Section 5-Twelve
視点をシャルロットに戻しまして、貨物船の騒動のその後をお見せします。
貨物船の爆弾騒動は、幸いなことに、ひとりの死者も出さず幕を閉じました。
……ええ、本当、幸いなことに。
ローゼさんとわたし、その前に船長と乗組員の皆さんが脱出したあと、船内に閉じこめた悪者たちは、梯子で突入した地元の治安部隊との乱闘(というか暴動?)の末、全員が拘束されて船から連行されました。すでに船外へ出ていたわたし達に詳細は知れませんが、船内はそれはもうひどいありさまで、流血の惨事と言って差し支えないほどです。よくひとりの死者も出さずに事態が収まったものです。
神様は気まぐれで人の運命を弄ぶ、とローゼさんは言っていましたが、もしかしたらこれは、もう誰も死なせたくないというローゼさんの望みを、神様が気まぐれで叶えてくれたのかもしれません。なんて言ったら、彼女は気を悪くしそうですが。
そのローゼさんは、船長さんから感謝の言葉をもらっていました。
「いやあ、本当にありがとう。探偵さんのおかげで、誰も被害に遭わずにすんだよ」
「やらなきゃわたしも、戦闘に巻き込まれていただろうからね。それにこっちも、あんた達が手伝ってくれたから作戦を遂行できたんだ。こんな無茶な作戦に協力してくれて、わたしも感謝している」
ローゼさんは穏やかに微笑んで、頷くように頭を下げました。ローゼさんが感謝するところなんて、初めて見たかもしれません。
確かにローゼさんの作戦は、乗組員の皆さんの協力なしでは実行できませんでした。コンテナ車を動かして、船倉からランプへの道を塞ぐこと、船倉から甲板へ通じる出口を、内側から開けられないようにすること……残された時間の少なさを考えれば、ローゼさんとわたしだけでやるのは無理だったのです。
「とはいえ、人的被害はなくても、物的被害は想定以上に大きかったな……」
ローゼさんは顔をしかめながら、接岸されている貨物船に目を向けました。
貨物船は、なんとか原形を留めて浮かんでいますが、悪者たちと治安部隊の(必要以上に)激しい乱闘によって、あちこちの設備が壊され、挙句にどこかの電気系統がいじられたせいか、機関部も使い物にならなくなりました。つまるところ、貨物船はただ物理的に浮いているだけで、動かすことはできなくなったのです。
そして、機関室に隠されていた、あの大麻の詰まった木彫り人形も、近くの機械が異常を起こして発熱したせいで、入れていた段ボール箱ごと燃えて灰になりました。他の荷物はコンテナに入っていたので、大きな被害は受けませんでしたが、割れ物などは無事では済まなかったようです。
大事な商品がいくつも傷物になったうえ、運ぶための船も致命傷を負ったので、船長さんたちの損失はかなり大きいでしょう。それでも船長さんは、ローゼさんを責めたりはしませんでした。
「あの連中の企みに気づかなければ、あるいは何も手を打たなければ、今の被害に加えて、人的な被害も受けていた……これでもまだましな方なんだ、感謝こそすれ、責めるいわれはないよ」
「契約している貿易会社から何か言われるんじゃないか?」
「まともに戦ったら怪我じゃすまない相手だし、俺たちは自分の身を守るので手一杯だったからな。船をこんな状態にしたのは治安部隊の連中だし、損害賠償とかならあいつらに言ってやれ、ってことにしておくよ」
「まあ、それが無難だろうな」
ローゼさんは肩をすくめながら、でもどこかホッとしたように言います。探偵の仕事で嫌なことを言われるのは、一度や二度じゃなかったでしょうし、良心的な依頼主でよかったと思っているのかもしれません。
「というか、船が動かせないなら、あんたらはここに足止めなの?」
「まあ、しばらくはそうなるな……一応、この港にも船渠はあるけど、修理のための機材も不足しているから、すぐには無理なんだよな。アルビタニアの本社には、次の寄港地を経由して連絡する手はずだけど、対応にも時間がかかるだろうし」
