Section 4-Eight
前回のラストで決め台詞が出ましたので、今回から核心に迫る解答編です。
……まあ、勘のいい読者は、すでに誰が犯人か察しがついているかと思いますが。そんな方は、ローゼがいかにして解決へ導くのか、その展開をお楽しみください。
ローゼさんがドゥアルテさんの家を訪れたのは、夜もすっかり深まり、辺りがしんと静まった頃合いでした。先に来ていたわたしは、後でローゼさんも来るから待っていてほしいと頼み込んで、一緒に待たせてもらっていました。
「すまん、遅くなってしまったな」
「いえいえ、来てくれてよかったです。正直、ドゥアルテさんからのプレッシャーにこれ以上耐えられるか分かりませんでしたので……」
「まあ、事情はわたしからすべて話す、ということにしていたからなぁ」
「いつになったらあの探偵は来るんだ、って何度も聞かれましたよ。それと、ローゼさんに頼まれたこと、しっかりやっておきましたよ」
初めて助手として仕事らしいことを任されましたから、気合いも入りました。ちゃんと務めを果たしましたし、もう犬みたいについて回るだけの相棒じゃありません。
「うん、ご苦労さま。じゃああとは手筈どおりに」
「おっ、やっと来てくれたのか」
玄関先でローゼさんと話している所に、ドゥアルテさんがやってきました。後ろにはあの女中さんもついています。そうそう、ローゼさんからの指示どおり、ローゼさんが来るまで女中さんのことをしっかり見張っていましたよ。ドゥアルテさんには、彼女の仕事のお手伝いをしていると、説明していましたけど。
「待ちかねたぞ。例の依頼した件はどうなった? 今夜またここに来るといって、これほど待たせたのだから、さぞいい報告が聞けるのだろう?」
期待と圧力を同時にかけてくる物言いです。しかし、たぶんそんな報告は聞けませんね。なぜなら……。
「悪いけど、事情が変わってね。あなたからの依頼は無効にさせてもらった」
「なんだと……?」
「安心して。お金のやり取りはしていないから、あなたが損をすることはないよ。まあ、得になることもないけど」
「そういう問題じゃないだろう。約束を破るとはどういう了見だ」
ドゥアルテさんの顔に怒りがにじみ出ます。そりゃあ、こんな屁理屈でそう簡単に納得するわけがありませんね。でもローゼさんは涼しい顔で、ドゥアルテさんの横を通り過ぎていきます。
「どうもこうも、調査の依頼に関しては、わたしの裁量で継続もしくは破棄を決められる。あなたの署名の入った契約書に、そう書いてあったと思うけど?」
「なに?」
「簡単な契約書でもちゃんと中身は読んでおく、これは基本でしょ。それじゃ、話の続きはお茶を飲みながらやろうじゃない」
お昼に紅茶とコーヒーをいただいたあの部屋の前で、ローゼさんは振り返って告げました。どことなく妖しい雰囲気の笑みを浮かべて。
テーブルを挟んで差し向かうように、ローゼさんとわたし、そしてドゥアルテさんが腰かけます。そこに女中さんが、紅茶とコーヒー、そしてリンゴのパイを持って現れました。見張り役のわたしと、一緒に作ったものです。そういえば彼女、右手の親指に絆創膏を巻いていますが、怪我でもしたのでしょうか?
