Section 2-Seven
ローゼの捜査スタイルは結構独特です。
「ありがとう。聞きたいことはこれで全部。仕事に戻っていいよ。じゃあ」
ローゼさんは淡々とした口調でそれだけ言って、わたしの手をひいて『クラウス化学』を後にしました。ドリーさんからは、「何か分かったら連絡をくださいね」と念を押されましたが、果たして彼女の耳に入ったかどうか。
結局、見せてもらった資料は、さすがに業者の機密情報ということで、もらうことまではできませんでした。それでもローゼさんは何も問題ないと言います。
「必要な手掛かりは得られた。今さらあれだけの量の書類を処分するとは思えないし、手元になくても構わないさ」
「では、もう事件解決は目の前ですか?」
「どうかな……まだ確信は得られていない。手掛かりが全て揃ったわけでもないし。そうだったらいいな、と祈るばかりだ」
夕暮れの街を並んで歩きながら、ローゼさんは虚空を見つめています。薄く影が差す、その寂しそうな表情を、図らずもわたしは綺麗だと思ってしまうのです。
「……それで、次はどこに行くんですか?」
「宿に戻る。そして寝る。以上」
「えっ」思わず絶句するわたし。「それって、要するに、何もしないってことですか」
「うん、続きは明日。これから調査をしたら夜になってしまうからな」
そういえばローゼさん、どんな場所でもどんな状況でも、夜は必ず決まった時間に寝ていましたっけ。体内時計を狂わせないことで、精神を安定させ、ひいては仕事の効率が上がる、という言い分でしたけど。その割に朝起きる時間は不規則なのですから、その言い分もどこまで信じられることやら。
「そういうわけで、適当に腹ごしらえをして宿に戻ろう。この街なら、食料の確保に不自由はなさそうだ」
そのとき、唸り声のような音が響き渡りました。こう、ぐうぅ、と。
「……すみません。そういえばお昼を食べ損ねていました」
よもやわたしのお腹の中に、こんな得体の知れない唸り声を出す虫がいたとは思いませんでした。両手でお腹を押さえつつ、羞恥で顔が火照っているわたしを、ローゼさんは特に何も表情を変えずにじっと見ています。
「近場で店を探すか」
ローゼさんの不器用な気遣いが、むしろ痛いとさえ思えるわたしでした。
ただ残念ながら、店の中で食事ができる場所は近くになかったので、買ったパンとお肉と野菜を、近くの広場に移動してからサンドイッチにして頂きました。それにしても、お肉の保存状態に不安があるとはいえ、まさかライターの火で直接炙ってパンに挟むとは思いませんでした。ローゼさん、やることがたまに野性的です。
まあ、空腹だったことも手伝って、おいしく頂けましたけど。
ベンチに並んで腰かけて、手作りのサンドイッチを頬張っていると、ローゼさんがあさっての方向をじっと見ていることに気づきました。視線の先には露店があります。宝飾品とか光り物を売っているようです。
「……使えるかもしれない」
そう言ってローゼさんは、半分ほど残っていたサンドイッチを一口で平らげ、ベンチから立ち上がって露店に向かっていきました。
……いえ、もう、ツッコミが追いつきませんが。
そしてローゼさんは露店で何かを買ったようですが、ベンチに留まっていたわたしには、遠目でよく見えませんでした。戻ってきたところで尋ねます。
「何を買ったのですか?」
「明日あたり、必要になるかもしれないものを。何でもいいんだけどね」
必要になるかもしれないのに何でもいいって、矛盾していませんかね。しかもこれ、場合によっては必要なくなるもの、ということでもあるから、お目見えする機会がこの先訪れない可能性もありますよね。
小物なのか、買ってすぐに懐に仕舞われましたから、いま訊かないと、ずっと分からないままかもしれません。気になって仕方ないので訊きました。
「よく分かりませんが……結局何を買ったのです?」
「うーん」ローゼさんはしばらく虚空を見つめて、答えます。「この件が片づくまでには教えるよ。シャルロットはまだ知らない方がいい」
「何ですか、それ」
「それより、食べ終わったなら早く宿に戻るぞ。お前もそろそろ体を洗いたいだろ」
呆れているわたしの視線など意に介さず、ローゼさんは再び立ち上がります。確かに今日は、暑い中を延々歩いたりしてかなり汗をかきましたから、早くシャワーを浴びたいという気持ちはありますが。
結局ローゼさんが何を買ったのか分からないまま、わたし達は確保していた宿に戻りました。ようやく落ち着くことができると、少しホッとしています。車で旅をしている間、夜はずっと車中泊でしたけど、乗り心地はよくても寝心地は微妙なので、そろそろベッドで横になりたいと思っていたのです。
受付で手続きをした後、ローゼさんは職員さんを呼び止めて尋ねました。
「すみません、ケルマ一族に関する資料って、何かありますか」
ケルマ一族。どこかで聞いたような……ああ、そうです。この街の有力者です。ドリーさんの話の中にありました。
「ケルマ氏ですか……」職員さんは困惑した表情になりました。「あまり残っていませんね……昔はこの街の小さな図書館にも、何冊かあったと思うのですが、戦争の影響でほとんどが行方不明になったので。うちには確か、この地域の歴史について記した本が、一冊だけあったと思いますが、ケルマ氏に関する記述があるかどうかは……」
「構いません。その本、少し借りてもいいですか」
「ええ、いいですよ」
職員さんは快く、その本を貸してくれました。地域の歴史を著した本ですから、予想はしていましたが結構な厚さです。
借りた本を持って、応接用の一角に移動します。受付の前で立ち読みするわけにもいきませんからね。椅子に座ったローゼさんの横から、わたしも本を覗き込みます。
途端、眉間にしわが寄りました。
「うわぁ……字が読めません」
「この地域で使われている文字だな。シャルロットはどうやら別の地域で育ったみたいだし、読めなくても無理はない」
思えば『クラウス化学』はユーロピア系の業者ですから、資料もユーロピア系の文字が使われていました。だからわたしでもなんとか読めたのですが……歴史の資料って、たいていは地元の人しか読みませんから、翻訳本は少ないのです。
「ローゼさんは読めるのですか……?」
「たいていの言語は分かる。話すのと聞くのは日常会話程度が限度だが」
「それでも充分すごいですって……」
「それより見てみろ。興味深いものが書かれている」
いや読めないのに見てみろと言われましても……と、一瞬思ったのですが、ローゼさんが指差したものを見て、わたしは驚きを隠せませんでした。
『クラウス化学』で資料に目を通すときもそうでしたが、ローゼさんは本当に読んでいるのか怪しいくらい、素早く紙をめくっていました。それは、最初から何を探すか決めていて、他の情報を頭に入れる必要がなかったからです。
そう、ローゼさんは初めから、これを見つけるために本を借りたのです。
「ローゼさん、この紋章は……!」
「ああ。この地域では昔から、この獣を神聖なものとして崇めていた。権力をものにしたい人間が、一族の紋章に取り入れても不思議はないと思っていたよ。確信はなかったが、どうやら祈りが通じたようだ」
そしてローゼさんは、ひと呼吸おいてから告げました。
「神秘の箱は、開かれた」
はい、やっとこの決め台詞が出てまいりました。これで全ての手掛かりは出揃ったので、次週からいよいよ謎解きのターンに移ります。
……と言いたいけど、そろそろがっつり百合を書きたいので、それっぽい描写を差し挟むつもりでいます。本筋に影響はないので大丈夫……のはずです。




