Section 4-Seven
密室からどうやって鍵を盗んだのか、答え合わせです。
安全装置は破られた。ローゼさんのその一言に、『グレゴリオ貿易』の社員たちは揃って言葉を失ったように黙り込みました。
いつもならローゼさんは、謎解きを始める前に別の決まり文句を使うのですが、それは本人いわく、解決の見通しが立った時に使うそうです。だからきっと、犯人の正体が分かったとか、特定する方法を見つけたわけではなく、あくまで犯人の行動を推察しただけなのでしょう。そこはとてもこだわる人なのです。
沈黙を破ったのはルイスさんでした。
「ここから鍵を盗んだって……本当に?」
「ああ。確実な証拠はないが、状況からそう考えざるを得ない。犯人の素性については、これから調べることになるが」
「だったら聞かせてもらおうじゃないか」
アレンさんはどこか反抗的な態度で言うと、窓に向かって指を差しました。その先、窓枠の上部と壁の間には、細い隙間が空いています。
「あの小さな隙間を使って、どうやって鍵を盗み出したのか、その方法を」
「…………」眉をひそめるローゼさん。「ちょっと待て。あの隙間を使って鍵を盗むのは無理だって、さっき言ったよな。ちゃんと話を聞いていたのか?」
「…………」
アレンさんは頬を引きつらせながら、ゆっくりと指を引っ込めました。……これは結構恥ずかしいですね。
「それじゃあローゼさん、犯人はどうやって鍵を盗んだのですか」
「普通に、ドアから部屋に入ってきて、鍵を取っていった。それだけよ」
「ドアから……? あの、それっていつ……」
「もちろん、ここの裏手で起きた爆発の様子を見に、アレンがこの部屋を出たときだよ」
「いや、それこそありえない!」ジョージさんが言います。「さっきルイスが説明したでしょう。ここのドアは自動で施錠されるし、開けるための鍵はアレンさんしか持っていない。他のひとにドアを開けるのは不可能ですよ」
「自動施錠装置ね……鍵の閉め忘れを防ぐために導入したんだろうけど、それが裏目に出たな。鍵がなくても、そのドアを開ける方法はあるんだよ」
そう言ってローゼさんは、懐からあるものを取り出しました。
「こんなものを使ってね」
……それは、ただの枝の切れ端でした。
「ローゼさん、その枝はどこで……?」
「その辺で拾った。まあ、とにかくやってみようじゃないか」
ローゼさんはアレンさんたちの間を抜けて、部屋の外に出ました。わたしとアレンさんたちも、状況がうまく呑み込めていませんが、ローゼさんに続いて部屋を出ようとしました。しかし。
「ああ、すまん。アレンは部屋に残っていてほしい」
「え、なんで」
「まあいいから。すぐに分かる」
詳しく説明しないまま、アレンさんだけを室内に残して、ドアを閉めます。
「さて、この状態では当然、外からドアを開けるのは無理だ。だが、このようにすると話は違ってくる」
ローゼさんは枝の切れ端を、ドアの下の方に立てかけました。置く場所はドアの端、それもドアが開く側の端っこです。
「犯人はルイスがここに来る直前に、こうやって枝をドアに立てかけていた。そして、爆発による騒ぎに気づいたアレンが、ドアを開ける。アレン、開けてくれ」
ローゼさんが呼びかけると、アレンさんは内側からドアを開けました。内開きなので、立てかけていた枝は当然、室内に向かって倒れます。半分ほど室内に入った状態です。
「それから、アレンがルイスと一緒にここを離れる。この時、後方でドアの閉まる音がしたと言っていた。ということは、このドアは手を離せば自動で閉まる仕組みになっている。だが、この状態で手を離すと……」
ローゼさんが、ドアを押さえていた手を離すと、ドアはゆっくりと回って閉まる……ことはなく、落ちていた枝が挟まったせいで、完全には閉まりませんでした。
「枝が邪魔をして完全には閉まらず、よって施錠もされない。これなら、アレンたちがここを離れたあとで、自由に部屋の中に入ることができる」
「こ、こんな方法が……」
