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Section 4-Six

ここにきてようやくミステリっぽくなりました。

とはいえ、何度も言うようにトリック自体は目新しくありません。今回のエピソードを最後まで読めば、ミステリに慣れた人はトリックに気づけるでしょう。ええ、たぶん。


『グレゴリオ貿易』の社員たちに案内されて、わたし達は、港のすぐそばに建つ宿泊施設にやってきました。五階建ての、少しさびれた雰囲気が漂う建物です。

 ちなみに案内してくれたのは、リーダーさんに指名された、現在忙しい仕事を抱えていない社員二名です。だからでしょうか、案内している間も到着してからも、お二方はどこか不満そうです。無理もないですね……得体の知れない探偵に、内部事情を見せるだけでも抵抗があるでしょうし、何より“ヒマ”の烙印を押された気になったのでしょう。

 もっとも、ローゼさんはそんな心情など意に介しませんが。


「ここの一室を間借りして、事務所代わりにしているわけか……」建物を見上げて呟くローゼさん。「何階にあるんだっけ」

「一階ですよ……客室として使っているのは四階と五階だけです」


 社員二名のうち一人が、面倒くさそうに答えます。頭が棘のように尖っている長身の男性で、名前はルイスといいます。もう片方のガタイのいい男性はジョージと名乗っています。


「一階ね……重要なものを保管するなら、真ん中の階が防犯上最適なんだけど。低い階は地上から、高い階は屋上から容易に侵入できるし」


 さすが、屋上からワイヤーでぶら下がって盗み聞きした人が言うと、説得力があります。同じことを考える泥棒がいないとは思えませんし。

 しかし、ルイスさんは笑って否定します。


「大丈夫じゃないですか? 物置として使っている部屋の窓は、すべて鉄格子が嵌められていますし、ドアも自動施錠(オートロック)式になっていますし」

「侵入して南京錠の鍵を盗むのは難しそうですね……」


 わたしはそう思ってローゼさんに言いましたが、ローゼさんは首を振ります。


「そう断じるのは早計だな。当時の状況によっては、そうした安全装置は簡単に破れる。どうも昨夜は、ここで妙な事態が起きたみたいだし、無理だと決めつけるのは早い」


 妙な事態、という言葉が出たとたん、ルイスさんとジョージさんの表情が引きつりました。ええと、例によってわたしだけ事態がのみ込めません。


「あの、妙な事態ってどういう……?」

「かすかだが、火薬の焦げたにおいがする。拡散しきっていないということは、きのうか今日あたり、この近くで爆発があったんじゃないか。そしてその爆発に触発されて、あるいは様子見のために、事務所にいた責任者は一度、部屋を出たんじゃないか?」


 ローゼさんの指摘は図星だったようで、ルイスさんとジョージさんはバツが悪そうな表情でうつむいています。事務所のある宿泊施設での爆発、そしてコンテナでの放火……立て続けに起きた不審な出来事に、社員たちも関連を疑わずにいられなかったでしょう。商品を燃やされた原因が、責任者の過失にあるとしたら、隠してしまいたくなるのも無理はありません。


「そっちは曲がりなりにも、探偵であるわたしに調査を依頼したんだ。隠し事は双方にとって、ためにならないよ」

「いえ、探偵さんに隠すつもりは……折を見て話すつもりでしたよ。まさか、火薬のにおいだけで気づかれるとは思ってなくて……」


 ジョージさんが観念したように告げます。確かに、火薬の焦げるにおいなんて、言われてやっと気づくほどのものです。しかもそのにおいと、事務所への侵入を、即座に結びつけられるのですから、さすがと言うほかにありません。


「確か、昨日の日没ごろだったと思います」ルイスさんが語り始めます。「ちょうど俺が、担当しているコンテナの積み荷の確認を終えて、書類を事務所へ戻しに来たときに、ここの裏手で爆発が起きたんです。どうも地面に爆薬が仕掛けられていたらしくて、すぐに見に行ったら、地面がえぐられて大きな穴が開いていました」

「建物への被害は?」

「幸い、外壁が少し燃えて、爆発の時の揺れで物が落ちたり崩れたりした程度で、他の損傷もけが人もありませんでした。けれど、施設内の人たちは大慌てでしたよ。俺もすぐ、責任者のアレンさんに知らせようと思って、事務所のある部屋に駆けつけたら、アレンさんもちょうど出てきたところでした」


 あ、ここでようやく責任者の名前が出てきました。


「爆発による揺れに驚いたのか?」

「ええ。その後、アレンさんと一緒に、爆発のあった建物の裏手に行きました。何しろ建物の状態が()()ですからね、倒壊の恐れがないか確認する必要があったんです」

「これ、ですか……」


 苦笑するしかありません。確かにお世辞にも頑丈とは言えなさそうです。


「その時、ドアの鍵は持ち出したの?」

「もちろん。閉じたら自動的に施錠されますから、鍵がないと中に入れませんからね。実際、爆発のあった現場から戻るときも、普通に鍵を使ってドアを開けました」

「ちなみに、部屋を出る時、ドアがちゃんと閉まったのは確認したか?」

「え? まあ、急いでいたのでドアを見てはいないですが、ドアの閉まる音は、背後からちゃんと聞こえていましたよ」

「ふうん……」

「もしかして探偵さんは、昨日の爆発も放火犯の仕業で、アレンさんが部屋を出て無人になった隙に、部屋に侵入して鍵を盗んだと考えているのでは?」

「おお、よく分かったな。まさにその通りだ」


 ジョージさんの問いかけに、ローゼさんは割と驚いたように言いました。……いや、ここまでの質疑応答だけでも、十分に予想できそうなものですが。もしかしてローゼさん、素でこの二人のことをバカにしています?

