Section 5-Four
アムリゴ合衆国(モデルがどの国とはいいません)がどこと戦争しようとしているのか、今回は徹底的に伏せておき、“敵国”“かの国”という表現に留めています。それがどこのことなのかは、読者の皆さんの想像にお任せします。……まあ、二通りしか考えられないとは思いますが。
何度でも言います。この作品はフィクションです!
フィクションでなければいけないのです!
「え? ジパニカに帰る?」
寒さが次第に厳しさを増していたある日、わたしはいつものようにナオコさんの家で、ナオコさんの娘のカード遊びに付き合っていた。その最中に、ナオコさんがふと思い出したように、年末になったらジパニカの実家に行くと言い出したのだ。
……そんな表情をしたつもりはない。少なくとも自分では。
「もう、そんな顔しないで。一週間ほど向こうで過ごして、その後にこっちへ戻ってくるわよ。ジパニカだと、年末年始は家族で過ごすのが通例だから」
「一週間も? 有休消化率は世界でもかなり低いのに、こういうときだけがっつり休むんですね。アムリゴだったら二日間しか休みませんよ」
「うーん……わたしから助言しておいてあれだけど、余計な知識まで増えている気がする」
ナオコさんは複雑そうな表情を浮かべた。彼女との交流を続けるうちに、ジパニカという国に興味が湧いて、色々と調べた結果だ。どこの国にも言えるけど、魅力的な一面もあれば、そうでない部分もある。自国を宣伝するときは、とかく後者は無視されがちだが。
「本当はローゼちゃんも連れていって、実家にいる両親や妹にも紹介しようかと思ったのよね。ほら、ローゼちゃん、家にいても一人だし、せっかくの年末年始をひとりぼっちで過ごすなんて寂しいじゃない?」
「さらっと人を憐れむの、やめてくれます?」
「でもローゼちゃんは軍の仕事があるし、休めるのも年末の一日と年始の一日だけでしょ。それじゃあ、わたし達の帰省には付き合わせられないなぁ、ってことで」
「休みがかぶるかどうか以前に、家族でも何でもないわたしが、人の家に居座るわけにはいきませんよ」
「何を言うの。ローゼちゃんはもはや家族も同然よ」
「そーだそーだ」
なぜか娘までナオコさんに便乗してきた。ナオコさんたちと家族……悪い気はしないが、そこまで踏み込んだ関係になるのは気が引ける。
わたしは、こんな平凡な家族への仲間入りが許されるような人間じゃない。幼い頃から血を浴びすぎている。この人たちが許しても、他でもないわたしが許せない。
「……わたしのことは気にしなくていいですよ。それに今年は、休む暇がなくなるかもしれませんから」
「どういうこと?」
「このところ、世界情勢がかなり悪くなっています。ちょっとしたきっかけで、一気に世界規模の戦争に突入しかねない、そんな状況です。いずれわたしが所属する部隊も、その戦争に駆り出されるだろうと言われています」
「ローゼお姉ちゃん、戦争に行っちゃうの……?」
ナオコさんの娘が、悲しそうな顔をわたしに向けた。ジパニカはここ百年ほど、戦争に参加したことがない。この子は間違いなく戦争を知らない世代だが、それでもナオコさんの教育がいいのか、戦争にいい印象を持っていないようだ。
それでいい。ナオコさんに似て純粋なこの子は、まだ穢れを知らなくていい。
ただ、家族同然だと思っていた隣人が戦地に赴くことで、彼女を悲しませているのだとしたら、ちょっと申し訳ないな……わたしは肩をすくめて言った。
「わたしは、行くか行かないか、それを自由に決められる立場じゃないんだ」
その答えを聞いた娘は、物寂しそうにうつむいた。完全に理解しているとは思えないけど、どうにもならないことは察しがついただろう。
「そっか、忙しくなりそうなのね……じゃあ、こっちに戻ってきて、今度会った時のために、お土産を買っておきましょうか」
