Section 5-Ten
この章の一番ミステリっぽいエピソードです。要注目回です。
いよいよ謎解きが始まります。
第4章から続いていた疑問にも終止符が打たれます。刮目してご覧あれ。
船長たちのいる部屋へ向かう途中、長い廊下を進む足を止めないまま、わたしはシャルロットに、自身の考えを話した。
「ずっと引っかかっていたんだ。ドゥアルテがどうして、大麻などの薬物を、わざわざ木彫りの人形に入れて輸出していたのか」
「どうしてって……税関で見つからないようにするためでは?」
シャルロットは走りにくい靴で必死にわたしについて来ている。非常事態とはいえ、ちょっと申し訳ないな。そして、そんなシャルロットの返答も、一見すると尤もに思える。
だがそれは、税関がちゃんと機能していた頃の話だ。
「違うな。税関で見つかっても、ドゥアルテが罪に問われることはなかったはずだ。輸出先であるアルビタニアが、危険薬物の規制を厳しくしたのはつい最近で、それ以前は、普通に大麻を持ち込んでも、黙認されていただろうからな」
「あっ、そうか……」
大規模な戦争の影響で、世界中の政府機関が機能を止めてしまった今、薬物の輸出入は半ば公然と行なわれている。アルビタニアだって決して例外ではない。王室による国家運営がまだ続いているとはいえ、その統制が端々まで及んでいないのが現実だ。そんな状況下で、ドゥアルテが大麻の輸出をこそこそと行なう理由はないのだ。
では、ドゥアルテはなぜ、一見して大麻があると分からない形で、大麻を輸出していたのか。わたしが想像したのは、警察や税関よりも厄介な存在だった。
「恐らくドゥアルテが、大麻を人形に隠していたのは、その大麻を横取りしようとする連中から守るためだ」
「大麻を横取り、ですか? どんな人たちがそんなことを……」
「そりゃあ、いくらでも考えられるわよ。昔ながらのマフィアやヤクザ、反政府組織や過激な宗教団体、それに政府組織だって大麻の売買に手を染めることはある。大麻は種をまけば勝手に育つから、手っ取り早く稼げるってことで、あちこちが手を出すのよ。でも、そういう目論見を抱く者が多い一方で、大麻の稼ぎがいいのは過去の話になりつつある」
「どうしてですか?」
「理由は二つあってね……ひとつは人口の激減。世界中で人口が大幅に減ったことで、大麻の買い手も相対的に少なくなったのよ。その一方、戦争で荒れ地が増えたこともあって、大麻を栽培する場所はどんどん広がっていき、買い手のつかない大麻が大量に残る事態になってしまったのよ。供給が需要を上回って、大麻の値段が暴落したわけ」
「なるほど……もうひとつの理由は?」
「大麻に対する規制が緩くなったこと。大麻などの薬物は、多くの仲買業者を介して、買い手に渡るんだけど、その仲買業者を通るときに、たいていは業者の儲け分だけ値段に上乗せされる。この上乗せ額がかなり大きいうえ、通過する仲買業者の数も多いから、買い手に渡った時点の価格……いわゆる『末端価格』は、元の値段の数倍、数十倍まで跳ね上がる」
「そんなに? どうしてその、仲買業者による上乗せ額が、そんなに高いのですか?」
「危険だからよ。世界中で危険薬物が規制されていた頃は、大麻の売買に関わるだけでも、厳しい罰を受けることになった。つまり大麻の仲買は、監獄にぶち込まれる危険と、常に隣り合わせの仕事だったの。その危険に見合うだけの儲けを出すには、必然的に、上乗せする数値も大きくしなければいけないってわけ」
「危険薬物で稼ぐのも楽ではないのですね……あっ、ということは、大麻の規制が緩くなった今は、その危険もほとんどなくなるわけですから……」
上乗せする額も小さくなり、結果的に末端価格も低下する。そのくせ買い手がなかなかつかないから、どこの仲買業者も大麻を大量に仕入れることをためらうようになる。仲買人に買い取ってもらうためには、元の値段を抑えるしかなくなり、結果として儲けが減る。大麻を扱う業界全体が、不景気に喘いでいるというわけだ。
そんな状況で、大麻の売買に手を染めてしまった連中は、なんとか稼ぎを大きくしたいと考えるようになる。まともな商売人であれば、新しい市場を開拓したり、広告を大々的に展開したりするのだろうが、そもそもまともな人間だったら大麻など扱わない。元から堅実な商売ができない連中は、こういう時にどうするかといえば……。
