Section 3-Five
謎解き開始、と、その前に。
ここまで出番のなかったシャルロットに、そろそろご登場願いましょう。
ところで、わたしが調査を進めている間、わたしをずっと心配させている彼女はどうしているかというと……。
「…………んっ」
コルドバの家のベッドで、一晩ずっと意識を失っていたシャルロットは、昼過ぎになってようやく目を覚ました。ふらふらの頭で上体を起こし、ぼうっと周りを見回す。
「……あれ、ここはどこでしょう?」
「おお、目を覚ましたのか」
ベッドのそばの窓の向こうに、薪割りをしているコルドバがいた。体を起こしたシャルロットの姿が窓越しに見えたのだ。コルドバは斧を置いて、外から窓を開けた。
シャルロットは寝ぼけ眼で首をかしげた。
「おじさんはどなたですか?」
「僕はコルドバだ。君の連れに頼まれて、少しの間、君の面倒を見ている。ゆうべ、熱を出して倒れたものだから、君の連れと一緒に助け出したんだ」
「わたし、熱を出していたのですか……?」
「うーん、記憶が朦朧としているのか……それで今までずっと寝込んでいたんだよ。しかし、あれだけの高熱を出していながら、一晩でここまで回復するとはね」
「はあ……」
「あ、そうだ。君、自分の名前は分かるかい」
コルドバはシャルロットに尋ねた。これはわたしが事前に、シャルロットが目を覚ましたら確認するよう頼んだことだ。原因は不明だが記憶喪失をしている以上、脳に何らかの障害がある可能性はある。高熱でさらに悪化した恐れもあるから、念のために聞いておくのだ。
「シャルロットです……ローゼさんが、つけてくれた名前です」
「よし、大丈夫そうだね」コルドバは安堵した。「それにしてもシャルロットか……君の帽子に刺繍されていたそうだけど、なんだか高貴な感じがするねぇ」
「はい、いい名前だと思います。えっと……コルドバさん、ですよね。助けてくれて、ありがとうございます」
シャルロットはコルドバに向かって、深々と頭を下げた。
「どういたしまして。まあ、お礼なら君の連れにも言われたけどね。それも兼ねて、あの人には探偵の仕事を頼んでもらったよ。報酬なしでね」
「へえ……ローゼさんがタダで仕事を引き受けるなんて、珍しいですね。そっか、それでさっきからローゼさんの姿が見当たらないんですね」
「人探しの依頼だから、たぶん長期戦になると言ってたよ。夜までには戻ってくると思うけど」
「…………」
シャルロットはどこか残念そうな表情を浮かべた。その視線は、少しずつ下の方へ逸れていき……自分の着ている、見覚えのない服に向いた。
「服が変わっています……」
「ああ、娘が置いていった服だよ。雨合羽を着ていたとはいえ、あの雨だから、君が着ていた服もだいぶ湿っていてね、ベッドに寝かせる前に着替えさせようって、あの人が言い出したんだ」
「着替えさせたのですか……?」
「もちろん君の連れがひとりで、だよ。僕は見てないから安心しな」
そう、別に何の問題もないはずなのだ。だのに、わたしの手で着替えさせられたという事実は、シャルロットを思いきり赤面させたのだった。
「…………っ」
「どうした、顔が真っ赤だぞ。まだ熱があるのか?」
コルドバの心配する声を聞く余裕は、今のシャルロットにはなかった……。
* * *
「あっ、探偵さん。また何か用が?」
早くも戻ってきたわたしに、青年が気づいて声をかけてくる。そう、ここはさっきも聞き込みで訪れた服屋だ。仮説が正しいか確かめるには、ここに来る必要があった。
わたしは改めて、正面に立つ青年の姿を観察する。成人男性にしてはやや背が低く、細身でもあり、肩幅もあまりなくて華奢な印象を与える。顔立ちもどこか中性的だ。それでも男性に見えるのは、低い声と短髪のせいかもしれない。
強烈な錯覚だ。思い込みを捨ててよく見れば、簡単に気づけるのに。
「あの、なにか……?」
じっと見続けていたせいか、青年は困惑の表情を浮かべた。
「……気づかないものだなぁ。最初から男性だと思っていたせいで、相手をしっかり観察することを怠っていた。やっぱり今日のわたしは調子が悪いみたいだ」
