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Section 5-One

一か月近くお待たせして申し訳ない……。

まだ完全に準備は整っていませんが、これ以上待たせるわけにもいかないので、どうにか調整しつつ連載を再開します!

前回、南の大陸を出て船でアルビタニア王国を目指すこととなった、ローゼとシャルロット。今回はその船での出来事です。まあ、この章の前半は丸ごと、ローゼの過去話になりますが。どうぞゆっくりお付き合いくださいませ。


 夜の海原を漂う巨大な船が、ぶぉー、と雄叫びを上げています。

 戦争の影響であらゆる貿易が下火になった今、こういう大きな船が海路を進む光景も、すっかり珍しくなりました。使い道が激減したというのもありますが、造船技術はそのまま軍艦の類いに転用できるので、先の戦争で造船施設は攻撃の対象になっていたのです。今やこういう大きな船を造れる国は数えるほどしかありません。

 ……と、ローゼさんが教えてくれました。


「グレゴリオ貿易の話によると、これはジパニカの造船所で造られたローロー船とのことだ。ジパニカには元々、優秀な造船技師が多くいたらしいが、大型の船の国内需要が減ったことで、ほとんどの造船所が閉鎖されていたそうだ」

「そんな所で、こんな大きな船が造れたのですか?」

「戦後、軍事転用に嫌気が差した、ユーロピアやアムリゴの技師たちが、こぞってジパニカに移って、技術を持ち込んだそうだ。戦争に参加していなかったジパニカは、奇跡的に資源が残っていたから、こういう船が造れたんだよ。まあ、そんなに多くはないけど」

「じゃあこの船は、世界中の造船技術の粋が結集されているのですね」


 そう考えると、見た目があまり綺麗でないこの船も、素晴らしいものに思えてきます。それに同じような船はきっと多くありません。船を動かすための燃料も限られていますし、世界中の海を探しても、このような立派な船には、なかなかお目にかかれないでしょう。

 ……もっとも、倉庫のような狭くて荷物も多い部屋にいては、その素晴らしさを実感するのも難しいですが。


「わたし達、なんでこんな所にいるのでしょうか……」

「ん? シャルロットが貨物船に興味ありそうだったから、調査の報酬として、船に乗せてもらえるよう頼んだんじゃないか」


 壁にもたれて座っているローゼさんは、こともなげに言います。ええ、ローゼさんがわたしのために報酬の内容を考えてくれたのは、とても嬉しい限りですよ。ますます好きになりました。でもそうじゃないんですよ問題は。


「そうではなくて、なぜわたし達にあてがわれた部屋が、この、ベッドも椅子もない倉庫のような部屋なのかと聞いているのです」

「遠回しに言うまでもなく、倉庫だぞ」

「何ですか、それ……わたし達はコンテナと同じでお荷物扱いですか」


 抱えている膝に顔をうずめて、さめざめと嘆いているわたしに、ローゼさんは特にいたわるような素振りを見せません。まあ、いつものことですが。


「実際、わたし達は乗り込む予定なんてなかったうえに、乗組員やグレゴリオ貿易の社員みたいに働くこともできない。これも貨物船であって旅客用じゃないから、お客さんという扱いもできない。現状、ただの荷物だと言われても否定はできないな」

「だからといって人を、それもか弱い女の子を荷物扱いするのはいかがかと」

「報酬としてこれと別に、百五十万ポルドをすでに払わせている。これ以上の要求は割に合わないんだから、仕方ないと思っておけ。それに、シャルロットはともかく、わたしはちっとも“か弱い女の子”ではないからな」


 ローゼさんは自嘲するように笑いました。その、か弱くない女の子であるローゼさんと、わたしを一緒の扱いにされるのもどうかとは思いますけど。まあでも、同じ船の中とはいえ、ローゼさんと離ればなれになるのは寂しいですが。それに、出航して一日と半分も経って、何を今さらという話です。

 ただ今、時刻は夜、闇に沈んだ海の上を北へ進んでいます。まだ波は穏やかなので、快適な海の旅ができていますが、いずれ荒天に差しかかれば、慣れていない人は船酔いに苦しめられることでしょう。たぶん、わたしもその例に漏れません……。