「売るための大麻をタダで手に入れる。それを売れば、儲けが丸々自分たちの懐に入る。暴落した末端価格に近い額で売りに出しても、十分な利益が得られるわけだ」
「理屈は分かりますけど、どうやってタダで手に入れるのです? 自分たちで大麻を栽培するにしても、そのための土地を手に入れるのも簡単ではないはずですが」
「まあ、大麻畑は金の成る木と同じだから、誰も手放さないだろうし、栽培して、収穫して、麻薬に加工するにも手間と金がかかる……それらすべてを省いて、収入がそのままで支出をほぼゼロにするなら、もっと簡単な方法がある」
「何ですか」
「加工済みの大麻を、よそから奪えばいい」
「あっ……」
シャルロットも気づいた。これが、大麻を横取りする連中の考え方だ。
奴らは加工済みの大麻をかっさらうことで、実質タダで商品を仕入れ、仲買を介したと偽って売りに出すことで、本来なら仲買業者の手元に入る分も儲ける。薄利多売が当たり前になったこの業界で、仕入れにお金がかからなければ、相当な利益になるだろう。
「もちろんこれは、横取りされる側からすればたまったものじゃない。本来得られるはずの利益が、丸ごと第三者に奪われるわけだからな。儲けがゼロになるなんて、税関や警察に目をつけられるより被害が大きい」
「つまり、ドゥアルテさんが大麻をわざわざ人形に隠したのは、その第三者に見つからないようにするためだったのですね?」
「ああ。完全に横取りを防げるとは限らないが、木彫りの人形を見て、中身が空洞で大麻が詰まっているとは、普通は考えない。まあまあ効果的な防止策だといえるだろう。そしてどうやら、同じやり方で大麻を輸出しようとしていた業者は、他にもいたみたいだ」
「『ミネルヴァ商会』もそのひとつですね。機関室にあった箱に書かれていた……」
「機関室に箱を置いたのは、横取りしようとする連中に見つからないようにするためだ。さすがに、木彫りの人形が大量に輸出されていたら、連中もこのからくりに気づいている可能性がある。だから、真っ先に狙われやすい船倉じゃなく、乗組員しか入れず、逃げ場のない機関室に置いたんだ。そしてこの事情を、機関室に出入りする乗組員にも知らせていたから、あんな雑な隠し方ができたんだ」
ミネルヴァ商会が、アルビタニアが薬物への規制を強めているにも関わらず、大麻を輸出しようとした理由は分からない。単に知らなかったのか、あるいは行き先がアルビタニアではなく、途中で寄港する別の国だったのか……まあ、これはこの際どうでもいい。
重要なのは、この船に積まれている大麻を、狙っている連中が実在することだ。
「では、今この船は、大麻を狙う人たちに目をつけられている……もしかして、爆発事件を起こしたのも、その人たちなのでは?」
「恐らくね。悪いけど、この続きは船長たちも交えて話しましょう」
何しろここからは、この船の針路を地獄行きから変更させるための話になる。本当の脅威が船の中じゃなく、これから向かおうとしている場所にあることを、ちゃんと説明しなければならない。
* * *
「船の中に爆弾はない? それは確かか?」
船長は目を丸くして聞き返した。乗組員が全員集まる広い船室に戻ってきて、わたしはすぐに報告を始めた。この船に他の爆弾は仕掛けられていない、ということを。
「船内をくまなく調べたわけじゃないけど、ほぼ確実と言っていい」
「はあ? ちゃんと調べてないのに、なんでそこまで言えるんだよ」
横から文句を言ってくる乗組員がいる。どうも船長以外の乗組員には、わたしは快く思われていないみたいだ。まあ、お荷物に指図されて、快く思う人間もそうはいないか。
「船首の爆発現場を調べたところ、爆弾は床の上に置かれていたと分かった。船長、船首に荷物の類いは置かれていたか?」
「いや、まさか。荷物はおろか、仕事に使うものだって置かないぞ」
「やっぱりね。そんな状況では死角も障害物もなく、不審物を置くには不都合がすぎる。しかし、あそこで爆発があって、爆弾の破片も見つかっている以上、そういう場所に爆弾があったことは間違いない」
「妙だな……船員が船首に出向くことは少ないが、ずっと誰の目にも触れないわけじゃない。船首は明かりが一番届かないところだから、多少は暗かったかもしれないが、それでも見つかる可能性がないとは言い切れないぞ」
「まあ、偶然が重なって見つからなかったって場合もあるけど、爆弾なんて厄介なものを仕掛ける場所を考えれば、船首は真っ先に外される場所だ。船内には他にも、仕掛けるのにふさわしい場所があるはずなのに」
