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Section 3-One

第三章は再びローゼの視点で展開します。

相変わらず、あっと驚くトリックはないですが、ロジックで真実に迫っていく過程を、じっくり楽しんでもらえたらと思います。今回は割とコンパクトに収まる予定ですが、ほんの一瞬だけ、どこかに、今後に繋がる重要なシーンを入れています。なので、地味に重要なエピソードです。


 この地域の雨の勢いはすさまじい。どれほど水から身を守る対策を講じても、屋外にいる限り、濡れずにすむということはまずない。

 文明がまだ生きていた頃は、天気予報というものがあった。人工衛星などを駆使して、雲の動きや上空の気温を観測し、十日ほど後の天気までほぼ正確に予測する、それだけの技術があった。戦争で文明が崩壊して以降、観測した情報は自動的に手に入っても、分析する機関が各地で停止したため、経済的にまだ余裕のある一部の国を除いて、天気予報は行われなくなった。もちろん、わたしが今いるこの国も例外じゃない。

 おかげで、ここに入国してから、雨にまつわる非常事態に何度も遭遇している。何しろわたしの車には屋根もホロもない。大雨が降ったら、自分の身を守るすべがないのだ。せいぜい、使い古しの雨合羽で防ぐ程度だ。まあ、車のエンジンの周りはしっかり補強してあるから、雨で濡れて故障するということはない。……はず。

 しかし……これはいよいよ危ないかもしれない。雨の勢いは弱まる気配がないし、道路の状態もよくない。無理して進めば事故を起こしかねない状況だ。


「仕方ない、どこかで雨宿りするか……」


 滝のような雨に打たれながら、わたしは慎重に車を進め、薄暗い周囲を見回した。この雨の勢いだと、木の下に入っても濡れるのは避けられないだろう。小さくても建物のようなものがあれば望ましいが……。


「おっ、あれがいいな」


 大雨で視界が悪くても、山小屋らしき小さな建物を見つけた。慌てず車を小屋まで寄せていき、すぐそばで車を停めた。


「シャルロット、小屋に入るよ」


 わたしは助手席の相棒に声をかけた。

 ……返事がない。


「ん? シャルロット?」


 旅の途中で出会い、成り行きで一緒に旅をしている少女は、助手席で雨合羽をかぶって項垂れていた。もちろん雨合羽はわたしが着せたものだ。わたしの呼びかけに応じず、ずっと黙ったまま動かない。

 寝ているのだろうか。思い返すと、少し前から声も聞いていない気がする。雨音が激しいせいで、呼吸の音も聞こえないが。


「おい、シャルロット、起きろ」


 体を揺さぶってみても、反応がない。どうも様子がおかしい……わたしはシャルロットの頬に手をあてた。

 その瞬間、傷のない綺麗な肌の、不自然な温もりを感じ取った。


「…………!」


 わたしは慌てて、シャルロットの額に手をあてた。思ったとおり、異常なほど熱を帯びている。雨合羽の下に見える顔も、心なしかつらそうだ。


「くそっ!」


 自分の迂闊さに悪態をつきながらも、わたしはすぐ行動に出た。助手席のドアを開け、シャルロットの体を引っぱり出して両手で抱え、小屋の中に連れ込んだ。幸い、小屋の扉に鍵はかかっていなかった。

 びしょ濡れの雨合羽を脱がせ、床に横たえると、車の後ろに仕舞っていたひざ掛け毛布を急いで持ち込み、シャルロットの体にかけた。体は濡れていなくても、長時間雨に打たれ続ければ体温が奪われる。彼女が熱を出したのは、体を冷やしすぎたせいだろう。

 油断した……わたしは軍にいた頃に過酷な環境下で鍛えたから、多少体が冷えたところで、簡単には体調を崩さない。だがシャルロットは違う。わたしだけが雨に慣れすぎていたせいで、彼女の異変に気づかなかった。ずっと隣にいたはずなのに。

 悔やんでいる場合じゃない。見たところ、この小屋に雨漏りしている所はないが、それでもこの大雨で、気温はどんどん下がっている。毛布を一枚かけただけでは、充分に暖をとることなどできない。


「まいったな……」


 雨の中で火を起こすのは不可能だし、木造の小屋の中では危険だ。もちろん、暖房器具の類いも、布団の代わりになるものも見当たらない。この状態を放っておけば、最悪、命にかかわる事態になりかねない。なんとか暖をとれる場所に、シャルロットを急いで連れて行く必要がある。

 そんな場所があるだろうか。この雨とシャルロットの体力を考えると、歩いていける距離にあるといいのだが、そんな都合のいいことはさすがにないか……。

 と、思っていると、小屋の中で興味深いものを見つけた。隅っこに積まれていた薪だ。手に取って、切り口の匂いを嗅いでみる。


「まだ新しいな……ここ数日の間に誰かが、ここで薪を切ったんだ」


 通りすがりの人がここで薪を切って、小屋に保管するとは考えにくい。恐らくこの小屋を管理している人間がいるのだ。このご時世、薪を用意する目的は、かまどや暖炉などで火を起こすことくらいだ。それがこの小屋に保管されているということは、薪を使う家がすぐ近くにある可能性が高い。