「さんせー!」
ナオコさんの呑気な提案に、娘も手を挙げながら同意した。よほどわたしをひとりにしたくないようだ。
……まあ、物理的に距離が離れていようと、インターネットを介していくらでも話はできるのだから、寂しさを感じることはないだろう。この親子のことだ、頻繁にわたしに連絡を取ろうとするのは、容易に想像がつく。それだけでわたしは十分だ。
と、思っていた。この日までは。
* * *
翌日、いつものように軍の訓練施設で体力づくりをしていると、上官が勢いよく部屋に入ってきた。なぜだかとても慌てている。
「一大事だ! 我が軍がエイジアの最大拠点としていた島が、他の勢力に占拠された!」
「占拠! どういうことですか?」
訓練の指導をしていた我が隊の隊長が、目を丸くして上官に尋ねた。
「どうやら、かの国が秘密裏に支援している勢力らしい。アムリゴとの合意交渉が進まないことに痺れを切らして、勝手に動いたようだ。かの国はまだ正式なコメントを出していないが、これで向こうも難しい立場に置かれたことになる」
そういう上官も難しい顔をしている。訓練を中断して上官の話に耳を傾けている、他の兵士たちも同様だった。
無理もない。占拠されたという島は、現在対立している某国と、地理的に非常に近いところにあり、某国の影響力が強いにも関わらず、経済的にも政治的にも独立している。某国への監視や牽制を確保しておきたいアムリゴにとっても、自国の影響力を外向的に強めたい某国にとっても、重要な場所となっている。現在は、経済的・軍事的に関係を強めたアムリゴが拠点としているが、そこが、全く別の第三者によって制圧されたのだ。
アムリゴにとっても衝撃的だが、某国にとっても、第三者が無理やり奪い取った拠点を、そう簡単に自分たちの手に収めることはできない。第三勢力から譲渡されたとしても、軍事力でもって奪ったとしても、アムリゴを刺激することに変わりはないからだ。某国としても、アムリゴとの軍事衝突は可能な限り避けたいと考えていて、だからこそ、今の緊張状態から脱するために交渉を重ねていたが、それが水の泡となったのだ。
問題は、これからのアムリゴの出方だった。
「それで、現地の状況は?」
「まだ正確な情報は入ってきていないが、少なくとも、現地に常駐していた我が軍の、六割が壊滅したそうだ……」
六割。その数字に、兵士たちは驚きを隠せなかった。元々、常駐している兵の規模が小さいとはいえ、これはその第三勢力に、完全に敗北したと言ってよかった。ここ数十年、アムリゴが関わった内戦はほとんど成果なしに終わっているが、ここまで明確な敗北は少ない。
「生き残った兵は?」
「残らず撤退したらしい。飛行機もやられたから、命からがら船で脱出し、ジパニカにある基地に逃げていったと……これはもう、我が国の顔に泥を塗ったのと同じだ」
「そうなると、当然政府も黙ってはいませんよね……」
「ああ。明日にでも、追加の兵を島に投入し、奪還するよう命令が下るだろう。今はかの国も大人しくしているが、このまま第三者に占拠されたままでは、いずれ向こうに渡る恐れがある。何しろ、その第三者がかの国と繋がっているわけだからな」
「でも、それだけで事態が収まるでしょうか……」
「うむ……」
上官が言葉に詰まるのも当然だった。第三者に奪われた拠点を、アムリゴが軍事力で奪い返すことを、某国が面白く思うはずがない。見ようによっては、某国にとっても重要な場所を、アムリゴがこれを機に実効支配するつもりだともとれる。もしアムリゴが大量の兵を投入すれば、占拠している連中は某国に支援を求めるだろうし、某国がその求めを拒否する理由はない。その島が、二つの巨大勢力が衝突する、戦場になるかもしれない。
