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Section 5-Five

この作品には、『戦争以外の殺人なし』というタグをつけています。つまり、ミステリ部分に関しては殺人事件を扱わない、という制約を設けているのです。作中世界だと、どんな凶悪犯罪も物語を盛り上げてくれないので。

しかし、このタグが意味することは、他にもあります。

この作品、人の死が描かれないわけではないのです。


 それから、また数か月の時が過ぎた。

 戦況は手の施しようがないほどの泥仕合となり、艦船、戦闘機、ミサイルをはじめとした、大型兵器が次々と投入されていた。歴史上で繰り返されてきた、いわゆる侵略戦争とは異なる、互いに敵勢力を叩き潰し合うだけの戦争……骨髄に徹した恨みが原動力となり、相手を攻撃し、その相手も新たに芽生えた恨みを、相手にぶつける形で攻撃する、そんな負の連鎖がすでにでき上がっていた。もはや止めるすべなど何ひとつなかった。


 そんな状況でわたしは何をしていたかといえば、戦闘の主軸が地上戦から爆撃に移ったことで、大規模な戦闘にはほぼ参加していなかった。爆撃機は遠隔操作できるので、わざわざ遠方に赴く必要がないのだ。というわけでわたしは、戦闘で混乱に陥った地域に行って、治安維持のための活動をしていた。

 もっとも、戦争が激化する前から、世界のあちこちで小さな対立の種があって、それが大国の争いに触発される形で大きくなった結果だから、元から治安などないも同然だったのだが。それでも、些細な憎しみが、巡り巡ってアムリゴに害をなすテロ組織に発展する恐れはあるので、その前に芽を摘んでおく必要があると、軍の上層部は判断したのだ。過去にアムリゴがやらかした失敗から教訓を得たのだと、コメット氏は語っていて、まあその通りだろうとわたしも感じた。


 この日の仕事は、ある地域のアムリゴ軍の拠点を襲撃しようと企んでいた、ならず者集団の摘発だった。わたし達に計画がバレたことで、地元の女や子どもを人質にとって籠城を試みたが、その前にわたしが、人質を連れ込もうとしていた連中を見つけて倒し、人質を全員解放してしまったのだ。一般人を盾にすれば簡単に攻撃できないと高をくくっていた連中は、わたし達の部隊の襲撃を受けて、あっさり壊滅した。

 人質を必要以上に怖がらせるのはよくないので、倒すときは大型の針で延髄を刺したり、ワイヤーで首を絞めたりして、出血がないように心がけた。まあ、それでも目の前で人が瞬時に殺されるわけだから、トラウマを植え付けることに変わりはなかったが。下手に生かしたままにすると、人質に思わぬ危害が及ぶ恐れがあるから、なるべく素早く確実に息の根を止めるのが最善だったのだが……。

 そんな感じだから、わたしは地元住民から特に怖れられる存在となっていた。正直、気分のいいものではなかったが、それでもこの仕事が、結果的にナオコさんたちの暮らしを守ることになると、自分に言い聞かせながら乗り切っていた。


 その日の夜だった。ひと仕事を終えて、部隊内の報告会が滞りなく済んで、めいめいが自分の居室に戻ろうとしたとき、アムリゴ本国との連絡係の男性が、慌てた様子で入ってきた。


「本国からの報告です! 敵国の戦闘機が八機、本土の各地に墜落し、爆発のち炎上! いくつかの街が壊滅的な打撃を受けたそうです!」

「戦闘機が墜落? その程度で壊滅的な被害を受けるものか?」

「それが、どうやら戦闘機に大型の爆弾を積んで、意図的に突っ込んでいって爆発させたらしいです。軍の監視カメラの映像を見た限りでも、機首が真っすぐ地面に向けられていて、墜落というより自ら突っ込んでいったようだと……」


 ああ、ひとつ前の世界戦争でジパニカの軍がよくやっていた、“特攻”なるふざけた攻撃と同じか。そんなものに頼るとは、かの国も落ちぶれたものだ。まあ、与えられる被害はそれなりに大きいものではあるが。

 報告を聞いた上官は、苦い表情で頭を押さえた。


「なんてこった。これまで本土への攻撃は最小限に抑えていたというのに……」

「爆撃機が通常飛行する高度にいなかったので、見逃されたようです。地上に突っ込むつもりであれば、高度を低くするのが自然ですから……」

「まあ、我々はまだここを離れるわけにいかないが、それでも本土の被害状況は確認しておかないとならんな。それで、どこが攻撃を受けたんだ?」

「ええ、まずは……」


 そして連絡係の男性は、特攻の被害を受けた街の名前を挙げていった。わたしはその場所を、頭の中の地図にプロットしていく。なるほど、こっちに狙いを絞りにくくさせるためか、確かにアムリゴの広い国土の、至る所を攻撃しているようだ。


 …………。

 今、なんと言った?