「言っておくけど、自動施錠式のドアを開ける方法としては古典的だよ。部屋に入って鍵を盗んだ後は、枝を回収して普通にドアを閉める。たったこれだけだ」
ローゼさんはそう言って、施錠されなかったドアを開けて、再び室内に入っていきます。
「ではやっぱり、あの爆発はアレンさんを部屋からおびき出すために?」
「そうだな。まあ、それだけでもないだろうけど」
「しかし、俺たちがここを出てから戻ってくるまで、せいぜい五分くらいだったぞ。鍵を盗むには十分かもしれないが、コンテナを開けて火をつけて鍵を戻しに来るまで、五分で足りるとは思えないぞ」
「違うよ、アレン」ローゼさんは首を横に振ります。「犯人がコンテナに火を放ったのは、夜になって最後の積み込みが終わった後だ。だから今朝になるまで、出火していたことに気づかなかった……鍵を戻したのはその後、つまり夜にアレンが帰宅して、ここが無人になったときだ」
「……ああ、そうか」
こんな人が責任者で大丈夫なのでしょうか。他人事ながら心配になります。
「犯人が、さっきの方法で部屋に入ったとき、やったのは鍵を盗むことだけだ。戻したのは夜中になってから……つまりその間はずっと、ここに鍵はなかったことになる」
「それなのに、アレンは気づかなかったと? いくら何でも無理があるのでは……」
「じゃあ、あれを見て何か気づかない?」
ローゼさんは、南京錠と鍵がたくさんかかっている壁を指差しました。ジョージさんたちがじっと見ましたが、首をかしげるばかりです。
「……何かおかしいですか?」
「ほら、やっぱり気づいていない。さっきまであった57番の鍵、なくなっているよ」
そう言ってローゼさんが見せたのは、手に隠し持っていた、“57”と書かれた一本の鍵でした。いつの間にすり取っていたのでしょうか……。
「全部揃っている状態なら、あるいは元の数が多くなければ、鍵が一本消えただけでもすぐに分かる。でも、百五十本もあるうえに、半分近くが借りられている状態だ。しかも南京錠の方は先に借りられている……鍵だけが無くなっていれば怪しまれるが、両方がない状態では特に奇妙には思われない。だから盗まれたままでも気づかなかったのさ」
「な、なるほど……その鍵を借りに来るのは翌日、コンテナの出火に気づいたタイミングだから、それまでに戻しておけばバレることはないわけか……」
ルイスさんは納得したように、うんうんとしきりに頷きます。
「じゃあ、鍵を戻すときは、あの窓枠の隙間を使ったのですか?」
ジョージさんの問いかけに、ローゼさんはこくんと首肯します。
「恐らく隙間そのものは、元からあったと思うけど、鍵が通るだけの大きさがなければ、やすりでも使って少し広げればいい。鍵が床に落ちていても、壁材の削りかすが落ちていても、前日の爆発による揺れのせいだと思われるだけだろうからな。実際アレンも、そう思ったから特に報告もしなかったんだろう?」
「あ、ああ……確かによくよく思い返したら、昨日は鍵が落ちてなんていなかった。でも、この部屋は荷物も多いし、隠れて見えなかっただけだと思ったんだ。まさか、鍵を部屋の中に入れられる隙間があるなんて、思いもしなかったんだよ」
なんということでしょう……あらゆる状況を考慮に入れて、人間の錯覚や思い込みをここまで計算に入れて、犯行に及んでいたなんて。この事件の犯人は、相当に計算高い人物のようです。
「だが、それでも侵入方法には納得がいかない。俺もルイスも、爆発が起きて部屋を出たとき、確かにドアの閉まる音を聞いた。枝が挟まって完全に閉まらなかったら、同じような音はしない。これをどう説明する?」
「どうもこうも、扉が閉まる音なんてどれも似たようなものでしょ。しかもその時、あんた達は慌ててこの部屋を出て行ったから、ドアを見てはいなかった。だったら、あんた達の聞いた音が、本当にこの部屋のドアのものかどうか、分からないじゃない」
「まさか、別の部屋のドアが閉まる音と間違えたと?」
