Section 2-Eleven
必要な謎解きは今回ですべて終わりますが、まだ解決していません。
真実を解明し、依頼者に報告する……探偵の仕事を完遂させるため、ローゼがどんな仕掛けを施したのか、これから三回にわたって書いていきます。
ちょっと長丁場になりそうですが、お付き合いください。
わたし達が衛兵たちによって連行された先は、土塀に囲まれた広い敷地に建つ、二階建てで石造りの立派なお屋敷でした。昨日このふもとの街に来たばかりですが、少なくともここまで立派な個人宅は、他では見たことがありません。さすが町一番の有力者の家系です。
それにしても、ここまでの道のりは非常に居心地が悪かったです。車にでも乗せられるかと思ったら、衛兵に四方を囲まれながら街の中を歩くことになりました。目隠しも拘束もされません。罪人のような扱いができないのは分かりますが、もう少し気の利いた連行の仕方はなかったのでしょうか……はっきり言って、悪目立ちしています。
ケルマ一族の邸宅の玄関には、ジャガーをあしらった一族の紋章が掲げられています。わたし達は衛兵たちに急かされるまま、その玄関を通って屋敷の中へ踏み込み、明るい廊下を進んでいきます。照明器具は小さいですが、床や壁に、つるつるに磨かれた石材が使われているからでしょうか……昼間で、窓のない廊下なのに、こんなに明るいのは奇妙な気もします。
奇妙といえば、屋敷の中がずいぶん静かなようですが……。
「あの、今日はあまり人がいないのですか?」
「黙って歩け」
わたしの問いかけを遮るように、衛兵は横柄な口調で言うと、わたしの腰のあたりに槍の腹をあてがいます。刺すような真似はしませんが、無駄口を許さない空気がどんよりと漂っています。
隣を歩くローゼさんは、やはり表情を変えません。おかげで彼女が何を考えているのか、顔を見てもさっぱり分かりません。まあ、簡単に分かったら戦略上まずいですが。
二階へ続く階段を上がっていくと、両開きの扉が見えてきます。扉の装飾の絢爛さから察するに、ここが一族の長の使っている部屋でしょう。衛兵のひとりが片側の扉を開き、その向こうを顎で指し示します。入れ、と言いたいようです。
衛兵たちを廊下に残し、ローゼさんとわたしは部屋の中に入ります。直後に扉は閉められます。やたらと広々とした部屋の中には、わたしとローゼさん、そしてもうひとり……ずっとこの部屋の机で待機していた、初老の男性がいます。窓からの外光を背に受けているせいで、逆光で顔がよく見えませんが、その鋭い目つきからは、わたし達に対する敵意が滲んでいるようでした。
「お前さんたちか……あの川のことで色々探りを入れているネズミどもは」
さっきの衛兵たちと同様、わたし達をネズミと呼びました。やはりこの男性が、ケルマ一族の長なのでしょう。
「まあ、ネズミであることは否定しないが」ローゼさんは肩をすくめます。「この件を調べているのはわたし達だけじゃないだろう。それなのに、わたし達だけここに呼び出して、何をしようというんだ?」
「なぁに、探りを入れたいのはこちらも同じだということだ。お前さんたち、この街の住人じゃないな。誰に頼まれて調べている?」
「あいにく、探偵には守秘義務があるのでね。この街の外の人間だとだけ言っておく」
「森の長老か?」
「…………」
「フン、あの老いぼれが、小癪な真似をしおって……」
ローゼさんの無言を、ケルマ氏は肯定と受け取ったようですが、もちろん違います。ローゼさんは確かに嘘を言いませんが、相手を騙すのが下手ではないようです。というか、自分も老けた外見をしているのに、誰を老いぼれと言っているのでしょう、この人は。一度鏡を見た方がよろしいのでは。言いませんけど。
「お前さんたちは何者だ? 昨日だけでずいぶん調べたようだが」
ニックさんから何か知らされたのでしょうか。
「儂の衛兵たちの尾行をあっさり撒いたそうだし……ただ者じゃないな」
「別に。わたしはただ、のんびり世界を旅しているだけの、さすらいの探偵さ。ああ、名前を言ってなかったな。わたしに名前はないが、通り名としてローゼと呼ばせている。この子はわたしの相棒で、シャルロットという」