紅茶を一口飲んでから、ドゥアルテさんが尋ねます。
「それで、話とは何だ? 依頼を無効にしたことの言い訳か?」
「無関係とはいえないけど、それは別に重要じゃない。無効にしたのはあくまで、あなたが信用に値しないと判断したからだ。見栄を張って、召し使いを奴隷のように扱っていることを隠したくて、嘘をついた。わたしは嘘つきの依頼を受けるつもりはない」
「くっ……たわけたことを」
「そんなにグレゴリオ貿易の内情が知りたければ、他を当たってくれればいい。とはいえ、これから話す内容に、その召し使いは大いに関係しているんだけど」
「どういうことだ?」
ドゥアルテさんは眉をひそめました。
「結論から言うと、あなたの所の召し使いには、グレゴリオ貿易が所有するコンテナに火をつけた、放火の疑いがかけられている」
ローゼさんはさらっと、驚くべきことを告げました。
…………。
この場がしんと静まり返ります。ドゥアルテさんと女中さんの表情は、険しいものになって固まっています。というより、ドゥアルテさんの方は引きつっています。
「な、何を言って……」
「正確には、わたしが彼女を実行犯だと疑っている。今回は、そのことをはっきりさせるために、ここへ来たんだ」
「いい加減なことを言うな! そんな話、私はひとことも聞いてないぞ。グレゴリオ貿易でそんな事件が起きていたこと自体、寝耳に水だ」
「ふうん、じゃあ、あなたが知らなかっただけかもね」
「なんだと? おい、どうなんだ?」
ドゥアルテさんが女中さんを振り向いて、キッと睨みつけます。その瞬間に、女中さんはびくっと肩を揺らします。
「お前はひと様の商品に火をつけて燃やすような真似をしたのか、どうなんだ!」
「あの、その……私は、何も……」
女中さんの視線は揺れていますが、ドゥアルテさんとは目を合わせようとしません。
「…………」
逆にローゼさんは、訝るような視線を真っすぐドゥアルテさんにぶつけています。ドゥアルテさん自身は気づいていないみたいですが。
「本人の自白を待っていても埒が明かない。実を言うと、目撃者がいるのよ」
「目撃者だと……?」ドゥアルテさんは再び女中さんを睨みます。
「グレゴリオ貿易は、コンテナにつける南京錠とその鍵を、港近くの宿泊施設の一室を借りて管理していた。犯人は、その部屋の隣に潜んでいて、管理の責任者が席を外した隙に侵入して、鍵を盗んだのよ。そして、その隣の部屋は、施設が倉庫として使っていて、普段は誰も出入りしない所だった。だから鍵が盗まれた前後に、出入りする人間がいれば、いやでも従業員の記憶に残るってことよ」
「その従業員が、彼女を見たといっているのか?」
「いや、帽子を目深にかぶっていたから、女性ということしか分からないそうだ」
「それでは本当に彼女が犯人かどうかは分からないではないか」
「まあ、それは後で首実検すればいいだけのことだ。問題は、鍵が盗まれる直前に、犯人がその部屋である物を落としたことだよ」
「ある物を、落とした……?」
「責任者を部屋から誘い出すために、爆弾というちょっと乱暴な手段を使ったみたいでね、そのせいで犯人もうっかり落としてしまったんだ。その痕跡がこれだ」
ローゼさんはテーブルの上に、手巾を広げました。そこには、わたしがあの倉庫で見つけた、小さな金箔の粒がありました。
「なんだ、その金色の粒は……」
「あなたもよく知っている、これの欠片だよ」
そしてローゼさんはもうひとつ、懐から出してテーブルに置きました。
女中さんの持っている、懐中時計です。
「なっ、なぜこれがここに!」
ドゥアルテさんは驚きの声を上げました。見ると、女中さんも声は出さないものの、瞠目して立ちつくしています。
「彼女、あなたの命令でこの時計を修理屋に持っていっただろう。小さな港町じゃ、こんな精密時計の修理を請け負う店は多くない。すぐに見つけて、そこで一時的に借りてきた。修理に出されて間もないからか、全く手を付けていない状態でね」
それもあったから、ローゼさんはここに着くのが遅かったのでしょうか。他のひとが修理に出した時計を借りるって、簡単ではないはずですけど。
「見てのとおり、この時計は金色の塗装が一部取れている。その形も、厚みも、ここにある金箔の粒とほぼぴったりだ。彼女があの部屋にいたのは間違いないと思うよ」
