Section 4-Two
前回のあとがきで予告した通り、今回からシャルロットの一人称に変わります。
わたし達の泊まる宿は、すぐに見つけられました。以前に一度、この港町に来ているというローゼさんの、心当たりのある場所を回ろうとしたのですが、一件目にして空室があったので、即座に決めたのです。この後の予定を考えると、迷う時間はあまりないので。
借りた部屋の窓からは、港が一望できました。二階ですが、高台にあるからでしょう。窓を開けて、吹き込む風を真正面から受けながら眺めると、もう、開放感でいっぱいです。
「いいところですねぇ、ここ……」
「比較的、戦災からの復興が進んでいる所だからな。とはいえ、この宿も客室のいくつかは封鎖されているし、まだ途上といったところだろう」
「客室を封鎖するって、どういうことですか」
「部屋を他人に貸し出す以上、維持管理にも金をかけないといけない。でもそんな余裕がない宿は、いくつかの部屋を貸し出さず、物置の代わりにしているのよ。ここの場合だと、上半分の階は全て物置にされているわね」
それを聞いて、納得できることがありました。この宿は四階建てですが、三階と四階の部屋は貸し出されてなかったのです。実質、わたし達のいる二階が、ここの最上階といってもいいでしょう。
「なんか心配ですね……荷物の重さで天井が落ちてこないでしょうか」
「まあ、ありえなくはないだろうけど。こんな所の耐久性なんて知れているし」
「どうせ物置に使うなら、下の階にしてほしかったです」
「中にはそうしている宿もあるわよ。でもここの場合、水道が通っているからね……上の階まで水を押し上げる装置も結構かかるから、目先の利益を考えると、下の階しかろくに水を供給できないのよ」
「う~ん……快適をとるか安全をとるか、悩ましいですね」
「あいにくこのご時世で、安全に宿泊するのは厳しいと言わざるを得ない。わたしなら、多少の危険はあっても、快適に朝を迎えられる方がいい」
朝に弱いローゼさんは、探偵の仕事に臨むときは必ず、朝にシャワーを浴びます。確かにローゼさんにとっては妥当な選択でしょうけど、危険に対処する力が足りないわたしは、ビクビクと怯えながら寝ることになりそうです。……結局快適じゃないですね。
「そんな事より、さっさと荷物を置いて、外に出るぞ」
「あ、はーい」
わたしは窓を閉めて、ローゼさんの後を追って部屋を出ます。外歩きに必要なものはローゼさんが全部持っているので、わたしは手ぶらです。ローゼさんいわく、お金などの貴重品は二人で分けて持つ方が安全だそうですが、ローゼさんからお金をすり取るのは至難の業なので、いつも彼女がひとりで持っています。
さて、まずは当座の資金を稼ぐべく、探偵の仕事を始めます!
……と言いたいところですが、依頼がなければ仕事できないのが探偵です。この国でもローゼさんの名声は知られているはずですが、噂が広く浸透するにも限界がありますし、そもそも探偵に依頼するような問題が、都合よく転がっているとは限りません。
仕方なくローゼさんのとった手段というのが……。
『調査の依頼募集中! 探し物、素行調査、犯罪調査、何でもやります。二千ポルドから』
「……ローゼさん、こんな看板出して、本当に依頼する人が現れますか?」
わたしは純粋な疑問をローゼさんにぶつけました。近くの人からタダでもらった木の板に、手書きでこんなことを書いて、道端のベンチに立てかける……やることが原始的というか、もう少し凝ったことをするものだと思っていたのですが。
ローゼさんは、看板のすぐ隣に座って、くつろいでいます。わたしはちょっと恥ずかしいので、少し離れたところに立っていることにしました。
「さあね。でもただ待っていたところで、依頼はやってこないから」
「仮に困っている人がいたとして、この看板を見て調査を依頼しようと思う人がいるのでしょうか……はっきり言って胡散臭いですよ、これ」
「まあ、探偵の仕事って、傍目に見たら胡散臭いものだからな」
「ローゼさんがそれを言ったらおしまいのような……」
一応、看板に目を向ける通行人もいます。中には「あ、さっきリンゴ拾ってたひとだ」と指さす人もいます。でも誰ひとり立ち止まらず、そのまま通り過ぎていきます。やっぱりみんな、こんな胡散臭い看板を掲げる人に、調査を依頼するほど暇ではないようです。
「文明が生きていた頃だったら、他にも宣伝の方法は山ほどあったけど、今はこれくらいしかできないからね……シャルロットも分かるでしょう。今までだって、探偵の仕事は偶然に巻き込まれたものばかりだったし」
