Section 3-Four
「ふうん、この女の子を探してると……?」
わたしからエミリアの写真を受け取った男が呟く。
服屋の青年の言っていた、売春が横行している区域に足を踏み入れ、道行く連中に片っ端から声をかけては、エミリアの目撃情報を探していた。この、無精ひげを生やしたみすぼらしい中年の男で、もう五人目になる。
「他の連中から聞いたよ。あんた、この街で女の子をつかまえては、売春の店に紹介しているんだってね」
「だから何だってんだ。摘発しようってのか」
「まさか。探偵のわたしにそんな権限はない。ただ、その写真の少女の行方を探しているだけ……あんたが過去に紹介した女の子の中に、こういう子はいなかった?」
「いちいち覚えてないね。これまで百人以上紹介して、そのほとんどが、紹介してから一度も顔を合わせてないからな。紹介料をいただいたら、そこでばっさり縁を切る。娼婦になった後まで面倒見きれるかよ」
紹介屋の男はそう言って、吸っていた煙草のけむりを吐き出した。
まあ、そうだろうな。こいつらにとって女の子は金を稼ぐ道具でしかない。それ以上に面倒を見ようとしても採算は取れないし、キリのいい所で縁を切らなければ商売にならない。ひとりひとりの顔を記憶している奴なんてまれだろう。
当てが外れたかな……まあ、売春の店に直接聞いて回る手もあるし、こつこつと可能性を削っていけばいい。なんて思っていると。
「だが、他の所でなら見覚えがある」
「え?」
紹介屋の男の発言に、わたしの注意がひかれた。
「見覚えがあるって、どこで?」
「教えてもいいが、ただというわけにはいかねぇな」
「対価を要求する気? 別に悪いとは思わないけど、情報に見合うだけのものなの?」
「なに、あんたが一晩体を貸してくれたらおつりがくる話だ」
こいつ……足元見ながら下卑た注文をしてきやがって。肝が据わっているな。
「別にいいわよ。朝になったときに首の骨が折られていても構わないならね」
「おいおい、脅し文句は相手を見て選べって……えっ」
相手が言い終わる前に、わたしは男をうつ伏せで地面に叩きつけ、右肩を足で押さえつけながら、右腕をひねりつつ脇に挟んで締め上げた。
「いててててっ!」
「お望みなら腕一本、外して飾りにしてやってもいいが?」
「わわ、分かった、分かったから! 話す、話すって!」
言質は取れたので、わたしは男を解放した。男は右肩を手で押さえながら、しかめ面でわたしを見る。
「あんた、見た目のわりに力あるんだな……」
「肉弾戦じゃ腕力なんて役に立たない。反射神経と平衡感覚がものをいうんだ。それで、彼女をどこで見た覚えがあるって?」
「……この先の、売春通りの奥の方、道端でぶっ倒れてた」
「ぶっ倒れてた?」
「虫の息だったってことだ。俺が見た時点でどうだったかは知らないが、たぶんすぐにくたばったと思うぞ」
愕然とした。……いや、予想していなかったわけじゃない。この四年間、一度もコルドバに連絡がなかったのは、すでにこの世にいないからだとも考えられた。だけど、わたしも心のどこかで、エミリアに生きていてほしいと思っていたのかもしれない。
エミリアが死んでいた……そんな、まさか。いや、どうもおかしい。
「ちょっと待って。この子がすでに死んでいるなら、この街の役場も把握しているはず。だったら、依頼主である父親の耳にも入っているはずだ。役場は父親がこの子を探していると知っているんだから、伝えないはずがない」
「役場の事情なんて知らないが、どうせ店の連中がこっそり回収したんだろう。この辺りで女がくたばる原因っていえば、男からの暴行か性病だと相場が決まっている。見つかっても警察は動きやしないが、どの店の客に買われたか知られたら、店にとっては問題だ。大事な商品が恐れをなして逃げるかもしれないからな」
「だから誰かに見つかる前に、こっそり回収するだろうと?」
「まあ、その女の子が本当に、どこかの店の商品になっていたら、の話だ。俺以外にも女を紹介して稼ぐ奴はいる。写真を見る限りでも、体つきはいいし、商品価値は十分にありそうだ。どこかの店に紹介され、どこかの男に売られた挙句、体をボロボロにされてしまった……まあ、よくある話だな」
紹介屋の男は他人事のように言うが、女であるわたしからすれば胸糞悪い話だ。こんなことがまかり通るのも、戦争であらゆる統治機能が失われたためだ。
エミリアは死んで、売春の店に回収された。そのことを報告するべきだろうか。
