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Section 2-Six


 案の定、ドリーさんが部下の方に命じて持ってこさせた資料は、うんざりするほどの分量があって、空き机の上に山のように積まれました。わたしはこの山を見せられて、途方に暮れていましたが、ローゼさんは真顔で資料をめくり始めました。

 ぱら、ぱら、ぱら、ぱら……。

 ローゼさん、紙をめくる手が異様に速いです。地図の内容もほぼ一瞬で覚えられるほどですし、これくらいの速さでも記憶できるのでしょうけど……なんというか、本当にちゃんと読んでいるのか疑わしいです。

 やがてローゼさんは一冊分の資料を読み終えて、ぱたんと冊子を閉じました。


「…………」


 しばし考えたのち、ローゼさんは同じ冊子をもう一度開き、地図らしき書類を一枚、冊子から取り外しました。そして他の冊子からも、同様に地図だけを取り外しました。その地図には、全てに同じ形の川が描かれ、その上のあちこちに×印が書かれています。


「やっぱり……」ローゼさんはぼそっと呟くと、ドリーさんに声をかけます。「水質調査は、川を(さかのぼ)りながら行われたんですね。ふもとに近い場所から、徐々に上流に向かって移動し、その途中のあちこちで川の水を採取して検査した」

「ええ、そうですが……」

「こういう方式にしたのは、何か理由があってのことですか?」

「理由も何も、廃工場の排水設備に異常がないと分かって、川のどこに原因があるのか見当がつかなくなったから、複数の地点で検査しようということになったんですよ。そうすれば、どこから有害物質が出ているか絞り込めますから」


 まあ、実際はどこも異常がなかったわけですが……と、ドリーさんは苦笑して言いました。ローゼさんは笑いもしませんでしたが。


「その程度のことはわたしにも分かります。聞きたいのは、どうして川の流れに逆らうような順番で、検査を進めたのかということです」

「どうしてって……あちこち行ったり来たりするよりは、効率がいいでしょう? お二人もあの森を見たなら分かると思いますが、川は車の通る道から割と離れていますから、せめて移動にかける手間を減らさないと、時間が足りなくなってしまいます」

「それなら、初めに上流のあたりで始めて、川を下りながら検査を進めてもよかったのでは?」

「まあそれはそうなんですが、最初の検査でこうやろうと決めてしまって、そのまま続けているものですから……どちらにしても結果は変わりませんし、問題はないと思いますが」

「ふうん……それじゃあ、その最初の検査に同行した、残る二人を連れてきてください。ちょっと気になることがあるもので」


 ローゼさんは資料に目を落としながら、ドリーさんに頼みました。彼女が見ている項目は、まさに話にあった、川を遡る方式の検査を行なった、最初のものでした。

 すぐにドリーさんは、二人の検査員を連れてきました。どちらも作業着姿の男性で、身長は同じくらいですが、片方はやや太めの体型で、もう片方は栄養失調を疑いたくなるほどの痩身です。対照的な二人が来ましたね。


「連れてきましたよ。太い方がマイクで、細い方がニックです」

「ちょっ、なんですか、その雑な紹介」


 マイクさんが心外そうに言いました。明らかにドリーさん、手を抜いた紹介をしましたからね、苦言を呈したくもなるでしょう。


「それで、僕たちに聞きたいことって何ですか?」


 ニックさんが不安そうにローゼさんに尋ねます。不安そうに、というか、元から暗い雰囲気をまとっている気さえします。ただ痩せているだけなのに不健康そうに見えるのは、その雰囲気のせいもあるかもしれません。

 ローゼさんは手元の書類に目を落としながら言います。


「この資料によると、マイクという人が川の水を採取して簡易検査して、ニックという人が数値などを記録したとある。まず、このことに間違いはないのよね?」

「それは、もちろん」

「ざっと見た感じだと、マイクはだいたいいつも検査係、ニックはだいたいいつも記録係をしている。こういう役割分担は最初から決まっているのか?」

「そういうわけでは……」マイクさんが答えます。「ただ、検査の道具も種類があって運ぶのも大変だから、体力のある俺が運んで、その流れで検査をするってことが多いな」

「逆に僕なんかは、道具を運ぶことが滅多にないから、自然と一番楽な記録係をやらされることが多いですね」

「だから、最初から決まっているわけじゃなくて、その場の成り行きで役割が決まってしまう感じだな」


 これまたいい加減ですね……そのくせ情報漏洩は徹底して防ごうとしているのですから、仕事ぶりにムラのある業者です。


「なるほど……では、実際に検査をする時の手順を、詳しく教えてほしい」

「手順といっても、そんなに複雑じゃないですよ。検査係が試験管で川の水を採取して、それを専用の機械にかけて、成分分析をして、出てきた数値を記録係が記録する、というだけです」