 機嫌を損ねたルイスさんとジョージさんのことを、ローゼさんは歯牙にもかけません。


「そして、恐らく事実もその通りだと思う」

「話を聞いていました? ドアが閉められた後は、鍵がないと部屋に入れないのですよ。その鍵も一本しか存在しませんし、侵入なんて不可能ですよ、絶対に」


 ルイスさんは論破しているというより、何が何でも自分たちに責任がないと思いたいようです。しかし、爆発という不可解な要素もあります。ローゼさんの推測ならば爆発にも説明がつきますし、彼らに責任がないとするのは無理がありそうです。


「絶対に不可能かどうかは、実際に事務所の部屋を見てから判断する。他人の口から聞いただけでは不正確だからな」


 そう言ってローゼさんは、先に建物の中へと入っていきます。案内役であるはずの社員二人は、気持ちも存在も置き去りです。本当なら怒って逃げ出してもおかしくありませんが、ローゼさんが何かと可能性をほのめかすので、二人とも無下にできないのです。本当に、どこまでいってもローゼさんの手のひらの上ですね。

 さて、事務所がある部屋は一階だと聞いていたので、案内役を放置して先に行っていたローゼさんは、すぐに見つけられたようです。


「この部屋か……ご丁寧にドアに看板下げて、狙ってくれと言わんばかりだな」

「ほっといてくれませんか」


 ようやく追いついたジョージさんが苦言を呈しました。わたしもルイスさんもいます。ローゼさんは部屋に入らず、わたし達の到着を待っていたようです。


「責任者のアレンとやらは、まだいるのか?」

「いると思いますよ。ちょっと待ってください」


 ジョージさんはドアをノックして、アレンさんを呼びました。そして待ちます。このドアは外側から開けることができないのです。

 アレンさんはすぐに、内開きのドアを開けて出てきました。


「おう、ジョージ。どうした……って、この忙しいときに、二人も女を連れて何やってんだよ」

「バカいえ、そんなんじゃねぇ。この二人は探偵で、今朝のボヤについて調べてんだよ」

「探偵? 本当かよ、この二人が? 若い女だぞ?」

「やめておけ、そういうのは。よく分からねぇけど、協力した方が身のためだぞ」

「なに、何なの? お前あの二人に脅迫でもされてんの?」


 さっきから滅多な言い方をしてくれますね、この人は。ひとこと言ってやりたいところですが、いま優先するべきはそんな事じゃありません。ローゼさんは少し苛立ちを滲ませながら言いました。


「早く入れろ。そして話をきかせろ。無駄話は好きじゃない」


 妙に強い気迫があって、逆らえば指一本くらい折られそうな雰囲気があります。とっくに退役したとはいえ、ときどき軍人気質が表に出てしまうローゼさんです。

 彼女の気迫と言葉は、てき面に効いてくれました。


「…………! ど、どうぞ、お入りください……」


 怯えるような素振りを見せながら、アレンさんはわたし達を招き入れました。

 元が客室というだけあって、貿易会社の事務所を置くには手狭に感じる部屋です。木箱や書類の束がうず高く積まれ、壁一面を埋めています。窓は十分な大きさがあって、おかげで部屋の中もそれなりに明るいですが、窓の手前に嵌められた鉄格子が、さらにこの部屋の圧迫感を強めているように思えます。

 作業机は二つあって、今はアレンさんがひとつ使っているだけの状態です。そして、問題の南京錠とその鍵は、窓にほど近い壁にかけられていました。……整列されていますが、かなり大量です。ざっと百五十個はありそうです。でも、いくつかのコンテナに使われているのか、空いている所があちこちにあります。


「こんなにあるのか、南京錠……」

「うちで扱っているコンテナだけで百を超えるからな、これでギリギリ間に合う程度だ。まあ、南京錠にも鍵にも数字を彫っているから、場所を間違えることはないが」

「ああ、ここだね。ボヤのあったコンテナについていた、南京錠の置き場所」


 ローゼさんは“89”の番号が書かれた場所を指差します。現場で見せられた南京錠に刻まれていた番号を、覚えていたのでしょう。当然ですが、その場所には南京錠も鍵もかけられていません。


