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Section 5-Seven

今年もよろしくお願いします。

第5章の現在パート、始まります。


 長いお話がようやく一区切りとなり、わたしは、ふぅ、と息をはいた。欄干にもたれかかって吐いた息は、暗い海原に溶けていく。


「そうしてわたしは、大統領府直轄の情報組織の一員になったってわけ」

「では、この地域のことを勉強したのも、その情報組織にいた頃に?」

「ええ。アムリゴの政情や治安を脅かしそうな勢力は世界中にあったから、自然といろんな国と地域の実情を学んだわ。もちろん、座学だけの情報収集なんて論外。基本的には自分で資料を漁ったり、実際に現地に行って聞き込みをしたり……そういう、自ら情報を集めて分析する手法を、向こうで徹底的に叩き込んだわ」

「それが今の、探偵の仕事に活かされているのですね」

「まあそうだな。探偵としてのやり方は、直接ではないが、ほとんど組織で身につけた。迷いはあったけど、こうして旅をしていても稼ぐ手段を得られているわけだから、選択は間違ってなかったと、今なら思うよ」

「あれ、でも今こうして旅をしているということは……」


 シャルロットは肝心なところに気がついてくれた。話が早くて助かる。


「お察しのとおり、すでに情報組織もやめている。三年前にね。旅を始めたのもだいたいその辺りからだ」

「でも、どうして……」

「なんというか、やはりわたしは組織というものに馴染まないたちらしい。それに、中央情報局はアムリゴの国益を守るために、情報を集めたり操作したりする組織だ。無節操に人を殺さないところを除けば、軍とたいして変わらない所だったんだ。まあ、同じ大統領府直轄の組織だから、体質が似通うのも必然だけどね」

「そのことに気づいたから、辞めようと思われたのですか……?」

「入隊して二年目くらいから、辞める機会をずっと窺っていたよ。で、ちょっとした事件があって、ついにやめる決意を固めたってわけだ」

「事件、ですか?」

「うん……まあ、片手間で話すには複雑すぎるやつだからね、そのうち話すよ」

「ここまでだけでも結構複雑だったような……」


 こうして思い返すと、波乱に満ちた半生だったと気づかされる。たった二十数年の間に、どれだけのものを犠牲にして、どれほどこの手を血で汚しただろう。複雑な経緯で始まった戦争の、その最前線に立って翻弄されたわけだから、単調な生き方なんてできるはずもないけれど。いつ死んでもおかしくなかったし、くじけそうになったのも一度じゃなかった。

 とはいえ、これまでが無駄だったとは思わない。軍にいたことも、ナオコさんを失ったことも、情報組織に入ったことも……全てが今のわたしにつながっている。


「探偵になることはね、アンダーソンに薦められてのことだったんだ」

「そうなのですか?」

「組織をやめて、自由の身になったうえで世界を見てみたいと言ったとき、探偵として旅費を稼ぐのはどうだろうと提案されてね……兵士として身につけた体力と忍耐力、諜報員として身につけた調査能力、どこの組織にも属さずにそれらを生かすなら、探偵の仕事がふさわしいと言われたよ。わたしも、それが一番だと思った」

「まさに今、ローゼさんは探偵の仕事にそれらを生かしていますね。おかげでわたしも、何度も助けられました」


 そう言ってにっこりと微笑むシャルロット。まあ、彼女が助けられたのは、運の要素が多分にしてありそうだが……。


「あの人はコメット氏と違って、無理にわたしを引き止めようとはしなかったな」

「アンダーソンさんにもきっと、ローゼさんに思うところがあったのですね。今のローゼさんなら、一人旅に出しても大丈夫だと思われたのですよ」

「そうかもね……今にして思うと、わたしにとってコメット氏は父親で、アンダーソンは母親みたいな感じだったのかもしれない。まあ、親というのがどういうものなのか、実感として知っているわけじゃないけど」

「だったら……」


 さっきまで浮かべていた笑みが薄らぎ、寂しげな雰囲気をシャルロットは漂わせている。本当に感情がよく動くなぁ。


「ローゼさんにとって、ナオコさんはどんな存在だったのですか?」

「…………」


 昔の話をしている間、ずっとシャルロットの様子を見ていたわけじゃない。それでも、興味津々で聞いていた彼女が、唯一顔を曇らせたのが、ナオコさんとの死別を語ったときだったと、わたしは気づいていた。

 もしかすると、彼女が一番聞きたかったのは……そして、一番聞きたくなかったのも、このことだったのかもしれない。


「うーん……大切な人だった、それ以上のことは、わたしにもよく分からない」

「…………」


 シャルロットの期待に添えられる解答ではなかったみたいだ。だけど実際、死別して七年ほど経った今でも、自分がナオコさんのことをどう思っていたか、うまく説明できない。

 なぜあのとき、冷たくなったナオコさんに口づけをしたのか。

 大切な人だった。大好きな人だった。失ったことで、その気持ちの大きさにも気づけた。わたしが言葉にして説明できるのは、いつもここまでだ。


「ローゼさんにも、分からないことがあるのですね」

「そりゃあ、いくらでもあるさ。ナオコさんも言っていたように、わたしだって、自分の見ているものしか分からない。そしてきっと、見えているものの中にも、分からないことはいくらだってある。わたしが、自分の気持ちを説明できないように」

「そういうのって、案外、他人の方が分かったりしますよね」

「シャルロット?」


 彼女はさっきからこっちを見ようとしない。すぐ隣で、同じように海を見ているはずなのに、どこか口ぶりが他人行儀だ。もっとも、わたしだってシャルロットをよく見ているかといえば、そうじゃないかもしれないが。