「それらすべて、現場でやるのか? 検体を持ち帰ってここで検査してもいいと思うが」

「簡易検査で明らかな異常が見つからない限り、ここで検査することはないですよ。それに、現場で検査できることは現場でやった方が、変に疑われずに済みますから」

「まあ、検体に細工する隙がないからな……数値は全員が見て確認するのか?」

「もちろん。見間違いを防ぐ必要もありますし」

「といっても、直接機械を見て確認するのは、検査係と責任者ぐらいで、記録係は、検査係が言った数値を聞いて書くだけのことが多いな。まあ、書いてすぐに記録係が、書いた数値を言って確認させるから、よほどのことがないと間違いは起きないな。終わってから全員でもう一度確認しているし」

「本当に数値の管理()()は厳重なんですね」

「だけって……」


 わたしのひと言に、マイクさんは渋面を浮かべます。だって、それ以外は適当にしか見えませんから。役割分担しかり、建物内の乱雑さしかり。


「まあ、それは仕方ないですよ」ドリーさんが援護に回ります。「さっきも言ったように、なかなか原因が掴めず被害も止まらないから、検査そのものは本当に過剰なくらい気をつけていますからね。万が一、数値に問題でもあったら、それこそうちの信用にも関わりますからね」

「ふうん……」ローゼさんはひたすら興味がなさそうです。「ちなみに、ニックが記録するときは、万年筆を使って?」

「え?」ニックさんが目を丸くします。

「作業着の胸ポケットに差されているやつ……万年筆のキャップに見えるけど」

「ああ、これですか」


 ニックさんは笑みをこぼしながら、胸ポケットから万年筆を取り出します。綺麗な金色の装飾が施されていて、とても高価そうです。お尻のところに何か紋様が刻まれているみたいですが、机越しの位置からではよく見えません。トラとかヒョウの顔に似ているようですが……。


「それって確か、親からの贈り物だって言ってたな。高いんだろ?」と、マイクさん。

「高級品だとは聞いていますけど、実際のところはどうでしょう……まあ、恐れ多くてなかなか使えずにいますけど」

「そういや、その万年筆を使っている所は見たことないな。検査の時も、これとは別にボールペンを持っていってるし」

「正直、万年筆は胸ポケットに差しているだけで格好がつくから持っているだけで、記録するときはボールペンの方が便利ですから」


 ぶっちゃけますね……確かに、万年筆って何度も瓶入りのインクにペン先を入れて補充しないといけませんし、面倒といえば面倒ですけど。

 ところで、万年筆のことを尋ねた当の本人といえば、真顔でまた手元の資料に目を通しています。本題とは関係ない話かもしれませんが、聞いている素振りくらいしないと、相手の機嫌を損ねてしまいます。こんな態度でよく今まで仕事ができたものです。

 ローゼさんが再び顔を上げると、また別の質問に移ります。


「なあ、検査用の機械は誰が管理しているんだ?」

「俺だよ」マイクさんが手を挙げます。「といっても、所定の場所に装置を置いて、数が合っているか確認して、鍵をかけるだけだけど」

「鍵はあなたしか持っていないの?」

「いや、社長も持ってるよ。使っている所は見たことないけど」

「大体いつも、誰かが装置を持ち出すときは、マイクが立ち会っていますからね」

「社長が見ている前だとやりづらいから、ヒラの俺にみんな頼むんだよな」


 つまり、検査用の機械を好きな時に持ち出せるのは、鍵を持っているマイクさんと社長さんだけ、ということになります。とはいえ、機械が置かれているのはどうやら、今わたし達の目の前にある、『重要装置収納庫』と書かれた扉の向こうのようです。常に人の目があるこの部屋の隣ですから、検査の予定もないのに持ち出すのは難しいでしょう。

 わたしはなんとなく気づいていました。ローゼさんの質問には、ここの検査装置に細工の余地があるか、確かめる意図もあったのです。装置がいじられていれば、数値はいくらでもごまかせます。

 ローゼさんは、この業者の中に、犯人の仲間がいる可能性を疑っているのです。確かに、事件の状況を素直に見れば、真っ先に考えつくことです。

 でも、あの収納庫に入ることさえできないならば、細工をするのはまず無理でしょう。業者の中に犯人の仲間はいないようだと分かりましたが、結局犯人が誰で、何の目的でこんなことをしているかは不明のままです。


 ……いえ、ローゼさんは何やら、確信を持っているようです。

 だって明らかに、目の色が違っていましたから。

もうそろそろ謎が解けた人もいるのではないでしょうか。まだよく分からないという人は、ローゼの言動をもう一度チェックしてみましょう。すべてに意味があります。

それにしても、ローゼとシャルロットはまだ、いいコンビになりきれていない気がします。早いとこ二人に絆が芽生えることを願いつつ、次週をお楽しみに。

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