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Section 4-Nine

この章のタイトル『奴隷証人』というダジャレに、一体どんな意味があったのか。

その答えがいま、明かされます。


 話は終わっていない……ローゼさんのその言葉に、ドゥアルテさんは眉をひそめます。


「?」

「ドゥアルテ、ここまでの話を聞いて、妙だとは思わなかったか?」


 とっくに話が終わったはずなのに、そのうえで聞き返されるとは思わなかったでしょう。ドゥアルテさんは状況がよくのみ込めていないようです。まあ、わたしも全てを把握しているわけではありませんが……。

 それでも、今のローゼさんの話の中に、違和感があったのは間違いありません。


「ただの召し使いにすぎない彼女が、一体どうやって、爆弾なんて大それたものを用意したんだと思う?」

「…………」

「一昔前なら、入手するのは簡単だった。インターネットという便利な道具があったから……でも今は、ネット環境の整っていない場所の方が、圧倒的に多い。もちろんこの地域でも同様だ。しかも、この爆弾はほんの二、三日で用意したと考えられる。元々身売りされていて、ほとんどここで家事をするだけの日々を送っている彼女に、爆弾あるいはその材料を入手できるような、金とつてがあったかな」

「……何が言いたい」

「分からない? 彼女の犯行の陰には、そうした金やつてを持つ別の人物がいるんだよ。というかその人物こそが、この事件の黒幕といってもいい」


 女中さんの身近にいる、金やつてを持っていて、そして彼女を動かせる立場の人物。当てはまるのはひとりしかいません。


「もうひとつ、大事なことがある。今回の事件、実行犯は彼女で間違いないが、これは果たして、彼女が自発的にやったことなのだろうか?」

「……なぜそれを疑う?」

「初めて会ったときから違和感があったんだ。彼女は何かにつけて、自分に命令が与えられることにこだわっていた。わたしが何の気なしに、買ったリンゴの数が合っているか確認するよう勧めたら、それが命令なのかどうかを尋ねてきていた。そうそう、コーヒーの苦みが少し足りないと言った時も同じように、淹れ直してほしいのかと尋ねていたな。それとあなたはこうも言っていた。奴隷市に売られていた頃から、人の言うことをよく聞く子で、主人の言うことなら何でも聞いてくれる、そこだけは美点だと」

「…………」

「そうとも。彼女は根っからの奴隷体質だ。人から命令されて初めて行動するし、逆に命令がなければ自分から行動することはない。たぶん売られる前からそのように調教されてきたんだろう。そんな彼女が、自発的にこんな犯行に及ぶとは思えない」


 ハッとして、わたしは女中さんを見ました。彼女はじっと目をつむり、言葉が放たれるたびに、噛み締めるように震えています。まるで、ローゼさんの指摘が図星だといわんばかりに。

 ローゼさんは、彼女が根っからの奴隷である可能性を、確かにほのめかしていました。わたしは、そんな人などいるわけがないと反駁(はんばく)し、ローゼさんからそれは暴論だと言われてしまいました。今思えば、ローゼさんはあのときから、彼女がそういう体質なのだと気づいていたのです。だから軽はずみに手を差し伸べようとはしなかった……。

 そして、女中さんが実行犯だと気づくと同時に、これがある人物の命令によるものだと気づいたのです。それが誰なのか、もはや言うまでもありません。

 その人物―――ドゥアルテさんは、頬を引きつらせながら言いました。


「まさか君は、私が彼女に命令して、事件を起こすよう仕向けたというつもりか?」

「そうだよ」

「失敬だぞ! この私に向かって、あろうことか犯罪行為を命じたなど、たわごとも休み休み言いなさい! だいたい、あの子が奴隷体質で、人から命令されないと行動できないなど、君の想像にすぎない。仮にそういう体質だったとして、本当に命令があったかどうかなんて分からないではないか!」

「分かるよ。彼女、犯行の前後で電話をしていたそうだから」


 怒号と反論を浴びせられても、ローゼさんはひたすら冷静に言い返します。そういえばそんな証言があって、ローゼさんはそれを聞いて何かを確信したようでした。


「電話? その内容が命令だったとでもいうのか」

「内容までは、目撃した人も聞き取れなかったそうだよ」

「じゃあ結局分からないじゃないか。何の証拠にもならん」

「そうかしら。確かに内容については想像するしかない。細かい犯行の手順について、電話でその都度確認していたんだと思うけど……まあ、そこはどうでもいい。問題は、その相手が誰なのかってことよ」