そして、その軍事衝突が、その島だけで終わる保証はない。過去にも起きた世界規模の戦争を見ても、そうした狭い範囲での衝突が、色んな勢力を巻き込んで拡大したという事例はいくつもある。『世界融和会議』もろくに機能していない現在、戦闘規模の拡大を止められる所はどこにも無いのだ。
「そもそも、どうして我が軍の拠点が、第三勢力の手に落ちたのです? 周辺の状況には、常に目を光らせていたはずですし、島に侵入するだけでも難しいですよ。それが、こんな短時間で陥落するなんて……」
「内部に手引きした人物がいたんだと思いますよ」
発言したのは、ここまでずっと無言だったわたしだ。何をしていたかといえば、訓練を中断して、部屋の中にあった大型のコンピュータを操作していた。訓練の合間を縫って色々と調べていたおかげで、思い当たることがあったのだ。
他の全員が注目する中で、わたしはキーボードを打つ手を止めることなく言った。
「問題の第三勢力が、アムリゴの拠点を落としたことで調子に乗って、今しがた犯行声明を出したんです。おかげでどこの勢力かはっきりしたので、そいつらが以前から使っている闇チャットにアクセスしたんです。通常の検索エンジンには引っかからないし、認証なしで侵入するのも難しいですが、なんとかクラッキングして入り込みました」
「クラッキングって……どうやって?」
「自宅で暇な時間に作ったクラッキングソフトを使いました。このチャット、国家安全局がまだ破るのに成功していないシステムなので、ちょっと時間がかかりましたけど」
「自作のソフトでクラッキングって……」
上官が呆れたような声で言った。分かっている。ほとんど興味本位とはいえ、ここまでくると軍の仕事の範疇を越えている。たぶん色んな重要施設に侵入する能力があるから、このソフトは厳重に保管しておこう。
「まあいい。それで、その闇チャットにはどんな記述が?」
「身分を偽って島の住人に成りすまし、合図が来たら発煙筒や手榴弾を施設内に放り込み、内部を混乱させることが計画されています。そして、あらかじめカメラやレーダーのシステムにクラッキングして、偽の映像を映し出すようにして、船で近づき、混乱に乗じて砲撃を行なう……簡単に言えばそんな所です。でも、普通はこんなことできません」
「そりゃそうだ。うちのシステムに侵入してデータをいじるなんて……外部からのアクセスには特に厳しいから、そう簡単にできるわけがない」
「だから、やったのは内部の人間ってことです。計画の中心にいる投稿者の何人か、どこのネットワークからアクセスしているか辿ってみたら、アムリゴ国内だと分かりました。島の軍事施設を数日で落とすなら、内部の状況に詳しい人がいないといけませんし、その人が手引きしたと考えるのが妥当です。寝返ったのか、それとも初めから間諜として潜入していたのか、そこまでは分かりかねますが……」
「なんてこった、我が軍の内部に裏切り者がいたなんて……」
「まあ、その裏切り者を見つけるのは、別の部署の仕事ですよ」
操作を終えたわたしは、近くに置かれていた卓上メモ帳から紙を一枚剥がし、ひとつの文字列を書き込んだ。それを上官に手渡す。
「計画を主導した人物のアドレスです。これも中継地のひとつでしょうから、気休めにしかならないと思いますけど、とりあえず上層部に渡してください」
「お、おお……しかし、こんな大それたことを計画するやつが、そう簡単に尻尾を出すとも思えんが」
「不正アクセスを受けたことは、恐らく向こうも察知しています。でもあいにく、こっちは国外のサーバに作った仮想マシンを介してアクセスして、そのマシンもすぐに電源を切りましたから、向こうが逆に辿るのは難しいでしょう。それで焦ってくれれば、向こうも何か目立つ行動をとるはず……国家安全局の目の届くところにいるなら、見つけられないことはないですよ」