「これはご丁寧に。しかしお前さん、どこかで見たような……」
ケルマ氏が首をかしげながらローゼさんを見返します。ローゼさんの活躍は世界中で噂の的になっているそうですが、写真を撮られて大々的に報じられたことはないはずです。ケルマ氏が知っているとは思えませんが……。
「まあいい。お前さんたちの目的は知らんが、この件からは一刻も早く手を引きたまえ。調査はこの時をもって中止するんだ。これは命令だ」
「なんであんたに命令されないといけないんだ。わたしはあんたの部下じゃない」
「ならば忠告と受け止めておけ。従わなければ自分の身がどうなるか分からんぞ」
これはもはや、命令でも忠告でもなく、脅迫です。やはり彼らが黒幕で、わたし達はその事実にたどり着きつつあるのでしょう。少なくとも相手はそう思っています。
「言われるまでもない、調査はもうやらないさ。あんたからそれなりの情報を引き出したら、それで終わりだからな」
「私から何の情報を引き出そうと言うのかね」
「決まっているでしょう。川に毒を流し、その結果としてあの森を手に入れようと目論んでいる……この仮説が正しいか否かを、だ」
ケルマ氏の目元がピクリと動きました。でもそれは一瞬のことで、すぐに余裕を気取った態度になりました。視線はだいぶ逸れていますが。
「……何のことか分からんな。川に有害物質を流した犯人の目論見を、私に尋ねられても困るのだがね」
「余裕綽々の態度で嘲笑し、相手から目を逸らしながら即答するのは、無関係を装おうとする人間の虚言だと相場が決まっている。わたしとしては、その反応ひとつで充分だ」
「聞き捨てならんな。この私を嘘つき呼ばわりか」
「嘘をつくのに、善人も悪人も、高貴も卑賤も関係ない。絶対に嘘をつかない人間なんて、この世には一人もいないんだ」
冷静に言い返されて、ケルマ氏は口惜しそうに顔を歪めます。嘘が嫌いなローゼさんが言うと説得力がありますが、逆にローゼさんは全く嘘を言わないので、どことなく矛盾している気もします。
いえ、そんな事よりも。
「ローゼさん、川に毒を流すことが、どうして森を手に入れることに繋がるのですか?」
「ああ、そうか。一度説明した方がいいな。まず、今回の事件の構造から、裏に大きな権力を持った人間がいると予想して、それがこの街でいえばケルマ一族が該当すると分かった。あとはケルマ一族が、強引な手段をとってでも手に入れたいものが何なのか分かれば、動機にもおおよその見当がつく」
「ケルマ一族の手に入れたいもの……?」
「クラウス化学のドリーが話していただろ。この一帯をひとつの街に統合しようとして、森の長老に反対されたと」
そういえばそんな話もありました。ただの四方山話と思って聞き流していましたが、ローゼさんはしっかり覚えていたようです。
「この辺りでは、部族を越えた干渉が避けられてきた。統合しようとするなら、相応の理由が必要になる。今回の事件は、その理由付けのために起こされたんだ」
「どういうことです?」
「水利権だよ」
聞いたことのない単語が、ローゼさんの口から飛び出しました。ですが、これが事件をひも解く鍵であることは、舌打ちをしそうなケルマ氏の表情から明らかです。
「水利権……?」
「水を地域に配分する割合を決めたり、優先的に管理したりする権利のこと。水道が完備されて、水の供給に困らない所では、国や自治体がその権利を持つのが普通だけど、こういう小さくて独立した集落では、地域内でいちばん力のある家系が、その権利を独占することがある。恐らくこの街の水利権も、ケルマ一族が握っている」
「へえ、そんなものがあるのですか……」
「とはいえ、実際に一族の水利権が及ぶのは、この街の中だけ……森の中を流れている川には手を出せない。つまり、森の住人が川の水を好き勝手に使うことに、ケルマ一族は文句を言えない。この一帯を統合して、自分たちの力の及ぶ範囲を広げたい彼らにとって、川の水の利権を手に入れることは大きな意味があった」