「というか、間違えてくれることを期待して、犯人がわざと別のドアを閉めたんだよ。この部屋のドアが自然に閉じるのと、ほぼ同じタイミングでね。ぴったり合わせるのは難しいだろうけど、慌てていたあんた達には、そんなわずかな音のズレは分からない……そういう、わずかな違いに気づきにくくなるくらい慌てさせるには、爆弾は実に好都合だったんだ」
今回の犯行で爆弾は、わたし達の想像以上に、果たした役割が大きかったのです。室内にいた人物をおびき出し、慌てさせ、鍵を戻すときの痕跡もごまかした……その一方で建物自体や人間に被害が及ばないよう、仕掛ける場所や威力も計算していた事でしょう。犯人の慎重かつ狡猾な性格が透けて見えます。
「でもそんな方法、確実とはいえないだろう。ドアがちゃんと閉まっていないことに俺たちが気づいたら、犯人はここに侵入することもできない。鍵が無くなっていることに気づかれたら、火をつける前に別の南京錠をかけられてしまう。鍵を戻す時だって、床に落ちていることを不審に思われる可能性だってあるだろう。どれもこれも運まかせで、計画的犯行にしてはお粗末じゃないか?」
「いや、そうでもない。確かに方法そのものは、確実に成功するとは言えない。でもそれは、鍵を盗めない、あるいは盗んだ鍵で南京錠を開けない、という状況が待っているだけで、もしそうなったら、南京錠を無理やりこじ開けたり、あるいは留め金を壊したりして、コンテナに入ればいい。鍵がない分、侵入の手間はかかるが、夜間で人の目も少ないから、やってやれないことはない。極論を言えば、コンテナそのものに火をつけても構わない」
「つまり、鍵がなくても放火そのものは可能だと?」
「鍵を盗んだのはあくまで、安全かつ素早く犯行に及ぶためだ。それが失敗しても、最後にやることは変わらないからな。それと、鍵を戻すときに床に落としても、その時点で犯行は終わっているんだから、たとえ怪しまれても犯人の置かれる状況は変わらないよ。奇妙な犯行を演出したかったわけじゃなく、ただなんとか鍵を盗めばそれでよかったから、鍵を戻す工夫なんて必要なかったんだ。もっとも、鍵を部屋に戻しておけば、あんた達が混乱に陥ってくれて、時間稼ぎくらいにはなっただろうけど」
つまりこの状況も、犯人の計算のうちだったということでしょう。ローゼさんの登場はさすがに想定外だと思いますが。
ところで、わたしもひとつ疑問があります。
「ローゼさん、この部屋に入ったときに鍵の型を取っておけば、後で鍵の複製をつくれますから、鍵を持ち去って後で戻す必要もなかったのでは?」
「うん……確かに型を取るだけなら、五分もあれば余裕だろう。だけど、その型から複製をつくるには時間がかかる。金属である必要はないけど、鍵として使うならそれなりに固くて丈夫でないといけない。陶器であれ、合成樹脂であれ、鍵の形に固めようとするなら一昼夜はかかるだろう。型を取ったその日の夜までに複製をつくるのは無理だ」
「次の日の夜ではだめなのですか?」
「問題のコンテナは、今日の夕方に船に載せられる予定らしいからね」
そういえばそうでした。
「あれ? ということは、犯人がコンテナに放火しようと計画したのは、昨日とか一昨日とかその辺りなのでは? だから鍵を複製する時間を確保できなかった……」
「そういうことになるね。つまり、犯人がコンテナに入ってまで燃やしたかった何かは、船に載せて運び出すほんの数日前に用意されたことになる。そんなに急いで運び出さなければいけなくて、しかも誰かにとっては非常に都合の悪い代物……あまり趣味のいいものでないことは、確かだろうね」
ローゼさんがそう言うと、アレンさんたちは揃って目を泳がせます。コンテナに集まっていた社員たちもそうでしたが、放火される心当たりがなくはないみたいです。
「まあ、今はどうでもいいことだけどね」
「そ、そうだよ。今は放火犯を特定するのが先だ。ここまで分かったんだから、犯人の正体にもたどり着けるんだろう?」
慌てて話を元に戻そうとしていますね、アレンさん。