「電気系統がやられていたら、ランプを下ろせないから、コンテナを避難させることもできないだろうし、修理機材を本社から調達しない限りは、身動きが取れないか」
「治安部隊が金を出してくれるとは思えないし、とりあえず近くで安宿でも探して、本社からの助けを待つことにするよ。幸い、船の中に食料は残っているし、悪党どもが連行された今なら、持ち出すことはできるだろう」
「その治安部隊が勝手に食料を持っていってないといいけどな……」
ローゼさんは眉をひそめて言いました。なるほど、そういう略奪も平気でやるのが、今の警察なのですね。悪者たちを捕まえるために必要だったとはいえ、ここまで人間として腐敗していると、怒りを通り越して呆れてしまいます。
「探偵さんたちはどうするんだ? アルビタニアに行くために、この船に乗っていたんだろう?」
船長さんに尋ねられて、わたしとローゼさんは目を合わせます。
どうしましょう。貨物船の修理が終わるまで、ここに滞在してもいいのですが、それまでわたし達の資金がもってくれるか分かりません。この地域は治安も悪そうですし、恐らく物価も高めでしょう。逗留するだけで手持ちが削られてしまいそうです。
「そうだな……今日は遅いからどこかの宿に泊まるけど、他の移動手段が見つかったら、すぐにでも出発しようと思う」
「陸路を行くのか? 貨物船より時間がかかると思うが……」
「元々急ぐ旅でもなかったしね。船の上じゃ探偵の仕事なんてほとんどできないし、このままじゃ資金は減っていく一方だから、少しでも稼げる場所を探したいのよ」
まあ、そうなりますよね……文明の崩壊した世界で旅をするのは、それくらいシビアなのです。もちろんどこにいたって、探偵が必要な事態に遭遇することは滅多にないですが。むしろ船の上にいながら、こんな事件に巻き込まれることこそ珍しいのです。
「そうだ、稼ぐといえば、報酬の話をまだしてなかったな。一応、依頼はしたということになっているけど、いくらくらいが相場なんだ?」
いつもなら、探偵の依頼を受けるときは書面で契約をするのですが、今回は悪者たちを船に閉じこめるために、少ない時間を使って仕掛けをする必要があったため、口約束だけで済ませていました。依頼があったことの証明ができないので、反故にされることもローゼさんは覚悟していましたが、どうやら杞憂のようです。
「さっきも言ったが、悪党どもを捕まえる動機はわたしにもあったし、何かしたとすれば、ありもしない爆弾の捜索と、脱出作戦の最後の仕上げくらいだ。その労力に見合う額なら、まあ、一万五千ポルドが妥当かな」
「えぇっ?」
基本報酬の半分です。お金に厳しいローゼさんにしては破格の条件で、わたしはちょっと驚いてしまいました。もちろん船長さんも同じです。
「そんなものでいいのか? この辺りの安宿でも、一泊だけで消える額だぞ」
「すでにグレゴリオ貿易から倍の報酬をもらっているからね、それで十分。あとは、ちょっとした情報がもらえたらそれでいい」
「情報?」
「難しい話じゃないよ。車を提供してくれそうな所に、心当たりがあるか聞きたいんだ。最悪、移動手段として使えればいいから、戦車でもブルドーザーでも構わないけど」
「…………」
じとー。
わたしが半目で見ていると、ローゼさんは視線に気づいて、言い訳を始めました。
「いや、あくまで最悪の場合の話だからね。わたしだってなるべく普通の車がいいよ」
「だったら構わないとか言わないでください。ローゼさんひとりなら、戦車でもブルドーザーでも荷車でもいいでしょうけど、わたしはそんなもの御免ですからね」
「……荷車はさすがのわたしも嫌だぞ」
ええ、まあ、自走しませんから、移動手段としては弱すぎますね。
「車を譲ってくれそうな所か……」船長さんは腕を組んで唸ります。「昔はこの辺りにも車を売る所はあったが、今はほとんど撤退しちまったからなぁ。この辺りで売られる車はほとんどが外国製で、戦争の余波で不買運動が起きてしまったらしくてな」
「中古車を扱っている所もないの?」
「買い取ったらバラバラにして業者に持っていく所ばっかりだ」
