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Section 4-Ten

初回から前回まで、たった一日の出来事でした。えらく密度の濃い一日でしたね……。

今回はまた、ローゼの人となりが少しだけ分かるようになっています。シャルロットとの関係も、ちょっと進展するかも……?


 ドゥアルテさんの元を離れ、ローゼさんの奴隷となったリレイラさんは、その日の夜、わたし達の借りた宿で一晩を過ごしました。まあ、他に行くところがないのですから、仕方ないのですけど、二つしかないベッドのひとつに、わたしと一緒に寝るというのはどうなのでしょう……ローゼさんとリレイラさんが一緒、よりはましかもしれませんけど。

 翌日になると、わたし達三人は港に向かいました。リレイラさんという証人を、『グレゴリオ貿易』に引き渡すためです。昨日も会った現場のリーダーの人が待っているとのことですが……。


「おっ、ちゃんと連れてきたな。約束どおりだ」

「約束は必ず守るって言っただろう。彼女がその召し使いだ。リレイラと呼んでくれ」

「よし……」


 リーダーさんはリレイラさんに近づいて尋ねます。リレイラさんはまだ緊張気味です。


「お前さんが、ここのコンテナに入って火をつけたのは、間違いないのか?」

「は、はい……」

「あー、そんな顔をするな。取って食おうってわけじゃない。お前さんはドゥアルテの野郎に命令されてやった、そうだろ?」

「そう、ですが……私がしたことに変わりはなくて……」

「先の事はまだ考えなくていいんだよ。今はとりあえず、何があったのか証言してくれるだけでいい。お前さんの処遇を決めるのはその後だ」


 なんかリーダーさん、わたし達の時と態度がちがう……というか妙に優しいですね。リレイラさんの境遇に同情したのかもしれませんけど。

 リーダーさんは他の社員たちが集まっている所に戻り、今後の段取りについて話し合いを始めました。ローゼさんが本当に証人を連れてくるのか半信半疑で、大きなことは決められなかったのでしょう。


「なあ、リレイラ」ローゼさんが尋ねます。「鍵を盗みに入ったり、火を放ったりしたとき、罪の意識はなかったのか?」

「……たぶん、なかったと思います。旦那さまの命令は絶対でしたので」

「まあ、そんなものか。命令に従うしかない立場だと、上の言うことが正しいと信じるしかないからな。でもこれからは、何が正しくて何が間違いか、自分で判断できるようにならないといけない。二度とこんな事件を起こさないためにも」

「ローゼ様が教えてはくれないのですか」


 ローゼ様?

 その呼称にどうも違和感があって、わたしは首をかしげます。


「わたしは教えないよ。リレイラとは、ここでお別れだから」

「えっ……」

「これはわたしからの、最後の命令。あなたはわたしの奴隷をやめて、自分の意思で生きていきなさい」


 ローゼさんはまるで、子どもに親離れを促すように告げました。


「そ、そんな……」

「わたしは旅人だからね、あまり多くのものを抱えられないんだ。それにわたしには、奴隷なんて必要ないから」

「で、でも、私は、とても独りで生きていけそうには……」

「そうだね。奴隷として育てられた君が、今さら自分の力だけで生きていくのは、たぶん無理だ。また誰かの手元に置かれて、誰かの庇護を受けながら生きていくしかない。それでもリレイラ、これだけは覚えていて」


 真っすぐにリレイラさんを見つめて、ローゼさんは言い放ちました。


「奴隷に自由はほとんどないけど、ただひとつ、主人を選ぶ自由だけはある」

「…………!」

「もしまた、ドゥアルテみたいなひどい主人に当たってしまっても、君は自分を守るために逃げてもいい。自分の意思で主人を選んだり、主人を変えたりしてもいい。そうして、自分が身を委ねるのにふさわしい場所を、自分の力で見つけるんだ」