「そうだな……犯人はどこか別の部屋に潜んでいて、アレンたちがここを出たときに、その部屋のドアを閉めている。走り去っていくアレンたちの視界に入らず、かつ、この部屋のドアの音と間違えるくらい距離的に近い……つまり」
ローゼさんは壁をこつんと叩きました。それは、この施設の正面出入口がある方とは、逆側の壁です。
「こっち側の隣の部屋に、犯人が潜んでいたと推定できる」
「隣の部屋って、確か……」
「ああ。この施設が物置として使っている部屋だけど、滅多に人の出入りはない」
怪しい人が潜んでいても、簡単には見つからないというわけですね。
というわけで、わたし達はその隣の部屋の前にやってきました。たぶんもう犯人はいませんが、とりあえずノックをしてからドアノブに手をかけます。すんなり開きました。
「あれ、ここは自動施錠式ではないのですね」
「それはたぶん、この事務所代わりの部屋だけだよ。ふつう、宿泊施設の客室の鍵は、紛失したときの保険として二本以上用意する。なのにあの部屋の鍵は一本だけ……後から自動施錠装置をつけたからだ。逆に言えば他の部屋は、元々そんな装置はついてなかったということになる」
「ああ、なるほど……」
鍵が一本しかないという話から、そこまで推理していたとは、さすがです。
部屋の中へ入ってみると、天井の灯りが消されているせいで、まだ夕方前だというのに妙に薄暗いです。元が客室だったので、部屋の広さは隣とほぼ変わりません。でも、事務所代わりのあの部屋と比べると、荷物が少ないせいか、ちょっと広く感じます。
「この部屋に、犯人の手掛かりがあるのか?」
「あるといいけどね。ルイス、ジョージ、この部屋に出入りしている人を見かけた人がいないか、従業員に聞いて来てくれ。わたしはここで痕跡を探す」
「あ、はい、分かりました!」
なぜか二人はローゼさんの命令にすぐ従ってしまいました。ローゼさん、使えるものは依頼人でも容赦なく使うみたいです。
「……社員を手足のように使いやがって」
「効率を上げたかっただけよ。それよりアレン、あなたも入り口で突っ立ってないで、手掛かりがないか探しなさいよ。シャルロットは言われなくてもやっているぞ」
はい、言われるまでもなく、わたしは四つん這いになりながら部屋の隅を探っています。探偵の助手ならこのくらい当然です。
「分かったよ、手伝えばいいんだろ」
わたしのような女の子が、必死になってお手伝いをしているのを見て、アレンさんはいたたまれなかったようです。面倒くさそうに吐き捨てると、この部屋にある数少ない荷物を調べ始めました。……責任者の仕事に戻ってもよさそうなものですが。
さて、三人で部屋のあちこちを調べていると、至近距離で床を調べていたわたしは、視界の隅でキラリと光る粒を見つけました。絨毯の類いが敷かれていない、硬いコンクリートがむき出しの床に、鈍い光沢を放つ薄い粒がありました。
「ローゼさん、これは何でしょう?」
わたしの呼びかけに、ローゼさんはすぐ駆けつけました。そして、樹脂製の手袋をはめた手で、光沢のある粒を拾い上げました。
「これは……金箔だな」
「金を薄くのばしたものですよね」
「メッキが剥がれたものかな。待てよ、もしこれがあれだとしたら……」
何か思い当たるものがあるのか、ローゼさんは目を細めて思考にふけります。
そこへ、ルイスさんとジョージさんが戻ってきました。
「目撃者がいました! 昨日、この部屋に入っていく人を見かけたと……」
「ほう、思ったより早く見つかったな。で、どんな人物が入ってきたんだ?」
「帽子を目深にかぶっていたせいで、顔はよく見えなかったらしいですが、声と体型からして、恐らく女だろうと言っていました」
「おいおい、女が鍵を盗んで放火かよ。嫌な話だな」
アレンさんの発言に、わたしは少しむっとしました。たぶん、無意識に犯人は男性だと思い込んでいたのでしょうが、どうも言い草が差別的に聞こえます。少なくとも、女性であるわたしやローゼさんの前では、言ってほしくなかったですね。