「それこそ、簡単に分かるはずもあるまい」

「まだ気づかないの? それとも、気づいていないふり?」


 ローゼさんのぶれない視線が、真っすぐにドゥアルテさんを射抜いています。これ以上ごまかしても無駄だ、と告げるように。


「彼女が電話していたのは、犯行前に潜んでいた部屋の前……当然、使っていたのは携帯電話だ。でもこの街で使える電話は、旧式の電話線を使った固定電話で、しかもこの街にある電話同士でなければつながらない。となると、彼女が携帯電話で会話する方法はひとつ……出力の弱い携帯電話を子機代わりにして、近くの固定電話を中継して会話するのよ」


 そういえば、そんな方法が使えるとローゼさんが話していました。この港町に来てすぐのことです。


「恐らく使ったのは、あなたが港近くに構えているであろう、事務所の固定電話ね。グレゴリオ貿易は港近くの宿泊施設を代用していたけど、他の貿易会社は自前の事務所をちゃんと持っているそうじゃない。当然、電話は仕事で必要になるはずよ。その電話に、彼女が持っていたという携帯電話を子機にするよう設定しておけば、事務所と近いところなら電波も届いて、携帯電話が使えるってわけ。たぶんまだその設定は残っているわね」

「か、仮にそうだとしても、相手が私とは限らないだろう」

「あなただって事務所の戸締まりくらいしているでしょう。そんな所にわざわざ忍び込んで、子機の設定をする理由はない。それができるのは、電話の持ち主だけよ。同じことはよその固定電話を使った場合も言えるけど、その電話の持ち主が彼女と知り合いでなければ、同じことはできない。果たしてそんな知り合いが、召し使いの彼女にいるかしら?」

「そ、それは……」

「あなたはここから事務所の電話を介して、彼女に指示を送っていたのね」

「……ここに電話はない。調べてもいいぞ」

「ああ、もしかしてどこかに隠した? 無駄だよ、ここに電話がちゃんとあるのは、あなたが教えてくれたんだから」


 そうです。ドゥアルテさんの言葉から、それは推理できます。

 わたし達の帰り際にドゥアルテさんは、部屋に戻って地元の仕入れ先と話をすると言っていました。また、この家に来てすぐの時、今日は他に客が来ないとも言っていました。ということは、仕入れ先との話は電話を介さないとできないことになります。この街でインターネットは使えませんから、通信手段は他にありません。


「それと、気づいてない? あなたはさっき、彼女にこう言ったわよね。お前はひと様の商品に火をつけて燃やすような真似をしたのか、って……わたしはその前に、コンテナに火をつけたと言ったはずよ。普通はこれだけ聞けば、コンテナの中に侵入して商品に火をつけたという発想には至らない。コンテナの鍵が盗まれたという話をしたのはその後……あなたはわたしが詳細を話すより前に、犯行の手順を知っていたことになる」

「くっ……」

「わたし、言ったよね。グレゴリオ貿易には、わたしの見解をすべて伝えたと。彼女の処遇をどうするかは、あなたの話を聞いてから決めると。あなたがこの件に深く関与している可能性があると分かったから、そういう話になっているのよ」


 つまり、ローゼさんは初めから、ドゥアルテさんも一緒に告発して、女中さんと同列に処分を下すべきだと考えていたのです。いえ、むしろこれは、女中さんの奴隷体質を利用して犯罪を代行させた、ドゥアルテさんこそが主犯でしょう。女中さんはただ、その命令に従っただけにすぎなかった……。

 やはりドゥアルテさんは、女中さんによからぬ命令をしていました。わたしがその可能性に言及した時、根拠は何もありませんでした。でも、今は違います。


「フン、グレゴリオ貿易からの呼び出しには応じるが、君のたわごとに付き合う気はない。大体、なぜ私がそのような真似をしなければならないのだ。確かにグレゴリオ貿易は商売敵だが、商品を燃やしてまで妨害するなど、私でもやりすぎだと分かるぞ。それに、私がその事件に関わっているなら、探偵である君を巻き込まないのではないかね」