 そろそろ夕方だ。この季節だと暖炉は使われないだろうが、かまどを使う時間帯は近い。そうなるとこの近くのどこかに、かまどの火や煙が見えるかもしれない。わたしは雨合羽をかぶって小屋の外に出て、薄闇と雨足の中でそれを探した。

 ふと、かすかな匂いを嗅ぎとった。煙のような匂いだ。

 こっちか。わたしは雨の中、森の木々の間を縫って駆けていく。山小屋の主が手入れをしているからか、どの木も綺麗に剪定(せんてい)され、足元も割と安定している。大雨でぬかるんでいなければ、もっと滑らかに移動できただろうが。

 ほどなくして森を抜けると、丸太でこしらえた一軒家が見えてきた。窓の向こうにはランプの灯りがあり、さっきかすかに漂っていた煙の匂いも強い。間違いなく人がいる。

 わたしは急いで入り口を探して駆け寄り、ドアを数回叩きながら呼びかけた。


「すみません、開けてください!」


 しばらくして内側からドアが開き、五十代くらいの髭面の男が、どこか困惑した表情で出てきた。


「どうしました?」

「夜分にすみません。旅をしている者なんですが、連れが熱を出して倒れてしまって」

「熱? この雨の中で? そりゃいかん。どこにいるんだ?」

「こっちです。運ぶのを手伝ってください!」

「ああ、分かった!」


 家主の男は急いで雨合羽を着ると、傘を持って玄関を出て、わたしとともに森の中へ入っていった。その後のことはまあ、語るまでもないだろう。

 とにかくわたしとシャルロットは、こうして九死に一生を得たのだ。


  * * *


 この丸太の家の主は、コルドバと名乗った。

 シャルロットは使われていないベッドに寝かされ、冷水で湿らせた布を額にのせられた。肌は紅潮し、寝息も荒れている。だが、雨の中の小屋にいた時よりは、幾分かマシになったと思う。


「とりあえず温かくして寝て、熱が下がらないようなら、知り合いの医者に診てもらおう」

「すみません、何から何まで……」

「いやいや、女の子がこの雨の中で倒れているなら、助けるのが男だよ」


 微妙に古めかしい考えのようにも聞こえるが……まあ、相棒を助けてもらった立場で、そんなことは言えないな。

 シャルロットの具合についてはしばらく様子を見るということになり、わたしは暖炉のそばで休憩することにした。わたしも長い時間雨に打たれていて、体力を消耗していたのだ。もちろん雨程度ではへこたれないが。

 安楽椅子に腰かけ、コルドバの入れた温かいお茶で、ほっとひと息つく。


「はあ……ようやく落ち着きました。ここ数日、結構忙しかったもので」


 川の呪いの調査のあと、わたしが探偵として見事に解決したという噂が、町を越えて広まっていき、町を離れてからもあちこちで呼び止められては依頼を受けた。町の権力者を相手取った一件に比べれば、どれもたいして難しい調査ではなかったが、何しろ数が多い。シャルロットに手伝わせても、全て処理するにはなかなか時間がかかった。もちろん、その苦労に見合うだけの報酬ももらえたわけだが。


「旅をしていると言っていたが、どこを目指しているんだい?」


 同じく暖炉のそばで椅子に腰かけているコルドバが尋ねた。


「特に決まった目的地はないですね。放浪の旅です。一応、シャルロットには目指している場所があるのですが、それもぼんやりとしていますし」

「このご時世に放浪の旅とは、大変だなぁ。そういえばあの子、シャルロットというのか」

「わたしがそう呼んでいるだけです。あの子、記憶喪失で自分の名前を覚えていないから、所持品に書かれていた名前をそのまま使っているんです」

「記憶喪失……それはまたなんとも。ああ、あなたの名前をまだ聞いてなかったね」


 おっと、そうだったか。わたしはもう一口お茶を飲んでから答える。


「わたしは名前を持っていません。通り名として、ローゼと呼ばせています」

「うぅむ……二人とも、何やら複雑な事情がありそうだな」


 面倒な奴と関わってしまったとでも思ったか、コルドバは微妙な表情になる。わたしには確かに、それなりに複雑な事情がある。とてもひとことでは語れないほどの事情だ。だがシャルロットにそんな事情があるかは知らない。まず本人が何も覚えていないのだから。もっとも、いつの間にか記憶喪失になって町を徘徊していた、その理由が単純なものとはとても思えないが。