もっとも、ローゼさんが気になったのは別の所ですが。
「声って……その女性は誰かと会話していたのか?」
「ええ、この部屋の前で、電話で誰かと話していたみたいですよ。相手の声までは聞こえなかったそうですけど」
「電話……なるほど、そういうことか」
何らかの確信を得たように、ローゼさんはふっと笑いました。
「何か分かったのですか、ローゼさん」
「現時点では憶測も多いが、たぶんこれで当たりだと思う。問題は動機だけど、こればかりは、実際に燃やされたものが何なのか聞かないと、推測のしようがない」
そういえば、どんな商品が放火の被害を受けたのか、詳しいことを未だにわたし達は知りません。社員の誰も、それを話すことに消極的なのです。
「どうして誰も話そうとしないのですか? もしかして、法に触れるものだからですか。希少な動植物、人体に有害な薬物、危険な武器……いくらでも考えられますが」
「今どき、法に触れる程度のことで、口をつぐむってことはないだろう。誰かに話したところで、機能不全に陥っている警察が動くことはないんだから」
「ああ、それもそうですね」
「しかし、警察が関わらなくても、明るみになると不利益を受けるから、誰も話そうとしないんだろうな。だけどその一方で、アレンたちが本当に詳しい事情を知っているのかは、怪しいと言わざるを得ない。それだけ重要なものを扱うなら、鍵の管理はどこよりも厳しくするはずだからな」
確かに、鍵や南京錠の管理に隙があったから、こういう事件が起きたのです。問題のコンテナの荷物は、存在を隠したいほど大事な商品にもかかわらず、他の商品と変わらない扱いをされていたように思えます。
「大方、上から口止めをされているだけで、詳しいことはあまり聞かされていないんじゃないか?」
「……ああ、そうだよ」アレンさんが苛立たし気に答えます。「そもそも例のコンテナの中身について、ほとんどの社員は把握していない。さっきあんたが言ったように、燃やされた荷物を船で運ぶ段取りは、ここ数日の間だけで決まった。どうも上の連中が何か企んでいるみたいだが、この件については誰も深く追求しないよう、お達しが出ている」
「だから探偵を関わらせることにも、消極的だったのですか?」
「まあそういうことだな。だが、あんたの推測どおりなら、この放火は単なるいたずらじゃなく、上の連中の企みが発端ってことになる。それで俺一人に責任を押しつけられても困るからな。こうなったら話せる範囲で教えてやるよ」
いや、鍵を盗まれたこと自体は、アレンさん自身の落ち度としか思えませんけど……なんて言ったら話すのをやめそうなので、言いませんけど。
「あのコンテナに入っていたのは、この国の原住民がよく作っているという、木彫りの人形だよ。両手で抱えるくらいの大きさはあるって話だ。だが俺が知る限り、うちの会社がこれまで扱ったことはない」
「今回初めて扱った商品が狙われたわけか……ちなみに届け先は?」
「確か、アルビタニア王国だよ。うちの得意先だ」
ユーロピアの玄関口のひとつとも言われている、有名な強国です。記憶喪失のわたしでも知っていますし、確かローゼさんと最初に出会った事件でも、少しだけ名前が出ていました。
その国名が出たことで、ローゼさんはさらに確信が深まったみたいです。
「アルビタニア……なるほど、何となくだけど見えてきたよ。やはり、その木彫りの人形とやらを燃やさなければならない理由はあったんだ。しかしこの推測のとおりなら、もはやどちらか一方が悪いという話ではなくなってくるな」
「なんだと? 俺たちにも非があるっていうのか」
「そこまでは言わないけど、原因の一端を作ったのは確かだよ。グレゴリオ貿易が余計なことをした結果が、今回の放火につながったといっていい」
余計なこと、というものが何を示しているのか、今のわたしには分かりません。ですが、ローゼさんの考えを聞く限りでは、『グレゴリオ貿易』が何かをしたことで、今回の犯人に、放火事件を起こす動機を与えたということみたいです。この事件はどうも、ただの放火では終わらない気がします。