「…………」
もはや周りからは何の反応もなかった。静かすぎると逆に落ち着かないな。
とはいえ、裏切り者の存在が分かっても、この状況を止めることはできなかった。数日後、アムリゴは大軍を島に送り込み、奪還作戦を始めることになった。そして敵対する某国も、これに過敏に反応し、一日遅れて軍を派遣することを決めた。予想していた最悪の展開だ。
ここからは、坂道を転がり落ちるように、事態は悪化の一途をたどった。
島での軍事衝突が沈静化することもないまま、『世界融和会議』はアムリゴ側と敵国側で勢力が完全に二分された。厳密にいえば、両陣営の争いに巻き込まれたくない一部の国は、揃って無視や無関係を決め込んだので、勢力は三つに分かれたと言った方が正しいかもしれない。アムリゴとは同盟関係にあるはずのジパニカも、この傍観勢力に与することを決めた。こうした分裂の結果、『世界融和会議』は事実上の機能停止に陥った。
争いを止めるものがなくなったことで、両陣営の衝突は激しさを増していった。最初の戦場となった島は、軍事基地の外にまで戦火が広がり、地元住民は島からの脱出を余儀なくされた。ここでも、アムリゴと敵国のどちらに退避するかで、両陣営はもめることとなった。住民の退避を国が支援すれば、島における主導権を握るのに一役買うと、どちらも同じように考えたからだ。そのせいで住民たちの間にも無用な軋轢を生み、結果的に退避が遅れてしまったために、住民の一部は戦闘に巻き込まれることになってしまった。
この事態に、両陣営は揃って相手が悪いと決めつけ、非難の応酬を繰り広げた。止められる第三者が不在の状態で、やがて両陣営は自国の行動を正当化し、相手を悪者に仕立て上げるために、自国民に向けたプロパガンダを強化し始めた。その内容に説得力をもたせるために、相手国の機密情報を奪い取る、通信攻撃を主体とした争いが激化した。
その頃になると、最初の島での戦闘はようやく沈静化することとなった。もっとも戦いは痛み分けで終わり、それなりに経済が発展していた島は見る影もない焦土と化し、これ以上の人員を差し向けても得られるものはないと両国が判断した結果、ほぼ同時に撤退する形で鎮まったのだが。島に元々いた住人たちは両陣営に見切りをつけ、ジパニカなどの傍観勢力の国へと、次々逃げるように出ていった。
互いが島での戦闘で何の成果もあげられなかったことで、国民の、政府や軍に対する不信感が根付くことを恐れた両国は、焦燥感に突き動かされるように戦闘の範囲をどんどん広げていった。それぞれの陣営に協力的な国も巻き込んで、互いに相手の陣営への攻撃を繰り返していき……戦火は徐々に世界中へと広がっていった。
それに伴って、わたしも世界のあちこちに派遣されることとなった。ノイヨルケ郊外の自宅に帰ることはできず、アムリゴの陸軍本部や国外の駐屯地で寝泊まりするのが日常になりつつあった。常に殺伐とした雰囲気の中、週に一度の癒しとしてやっているのが、インターネットを介したテレビ電話だった。
「どう、ローゼちゃん? そっちでは元気にやってる?」
「体調は問題ないです。ただまあ、日がな一日むさい男たちと行動を共にしないといけないので、早く癒しがほしいと思っていました」
「大変ねぇ……わたしとの会話なんかで癒されるかしら」
「十分です」
戦場にいる間は心を無にして仕事をするけど、本部に帰って来た途端に、ふいにナオコさんのことを思い出してしまう。週に一度でも彼女の顔を見ないと、どうも集中力が切れそうで不安になるのだ。重症だな、こりゃ。
ところで、ジパニカに帰省していたナオコさんたちは、わたしが戦地に行っている間にアムリゴへ帰って来たらしい。見事に入れ違いとなったわけだ。
「そっちはどうです?」