 連絡係が告げた、被害を受けた街のひとつに、強烈に注意をひかれた。


「待って。今、どこが被害を受けたって言った?」


 わたしは連絡係に尋ねた。聞き間違いであってくれと、願いながら。

 しかし、彼が首をかしげながら告げた答えは、その願いを無惨に打ち砕いた。

 上官もすぐに気づいた。報告された街の中には、ノイヨルケ郊外のある住宅地も含まれていた。それは……。


「おい、確かそこは、ローゼくんの家がある所じゃ……」


 そんな事はどうでもいい。大型の爆弾を搭載した戦闘機が突っ込んで、大爆発を起こしたのなら、被害がわたしの家だけで済んだはずがない。当然、わたしの家の隣も……。


「……ナオコさん」


 愕然として、わたしはその名を呟いた。

 どうして失念していたのだろう。戦争とは、国や大規模な勢力の上に立つ者たちが、いがみ合い、憎しみ合って行なわれるものだが、その被害を受けるのは上に立つ者じゃなく、いつも、力をもたないただの一般市民であるということを……。


  * * *


 夜にもかかわらず、わたしは治安維持本部を飛び出した。一刻も早く、あの街の状況を確かめずにいられなかったのだ。

 でもすぐに冷静さを取り戻した。本国に戻るには飛行機を使うしかないが、わたしはまだ操縦の訓練をした事がない。ひとりで戻るのは不可能だった。


「ああ、もう、くそっ……!」


 地団駄を踏んでしまった。こんな時に身動きの取れない自分を呪いたくなった。

 そんなわたしを見かねてか、上官は戦闘機の操縦ができる隊員をひとり、わたしにあてがった。まだ治安維持の仕事は山ほどあるのに、大きな戦力であるわたしの心が乱れていてはよくないと、判断したのだ。うん、ありがたい。

 武器弾薬をほとんど載せていない戦闘機で、だいたい半日かけてわたしは本国に戻った。まずは陸軍の本部に着陸し、軍が移動用に使っている自動車を借りて、ノイヨルケ郊外の街に向かった。入隊する直前に運転の免許は取ったが、自分の車がなかったのだ。


 住宅地に辿り着いたとき、あまりに凄惨な光景に産毛が逆立った。

 かつてあった、緑の芝生や公園、落ち着いた雰囲気の住宅が連なっていた場所は、見る影もない焼け野原になっていた。芝生も木々も焼けこげ、建物は全壊あるいは半壊し、壁もすすけて汚れていた。ほどよく心地よかった賑やかさも消え失せ、不気味なほどに静かで、人気はまるで感じられなかった。


 わたしの自宅の前で、車を停めた。予想はしていたが、建物は原形を留めないほど壊され、外にいながら中の家具類がはっきりと見えた。もちろん家具類も無事では済まなかった。

 どうやら問題の戦闘機は、ここから目と鼻の先に落ちたらしい。すぐそばにあったわたしの家が、甚大な被害を受けるのも当然だった。もちろん、周りにある家も、例外なく同じような被害を受けるわけで……。

 隣の家、ナオコさんの家もまた、無惨に崩れて潰れている。そして、むき出しになった壁材の隅っこには、黒ずんだ血痕がついていた。


 ……駄目だ、絶望感にとらわれるな。攻撃があった時、彼女たちが留守にしていた可能性はある。まずはナオコさんの携帯電話にかけよう。基地局はまだ生きているはずだ。

 応答はなかった。

 いや、電話を持っていないとか壊れている可能性だってある。まだ望みを捨てるのは早い。わたしはそう言い聞かせながら、車に戻って発進させた。


「……ナオコさん、無事でいて」


 住民が無事でもそうでなくても、この緊急事態だ、どこか一か所に集まって避難あるいは治療を受けているだろう。爆発の影響が及んでいないところまで行けば、そうした避難場所も見つけられる。あれから一日が経過しているのだ、ナオコさんたちが別の場所にいたとしても、とっくに帰ってきてどこかに身を寄せているはず。