「そう? あなたはわたし達の実力を低く見積もっていたじゃない。召し使いは犯行時に顔を隠していたし、鍵を盗んだ手段が分からなければ、あなたにはたどり着けない。時計の塗装が剥がれたのも偶然で、そんな痕跡があるなんてあなたは予想していないでしょ。あなたがわたし達に依頼したのはあくまで、グレゴリオ貿易の隠し玉を見つけて、競争で優位に立つため……それができれば十分とだけ思ったのでしょう」

「ぐっ……」

「それに、商品を燃やしたのは嫌がらせのためじゃない。あの商品がアルビタニアに渡ると不都合があるから、その前に処分する必要があった……これは想像だけど、燃やされた木彫りの人形は、元々あなたの会社が取り扱っていたんじゃない? それをアルビタニアなどユーロピア各国に輸出していた。ところが少し前に中止せざるを得なくなった……アルビタニアが突然、大麻などの薬物の輸出入に、大幅な規制を設けたからだ」


 アルビタニア王国は少し前に、自国民が経営していたある病院を、王国の直轄に置きました。その原因は、病院が設立された地域で、医師による人身売買が行なわれていたと発覚したことでした。その医師は、売りに出す子どもを整形するために、麻酔に使う薬物を本国から密輸していたのです。この事件をきっかけに、アルビタニア王国は直轄の病院で同じことが繰り返されないよう、薬物の取引を厳しく取り締まるようになったのです。

 ……そうです、ローゼさんが全容解明に関わり、わたしも危うくその犠牲になりかけた、あの事件です。


「木彫りの人形の中には、地元で作った大麻などが隠されていた。ユーロピアの玄関口のひとつであるアルビタニアで、大麻の規制が厳しくなってしまえば、発見される可能性は大きく上がる。だから中止せざるを得なかった。ところが……」

「グレゴリオ貿易が、その人形をアルビタニア王国へ輸出しようとした……」

「そう」ローゼさんはわたしを見て微笑みます。「得意先のそういった事情を、グレゴリオ貿易が知らないとは思えない。あれは、あえて規制の厳しい国に届けることで、かつて同じ商品を輸出していたドゥアルテの会社が、大麻を密輸していたという事実を、王国側に掴ませることが目的だったんだ」

「そうか……同じような人形が、同じ国から輸入されていたことは、調べればすぐに分かることです。その商品を扱っていたのがどこの会社なのかということも……」

「グレゴリオ貿易は、今回初めて取り扱うわけだから、人形に薬物が仕込まれていたなんて知らなかったと言い訳ができる。でも、何度も取り扱っている所だったら話は別だ。ドゥアルテは焦ったはずだ。司法による罰を受ける可能性はなくても、アルビタニアでブラックリストに載せられるのは必至……その影響は他のユーロピア各国にも波及するだろう。そうなれば、たちまち商売が立ち行かなくなる。この業界の厳しさは、まさにドゥアルテ本人が言っていたとおりだからな」


 だから人形を燃やして、商品として使い物にならないようにして、ついでに薬物という証拠も隠滅した……これが、ドゥアルテさんの犯行動機です。


「まあ、想像だとは言ったけど、グレゴリオ貿易側の事情については、さっきあらかた聞いてきたから、ほぼ間違いないと思うけどね」

「嘘だ! そんな話、全部グレゴリオ貿易のでたらめだ!」

「嘘だというならそれでもいいさ。少なくとも動機に関しては、わたしよりもグレゴリオ貿易の連中のほうがよく分かっている。無実を主張したいならわたしじゃなく、彼らに説明することだ」


 まあ、それができるとは思えないが……と、ローゼさんは小声で付け足します。そしておもむろに椅子から立ち上がりました。


「わたし達がやることといえば、犯行の過程を解き明かして、それを依頼人の前で説明かつ証明することだ。もちろんそれは、さっきほとんど済ませたんだけど、やっぱり証人の口から語ってくれた方が確実なんだよね」