……まだだ。この話の裏をとるまでは、真実は確定しない。人の口から真実が語られることはない。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で考えなければ、真実にはたどり着けない。情報を扱う者の鉄則だ。
「ねえ、その子が倒れているのを見たのって、いつ頃のこと?」
「いつだったかな……半年くらい前だったか」
「本当に?」
「真顔で肩を外してくる奴に嘘なんかつけるかよ」
男はしかめ面でわたしを見て、嫌悪感を露わにした。いや、むしろ恐怖感か。やっぱり効率よく情報を手に入れるには、暴力も適度に使った方がいいのだな……あと、脅し文句に使っただけで、肩は外していない。
半年か……目撃証言を得られるかどうか、微妙なところだ。恐らく売春の店に聞いて回っても、遺体を回収したことが外部に知られることを恐れて、本当のことを話してなどくれないだろう。心もとない裏取りになりそうだ。
外されたわけでもないのに、がっくりと肩が落ちるような感覚がした。
* * *
結論から言えば、はっきりとした目撃証言は出なかった。
半年くらい前に、表通りと売春通りがぶつかる辺りで、若い女性がボロボロの姿で倒れている所を見た、という人は何人か見つかった。しかしその誰も、顔ははっきりと見ていないという。あの紹介屋の証言でも、その倒れていた女性がエミリアだと、確信を持っていたわけではなかった。
というわけで、半日ほどかけて街中を回って調べても、結論は出なかった。
「はあ~~~」
広場らしきところで、大きな丸太を半分に割っただけのベンチに腰かけ、わたしはため息をついた。ここは公園としての役割もあるのか、申し訳程度に古い遊具が置かれていて、数組の親子連れが来てはしゃいでいる。ここだけは平和そのものだ。
一日かそこらで結果を出せるなんて、初めから思ってない。何ひとつ手掛かりが得られなければ、諦めて別の街へ探しに行こうと思えるが、あと一歩という証言がいくつも出てくるから、どうしても足踏みしてしまう。
何かが引っかかる気がする。いつもなら、何か矛盾や違和感があれば、すぐにその正体に気づくのに、しっくりこないという感覚ばかりがくすぶっている。どうも今日のわたしは調子が悪いようだ。いつもと変わらず朝を迎えたはずなのだが……。
いや、まさか。あの子がそばにいないだけで、あの子が体調を崩している程度で、ここまで調子が狂うものか。わたしはそんなやわじゃない。
「くそっ」
些細な苛立ちをぶつけるように、わたしは骨付き肉にかぶりつき、スジの多い肉を噛みちぎった。ちなみにこの肉は、さっきの肉屋にもう一度立ち寄って買ったものだ。
グニグニと肉を噛み締めるごとに、徐々に冷静さを取り戻していく。
……まあ、常に頭の片隅で、彼女のことを心配しているのは確かだ。考えることが多いとどうしても、集中力が低下してしまう。こんなに心を乱されるのは、探偵になってからは初めてかもしれない。
とりあえず肉を噛み続けて、脳を活性化させよう。ここまでの調査の中で、いくつか引っかかった点がある。それが何か意味しているように思えてならない。次の調査を始める前に整理して、少し考えを進めてみよう。
と、思っていると。
目の前の遊具ではしゃいでいた小さな子どものもとへ、母親らしき褐色の肌の女性が駆け寄ってきた。……その女性がエミリアだということは、残念ながらない。顔つきが全然違うから。褐色の肌なんてこの国じゃ珍しくない。
もう帰る時間なのか、母親は子どもの手を引いて、寄り添い歩いていく。よく見ると、子どもの後頭部の髪に、枯れ葉が一枚引っかかっていた。母親も子どもも、それに気づいている様子はない。
まあ、自分の後ろ姿はなかなか把握できないものだし、親しい人は正面や真横から接することが多いから、こういうのは赤の他人の方が気づきやすいのだ。そのうちあの二人も気づくだろうし、途中で取れるかもしれないから、言う必要はないだろう。
…………。
わたしは飛び起きるようにベンチから立ち上がる。
「そうか……なんで気がつかなかったんだ」
ほんの一瞬のことで、うっすらと見えただけの代物だった。だが、その意味に気づいた途端、すべての矛盾と違和感がはっきりと見え、ひとつに繋がった。
確実とはいえない。それでもこの仮説には、調べる価値がある。
ほとんどうわ言のように、わたしは呟く。
「……神秘の箱は、開かれた」
早くも出ました、謎解き開始の合図です。
読者の皆さんが推理するための手掛かりは、十分に提示されてはいませんが、これまでのローゼの視点や言動から、ある程度の推測はできるはずです。はてさて、真実は如何に。
しかしそろそろ、百合成分がほしくなってきましたね……。