「話によると、南京錠は最後にコンテナへ運び入れる人が、あらかじめここで預かるということらしいけど……昨日、ここの南京錠が借りられたのはいつ頃?」

「お昼前だったと思うぞ。たいてい誰もがその時間帯に取りに来るんだ」

「その時、合鍵があることは確認しているよな?」

「もちろん。もしなかったら、対応する南京錠は絶対に使わせない決まりだ」


 当然といえば当然ですね。南京錠は鍵がなくてもかけられますが、鍵が別の誰かの手に渡っていれば、その誰かは簡単に解錠できるのですから。


「なるほど……ところでアレン、あなたは今までずっとこの部屋にいたの?」

「まさか。一日の仕事を終えたら、家に帰って寝るよ。もちろん、ここを出る時に、戸締まりはちゃんと確認している」


 窓はともかく、ドアは自動的に施錠されるから、確認するまでもないような……ああ、いえ、装置が不具合を起こす可能性もありますし、やっぱり確認は必要ですね。

 ふうん、と呟きながら、ローゼさんは窓をじっと観察しています。レバーを半回転させて施錠する、よくあるクレセント錠です。ローゼさんはレバーに指をかけて、下方向に力を加えます。レバーは引っかかることなく、スルッと回転して下を向きました。

 続いてローゼさんは鉄格子を両手で掴んで、揺らそうとしました。しかし微動だにしません。かなりしっかり固定されているようです。格子の幅は人間の腕がぎりぎり通る程度で、距離的には腕を通して手を伸ばしても、壁の鍵には届きません。長い棒でも使えば取れるかもしれませんが……。


「まあ、難しいだろうな」

「ですよね」

「そもそも、今朝になってここに来た時も、今みたいに窓は施錠されていた。外から開けられるような仕掛けだってなかったぞ」

「だろうね。この状況を作るには、開ける仕掛けと閉める仕掛け、両方を用意していなければならない。さすがに目立つだろうな。そうなると残るは……」


 ローゼさんは窓側の壁をきょろきょろと見回し、何かを見つけました。天井付近の壁にくっついている、拳ほどの大きさの白い円盤です。穴を塞ぐ蓋のように見えます。


「あれは通気口か……」

「客室として使われていた頃の名残だな」と、アレンさん。「あれも、外から取り外したり取り付けたりするのは難しいぞ」

「もし外せたとしても、あの高さでは鍵のある場所が見えませんよ。棒を通しても、見えなかったら鍵は取れませんね」

「内視鏡を使えば可能ではあるけどね。かなり面倒くさいけど。どちらにしても、外側から外せないなら、通気口を使うのも無理だろうな」

「ほら、やっぱり不可能なんですよ」ジョージさんが食ってかかります。「ここに侵入する方法がなく、鍵に触れることすらできないんですから、ここから鍵が盗まれた可能性はないんですよ」

「いや……」ローゼさんは首を振ります。「部屋の外にいながら、ここの鍵に手が届く必要はないんだ。ほんの少し隙間があるだけでいい。それこそ、南京錠の鍵が通るくらいの隙間があれば……ああっ?」


 窓の上あたりを見ていたローゼさんが、突然、目を見開いて声をあげました。大声で驚くローゼさんというのも珍しいです。


「おい、なんだ、あれは……」


 ローゼさんが指差した先、窓枠の上部には、まさにローゼさんが言っていた、南京錠の鍵が通る程度の細い隙間が空いていました。窓枠と壁材のつなぎ目にあるせいで、窓枠の死角になっていたのです。……だから、背丈の足りないわたしには見えません。その場で飛び跳ねて、ようやく見つけました。


「ローゼさん、あの隙間から外の光が漏れています。外と繋がっていますよ」

「これはさすがに想定外だ……てっきり、窓に何か仕掛けをしたのかと思っていたが。だけどこれなら、見逃される可能性の方が高い。上手く考えたものだ」

「ちょっと、探偵さん。ひとりだけで納得しないでくれないか」


 置いてきぼりにされているアレンさんたちが、しかめ面で声をかけてきました。実を言うとわたしも、ローゼさんが何を考えて調べているのか、よく分かっていません。


「何か分かったなら教えてくださいよ。その隙間がどうしたって言うんですか」

「そんな小さな隙間を使っても、鍵を盗むのは無理だと思いますけど」


 そう言ってくるルイスさんとジョージさんに、ローゼさんは振り向いて答えます。


「ああ、もちろん無理だよ。盗むのは、ね」

「え?」

「わたしの考えを話す前に、アレンに確認したいことがある」

「なんだ」

「今朝、コンテナのボヤに気づいた社員が、南京錠を開けるために鍵を借りに来ただろう。その時、鍵はどこにあった?」


 質問の直後、アレンさんは表情が強張りました。


「そ、それは……」

「ひょっとして、床に落ちていたんじゃないか?」

「なっ、なぜそれを!」


 アレンさんの反応を見て、当を得たり、といわんばかりにローゼさんは、ニヤリと口角を上げました。


「これで安全装置は破られた。やはり犯人はここから鍵を盗み、それを使ってコンテナに入って火を放ったんだ」


次回から本格的に謎解きが始まります。しかし、手掛かりの提供はまだ続きます。

というのも、まだ例の決め台詞が出ていないからです。すべての手掛かりが出揃ったタイミングで、ローゼがあの言葉を放ちます。それはいつのことになるでしょう?

というわけで、次週もまたお楽しみに。

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