「証人、だと?」

「ほら、いるじゃない。犯行の過程も背景もすべて把握していて、正直に話してほしいといえば素直に話してくれる、とても理想的な証人が、ここに」


 そう言ってローゼさんは、その人物に近づいて、肩をポンと叩きました。

 自分の肩に置かれたその手を見て、女中さんは目を丸くしました。そうです、彼女はドゥアルテさんの命令を受けて、実際に犯行に及んだ本人ですから、これ以上の証人は他にいないはずです。

 ようやくわたしは、ローゼさんの目的を理解しました。ドゥアルテさんも、同様に。


「まさか、お前、さっきの話はこのために……!」


 顔をわなわなと震わせて、ドゥアルテさんはローゼさんを指差しました。そうです、この事件にドゥアルテさんが関わっているという話をする前に、女中さんの存在がドゥアルテさんに不利益をもたらすという話をしたのは、証人である彼女をドゥアルテさんから引き離すためです。

 現状では、女中さんはドゥアルテさんから、事件に関することは何も話さないよう命令を受けている可能性があって、無理に連れ出しても証言をしない恐れがありました。最悪の場合、グレゴリオ貿易側が彼女を拷問にかけてでも白状させる、という展開になることも考えられました。

 だから先に、女中さんを手元に置いておくことで不利益になると話し、ドゥアルテさんが自発的に彼女を手放すよう誘導したのです。あの時点では、ローゼさんがドゥアルテさんの関与に気づいているとは考えられず、厄介な証人を手放しても問題ないと判断される……ローゼさんはそこまで見越していたのです。

 すべてが巧妙な罠だと気づいたドゥアルテさんは、途端に慌て始めます。


「ま、待て! 撤回だ! お前はこの家に必要な奴だ。召し使いをやめてはならん!」

「えっ……あの、えっと……」


 女中さんは明らかに困惑しています。この命令はさすがに理解できないようです。


「コンピュータっていうのは、矛盾した命令を同時に与えると、動きを止めるそうだ。彼女もまさにそれと同じ……二度とここに来るな、という命令と矛盾しているせいで、思考が停止してしまっている。彼女にとってあなたの命令は絶対だから、なおさらだ。臨機応変のできない奴隷体質が裏目に出たな」

「くそっ……」

「ドゥアルテ、その包みを開いてみて」


 ローゼさんが指差したのは、さっきローゼさんがテーブルの上に置いた、直方体の包みでした。そういえば、あれはいったい何でしょう?

 ドゥアルテさんは怪訝そうな顔をしながらも、その包みをほどきました。そしてその中身に、思い切り目を見開きます。


「こ、これは……!」


 包みに入っていたのは、現金の束でした。それもかなりの厚みです。


「現金、百五十万ポルド。あなたが彼女を買った時の値段の、三倍の額だ」

「な、何のつもりだ」

「あなたが手放した彼女、わたしがその額で買ってやる」


 とんでもないことを言い出しました。ローゼさんは女中さんを、金で買って自分の奴隷にするというのです。そうなれば間違いなく、彼女はローゼさんの命令に従い、この事件に関する証言をしてくれるでしょう。口約束だけでは足をすくわれる可能性があるから、駄目押しの一撃を用意していたのです。

 ……ああ、なるほど。だからわたしに、あんなことを頼んだのですね。


「お、お前、この金で証人を買い上げるというのか」

「悪い話じゃないと思うけど。さっきも言ったとおり、彼女が罪を犯したのは事実だから、そんな人を手元に置いておくのは都合が悪い。ここで彼女を売りに出せば、厄介な存在を手放せる上に、差額百万ポルドの儲けになるのよ」

「そ、それは欺瞞だ! あの子を手放したところで、私の仕事に差し障りが出ることに変わりはないだろうが!」

「どうして?」

「だから、あの子が証言したら私のしたことが連中にバレて……」

「へえ? さっきは、自分は無実だって言っていたのに。やっぱり彼女を証人として連れていかれると困るんだ。だったらなおさら、彼女を連れていく価値はあるね」

「み、認めんぞ! 誰が何と言おうと、彼女を金で買い上げるなど許さん!」


 自分の犯行を誤魔化すのは無理だと思ったのでしょう、こうなるともう意地ですね。しかし抜け目のないローゼさん、意地を張っても無駄なところまで、すでに手を打っていました。