「ところでローゼさん、ローロー船って何ですか?」

「あー……貨物船に車両やコンテナを入れるためのランプが、本体に最初から備え付けられている船のこと。クレーンとかを使わず自力で車を船内に運べるんだ」

「そういえば、ここにコンテナを積むとき、大きな板を渡してその上を走らせていましたね。あれがランプですか?」

「ああ。大型の貨物船の大半は、船首と船尾の二か所にランプを設置して、車両が方向転換する手間を省いている。この船もそうだな」

「わたし達もそのランプを通って船に乗りましたね」

「さっきも言ったが旅客用じゃないからな。人間も荷物と一緒に乗るしかないのさ」


 ますますわたし達の扱いが荷物並みになってきましたね……。

 わたし達の目的地は、この船の最終的な行き先でもあるアルビタニア王国ですが、到着するまでは何日もかかるそうです。その間ずっと、わたし達はこの船のお荷物ですね……まあ、食事を分けてもらえるだけマシだと思うことにしましょう。


「どのみち、船の上じゃ身動きもとれないから、探偵の仕事もできっこない。次の寄港地に着くまで、おとなしくしていよう」


 そう言ってローゼさんは、壁にもたれて床に座った姿勢のまま、目をつむりました。眠ったわけではありません。寝息も聞こえなければ肩も上下していません。船の少しの揺れにも全く動じず、まさに微動だにしないといった様子です。……器用ですねぇ。


 暇を持て余しているわたしは、瞑目しているローゼさんの横顔を眺めることにしました。

 長いまつげ、整った目鼻立ち、傷のない綺麗な肌……同性でも見惚れてしまうほどの美貌からは、相変わらず軍人という過去が想像できません。彼女は先の戦争で多くの敵兵を殺害したと言っていましたが、こんな美しい風貌の女性に殺されたら、ある意味かなりのトラウマになりそうです。

 わたしは、それ以外のことを何も知りません。ローゼさんが自分のことを語りたがらないということもありますが、わたしも進んで尋ねようとはしません。

 興味はあります。むしろ、ローゼさんをもっと知りたいという気持ちは、出会ってからずっと膨らみ続けています。それでも深く尋ねないのは、知ってしまうことへの恐れがあるからだと思います。彼女を知ることで、関係が変わってしまう、あるいは距離が開いてしまう……わたしはそれが怖いのです。

 知りたい。でも知るのが怖い。相反する気持ちがせめぎ合っていて、あと一歩が出てくれません。


 ダメですね。狭い部屋の中でじっとしていると、心がどんどん弱気になってしまいます。これからまだしばらく、一緒に旅をするのですから、相棒のことをきちんと知っておくのは大切なはずです。関係が変わろうと、距離が開いてしまおうと、ローゼさんはこの旅が終わるまで、わたしを手放さないと約束したのですから……嘘が嫌いなローゼさんの言葉は、信じなければなりません。

 というわけで、勇気を出して一歩踏み出します!


「ローゼさん、ちょっといいですか?」

「ん? なに、ご飯の時間?」


 ローゼさんはすぐに片目だけ開いてわたしを見ました。いや、寝てもいないのに寝言みたいなことを言われましても。


「いえ、それはまだですが、そうではなくて」


 聞きたいことがある、と言おうとしたその時、不気味な唸り声が鳴り響きました。こう、ぐうぅ、と。

 ……どうして、どうしてわたしのお腹に棲んでいる虫は、こんな絶妙に最悪なタイミングで唸り出すのでしょうか。言いたいことも言えないまま、わたしは恥ずかしさのあまり口を閉ざしてしまいました。それもこれも、ローゼさんが「ご飯」なんて言うからです。

 勝手に暴れる虫を鎮めるように、お腹を手で押さえているわたしに、ローゼさんは特に表情を変えることなく言いました。


「……成長期だし、わたしは気にしないよ」


 そのつもりはないのでしょうが、何のなぐさめにもなっていません。ローゼさんが気にしなくても、わたしは気にするのですよ。


「じゃあ、軽く何か食べるか。少しくらいなら分けてもらえるだろう」

「そう、ですね……」


 わたしはがっくりと肩を落としながら、ローゼさんに続いて部屋を出ました。一歩踏み出そうとした矢先に出鼻をくじかれ、ただでさえ不器用なローゼさんに気を遣われる……何やってるんでしょう、わたし。


