Section 3-Two
女探偵ローゼの本心が、ちょっと透けて見えてきます。
コルドバの娘、エミリアが家を出たのは、母親が亡くなってすぐの頃だと言っていた。家族の間に何らかの軋轢があったらしい。
コルドバは語る。
「母親が亡くなったことで、僕とエミリアの間に溝ができたのは確かだよ。森林の管理となれば休みはないし、街と比べれば自由な暮らしは難しい。それまでは母親がエミリアの相手をしていただけに、エミリアには淋しい思いばかりをさせていた」
「それで愛想を尽かして逃げてしまったわけですか」
「きみ、意外と言葉選ばないね……」
しまった。初対面で恩人だから言葉遣いに気をつけていたけど、探偵の依頼を受けた途端にタガが外れてしまったか。咳払いして気を取り直す。
「失礼……それで、ここを出て行った後は連絡もつかないと言っていましたが、心当たりを探したことは?」
「あるにはあるが、森林の整備状況を役所に報告するために街に行って、そのついでに聞いて回っている程度だよ。正直、探して会うのも怖くてね……」
「怖い、ですか?」
「向こうは僕に会いたくないかもしれないのに、無理に探しだして顔を合わせても、余計に関係がこじれるだけだと思ってね……」
「なぜ、娘さんがあなたに会いたくないと?」
「エミリアは、母親が亡くなった原因が僕にあると思っている。僕が仕事にかまけて、必要な治療をさせてやらなかったせいだと……まあ、否定はできないがね。エミリアのことを任せきりにしていたのは、事実だから」
よく分からないのは、わたしが鈍いせいだろうか?
「…………わたしに言わせれば、その程度のことで、と思えますけど」
「仕方ないさ。出て行ったときはまだ二十歳で、難しい年頃の娘でもあるから」
コルドバはそう言って、暖炉の上の写真立てをひとつ、手に取った。映っているエミリアの年の頃合いから見て、恐らく失踪する前の最後の写真だろう。斜め後ろから撮られていて、褐色のうなじに小さなホクロが見える。
ふうん、としか言いようがない。十歳を過ぎたあたりから、娘と父の関係は複雑なものになりがちだといわれているが、わたしはそのことを知識として知っているだけだ。物心ついたときから、親がいた記憶が全くないために、そうした経験もない。だから、娘が父親に会いたくないと思うことが、果たしてあるのかと疑ってしまう。
とはいえ、娘がどう思っていようが関係ない。いま重要なのは、コルドバの意思だ。
「でも、あなたは娘さんに会いたいんですよね?」
「そうだな……だが、そこまでは望まない。ただエミリアが無事でいるか、それだけでも確かめたい。今はもう、生きているかどうかさえ、分からない状況だからな」
エミリアの消息を確認する、それがコルドバの依頼したいことだと考えてよさそうだ。聞き込みだけで簡単にこなせそうではあるが、本当はそう容易くないことを、わたしは知っている。人間の口からもたらされる情報が、常に真実とは限らないのだ。
「なるほど、事情は分かりました。ちなみに、あなたが聞いて回った結果、どんなことが分かっていますか」
「ほとんど分かったことはないなぁ……エミリアが出て行って半年後に、初めて街に行って聞いて回ったんだけど、最初は確かに街に来ていたらしい。少ない手持ちで買い物をしたという証言があった。でも、数日も経たないうちに、姿を見なくなったそうなんだ」
「じゃあ、それ以降の目撃証言とかは……」
「全くない。この四年間、折を見て尋ねて回っても、成果はなかったよ」
そうなると、街の外に出た可能性も考慮するべきか……面倒だな。文明が残っていた頃は、たとえ町や村の規模でも、その間を行き来すれば大抵は痕跡を辿れた。だが今は、そうした痕跡は望めそうにない。国同士の越境さえ勝手気ままにできるご時世だ。だからわたしも気ままに旅ができている。もっとも国境を越える時には、何ひとつ痕跡を残さずに行くのは難しいが……。
やはりまずは、街に行ってエミリアの足跡を辿るしかない。時間はかかるだろうが、わたしの探偵としての経験上、人探しがそう簡単にうまくいったためしはないのだ。そのくらいは覚悟した方がいいだろう。
「分かりました。やれるだけのことはやってみます」
「おお、よかった!」
コルドバの表情がぱっと明るくなる。相手の力量はおろか、そもそも探偵であることさえも不確かなのに、よくそこまで希望を持てるものだ。まあ、それほど娘の安否が気がかりなのだろう。……その気持ちは分からなくもない。
「あっ、そうだ。仕事となると報酬が必要だよな。いくらくらいになるかな」
「いりません」
「え?」
わたしがはっきりと告げると、コルドバは目を丸くした。今回は無報酬でやる、これはコルドバが依頼をしたいと言い出した時点で決めていた。
「いいのかい?」
「ええ。わたしの相棒を助けてくれた、お礼として引き受けるつもりだったので」
本来なら、報酬もなく探偵の仕事をすることは、わたしの流儀に反する。そもそも旅を続けるには資金が常に必要だから、報酬の見込めない仕事は受けないことにしている。
だが今回は例外だ。シャルロットはしばらくここから動けないだろうし、わたしが調査に出ている間は、コルドバに看病してもらうしかない。そんな手間をかけさせて、さらに報酬を上乗せするのは、不義理が過ぎるというものだ。