「ああ、そっちの方が確実に稼げるものね」
「すでに車を持っている所も、そう簡単に手放してはくれないだろうし、俺の知り合いにも、残念ながら車を譲ってくれそうな所はないな」
船長さんからもたらされた情報は、わたし達の助けにはならなかったようです。半ば予想していたのでしょうか、ローゼさんは特に残念がるそぶりもなく、仕方ないとばかりに肩をすくめました。
「ああ、でも、そういうのを知っていそうな人に、心当たりはあるぞ」
「え、本当?」
「噂でしか聞いたことなくて、実際に会ったことはないが……なんでも昔、アムリゴの情報組織に所属していたことがあって、その縁でいろんな業界に顔が利くそうだ」
アムリゴ合衆国の情報組織に所属していた……ローゼさんと同じです。
「……権力のある人なのか?」
「いや、隠居してるって話だ。だが今でもいろんな業界の事情に明るくて、接触を試みる奴が後を絶たないとか。確か名前は……レスター・サンプソンだったか」
「レスター・サンプソン!」
ローゼさんが両目を大きく開いて、その名前を大声で言いました。こんな反応をするローゼさんも珍しいです。
「探偵さん、知っているのか?」
「……わたしも、噂程度にしか聞いたことがないが、凄腕の諜報員だったそうだ」
「へえ、そんなすごいひとだったのか。そこまでは聞いてなかったな……まあとにかく、その人なら、車を入手できる所くらい知っていると思う。もっとも、実在するかどうかも分からないけどな」
有力と言えるか怪しい情報ではありますが、とりあえず移動手段を手に入れるあては見つかったようです。ローゼさんとの話も終わって、報酬として提示された一万五千ポルドを現金で手渡した後、船長さんは他の乗組員が待っている所へ行きました。
急速に静けさを取り戻していく夜の港に、わたしとローゼさんはぽつんと残されました。気になってわたしはローゼさんに尋ねます。
「あの、サンプソンさんという人は、そんなに有名な方なのですか?」
するとローゼさんは、険しい表情になって告げました。
「……一般にはそれほど知られた人物じゃない。だが、アムリゴの中央情報局で、ある程度の経験を積んだ人の間ではよく知られている。レスター・サンプソン……中央情報局の最重要秘匿事項のひとつに数えられる、凄腕の諜報員だ」
「最重要、秘匿事項……つまり、よそに知られたら危ないほど、すごいひとなのですか」
「当然よ。彼に掴めない情報はこの地上に存在しない、と言われるほどだ。しかも情報の分析力もずば抜けている。真偽は定かじゃないが、彼は組織を辞めた十年前の時点で、この世界の情報の八割を握っていて、そのすべてについて、事実かそうでないかを正確に把握していると言われている。極論を言えば、インターネットより彼に尋ねた方が、信頼できる情報を確実に得られる」
呆気にとられます……。あまりに噂が仰々しすぎて、冗談かもしくは尾ひれがついていると思えてしまいます。もちろん、ローゼさんが嘘を言うはずはありません。
「でも、そんなすごい人が、どうしてこのような僻地に?」
「詳しいことはわたしも知らない。たぶん、組織の誰も知らないと思う。彼は現役時代から単独行動が基本だったから、何を考えていたのか、どうやって情報を集めて分析していたのか、知っている人間はごくわずかだったそうだ。わたしも、どうせ当人に会う機会はないだろうからと、特に興味も持たなかったからなぁ」
「確かにローゼさんが興味を持つには、信憑性が低すぎますからね……船長さんも言っていましたけど、評判が大げさすぎて、実在すら疑わしいほどですよ」
「いや、実在はしているよ。組織の名簿の中にも名前があるし、古参の局員の中には、彼と直に会って話をした人もいるから」
あっ、とりあえず現実に存在する人物ではあるのですね……危うく誰かが想像で生み出した架空の人物だと思うところでしたよ。
それにしても、事情はまだ分かりませんが、そんなすごい情報通が手の届くところにいらっしゃるなら、ぜひ会って話を聞いてみたいものです。主たる目的は車を手に入れるあてを探すことですが、それ以上に、それほどの情報通であれば……。