水は生活の命綱だと、ローゼさんは言っていました。その水の使い道を決める権利を一手に握れば、地域全体を掌握することと同じです。ケルマ一族はずっと、その機会を狙っていたのでしょう。
「ひょっとして、川に毒を流したのは、森の住人を追い出すためですか? あの森を支配下に置いている長老の味方を減らせば、交渉を優位に進められますし……」
「一番の理由はそれだろうな。あからさまに毒を流されたと分かれば、住人は反発心を抱くだけで、森を出たりはしない。だから呪いの仕業に見せかけ、説得力をもたせるために殺人の噂も流した……毒物が見つからないという不可解な状況に、森の住人を深入りさせないためには、それが一番効果的だと踏んだのさ。しかもただ追い出すんじゃなく、自発的にこの街に移住させて、一族の水利権が及ぶようにしたんだ」
「そういえば森の住人は、呪いの噂が出たあたりから、水をこの街で入手するようになりましたよね。同じように川の水を使っていても、ここは浄水施設があって、しかも呪いの被害者がひとりも出ていないから……」
「移住先としてはもってこいだよな。毎回水を手に入れるために街と森を往復するのは面倒だし、いずれ移り住むのは時間の問題だと思ったはずだ。この地域の外に出て行かれたら、この一連の騒動が外にも知られてしまう。よその人の目というのは、噂の定着を妨げかねないから、なるべく外には知られないようにしていたんだ。だから、この街に来てすぐ、実行犯のいるクラウス化学を訪れたわたし達は、最初から一族にとって警戒すべき存在だったのさ。もっとも、そうなれば向こうから動いてくれるから、わたしにとっては好都合だったが」
なるほど、だから調査の際も、下手にごまかしたりせず、正直に川の呪いを調べていると話したのですね……あまりに命知らずな行動ですけど。
「森の水利権を手に入れた暁には、その流れでこの一帯を統合し、森を開発する大義名分を得るだろう。浄水施設も造るだろうし、そうして健康被害が起きないと分かれば、森に住み始める人も増える。そいつらは大多数が、施設を造ったケルマ一族を信用するだろうし、こうなれば長老も口を挟めない。後腐れなくこの一帯を支配下に置けるわけだ」
「……そんな上手くいきますでしょうか?」
「これはあくまで想像だから、本当に一族がそんなことを考えたかは知らないよ。でもまあ、一年たっても森の住人はほとんど街に移住してないし、長引けば噂の信憑性に疑問を持つ人間が現れ、ますます森から離れる人はいなくなる。そう上手くはいかないさ」
「勝手なことを抜かしてくれるな」
わたし達が推理に夢中になっているうちに、いつの間にかケルマ氏の表情が険しさを増していました。鼻息を荒くしながら、わたし達を睨みつけています。
「そんなもの、証拠も何もない、くだらん与太話だ。私が名誉棄損でお前たちを訴えれば、お前たちに勝ち目はないぞ」
「証拠がないのは認めるよ。何度も言うが、これはあくまで仮説であって、確証があるわけじゃない。ただ、探偵であるわたしの立場としては、この仮説が正しくないと言うからには、きちんとした証拠と論理に基づいて反論してほしい。少なくともわたしの仮説は、状況を矛盾なく説明できているし、誰が聞いても納得できる。名誉棄損というなら、同じくらい誰もが納得できるような、この仮説と矛盾した証拠を提示する責任がある」
「くっ……!」
「もっとも、この件に一切関わっていないという立場では、そんな証拠、手元に用意できるとは思えないが」
「フン、そんな証拠がなくとも、お前たちを吊るし上げる方法などいくらでもある。適当に名誉棄損の内容をでっち上げればいいだけだ」
どんどん手段を選ばなくなっています。このひと、醜い本性を隠す気はもうないようです。
「どうかな。クラウス化学の社員たちは、わたしがあんたを疑っていると知っているし、理由をでっち上げればどうしても矛盾が生じる。この街の人間なら黙らせられても、森の長老は黙っていない。社員たちの証言を長老が知ったら、あんたが森に手を出すことを断じて認めはしないだろう。長老が介入すれば裁判が長引くことは必至だし、そうなればあんた達の印象は悪くなる一方だ。どのみちあんたの計画は頓挫する。それでもいいならどうぞ訴えなさい」