「ふうん……どうする、()()()()?」

「え?」


 ローゼさんが女中さんに向けて放ったその名前に、女中さんは呆然としました。


「リ、リレイラ?」

「わたしが彼女につけた名前だよ。シャルロット、あれを」

「はい」


 わたしは、ずっと懐に忍ばせていた一枚の紙を取り出し、広げて見せました。


「これは先ほど、女中さんに見せた証文です。ローゼさんが百五十万ポルドで彼女の身柄を買い上げ、そのうえで彼女に、リレイラという名前を与える、という内容です。この時点で彼女は名前を持っていませんでしたから、“血判”という形で署名をもらいました」

「血判だと?」

「ジパニカで古い時代に使われていた、押印のひとつだよ」ローゼさんが説明します。「親指の腹を刃物で少しだけ切って、血液が少し出た状態で紙に親指を押しつける。すると指紋の形に血の跡がつく。現在はどこでも使われていないけど、血液と指紋は、本人のものであると確実に分かる証だから、これ以上のものはない」

「馬鹿な! そんな内容に納得して、彼女は判を押したというのか!」

「彼女、字が読めないみたいだから、適当な理由をつけて押してもらったのよ。あなたはただの召し使いに必要ないと言って、彼女に名前を与えなかったけど、わたしはちゃんと名前をあげたから、あなた以上に強い主従関係を結ぶことができる。これで正式に、彼女はわたしの奴隷となり、元の所有者であるあなたは百五十万ポルドを受け取った。もう彼女は、あなたの奴隷じゃない」


 女中さんにこの証文を見せた時、わたしは、ドゥアルテさんも認めていると言って、彼からの命令だということにして、彼女に判を押させました。結果的には、ドゥアルテさんが一度、彼女を手放すと宣言したことで、その言い訳は本当になりました。証文に書かれている、ドゥアルテさんが女中さんを手放すという内容が、事実となったのです。

 まあ、そのために女中さんの指に怪我をさせてしまったのは、我ながら心が痛みますが。


「卑怯だぞ! 彼女が字を読めないことを利用して、こんな証文をでっち上げるなど!」

「それはお互いさまだな。自分の手を汚さず、彼女の奴隷体質を利用して、窃盗と放火という犯罪行為を代行させたあなたに言われても、痛くもかゆくもないな」

「そう考えたら、ローゼさんの方がまだ可愛げがありますね」

「ぐっ……」


 意地を通すことすらできなくなったドゥアルテさんは、悔しそうに歯を食いしばり、歪みまくった顔でローゼさんを睨みつけます。が、もはやローゼさんはどこ吹く風です。


「話はこれで終わりだ。言われたとおり、わたし達はリレイラを連れて失礼するよ」


 ローゼさんは背を向けて、そしてわたしも、女中さん改めリレイラさんを連れて、この場を後にしました。部屋を出る前に、ひとり残されたドゥアルテさんに、ローゼさんは以前にも聞いたような言葉を告げました。


「残り少ない平穏な時間を、楽しむんだね」


 わたし達の後ろで、床に膝をついたような、ドンという音が響きました。


ローゼが敵役と対峙するとき、たまに「お互いさまだ」と言っています。今回のローゼの行動は、ひとえに騒動を鎮静化させたうえで、自分が得する対価を得るためのものでした。決して、相手が悪だと断定して、それを叩き潰すものではなく、結果的にそうなっただけにすぎません。相手側からすれば、ローゼの方こそ身勝手な事情で他人を追い詰め苦しめる、立派な悪人に思えるでしょうし、ローゼ自身もそれを分かっています。だから、「お互いさまだ」とはっきり言えるのです。

探偵が正義になりえないことは、私の別作品『サイレント・アイ』でも明言していますが、ローゼはまさに、その思想を体現したキャラです。正義の味方は単純で明快で気持ちいいものですが、常に矛盾をはらんでいるために、簡単に壊れてしまいがちです。正義にも悪にも染まらず、神のようにもならず、ただひたすら事実を追い求めて金に換える……これが本来あるべき探偵の姿だと思います。


さて、物語はもう少し続きますが、その前に……ここまでのローゼの推理にひとつ、言及されていない矛盾点があります。それは次の第5章で回収する予定ですが、皆さん、お気づきでしょうか。

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