「わたしが何者なのかも、分かるかもしれませんね……」
「……そうだね。きっと分かるよ」
ローゼさんのその声は、わたし以上に覇気がありませんでした。きっと分かる、なんて確信を持ったような言い方なのに、優しく呼びかけるような言い方なのに、その表情はどこか寂しげにも見えます。
ローゼさんは、わたしにはとても優しいひとです。いえ、立場の弱い人たちに優しい、というべきかもしれません。兵士でありながら戦場を去り、諜報員でありながら国を捨てた……彼女はどれほど厳しい状況に置かれても、鬼になれませんでした。それはきっと、自分が元々、恵まれない、弱い立場の人間だったからでしょう。だから、わたしみたいな人でも放っておけず、こうしてそばに置いてくれるのです。
ただ、誰よりもローゼさんのそばにいるわたしとの間にも、彼女は依然として分厚い壁を築いています。わたしから尋ねれば、何かを答えてはくれますが、自発的に自分のことを話そうとはしません。過去のことは元より、今この瞬間に、どんなことを思っているか、ということも。
なんとなく……本当になんとなくですが、ローゼさんはもしかしたら、たいへん大事なことを知っているのかもしれません。それも、わたしに関して。根拠は何もないですが、そんな気がするのです。
……だからわたしは聞けません。聞いたら終わってしまいますから。
何が、ですか? すべてです。この時間も、この気持ちも。
「さて、もう遅いし、寝られる場所を探すとするか」
「そうですね……ちょっと待ってください。泊まれる場所、ではなくて?」
「わっはっは」
「乾いた笑いで誤魔化さないでくださいよ、もう」
そうしてわたし達は港を後にしました。ちなみにどこで寝たかといえば、ローゼさんが宿代をケチった結果、野宿することになりました。不安的中です。今後の旅程と、サンプソンさんからの情報の対価を考えると、一ポルドたりとも無駄にはできなかったのです。
もちろん、同じ布団をかぶって、寄り添いながら寝ました。
……寝られませんでした。
* * *
何度だって夢に見ます。
ローゼさんに両腕で抱きかかえられ、彼女の端整なお顔を間近に見ながら、一緒にふわりと空を舞っていた、あの瞬間を。今回が初めてではありませんが、今までよりずいぶん長く感じました。
ローゼさんはどんな状況でも、わたしを守ってくれます。本人は、わたしからの依頼があるからと言っていましたが、本当はそんなもの、とうに意識しなくなっているのです。わたし自身、依頼をした事を忘れそうになるくらいですから。
本当に、単純に優しいひとなのです。それでいて強いひとでもあります。たまに茶目っ気のあることを言って、困らせることもありますけど。
もう、わざわざ言うまでもありません。わたしは、そんなローゼさんが好きです。
本当に、好きなんです。
一緒に地獄へ堕ちても、構わないと思えるくらいに。
……じわじわと、シャルロットが想いを強めているみたいです。巨大感情の百合は大歓迎。
まあそれはともかく、準備に時間をかけすぎた第五章も、ようやく完結です。ローゼの過去が明らかになり、大陸を出たら今度は船で事件に巻き込まれ、また別の大陸に不時着して、そして謎の情報屋の存在も示唆されて……と、盛り沢山すぎた内容でしたが、いかがでしょう。今回はあまりミステリに力を入れてなかったような気もしますが……。
またしても準備に時間がかかりそうなので、第六章の連載開始がいつになるかは未定です。が、大体の内容は決めています。謎の情報屋を絡めつつ、今度はシャルロットの過去に迫る予定です。たぶんこれが、シリーズのひとつの区切りになります。そして、がっつり百合を書きます。ローゼとシャルロットの百合を見たかった皆さん、大変お待たせいたしました。……いや、まだできていないから、大変お待たせいたします、ですね。
そういうわけで、連載再開はTwitterとかでお知らせしますので、もうしばしお待ちください。
では。