 その言葉には、かつての、選択する自由を与えられなかった自分のように、なってほしくないという願いが込められている。わたしには、そう感じました。


「ローゼ様……」

「今度は、いいご主人様に、巡り合えるといいな。わたしみたいな、すぐに手放してしまうような奴じゃなくて」

「……いいえ」


 リレイラさんは涙を浮かべながら、首を振りました。


「あなたは、素敵なご主人さまでした」


 初めて見せた、リレイラさんの透き通るような微笑みと、その言葉に、ローゼさんも柔らかな笑みで返しました。本当に、子どもを優しく見守る親みたいですね。

 その後、リーダーさんに呼ばれたリレイラさんは、わたし達のもとを去って行きました。その後ろ姿を、わたし達は手を振りながら見送ります。

 思わず呟きました。


「旅人はあまり多くを抱えられない……でも、わたしのことは抱えるのですね」

「シャルロットは自分の意思で、わたしについて来てくれるだろう?」

「……そうですね」


 少しだけ、ローゼさんのことが分かった気がして、わたしはほっとしています。

 ローゼさんは、どんなに大切なものでも簡単に手放してしまいます。車であれ、人であれ。でもそれは、愛着が消えたわけではありません。大切なものだからこそ、手放さなければいけない状況になったとき、次の居場所が良いものであるよう祈るのです。車を手放すときは信頼できる業者に預け、奴隷を解放するときは、次のご主人がいい人であることを願う。

 ローゼさんはこれまでの旅で、たくさんのものと出会い、そして同じくらいの別れを経験したでしょう。未練を断ち切る方法として、別れた人やものの幸せを祈るようになり、それがローゼさんの中に根付いているのです。

 冷淡なように見えても、やっぱり心根は優しいのですね。


「どうした?」

「いえ、ローゼさん、やっぱりいい人ですね」

「本当にどうした」

「だって、あんなに奴隷解放に消極的でしたのに」

「証人を連れて戻ってくると約束したからな。必要なことだったんだ」

「あっ、そういえば、あの百五十万ポルド、一体どこであんな大金を手に入れたのですか」


 あのときは本当にびっくりしました。証文に具体的な金額が書いてはいましたが、本当に現金で用意しているとは思わなかったのです。

 ローゼさんはこともなげに答えます。


「ああ、あれは報酬の前借りという形で、グレゴリオ貿易から受け取ったものだよ。証人を連れてくるための必要経費という名目で」

「よくそんな高額な報酬を承りましたね」

「そのくらいの金を用意しないと、ドゥアルテが折れることはないと言っておいた。もちろん、確実に証人を連れてくると約束できなければ、払ってもらうことはできなかったよ」


 確かに、もしリレイラさんの解放に失敗したら、ローゼさんが百五十万ポルドを持ち逃げしたということになりますし……結構危ない橋を渡っていましたね、このひと。


「もっともこれは、よその会社の事情に手を出すなんて馬鹿な真似を、二度としないよう(いまし)めておく目的もあったけどね。それに、要求したのはお金だけじゃないし」

「えっ、他にも何か要求したのですか?」

「ええ。ほら、事件の影響で、昨日の夕方に出るはずだった船が、今日の昼に出ることになったでしょう。アルビタニア行きだっていうから、その船に乗せてくれるよう頼んだのよ」


 な、なんと。

 アルビタニア王国、つまり、わたしのルーツがあるかもしれないユーロピアの、玄関口です。ローゼさんは船の行き先を聞いたときに、探偵の報酬という形で、その船に乗り込む算段を立てたのでしょう。

 興奮が止まりません。あの大きな船に乗れるというだけでも楽しみですが、記憶を失くしたわたしにとって、これは自分自身を知る最大の好機なのです。


「わあ、すごいじゃないですか! これでわたしの、失くした記憶にも一歩近づけるかもしれませんね!」

「ああ、そうだといいな」


 ローゼさんは肩をすくめながらも、少しだけ笑みを浮かべました。

 わたしが無意識のうちに探している、ふさわしい死に場所が、そこにあるかは分かりません。でも、その場所に行けば、わたしの中に隠された真実を、見つけられるかもしれません。そう、ローゼさんとなら、あるいは。

 そろそろ出航の時間だと、グレゴリオ貿易の社員さんが伝えに来ました。いよいよわたし達は、この国を出ることになります。


「行きましょう、ローゼさん」

「ああ」


 わたし達は連れ立って、同じ目的地を目指して、船に向かいました。

 ……このときのわたしは、まだ知りませんでした。すぐ隣を歩き、同じ方へ向かっているはずのローゼさんが、全く別のことを考えていたということを。


次回より、いよいよ最初の国を出て、次の目的地へと向かいます!

……と言いたい所ですが、もう一度視点をローゼに戻しまして、昨晩の出来事についてお送りしたいと思います。前回でも、そして今回でも語られなかった裏事情が、明らかになります。

そして次回が、この章のラストとなります。最後までお楽しみに。

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