「じゃあ、どうして爆弾は船首に?」
「そこしかなかったのよ。仕掛けられる場所が」
わたしの言葉に、船長をはじめ乗組員たちは首をかしげた。
「どういうことだ?」
「犯行声明の書かれた金属板のことを思い出して。爆弾が船首の床の上に置かれていたということは、爆発現場の中心近くで見つかったあの金属板は、爆弾のすぐそばにあったということになる。今回は運よく現場に残ったけど、あれだけの規模の爆発だと、吹っ飛ばされて海に落ちる可能性もあるわよね」
「確かに……」
「もちろんそれでは犯行声明の意味がない。吹っ飛ばされる危険を回避するには、爆発が及ばない場所……少し離れたところの壁や床に、書いたり手紙を残したりすればいい。だが犯人はそうしなかった。犯人が最初から船内に潜んでいるなら、爆弾をもっといい場所に仕掛けることも、犯行声明を確実に残る場所に書いておくこともできた。そのどちらもできなかったとしたら……それはなぜだと思う?」
十分なヒントを与えたつもりだが、船長たちはまだピンときていないみたいだ。推理に慣れていない人だったらこんなものか。
だが、わたしの頼れる助手は、ちゃんと気づいてくれた。
「犯人は、最初から船に乗っていなかった……?」
「!」
シャルロットの言葉に、船長たちは目を丸くした。どうやら犯人の思惑どおり、あの犯行声明にまんまとだまされていたみたいだ。
船首の爆弾の他にも、船内に爆弾が仕掛けられているとなれば、犯人も船内にいると考えるのが自然だ。船が爆発の影響を受けて沈没したり転覆したりしても、救命艇という逃げ道があるから、犯人が内部にいることに疑いの余地はなかった。……だが、それは犯行声明の内容が事実であった場合だ。
犯人が最初から船の外にいたとすれば、船の中に爆弾を仕掛けることはできないし、犯行声明を残すこともできない。唯一、船首だけは、外から爆弾を投げ込むことができる。小舟で貨物船に近づいて、投石器のようなものを使えば、喫水線から高いところにある船首にも、爆弾を投げ込める。もちろん犯行声明を書いた金属板も、爆弾にくくり付けて一緒に投げ込んだのだ。
シャルロットの話によれば、爆発の前に漁船が一隻、暗い海の中にちらっと見えたという。はっきり見えなかったということは、つまり、その漁船は明かりを消していたのだ。夜に漁に出ている船が、明かりをつけないのはおかしい。
シャルロットが目撃したその船こそ、爆弾犯の乗っていた船だったのだ。犯人が船の外にいるかもしれない、という考えに至るまで、その証言のおかしさに気づかなかったのは、わたしとしても迂闊だった。
「しかしそうなると、犯人は船の中に他の爆弾を仕掛けていないし、わざわざ嘘の犯行声明を残したことになる……だったら、何のためにこんなことを? 小舟から爆弾を投げ込むことだって、成功するかどうか分からないのに」
「今夜は海が凪いでいたから、小舟でも比較的安定していたはずだ。危険が全くないわけじゃないが、投げ込む直前まで緩衝材で包んでおけば、小舟で運ぶのも難しくはなかっただろうね。明かりに包まれた巨大な貨物船は、それだけで目印になるから、照明なしに小舟で近づくのも容易だったはず。加えて、何度も検証して投石器の動きを調整しておけば、成功する確率はかなり高いと思うよ」
「そんなに計画的な犯行だったというのか? うちの船そのものが、大きな被害を受けたわけでもないのに」
「ええ。元々犯人に、この船を傷めつけるつもりは微塵もなかった。単に、ここの船員に、爆弾が仕掛けられているかもしれないと、そう思わせるのが目的だったのよ」
「なんでそんな、思い違いをさせるなんてことを……」
「この船の中にある、木彫りの人形に隠した大量の大麻を、横取りするためよ」
わたしがそう言い放つと、船長を含めた数人の乗組員が顔色を変えた。機関室での雑な隠し方から、乗組員は事情を知っていると踏んでいたが、どうやら全員ではなかったようだ。まあ、機関室に出入りする乗組員も限られているし、知っている人間が多いほど、大麻を狙う連中に存在を知られる危険が増すから、最低限の人にしか知らせていないだろうとは思っていたが。
「機関室で見つけたよ。『ミネルヴァ商会』から預かったらしき、木彫りの人形の詰まった箱を、いくつかね。あれ、ここら辺の海域では狙われているんだよね。だから他の荷物とは別に、機関室という外部の人間が入りにくい場所に置いていた」
「……ああ、そうだ」