 果たして、爆発の被害を免れた体育館に、怪我を負った住民が何人も待機しているのを見つけた。すぐ近くに車を停めて、わたしは駆け足で体育館の中に入った。

 入り口で、足が止まる。言葉が出なかった。

 災害で甚大な被害があった時の、避難場所の映像を見たことがあるが、いま目の前に広がる光景は、それをさらに上回るほどに悲惨だった。横たわるひと、壁にもたれて座るひと、伏し目でうずくまっているひと……広いはずの体育館を埋めつくす住民たちは全て、生気を失っていた。葬式の方がまだやさしいと思えるほど、陰鬱な空気に満ちていた。


 軍の資料を読んで、戦争のことを少しは知った気でいた。しかし、戦争がもたらす悪影響は、わたしの想像をはるかに超えていた。上の連中が、お高い椅子に腰かけながら、安全な場所で好き放題に争っている間に、一般人はここまで苦しめられるのか……。

 爪が手のひらに食い込むのを感じた。軍の上層部なんて、コメット氏以外には会ったことも話したこともない。そんな奴らへの憤りで、わたしは身を震わせていた。

 ……落ち着け。いま優先すべきは、ナオコさんたちの安否確認だ。


「ナオコさん、いますか? ナオコさん!」


 声をかけてみたが、返事はなかった。ここにはいないようだ。出かけているだけか、それとも……。


「!」


 ハッと気づいた。奥にはブルーシートで仕切りが作られていて、入り口らしい切れ込みのそばには、『遺体安置所』と書かれた張り紙が貼られていた。

 ゴクリ、と固唾を飲んだ。また体が震えている。今度は怒りからじゃない。

 恐る恐る近づいて、ブルーシートの切れ込みの端を持ち上げて、その向こうを覗く。


 当たり前だけどそこには、物言わぬ遺体が整然と並べられ、シーツを全身にかけられていた。生きて動いているのは、遺体の検分をしているらしい医者や、実態調査に来ている軍の関係者くらいのものだ。

 シーツがかけられているせいで、遺体の顔は見えない。呼びかけても応えてはくれない。自分で一体ずつ、シーツをめくって探すしかないか……なんて思いながら、入り口に近いところから遺体の顔を確認していこうとすると。


「こら、君。勝手に遺体に触っちゃいかんよ」


 軍服の人に止められてしまった。仕方ない、話が通じるかどうか分からないが……。


「すみません、わたし、この辺りの住人なのですが、隣人と連絡がつかなくて、探していたんです」

「ああ、そうなのか……何人か、名前の分かっていない遺体もあるから、発見された家の住所で整理しているんだ。その人が住んでいた場所は?」


 わたしがナオコさんの家の住所を告げると、軍服の人はすぐに案内してくれた。それはすなわち、その住所の家から遺体が見つかっているということだった。

 ……絶望が深まっていく。それでも、万が一ということもあるから、確かめないわけにはいかなかった。


 軍服の人に案内してもらった区画には、シーツの上に同じ住所の書かれた紙が置かれた、三体の遺体があった。そのうちの一体は、他の二体と比べて、シーツ越しでも分かるくらい背が低かった。

 シーツをめくり、顔を見た。やはりその遺体は、ナオコさんの娘だった。つい最近まで、画面越しに笑顔を見せていた少女は、右の耳と肩が潰れていた。

 ああ、もう、いやだ。

 これ以上は見たくない。でも、見ないわけにはいかない。


 ―――知りたいことはほっといても向こうからやってくるけど、知るべきことは自分で見つけるしかないの。


 ナオコさんの言葉が頭をよぎる。その通りだった。自分で見つけようとしなければ、知るべきことを知ることはできない。どんなに辛くても、わたしはナオコさんたちの安否を、ちゃんとこの目で確かめなければならない。事実から目をそむけてはならない。

 覚悟を決めて、わたしは娘の右隣の遺体にかぶせられたシーツをめくった。

 ……知っている男性だった。仕事が多忙なせいで数度しか会っていないが、間違いなくこの人は、ナオコさんの夫だった。こっちは鼻が潰れ、唇が擦れていた。特攻が行なわれたのは休日だから、たまたま自宅にいたところで被害に遭ったのだろう。