コルドバがふっと微笑み、シャルロットのいるベッドを振り向く。
「君にとって彼女は、お金よりも大事な存在なんだね」
……そうなのだろうか。わたしもシャルロットのいる方を振り向いた。少し落ち着いてきたのか、彼女の呼吸が静かなものになっている。
わたしにとってシャルロットは、厄介な依頼人であり、旅の相棒であり、そして……守るべき相手でもある。わたしは彼女と約束した。彼女が生涯を閉じるのにふさわしい場所へ、必ず無事に連れて行くと。わたしは自分を嘘つきにしないためにも、その約束を破るわけにはいかないのだ。
まあ確かに、大事な存在だといえなくもない。彼女は、わたしが心の底から守りたいと思った、二人目の女性なのだから。
* * *
「じゃあ、行ってくるよ。シャルロット」
未だに眠っているシャルロットの、綺麗に整った髪をそっと撫でて、わたしは告げた。聞こえていないとは思うが、言わないわけにはいかなかった。
探偵の仕事を引き受けたので、その日の夜はしっかりと眠って備えた。まあ、いつものことながら寝起きはぼうっとしてしまうのだが……。そうして朝を迎えると、外の雨はとうに止んでいて、薄雲から陽の光がにじんでいた。
うん、いい朝だ。欲を言えばシャワーのひとつでも浴びられたら最高なのだが、ひと様の家に泊めてもらって贅沢は言えない。きょうび、水道設備の整っている民家は珍しいのだ。
シャルロットへの挨拶をすませると、わたしはさっそく外に出た。雨ざらしになっていた車のもとへ向かい、水気を手で払ってから乗り込んだ。
「…………?」
何だろう、誰かがこっちを見ている気配がしたのだが。見渡してみてもそれらしい人影はない。気のせいだろうか。
まあいいや。一刻も早く情報を集めたいわたしは、気にせず車を発進させた。
雨上がりでぐちゃぐちゃにぬかるんだ道を、苦闘しつつ進んでいく。わたしの車はこんな状態の道には対応していないから、少し進むだけでもひと苦労だ。コルドバいわく、車を使わないと街に到着するのは昼間を過ぎるとのこと。徒歩という選択肢はなかった。難しくても車を使って進んでいくしかない。
ようやくたどり着いた街は、入り口らしき所に、古い丸太を組み上げたような簡易的な門が設えられていた。その門の前に、武装した長身の男が二人、銃を携えて立っている。怪しい人間を街に入れないための見張りだろうが、わたしの手にかかれば簡単に倒せそうだ。なんてことは口に出さないが。
さて、正式な名前を持っていないわたしに、身分証明などというものはない。唯一といっていい街への入り口に、厳しい見張りがある中で、果たして通り抜けを許可されるかといえば……まあ難しいだろう。でもそれはコルドバも想定済みだった。
「身分証明はあるか?」
車で門に近づいてきたわたしに、さっそく見張りの男が声をかけてくる。
「身分証明はないけど……」わたしは用意したものを取り出して見せた。「紹介状ならある。森林管理を担当しているコルドバさんの紹介だ」
コルドバがいつも街へ入るときに使う身分証明の写しと、わたしについての情報を綴った紹介状を添えて、街の関係者の許可をもらっていることを証明する。面倒に思えても、これが一番手間のかからない方法だ。
見張りの男たちは、渡された紹介状を手に何やら話し込むと、しばらくして紹介状をわたしに返してきた。
「確認した。入っていいぞ」
いいのか……もう少し手間をかけて調べると思ったのだが、案外あっさりと入れたな。ちょっと拍子抜けしながらも、わたしは車で門を通り抜けていく。
街とは言っていたが、木造の小ぢんまりとした建物が密集しているだけで、朝だというのに人の数もまばらで、地面も土に砂利を混ぜて固めているだけだ。川の呪いの調査で訪れた街と比べたら、みすぼらしさは否めない。まあ、今は世界中のどこでも、街といえばこんなものだ。
しかし、街の周りは丸太の柵で囲まれているし、出入り口には見張りもいる。誰にも気づかれずに街を抜け出すのは、不可能ではないが少々面倒だ。
コルドバもこの四年間の調査で、エミリアが街の外に出た可能性を、考えなかったわけじゃないだろう。当然、柵の近くの住人や見張りの人たちに、エミリアの写真とかを見せて、聞いて回ったはずだ。それでも何ひとつ手掛かりを得られなかったのなら……。
「エミリアがこの街のどこかに隠れている……その可能性は捨てきれない」
適当な所に車を置き、わたしは凸凹の地面に降り立った。
まずはこの街の役場に行って、エミリアに関する情報があるか探る。コルドバも当たっているだろうが、最後の聞き込みから時間も経っているし、念のために確認しよう。その次は生活必需品を扱う店を聞いて回る。もしエミリアが単独で行動しているなら、どこかの店には立ち寄っていたはずだ。足取りを辿る手掛かりにはなるだろう。その次は普通の住民に、しらみつぶしに聞き込みをする。わたしが目立つ動きをするだけで、エミリアにまつわる動きは向こうからやって来る。
……やれやれ、一日で終わる気がしない。ほぼ無報酬だし、結果を期待されているわけでもないが、長期戦になることは覚悟するべきかもしれない。そう思っていた。
まさか、この予想が大きく外れるとは、この時は夢にも思っていなかった。
さて、本格的にローゼの捜査が始まるわけですが、一体どうなることやら。