「どうしたんだ?」

「……ローゼさん。あの、ローゼさんが、ナオコさんに向けていた気持ちって」

「うん」

「それって、ひょっとして……」


 何かに気づいたらしいシャルロットは、わたしが求める答えを、告げてくれそうだった。そんなふうに、わたしはこの瞬間に期待していた。

 だが、シャルロットの解答は、突如響いた轟音に遮られた。


 どんっ、という音と衝撃に、しばらく安定していた足元は揺さぶられた。貨物船は丈夫だし、たいした揺れではなかったはずだが、完全に油断していたわたし達は、よろけて床に手をついてしまった。


「あ、危な……シャルロット、大丈夫か?」

「はい、平気です。ローゼさん、今の音って一体……」

「船首の方からだと思うが……なっ!」

「ローゼさん、あれは!」


 船首に視線を向けると、そこから黒煙が立ち上っていた。右舷の中央からだと死角になっているが、黒煙に紛れて、火の粉が舞っているのも見える。さっきの轟音のことも考えると、何が起きたかは容易に想像できる。


「行こう、シャルロット!」

「はい!」


 わたし達は立ち上がってすぐ、火元である船首に向かって駆けだした。

 船首までたどり着くと、舳先(へさき)にほど近い所の床から煙が上がっていた。木製の床板はあちこちで燃えて、火の粉を散らしている。早くこの火を消さないと延焼しそうだ。


「おい、何があった……うわあっ?」

「お、おい、火が、船首が燃えてるぞ!」

「やべぇ、どうすんだよ!」


 次々と乗組員が駆けつけてきては、火と煙を上げている船首を見て驚いている。あまりこういう経験がないのか、慌てて冷静さを失っているみたいだ。


「落ち着け! 船の中に消火器くらいあるだろう! 近くを探して持って来なさい!」


 なぜかお荷物であるはずのわたしが、乗組員に指示を出してしまっている。


「は、はい!」

「でもあの、消火器の使い方がよく分からなくて……水じゃ駄目か?」

「床下の配線から漏電するぞ! わたしが見本を見せるから、グダグダ言ってないで早く持って来なさい!」


 乗組員たちの行動はまるで要領を得ない。文明が崩壊して人員の確保が難しくなった影響か、ろくな安全教育を受けていないようだ。ジパニカで造られた船なら、消火設備も整っているはずだが、乗組員が使いこなせなければ意味がない。

 それでも消火器の場所くらいは把握していたのか、割とすぐに持ってきてくれた。予想どおり、電気設備の異常でも使える粉末消火器だ。性能はそれほど高くないが、恐らく火災の原因は爆発だ、床下の配線まであらわになっているなら、液体系より粉末系の方が安全に火を消せる。

 ピンをはずし、少し離れたところからホースを向けて、薬剤を発射した。


「わたしも手伝います!」


 わたしのやり方を見てすぐに、シャルロットも同じようにして消火器を使った。まったく、乗組員より頼りになる助手だよ。

 そして、十分も経たないうちに、鎮火することができた。


「ふぅ……なんとか消し止められたな」

「それにしても、どうして火が……機械が故障したとか」


 ろくに消火活動をしていない乗組員のひとりが、寝言をほざいた。わたしは呆れながら彼らに視線を向ける。


「さっきの爆音が聞こえなかったのか。機械が故障した程度で、あんなでかい爆発が起こるわけがないだろう。どう考えても、人為的に起こされた爆発だよ」

「人為的に? そんな……」

「見てみろ」


 鎮火した火元に近づいて、わたしは消火剤の山の中から、床板の破片とは明らかに違う、合成樹脂の燃えカスを拾い上げた。


「こいつは爆弾の破片だ。たぶん、ありあわせの材料で作った即席爆弾だろう。出どころが掴みにくい分、下手に殺傷力のある爆弾よりたちが悪い」

「爆弾って……」

「なんでそんなものがこの船に……」

「さあね。詳しいことは、もう少し調べてみないと……ん?」


 消火剤の山の中に、黒い金属の板が埋もれている。慎重に引っぱり出して、煤や消火剤を手で払うと、表面に何やら文字が刻まれていることが分かった。


「これ、何かの文章でしょうか……読めませんけど」

「この地域で使われている言語みたいだな。えっと……」


 文字は知っているし、簡単な単語なら把握している。金属の板に刻まれているうえに、熱と炎にさらされて黒くなっているせいで読みづらいが、まあ何とか判読できた。


「爆弾は、他にもある……次は、脅しじゃない……だって」

「なんだと!」

「他にも爆弾が仕掛けられてるのか!」


 案の定、乗組員たちはうろたえ始めた。初期対応のグダグダぶりを見ても思ったが、こいつらじゃどうにもならない。やっぱり船長と直接相談した方がよさそうだ。

 ひねくれた性格のなせる業か、周りが慌てていると逆に冷静になれるわたしがいる。そしてわたしが落ち着いているおかげで、シャルロットも慌てる素振りは見せない。不安そうな顔をしてはいるが。

 それにしても……。


「次は脅しじゃない、か。面白みのない犯行声明だな」

「犯行声明に面白みも何も……というかローゼさん、楽しんでいません?」

「あはは、まさか」


 乾いた笑い声が出てしまった。状況を面白がっているつもりはなかったが、シャルロットを呆れさせてしまったな。まあ、不安げな表情が消えたから、よしとしよう。


行き先で事件が起きるのは探偵役の宿命、みたいなところがあるローゼ。本人もそれを自覚している節があって、今では事件そのものを楽しむようになっています。感情という機能がバグっているんですね、きっと。

それはともかく、今回から揺り戻しのようにミステリらしさが本格化します。この世界観ならではの謎解きを、ご堪能ください。

では、次週をお楽しみに。

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