「あの、さっきから話が見えないんだけど……」
「ここに来る前、肉を売っている店のおばさんにも、聞き込みをしてきたんだ。あなたにも見せたものと同じ、エミリアという女の子の写真を見せてね」
「は、はあ……」
「そのおばさんは写真を見て、まるで迷うことなく言ったんだ。二十年前、母親と一緒によく来ていたって……妙だと思わないか?」
「え?」
「二十年前の、ものすごく小さい頃のエミリアと、その写真に写っている、現在の姿に最も近い、成長したエミリア……すぐに同一人物だと気づけると思うか?」
青年は目を見開いた。言われてようやく、この矛盾に気づいたようだ。そしてこの矛盾が示すことを、青年はすぐに理解したはずだ。
そう、幼少期の子どもと、二十年近く経って成長した大人を、何の事前情報もなく、一目見て同一人物だと分かるひとは滅多にいない。面影も雰囲気も、身体的特徴も、何もかも変わってしまっているのだから。言われてやっと、同じ人だと気づくことがほとんどだ。ましてこの場合、比較対象が二十年前の記憶の中にある、多数の客の中のひとりなのだから、なおさら気づくのは難しい。
わたしは、四年前に失踪したエミリアの足取りを追っている。だから聞き込みのときも、失踪前の一番新しい写真を見せている。そこに写るエミリアと、幼少期のエミリアを、すぐに結びつけるのは困難だ。事前に、同一人物だと知っていない限りは。
以前、同じように尋ねて回っていたコルドバから聞いたのかとも思った。だが、二十年前にエミリアと一緒に肉屋に来ていたのは母親の方だ。父親であるコルドバが、その肉屋が当時の行きつけだったと、果たして知っていただろうか。知っていたとしても、エミリアの失踪と直接関係ない、過去の行きつけの店の話を、聞き込みの際に打ち明けただろうか。
すると、考えられる可能性は一つしかない。
「そのおばさんは、成長したエミリアと面識があったんだ。それも失踪してから今までの、四年間のどこかで」
「それが、何だと……?」
焦りと動揺が青年の顔に出ている。隠し事があまり上手ではないようだ。
「おばさんはエミリアと接触していたことを隠そうとしていた。これはとりもなおさず、エミリアが身近にいることを勘づかれたくないからだ。そんな彼女が、この店の前でエミリアに似た人物を見たと証言した……どういうことだと思う?」
「どうもこうも、そのエミリアさんって人の存在を隠したいなら、素直に居場所を教えるわけがないし、その証言が嘘というだけなんじゃ……」
「確かにすべてが事実ではないだろうね。でも、彼女が本当にエミリアの存在を隠したいのなら、何も知らないと証言すればいい。わざわざ特定の店をつかまえて、そこで似た人を見たと言って、変に誘導する必要は全くない。実際あの人、初めは全く姿を見かけてないと言っていたが、後になって思い出したように証言した。面識があって、その人の存在を隠したい人の行動として、あまりに不自然だろう?」
「まあ、確かに……」
「恐らくこれは、あのおばさんの中で、何らかの心変わりがあったんだ。最初はわたしのことを警戒して、何も知らないふりをしたけど、途中で気が変わって、見たと証言することにした……そうすると、おばさんがこの店を指定したことにも意味がある。なぜあの人は、わたしをこの店に誘導しようとしたんだろうね……?」
わたしは青年に問いかける。この先は想像が多分に含まれる。青年の反応を見るに、ほぼ間違いないとは思うが、それでも本人の口から聞くのが一番だ。この問いかけが、青年に告白を促すものだと、彼は……。
いや、彼女は、察しているだろうか。
「……いつから気づいていたんですか」
観念したように、あきらめたように、彼女は聞き返した。
やはりそうだったか。わたしの探していた人は、思ったよりも早く、わたしの目の前に現れていたのだ。
……まあ、そういうことです、はい。
あの子を探して、ということでしたが、あの子はちゃんと姿を見せていました。
いったい何があったのか、詳しいことはまた次週!