「うむ……だが、それが事件当日のものとは限らないぞ。違う日に別の用があって、その部屋を尋ねた時に落とした可能性だって……」
「従業員すら普段から使わない部屋に、一体何の用があったというんだろうね。それに、爆発があった正確な時刻を聞いておいたんだけど、それと全く同じ時刻でこの時計も止まっている。これは偶然で片づけていいのかな?」
今度はドゥアルテさんも反論ができないようです。閉じた口を震わせています。
時計が壊れたのは、床に落とした衝撃のためでしょう。コンクリートがむき出しで硬い床でしたから、当たり所が悪ければ、精密機械である時計が故障することはあり得ます。恐らく爆発による揺れで、女中さんは誤って時計を床に落としてしまい、そのままドアに小枝を置く仕掛けを施しに行って、時計を放置してしまったのです。あとから時計を拾って出て行きましたが、慌てていたせいか、今日になるまで時計の故障に気づかなかったのです。
「まあ、動機については、後で本人の口から聞くことにしよう。この件に関するわたしの見解は、すべてグレゴリオ貿易側にも伝えている。彼女の処遇をどうするかは、ドゥアルテの話も聞いたうえで、向こうが決定するということになっている」
「そこまで話が進んでいたのか……まったく、バカな真似をしてくれたものだ。主人である私の顔に、泥を塗ったようなものだぞ!」
ドゥアルテさんの、女中さんへの怒りは治まりそうにありません。女中さんは今にも泣き出しそうな顔をしていますが、ぐっとこらえて、無言でうつむいています。
なんというかもう、見ている方がつらくなってきます。それでもローゼさんは、淡々と話を進めようとしています。
「そういうわけだから、彼女の身柄をグレゴリオ貿易に引き渡してもいいかな。ドゥアルテが彼女にどんな仕打ちをしても構わないけど、最終的には、彼女にどんな罰を下すか、向こうが判断するわけだから。何しろこの国は、司法制度がろくに機能していない」
「ちょっ、ローゼさん、どんな仕打ちをしてもいいなんてそんな……」
「それに、放火も窃盗も重罪だ。法律が機能しなくても、彼女が犯罪者であることに変わりはない。というか公的に罪を償う機会さえないから、そのまま犯罪者でいつづける。そんな人をいつまでも手元に置いておくと、あなたの仕事にも差し障りそうだけど?」
ローゼさんの言い分は完全に、女中さんを救いようのない犯罪者と見なしているみたいです。でも、彼女のあのつらそうな表情を見て、そこまで言えるでしょうか。まだどんな事情があるのか、聞いているわけでもないのに……。
「分かっている。私としても、これ以上迷惑を被るのはごめんだ。世話係がいなくなるのは厳しいが、仕事に支障が出てはかなわん。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
「おや、もうこの家に戻って来なくてもいいのか?」
「この家に犯罪者の置き場所などない」
その言葉に、ローゼさんの口角がくいっと上がりました。そしてテーブルの上に、何やら直方体の包みを置きました。
「じゃあ、決まりだな。シャルロット、彼女のことを頼むよ」
「……分かりました」
また、この感じです。ローゼさんの、女中さんに対する言動があまりに冷淡で、わたしは少し反感を覚えてしまいます。それでも助手なので、ローゼさんの頼みには従ってしまいます。情けない話ではありますが。
わたしは席を立ち、女中さんのそばにつきました。女中さんは、今にも拘束されるのではないかと、不安がっているように見えます。
「さて、話はもう済んだだろう。君たちも、お茶を飲んだらお引き取り願おうか」
ドゥアルテさんはもう、この件を終わったものとして片づけたいようです。探偵の手によって、自分の召し使いの犯罪が暴かれ、それがすでに被害者側にも伝わっている以上、ことが大きくなるのは、仕事への影響を考えても避けたいところでしょう。
……ですが、そうは問屋が卸さないのがローゼさんです。
「いいや、話はまだ終わってない」
謎解きはまだ終わりません。
必要な伏線は全て、この章の第1回目から張られています。もう一度読み返して、伏線を拾い集めてみてください。
ではまた次週をお楽しみに。