「確かに……そう考えると、探偵って不自由な仕事ですね」
「どんな仕事も他人と関わる以上、完全に自由な仕事なんてないんだよ。まあ、気長に待とうじゃない」
そう言ってローゼさんは、ふうと一息ついて、ベンチの背もたれに体を預けます。目をつむって、安らかな表情をしているその横顔は、本当に惚れ惚れするほど綺麗です。
ローゼさんは元軍人で、先の世界戦争にも参加したことがあるそうですが、この綺麗な肌と顔立ちからは、とても想像がつきません。とはいえ、これまで何度も驚異的な身体能力を目の当たりにしているので、今では容易に想像できますが。
それにしても、軍を退役してから、探偵となって旅を始める、その過程がよく分かりません。兵士と探偵という二つの職業が、どうしても結びつかないのです。どうもローゼさんには、わたしの知らない過去がまだ多くあるようです。
ローゼさんの過去といえば……ナオコさん、という人のことも。あれから結局聞けずじまいですが、その人がローゼさんにどう関わっているのか、とても気になります。
気になりますが、踏み込むことにもためらいがあります。もしローゼさんとその人の間に、ただならぬ関係があったなら……とても冷静でいられる自信がありません。
それはつまり、わたしはローゼさんのことを……。
「あっ、見つけた……!」
聞き覚えのある声がしたと思ったら、これまた見覚えのある人が、こちらに駆け寄ってくるのが見えました。さっきリンゴを拾ってあげた女性の方です。スカートにかかとの低い靴で、凸凹の地面は走りにくそうです。
「ああ、さっきの……何か用だった?」
「えっと、あの……」息も絶え絶えに女性は答えます。「旦那さまからの言いつけで、お二方に礼をしたいので家に招くようにと……」
リンゴを拾っただけなのに、ずいぶん話が大きい気がします。
「お礼ねぇ……別にたいしたことはしてないし、気持ちだけでいいんだが」
「それは困ります! 旦那さまの、ご命令ですので……」
主人の命令は絶対、ということでしょうか。伏し目がちな女性の表情からは、命令に逆らうことへの怯えが感じられます。
しかし、困ると言われましても、これではわたし達も困るというものです。他にまだやらなくてはいけないことがあるのに……。
はあ、というため息の音が聞こえました。
「仕方ないな。あんたの旦那さまとやらの家に行くくらいなら、まあいいだろう」
そう言ってローゼさんはベンチから立ち上がりました。本当に困っている様子のこの女性を見て、無下にはできなかったみたいです。
「あ、ありがとうございます……!」
「でも、わたし達に礼をしたいというのなら、金や物よりも、調査の依頼を所望したいね」
ローゼさんは、宣伝用の看板を掴んで立たせ、女性の方に見せました。いい機会と言わんばかりに探偵の仕事を得ようとしています。ちゃっかりしていますが、そもそも旅の資金を稼ぐために依頼を募っているわけですから、結局お金を要求しているのと変わりません。妙なところで仕事へのこだわりを見せるローゼさんです。
女性は看板を見て、きょとんとしています。
「えっと……その板に書かれているのは……」
「わたし達は探偵で、依頼を受けて調査する仕事をしている。そう書いているが」
「申し訳ありません、あいにく学がないもので……」
看板には一応、広く公用語として使われるユーロピア系の言語の他に、現地の言葉でも書いていますが、こちらの女性はどちらも読めなかったようです。
「そうか。とにかく、いま言った条件を呑んでくれるなら、あんたの家に行ってもいい」
「えっと、それは……私の一存で決めることは……」
「旦那さまとやらが了解しないといけないか。分かった、その話はあんたの家に行ってからにしよう。案内してくれる?」
「は、はい! ご案内いたします!」
何度もしきりに頭を下げながら、女性はローゼさんを先導するように歩きだしました。
ところで、ここを離れる以上、看板は放置するわけにいきません。ローゼさんの手からわたしに看板が渡されてしまったのですが、これはどうしたらいいのでしょう……。
結局、この大きな看板を抱えながら、女性の後について行くことになりました。見るからに滑稽ですね……この光景。
手書き看板の出番はもうありません。ご了承ください。
高階ほど水道の水が届かなくて客室として使えない、という事例は、某国の高層マンションで実際にあった話です。もっとも、作中では三階にすら届いていないので、もっとひどいパターンだとも言えますが。
次週もお楽しみに。




