないと思っても、おかしくはありません。
とはいえ、現状でサンプソン氏にたどり着けそうな手掛かりは、これ以外になさそうです。わたし達はさっそく、リッツ・リカルド町長へ、会いに行くことにしました。
宿を出たわたし達は、北に向かって町の中を通り抜けていきます。途中、お店を出している人たちに聞き込みをして、何度も町長さんの家の場所を確認しながら進みました。もちろん、町長さんが現在どこにいるかということも……町でいちばん偉い人が、ずっと自宅にしかいないとは思えませんし。幸い、地元民とそれなりに交流があるおかげで、何人かは町長さんの動向を把握していて、今日はまだ自宅にいるはずという情報も得られました。
「面倒がないひとでよかったよ」
「本当ですね。普通、偉い人の居場所なんて、一般人は知らないものですし」
「下手に予定が大勢に知られたら、命を狙う奴に利用されかねないからな。地元民に信頼されているという自負があるからこそ、神経質にならずにすんでいるんだ。もっとも、危機意識が全くないわけではなさそうだけど」
そう言ってローゼさんは立ち止まりました。
民家も店もめっきり少なくなって、人通りもなくなったところで、とても目立つ建物が視界に飛び込んできました。川と見まがうほどの大きな堀と、そこに架けられた丈夫な橋の、その向こうに、石積みの塀に囲まれた二階建ての家があります。他の民家のようなみすぼらしさは一切ない、強い雨風にも耐えられそうな、立派な家構えです。
塀は人が手を伸ばしても届きそうにないくらい高く、川と間違えそうな堀は家の周りをしっかり囲んでいて、堀に架けられた橋を渡った先には、見張り番がいると思われる小屋があります。橋から続く道の先には、硬そうな門があって、その左右にも槍を持った見張り番が立っています。
……お金持ちだからこういうことができるのでしょうが、なんだか貴族の屋敷を思い起こさせる光景です。
「思ったより大きなお屋敷ですね……二階建てなんて、たぶんこの町で唯一じゃないですか」
「ここがいわゆる町役場を兼ねていたとしても、驚きはしないな」
「どうせ泊まるならこういう所がよかったですねぇ……」
「そういう不満は旅先でしっかり稼げるようになってから言ってくれ」
はい、すみません。探偵業で報酬を得て世界旅行、当然ながら楽じゃありません。贅沢を言える立場ではありませんでした。
とにかく、町長さんの居場所にたどり着けたので、後は本人と会って、サンプソンさんの情報を引き出すだけです。そっちの方が難しそうですが。
わたし達は橋を渡って、すぐそこにある小屋の見張り番に声をかけました。
「ちょっといいかな」
「ん、何か?」小屋の窓から見張り番が顔を出します。
「町長のリカルド氏に、会うことってできないかな」
「リカルド町長に? 予約とかは入れているのか?」
「いや、飛び込み」
「町長は屋敷の中にいるけど、確かこの時間は仕事中のはずだ。予約してないなら会うことはできんよ」
まあ、そうなりますよね……というかローゼさんも、こういう交渉の場で嘘も建前も一切使わないで、どうしようというのでしょう。
「では、すぐでなくて構わないよ。来客があって、レスター・サンプソンという人に会いたがっていると、伝えてくれればいい」
「レスター……って誰だ? この家の使用人とかか?」
「そうじゃないけど、言えばたぶん分かると思う。しばらく近くをうろついているから、向こうから何か言ってきたら声をかけて。それじゃ」
ローゼさんはあっさりその場を離れました。慌ててわたしもついていきます。
引き返して橋を渡っている途中、わたしは後ろを振り返ります。小屋の見張り番の男性は、窓に吊るした鈴を鳴らして、門番の片方を呼びました。そして門番の人に何やら耳打ちしています。ローゼさんからの伝言を、町長さんに伝えるよう頼んでいるのでしょうか。
駆け足で追いついて、ローゼさんの横に並ぶと、わたしは彼女に尋ねます。
「いいのですか? 簡単に引き下がって」
「交渉は引き際が大事。意地でこっちの要求を呑ませようとすれば決裂する。レスター・サンプソンなんていう、その道の人間しか知らない名前を出せば、向こうは決して無視できない。話に応じるかはさておいても、何らかの行動には出ると思うよ」
「それを待つということですか」
「エサを撒いたら、食いつくまで待つ以外に、できることはない。粘り強さとしつこさは、似ているようで違うんだよ」
「はあ……」
分かったような、よく分からないような。
「よし、待っている間は暇だから、近くの川で魚でも釣るか」
「えっ、さっきのって、魚釣りの話だったのですか?」
まんまと煙に巻かれたような気もしますが、わたし達は近くの川に出向いて、お魚を釣ることにしました。ローゼさんお手製の、長い木の枝に絹糸を結んだだけの釣り竿と、その辺で捕まえた虫やミミズを使って。
……いや、無理ですね。わたしには。
今日の昼飯に使うか、と意気込んで釣り始めたローゼさん。易々と二匹を釣り上げました。わたしは見学がてら、釣った魚を見張ることにしました。バケツとかはないので、ローゼさんが釣ってすぐに鋏を使って内臓を取り出して洗って、木の枝に刺しておいたものを、手に持っているだけですが。こういう下処理をするだけで、生魚は傷みにくくなるそうです。
二匹目の下処理を終えたところで、さっきの見張り番の男性が駆けつけてきました。
「おう、こんな所にいたのか。あと一時間ほどで仕事に一区切りつくから、その後なら会ってもいいと、町長は仰せだ」
「おっ、しっかり食いついたみたいだな」
「……何の話だ」
「釣りの話」
そう言って三匹目を釣り上げるローゼさん。本当に釣りの話でしょうかね?
「ねえ、この魚、町長さんに献上してもいいかな」
「ダメに決まってるだろ」
「そりゃあ残念」
おどけて肩をすくめるローゼさん。まあ、寄生虫とかいるかもしれませんし。
そういうわけで、わたし達はどうにかリカルド町長と面会できることになりました。レスター・サンプソンというエサの効果はてき面だったようです。
ローゼは決して冗談を飛ばすようなキャラではなかったはずですが……きっと、シャルロットと一緒にいるうちに、態度が柔らかくなったのでしょう。
ちなみに、前半のミステリ部分は、もう始まっています。最初の謎が提示されるのは次週になってからですが。油断せずに読み進めてみてください。ではまた次週。