「コルドバさんは、いつからここに住んでいるんです?」

「二十年くらい前かな……仕事の関係でこの辺りの森の管理を任されて、それを機に移住してきたんだ。妻と娘も一緒にね」

「ん? 奥さんと娘さんはどちらに?」

「妻は四年前に亡くなって、娘も同じ頃に家を出て行ったきりで連絡もつかない。今は僕ひとりでここに住んで、木材を売りに出しながら細々と暮らしているよ」


 ……わたしほどではないが、この男の事情も割と重いな。


「四年前ということは、先の戦争が終わって間もない頃ですか」

「そうだね……元々、体が丈夫な方ではなかったんだが、ここに移住してからは体調も安定していたんだよ。だけど、戦争のさなかに北の方で、有害な農薬を飛行機でまき散らして、大量殺戮が行なわれただろう?」


 聞いた覚えがある。アムリゴ合衆国と敵対していた某大国が、経済的に依存していた国々をそそのかして、アムリゴと協力関係にある国に対して行なったものだ。無論、その某大国は関与を否定したが、アムリゴは危険な農薬を散布した飛行機を、地上部隊の攻撃によって全滅させ、結果として大国同士の関係悪化に拍車をかけた。戦争の激化と長期化のきっかけのひとつとも言われている。


「もしかして、その農薬の影響ですか」

「ああ、風に乗って流れてきたみたいでね……それで体調が急に悪化して、しばらく街の病院にいたんだけど、当然まともに機能していないから、回復することはついになかった。戦争が終わる少し前にその病院が閉鎖されて、行き場を失くしてここに戻ってきたけど、そのときにはもう妻はボロボロで……結局、半年もたたずに帰らぬ人となったよ」


 重いなぁ……わたしもその戦争に参加していたから、なおさら重く感じる。


「まあ、そういうわけで、僕はずっとひとり暮らしの状態でね、こんな所だから客人が来ることも滅多にないし……話し相手ができてよかったと思ってるよ」


 コルドバはそう言って微笑むが、そんな重い話の相手に選ばれたわたしは、かえって居心地が悪くなった。長らくひとりで生活していたから、身の上話をしたくてたまらないのだろう。もっとも、その話を促したわたしも大概ではあるが。

 もう少し建設的な話題に変えるか。


「……えっと、ここでの暮らしは、特に不便とかないんですね」

「戦争で家を失った所が多いから、建設資材として木材は重宝されているんだ。おかげで食べるものには困らない。もちろんこの辺りも農薬散布の影響を受けたけど、三年ほどかけてなんとか元通りにできたよ」

「ふうん……」

「そういう君は、旅の資金とか、どうやって調達しているんだい?」


 当然の疑問ではある。見知らぬ土地で人と会って話すと、だいたいいつもこんなことを訊かれるのだ。


「旅の途中で手に入れたものを売ったりしていますけど、小遣い程度ですね。もっぱら当てにしているのは探偵業です」

「探偵業、というのは?」


 どうやらこの辺りではなじみのない職業らしい。別に珍しいことではない。それなりに経済が発展している所でなければ、探偵業で食べていくのは厳しいのだ。


「簡単に言えば調査を生業(なりわい)とする仕事です。素行調査に人探し、企業や団体の内部情報を調べることもあります」

「それは……治安部隊や公安局とは違うのかい?」


 コルドバの口調には警戒心が透けて見えた。


「ええ。公的機関の後ろ盾がない、完全に個人の範囲で行なう調査業です。当然、武器の使用はおろか、対象者を拘束することもできません。もっとも、今は世界のほとんどが無法地帯ですから、好き勝手やっても(とが)められませんが」


 治安部隊や公安局、いわゆる警察と呼ばれる組織に、いい印象を抱いていない国は多い。立憲民主主義が当たり前にある国では、警察は自らの判断で犯罪を取り締まる。ところがそうでない国では、警察が国家の手足となって、国家を非難する者に容赦なく危害を与える。彼らの中に、正義や倫理、人権などというものはない。国家の命令に忠実に従うだけの、操り人形にすぎないのだから。

 とはいえ、今やその警察さえろくに機能せず、暴走族やマフィアと変わらない存在になりつつあるのだが。


「そうか……」コルドバは安堵した様子でわたしに尋ねた。「なあ、僕が人探しを依頼しても構わないかい」

「もちろん構いませんけど……誰を探してほしいのですか?」

「僕の娘……エミリアだ」


 コルドバはそう言って、暖炉の上に目をやった。そこに並べられている写真立ての中には、若かりし頃のコルドバと一緒に、褐色の肌の少女が映っていた。

序盤からいきなりヒロインがお休みしてしまいました。というわけで、次週からローゼが単身、事件捜査に乗り出します。お楽しみに。

ところで、第二章でもちょっと出ていたアムリゴ合衆国、そのモデルとなった国がどこなのかは言うまでもありませんが、敵対していた某大国とはどこのことでしょうね?

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