「みんな元気でやってるわよ。ただ、じわじわ物価が上がっていて、節約して買い物するにも苦労が多くなってきたかな」
久々に聞いたな、こういう庶民的な苦労話。国家に近いところで仕事をしていると、たまに庶民感覚を忘れそうになる。地べたを這いずる生活を送っていたわたしには、上流階級の感覚はやっぱりなじまないから、こうしてナオコさんとの会話で矯正する必要がある。
「戦況が悪化して、運輸や貿易にも影響が出ているらしいですからね」
「本当にね……おじいちゃんやおばあちゃんの世代から話を聞いたことはあるけど、わたしはこんな大きな戦争を経験したことないから、早く終わって元の生活に戻してほしいものね」
「戦争を始めるのは簡単だけど、終わらせるのは難しい、って言葉がありますよ」
「それはわたしも聞いたことあるけど、始めちゃったら責任をもって終わらせてほしいわ。終わってくれないと、いつまで経ってもローゼちゃんに会えないし」
「あはは……」
むくれて文句を言うナオコさんに、わたしは苦笑するしかない。わたしは画面越しでも会えたら満足だけど、彼女はそれじゃ物足りないらしい。
苦笑いだけど、こんな些細なことで笑えるようになった自分に、少し驚いている。コメット氏に拾われる前もそうだし、軍隊の殺伐とした空間にいると、笑うことが許されない雰囲気に締めつけられる。笑い方を知らずに育ってきたはずなのに、いつの間にか自然と笑えるようになっていた。
いけない……仕事したくなくなってきた。早く家に帰って、ナオコさんたちに会って、なんてことない会話に花を咲かせたい。そんな余裕はないのに。
「なんかもう……案の定です」
「なにが?」
「少し前から、こうなる予感はしていたんです。今までは、相手が犯罪者だと分かっていたから、特に戦う理由を疑うことはありませんでした。でも、国同士がメンツをかけて戦争を始めたら、何のために戦うのか分からなくなりそうだと……事実、そうなりかけています」
「あらまあ」
「前にナオコさんに言われて、自分の置かれている状況をきちんと調べたら、上の連中のしていることが、ただの子どもの喧嘩に思えてきて……そんなものに巻き込まれて命を懸けるのは、はっきり言って不快です」
「ローゼちゃん、まだ軍の駐屯地にいるよね。聞かれたらまずいんじゃ……」
「ナオコさん、わたしはどうしたらいいんでしょう」
弱音を漏らしてしまった。この部屋には今わたし一人しかいないから、ナオコさん以外の誰に聞かれることもないけれど、らしくないことを言っている気がする。選択の自由を与えられず、流されるまま生きてきたわたしが、自分の身の振り方で悩むとはね。
さすが大人の女のナオコさんは、わたしの弱音にも茶化さず向き合って、「うーん」としばらく考えてくれた。
「……政治的なことは、難しくてよく分からないけど、現在進行形で戦争が起きているなら、途中でやめたり抜けたりするわけにいかないよね。だったら、国家の威信とか無視して、戦う理由を別に作ってみたら?」
「戦う理由を、他に?」
「わたし、というかジパニカ人の大多数は、戦争に決していい印象を持ってないけど、それは今のローゼちゃんと同じことを考えているからだと思う。戦争は、国の偉い人や一部の過激な勢力が勝手に始めて、ただ人を傷つけるだけの空しいものだから……きっと、言うほど立派で素晴らしいものではないのよ」
それは本当に痛感できる。わたしも、周りにいる人も、戦争なんて望んでいない。できるなら誰も傷つけずに、平穏無事に過ごしたいと思っている。けれど上の連中は、そんなことなどお構いなしだ。
「でもね、戦うこと自体が悪いわけじゃないのよ。人が戦う理由って、たいていは何かを守るためだから。それが権威だったり、自尊心だったり、あるいは宗教的な信条だったり、色んなものがあるけど」