「こうなると、あんたらにばかり得をさせるのは気が引けるな。犯人側にもそれなりの事情があったんだろうし」
「こっちは商品とコンテナを燃やされているんだぞ。純粋な被害者じゃないか」
「純粋といえるかどうか、きわめて怪しいけどね……言っておくけど、わたしは被害者と加害者、どちらの味方にもならない。同時に、この調査によってもたらされる結果に、責任を負わなければならない。今後二度と、こんな馬鹿な事件が起きないよう、両方にしっかり灸を据えることも考えた方がいいだろう」
「厳しすぎませんか、探偵さん……」
ルイスさんがげんなりとして言いました。普通に自分たちは被害者だと思っていたのに、頼りにしていた探偵から、自分たちにも非があると言われたわけですから、「聞いてないよ」と思いたくなるのも無理はありません。
「まあ、恐らく上の連中は、とっくに犯人が誰なのか想像がついているだろう。外部の人間に知られてしまったことは、望ましくない状況のはずだ。ならばわたしはその立場を利用して、人倫に恥じない程度に搾り取るまでだ。お仕置きはそれで十分だろう」
「その考え方がすでに人倫に恥じているとは思わないのか」
「お互いさまだ。聖人君子でいては飯もろくに食えない」
ええ、ローゼさんってそういうところがありますよね。流浪の探偵として生きていくためには手段を選ばない……もちろん限度は守っていますけど。
「そういうわけで、これからあんたらのボスと話をさせてほしい。後回しにしていた調査依頼の契約も、ちゃんと交わしておかないといけないし」
ほとんど調査が終わってから契約するって、色々間違っていませんかね。
「会わせるのはいいけど、こっちにとって損な提案をされる予感しかしないぞ」
「まあ、事故に遭ったと思って受け入れることだな」
「ある意味、ボヤよりたちの悪い事故だな……」
「それとシャルロットには、わたしとは別行動でやってほしいことがある」
ここまでただついて回るだけだったわたしに、ローゼさんはようやく仕事らしい仕事を任せてくれるみたいです。ローゼさんと離れるのはちょっと寂しいですが、頼ってもらえるのは跳び上がりたいほど嬉しいので……。
「分かりました! ローゼさんの頼みであれば、何でもお任せください!」
「……そう言ってくれるのは頼もしいが、安請け合いは考え物だよ?」
ローゼさんはなぜかちょっと呆れたような顔をしましたが、すぐに真顔に戻りました。
「ドゥアルテの家に行って、あの召し使いのそばについて見張っていてほしい。それと、召し使いと会ったらやってほしいことがある」
なぜ今ここで、あの女中さんの名前が出てくるのか分かりかねますが、それ以上に分からないのが、ローゼさんの言う「やってほしいこと」の中身です。
「……そんなこと、あの女中さんがして下さるでしょうか」
「とりあえず、『旦那さまの命令です』とでも言っておけばいい」
もちろんそんな命令を、ドゥアルテさんが下すとは思えません。つまり嘘です。ローゼさんは自分の代わりに、わたしに嘘をつかせようとしているのでしょうか……。
いえ、たとえ理解しがたいことがあっても、ローゼさんはわたしより深い考えを持っています。まずはこの人のことを信じて、やれるだけのことをやりましょう。それに……。
「わたしはグレゴリオ貿易との交渉があるから、合流するとしても夜になると思う。それまで、向こうのことはシャルロットに任せたからな」
「はい、任されました!」
「まあ、すべてはこの交渉次第とはなるが……」
ローゼさんがこの言葉を発するということは、すなわち、解決への道筋を見通せたということですから。
「神秘の箱は、開かれた」
例の決め台詞が出ましたので、次回から、解決へ一直線です。すべての謎が明かされ、あるべき結末へと繋がっていきます。ローゼがどんな手を使って解決するのか、最後までご覧ください。
では、また次週です。