 というわけで、わたしとローゼさんは食糧管理室で食べ物をもらってきました。小さなパンをひとりに一つだけですが。乗組員用の食料は寄港地で補充するので、それまでの辛抱となりそうです。

 パンをもらったわたし達は、部屋に戻らず、甲板に出て夜の海を眺めながら、腹ごしらえをすることにしました。たまには部屋の外で食べたいと、わたしが提案したのですが、閉じこもってばかりでは体が鈍ると、ローゼさんはそう言って賛成してくれました。

 夜の海は静かで、今の時間は少しばかり凪いでいて、水しぶきの音に交じって時おり波の音が聞こえます。船の灯りに包まれているせいか、ほんの少し先の海が真っ暗です。


「何も見えませんね……吸い込まれそうな真っ暗闇です」

「今日は雲が厚いからな」

「ローゼさん、あの辺りに小さな船がちらっと見えますよ」

「漁船かな……本当は大型船の進路と漁のできる海域は分けるべきなんだけど、今どき、そんな決まり事を守る漁師なんて少数派だからなぁ」

「やっぱり戦争で漁師さんも少なくなったのですか?」

「世界中で人口が激減して、獲った魚を売ろうとしても採算が取れなくなったから、漁師の大多数は自分が食べるために漁をしている……船や道具の維持ができなくなった所から、どんどん廃業しているそうだ。もっともこの辺りの海域じゃ、昔から地元の漁師が好き勝手に魚を獲っているらしいけど」


 さっきからそんな会話ばかりです。右舷の中央あたりで欄干に寄りかかり、並んで海を眺めているというのに、ロマンのかけらもありません。まあ、ローゼさんにロマンを求めるだけ無駄な気もしますが。


「へえ……前から思っていましたけど、ローゼさんってこの辺りのことに詳しいですね。旅で何度も来たことがあるのですか?」

「いや? ユーロピアやアフリーク北部なら何度も来ているが、この地域に来るのは今回で二度目だ。前職で、世界中の地域情勢を知る機会があってね、この地域のこともその時に学んでいるんだ。だから言うほど詳しいわけじゃないよ」

「前職って……軍隊ってそういうことも学ぶのですか」

「ああ、いや……」


 急に口ごもりました。あまり探られたくない事情があるのでしょうか。

 いい機会かもしれません。さっきは空腹に邪魔されてしまいましたが、今度こそ、わたしはローゼさんに問いかけます。


「あの、ひとつ伺ってもいいですか」

「ん?」

「ローゼさんはどうして、探偵になろうと思ったのですか?」


 ずっと海を眺めていたローゼさんは、その質問が出た途端、目を丸くしてわたしに振り向きました。……ちょっと珍しい反応です。


「どうして、か……あまり人さまに話せることじゃないんだけど」

「ああ、いえ、無理に聞き出そうというわけでは……」

「でも気になるんだろう? わたしが自分のことをあまり語らないものだから、シャルロットからすれば謎だらけで、どう接したらいいか分からなくなるよな」


 見抜かれていました……いえ、わたしの気持ちの全てに気づいているわけではないでしょうが、態度からどことなく察していたのでしょう。そういえば以前にも、わたしは考えが顔に出やすいと言われた気がします。


「そうだな……アルビタニアまで数日、まだしばらく一緒に行動しそうだし、そろそろきちんと話しておいた方がいいだろうな」


 そう言ってローゼさんは、上着の胸元に隠し入れていた首飾りを取り出しました。前にも見たことがあります。真ん中に穴の開いた硬貨のような小さな円板、その穴に細い鎖を通した首飾りです。


「ローゼさん、それって……」

「わたしの大切な人が残したものだ。探偵として生きていくこと、世界中を渡り歩くこと、今のわたしの全てが、ここから始まったんだ」


 そしてローゼさんは語り始めました。

 崩壊へと舵を切った世界に翻弄され、やがて自分の力で歩き出すまでの、激動の半生を……。


次週よりしばらく、ローゼの過去の話が続きます。

大変でした。色々。

そして、第二章から引っ張ってきた伏線も、ここから回収していきます。ローゼが首から下げているものが何なのか、想像できている読者もいるでしょう。どんな意味があるのか、こちらも予想しながら次週の更新をお楽しみに。

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