ローゼさんは一歩も引きません。長老はまだローゼさんのことを知らないはずですが、わたし達が裁判にかけられたら、依頼人のベルサさんは間違いなく、長老に事情を話すでしょう。そうなればローゼさんの言ったとおりになります。
さすがのケルマ氏も、自分の野望と名声を天秤にかけられたら、とても冷静にはなれません。権力を駆使してわたし達を追い込むのは、難しいと悟ったでしょう。
「……お前たち、私に何の恨みがあるんだ。ことごとく邪魔をしおって」
「別に恨みなんかないわ」ローゼさんは真顔で告げます。「あんた達が何をしようと、わたしには関係ないもの。それに、この仮説を言いふらすつもりもないしね。わたしは単に、依頼を受けて調査し、その結果分かったことを依頼人に報告する、それだけよ。その後にあんたがどうしようと、どうなろうと、わたしの知ったことじゃないわ」
「依頼人に報告した結果、我が一族の権威が地に堕ちても構わないと申すか」
「少なくとも十四人、あんたのくだらない野望の犠牲になった人がいるんだ。自業自得だと思って受け入れたらどうだ」
この前の事件もそうでしたが、ローゼさんはひたすら淡白で、関係者に対しても冷徹な態度を崩しません。旅の途中で受けた仕事ゆえに、二度と会って話すこともないと思うからこそ、誰にでも冷たく当たることができるのです。その結果として孤独になっても、彼女は受け入れてきたのでしょう。
わたしに同じことはできません。できることといえば、そんなローゼさんのそばにいることだけです。
とはいえ、自業自得だから諦めろ、と言われて受け入れるような人なら、そもそもこんな事件を起こしていないわけですが。
「フン……仕方ない、力ずくで止めるほかないか」
ケルマ氏はそう呟いて、机の上にあった鈴を手に取ると、チリンチリンと揺らして鳴らしました。
直後、わたし達の背後の扉が勢いよく開かれ、大勢の衛兵たちがなだれ込んできました。十五人くらいでしょうか。全員でわたしとローゼさんを囲み、手元の槍の先をわたし達に向けています。最後に入ってきた衛兵によって、扉はまた閉ざされました。
人数分の槍がわたし達に向けられ、今にも一斉に刺してきそうです。兜のせいで表情が見えませんが、少しでもおかしな行動をとれば、容赦なくわたし達を殺しかねません。
「ローゼさん……!」
「女ふたりを相手にずいぶん物々しいな」
この状況でもローゼさんは冷静です。震える素振りすらありません。さすがに危険察知能力が壊れているのではと心配になります。
「衛兵どもの追跡を躱したと聞いたからな。このくらいでなければ相手になるまい」
「大げさな……で? わたし達に何をしてほしいの? それとも交渉の余地なく殺す?」
「さすがに女を殺すのは私の趣味に合わん。お前さんが私の手足となり、専属の探り屋として働くのはどうだ? お前さんの調査力は買う価値がある」
ケルマ氏はローゼさんすら引き込もうとしていますが、そのさなかにローゼさんは、すぐそばにいるわたしにしか聞こえないほど、か細い声でわたしに告げました。
「シャルロット、少しかがんで」
「え?」
どういうことか分かりませんでしたが、ローゼさんの、ケルマ氏に向けた迷いのない眼差しを見て、わたしは言われたとおりにしました。周りを警戒するふりをしながら、徐々に姿勢を低くしていきます。
「わたしが探り屋になったら、シャルロットをひとりにしてしまうが」
「それならもう一人の彼女はここの侍女になるといい。いや、なかなか良いなりをしているから、妾になって寵愛を受けるのも悪くなかろう。ちまちま探偵の仕事をするより、よっぽど稼げるぞ」
「ほお……そういう話なら」
ローゼさんはふっと笑ったかと思うと、瞬時に軽蔑の目を向けました。
「死んでもお断りだね」
シャルロットのことになると、珍しく感情を露わにするローゼ。がっつり百合を絡めると宣言した以上、こういうおいしいシーンも必要になってきます。
次週、チート探偵ローゼの本領発揮です。