「どれもろくなものじゃないですね」
「ローゼちゃんだったらどう? 何を守るためなら、全力で戦える?」
画面越しに、ナオコさんが真っすぐ見つめて問いかけてくる。
わたしが、守りたいもの……わたしにとって、大事なもの。命を懸けて戦うに足る、かけがえのないもの。
真っ先に思い浮かぶものがあった。そして、それ以外には考えられなかった。
「……ナオコさん」
「ん? なあに?」
「……です」
「お?」
「わたしが守りたいのは、ナオコさんです。あなたと、あなたの家族の、平穏な暮らしを守りたい」
何の気なしに口をついた答えに、ナオコさんはぽかんとした。
……冷静に考えたら、結構恥ずかしいことを言ってないか、わたし。いやしかし、これ以外に大事なものなんて思いつかないし、今から誤魔化すのは無理があるよな。
笑われるかと思ったが、ナオコさんはふっと優しく微笑むだけだった。
「……ありがとう。素敵だと思うわ」
「そう、なんでしょうか。世界規模の戦争に従軍する理由にしては、あまりに個人的な気もしますけど……」
「それでもいいのよ。自分ではない、大切な誰かを守るために戦うのは、とても立派だし、尊いことだと思うわ。少なくともわたしは、ローゼちゃんがわたし達のことを、こんなに大切に思ってくれていると分かって、すごく嬉しいくらいよ」
「…………」
憑き物が落ちたみたいだ。心の中にくすぶっていた何かが、瞬時に消え去った。
なんだ、それでよかったのか。長く軍の中にいたものだから、よほど大掛かりな理由がなければ、戦いに臨むべきでないと思っていた。でもそんな必要はなくて、わたしが守りたいと思うもののために戦っても、別に構わなかったのだ。
やっぱり、ナオコさんはすごいな……彼女と出会ってから、大切なものをいくつも手に入れたけど、その度に不思議と気持ちが軽くなる。
「こっちこそ、ありがとうございます。少しは前を向いて戦えそうです」
「そう……」
「わたし、守ります。この身をかけて、ナオコさんたちを守るために、戦い抜きます」
「うふふ、ローゼちゃん、晴れやかな顔になったわね」
そうなのだろうか。自分の顔を見る機会があまりないから、意識したことはなかったけど、普段からよく無表情だと言われがちだから、そこも少しは変わったのかもしれない。
「頑張ってね。ああでも、これだけは約束してね」
「何ですか」
「命がけで戦うのはいいけど、最後には必ず生きて戻ってきて、わたし達のところに顔を見せに来ること。でないと、せっかく買ってきたお土産を渡せないから」
「あー、そういえばそんな話がありましたね」
「兵士だから、命を捨てる覚悟で臨むように言われているかもしれないけど、わたしにはちゃんと約束しなさいね」
さすが、ナオコさんはよく分かっている……戦火が開いてから、軍の中ではまじないをかけるように、死ぬ覚悟を持つようにと言われ続けている。それを分かったうえで、生きて帰ってくるように、ナオコさんは強く願っている。
死ぬ覚悟は捨てない。でも、必ず生き残って帰って来よう。ナオコさんたちが待っている、あの場所に。
「分かりました。約束します」
「ママぁ、誰と話してるのー?」
画面の向こうで誰かが乱入してきた。声ですぐに分かったけど、ナオコさんの娘だ。
「あっ、ちょっと……」
「あー! ローゼお姉ちゃんだ! やっほー」
ついには画面にまで映り込んできた。久しぶりに顔を見られたからか、娘は嬉しそうに手を振っている。思わずわたしも、軽く手を振って応えてしまった。
……うん、やっぱり、守っていきたいな。
戦争なんてくだらないものに、この人たちの幸せは奪わせない。
こんなに分かりやすい破滅フラグもないですね……。
次週はちょっと、覚悟して読んだ方がいいかもしれません。