船長は割とあっさり認めた。どこでもやっていることだし、今さら引け目を感じるほどではないのだ
ろう。
「ということは、爆弾を仕掛けた犯人は、あの大麻を狙っていたというのか? しかし、それと爆弾騒ぎがどう関係するんだ」
「ここで船長に質問。大型の貨物船の中に、ずっと狙っている宝物がある。船内に仲間がいない場合、航行中に侵入するのと、港に停泊中に侵入するのと、どっちが簡単だと思う?」
「それは……あっ、まさか、そういうことか!」
船長も気づいたみたいだ。
そう、大型の貨物船は、喫水線から甲板までがとにかく高いから、普通に海面近くから侵入するのは難しい。それこそ海賊のように、同じくらい大型の船を使わないと、航行中の船を襲うのは厳しいだろう。それで激しい争いを引き起こして、狙っていた大麻を燃やされたり海に捨てられたりすれば、骨折り損もいいところだ。
しかし停泊中の船ならば、港にかけたランプを通って侵入できるし、陸地という船上より安定した場所から、いくらでも攻撃を仕掛けられる。陸地には大量の人員を待機させておけるから、二十人くらいしかいない乗組員を制圧するのも容易だろう。大型の船や装置はいらないし、人数差で圧倒すれば争いも激しくならない。簡単かつ確実に侵入して大麻を手に入れるなら、停泊中を狙った方がいい。
「つまり犯人が、船内に爆弾が仕掛けられていると思わせたのは、船を近くの港に向かわせるため。そこで待ち伏せしていれば、襲撃する機会はいくらでも巡ってくる」
「だが、待ち伏せしている港に向かうとは限らないんじゃないか?」
「こんな大型の船が停泊できる港なんて限られているし、犯人側も、待ち伏せしている港に近い場所で爆発させたはず。この海域に詳しい人間なら、どのタイミングで爆発させるのがいいかは計算できるわ」
「そこまで入念に計画しているなら、犯行声明はむしろ、もっと確実に残すようにするんじゃないか? それがないと、他にも爆弾があると思わせられないわけだし……それとも、船の外から投げ入れるから、やむを得なかっただけなのか?」
「いや、犯行声明がなくても、船で爆弾が爆発したとなれば、次の危険への備えとして、どこかの港に避難することは十分に考えられる。あの犯行声明はあくまで、それをさらに後押しするものにすぎないから、残らなくても構わなかったのよ。このご時世、外からの助けなんて期待できないし、自分たちが助かることを優先するなら、誰だって寄港することを選ぶでしょう。まあ万が一、船が港に向かわなかったら、もう少し過激な行動に出るだろうけど」
「なるほど……それじゃあ、今まさに近くの港へ避難しようとしている現状は、犯人の思惑どおりということか。ではどうすれば……」
船長が考え始めてすぐ、そばにいた乗組員が口を挟んできた。
「どうするも何も、爆弾は仕掛けられていないんでしょう? だったらこのまま予定通り、次の寄港地に向かえばいいじゃないですか」
「馬鹿いえ。犯人が漁船で追跡している可能性は高い。待ち伏せしている港から離れる動きを見せれば、探偵さんの言うような、もっと過激な行動に出るかもしれない」
さすがは船ひとつの管理を任せられるだけあって、船長はこの中で一番思慮深い。乗組員の浅はかな提案を冷静に退けた。
そう、問題はここからだ。港に行っても行かなくても、大麻を狙う連中に襲われることは避けられない。敵の規模も戦力も分からないのに、二十人だけで相手取るのは無謀だ。わたしもできるなら、無益な争いは避けたい。
今わたし達は地獄と隣り合わせ……判断を誤れば真っ逆さまに堕ちるのみだ。
まあ、そう簡単に堕ちてはやらないけどね。
「探偵さん、何か手はないのか?」
船長がわたしに尋ねてくる。他の乗組員も、もはやわたしに訝る視線を向ける者はいなかった。シャルロットも、次にわたしが何を言うか、じっと見つめて待っている。
少し危険ではあるが、策はある。なければ神秘の箱は開かれない。
「……今から準備を始めれば、なんとかなるかもしれない」
そうしてわたしは、ずっと練っていた策の、その内容を話し始めた。
ここまでは頭脳メインでしたが、次週は頭脳に加えて身体能力もフル活用して、事件を解決へ導きます。第2章以来となる、人間離れしたアクションシーンが登場する予定です。映像化するならスタントが必須になるやつです。
あと、これまた第2章以来となる、ローゼとシャルロットのお姫様抱っこも出ます。お楽しみに。