 やっぱり怖い。でも、逃げ出したくなる気持ちを必死にこらえ、わたしは残る一体のスーツも指でつまんだ。心拍が激しくなる。指先の震えが止まらない。奥歯をしっかりと噛みしめて、カタカタと鳴らないようにするのが精一杯だった。


「…………うあぁ!」


 迷いや恐れを振り払うように叫びながら、シーツを思いきりめくった。

 ……わたしの望みが叶う可能性は、これで完全になくなった。


「ナオコさん……」


 そこには、わたしを人間の女の子にしてくれた優しい女性が、眠るように横たわっていた。肌は少し煤で汚れているが、顔に傷はほとんどついていなかった。こんな場所でなければ、今にも起きて動き出しそうな雰囲気さえあった。

 でも……目覚めるはずもなかった。呼吸もない、脈拍もない、そして肌は石のように冷たい。どう見ても、彼女は生命活動を止めていた。


 …………。

 思考がうまく働かない。ぼうっとした感覚のまま、わたしはその場に崩れた。


「ああ、この女性か」軍服の男性が覗き込んで言う。「このひと、倒れた壁の下敷きになっていたんだけど、そこにいる娘をかばうように抱きしめながら倒れていたんだ」

「かばう……」

「死ぬ間際でも娘さんを離さなかったんだな。優しい母親だ」


 ……知っていた。ナオコさんは優しい人だった。夫と娘をしっかりと愛し、ただの隣人にすぎないわたしのことも気にかけてくれた。たまに怒ったり、(たしな)めたり、冗談を飛ばしたりもしていた。一緒にいて楽しい人だった。

 本当に、いい人だった。過去形で語るのがつらいほど。


「それで君、この遺体の身元は知っているのかい」

「…………はい」

「そうか。とりあえず名前だけでいいから、ここに書いてくれ」


 軍服の男性が、クリップボードに挟んだ書類とボールペンを手渡してきた。番号と、筆記体で書かれた人名があった。人名を書く欄は空白が多かった。わたしはほとんど機械的に、ナオコさんたちの名前をボールペンで記入した。対応する番号は、シーツの上に置かれた紙に、住所とともに書かれていた。

 クリップボードを返すと、軍服の人はその場を離れた。身元の詳細について、役場に問い合わせるのだろう。わたしに名前だけ書かせたのは、精神的に参っているであろう、わたしのことを気遣ってのことだ。それも優しさだと思っておこう。

 もっとも、このときのわたしに、その優しさを意識して受け取る余裕はなかった。目の前に横たわっている、物言わぬ身となったナオコさんの姿に、何を思えばいいのかも分からなくなっていた。


 ただ、無意識でもはっきりと分かることがある。彼女の言葉はもう聞けない。彼女の優しさに触れることはもう出来ない。彼女の存在も、これからの時間も、守るべきものも、永遠に失われてしまった。そして、失って初めて、気づくこともある。

 ナオコさんの肌に触れる。血の巡りが止まり、冷たく青白くなっても、やっぱり彼女は綺麗だった。心惹かれるほど、綺麗だった。


 吸い寄せられるように、わたしは彼女に顔を近づけた。

 誰も見ていない間に、ひっそりと。


 ……陶器のような感触を、唇に残した。


  * * *


 わたしは結局、元の駐屯地には戻らなかった。心が乱れはしなくても、ぽっかりと穴が開いてしまった……とても戦場に出られる状態ではなかったのだ。

 それから数日経って、陸軍本部にあるコメット少将の執務室を訪ねたわたしは、彼に大事なことを告げた。上司であり、教育係でもあった彼に。


「……気は確かか?」

「はい、将軍」


 デスクを挟んで正対するコメット氏に、わたしは言った。たぶん初めて、彼をその二つ名で呼んだと思う。彼はずっと将軍と呼ばれたがっていたが、わたしはずいぶん長く、その呼び名を使わなかった。もう、今回しか機会はなかった。


「わたしは、軍を退役します。辞表を提出しますので、受理をお願いします」


……いや、まさかね。

この作品で初めてのキスシーンが、亡骸とのキスというのがね。

もちろん、最初からこういう展開にすると決めていたのですが。とはいえ、ローゼがナオコさんへの気持ちをどう自覚したのか、はっきりとはさせないつもりでもいます。今のローゼに、恋愛感情などというものが、理解できるとも思えないので。

次週で過去編は終わります。でもこの第5章はまだまだ続きますよ。

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