Section 2-Two
世界規模の戦争の後の話ですが、森の中に住んでいる人の家なので、立派ではなくても朽ちてはいません。
わたし達に親切な忠告をしてくれた、その女性の家で、わたし達はお茶をごちそうさせてもらうことになりました。その家は川の反対側にありましたが、上流に飛び石があると教わって、それを使って向こう岸に渡ったのです。
女性の名前はベルサといいます。ベルサさんの家には小さいながら畑があり、ハーブや野菜を育てているそうです。わたし達が通ってきた道とは別の、川の反対側に作られた道路からも外れていて、ちょっとした隠れ家になっています。
「……はあ、生き返りました」
冷たいお茶を一気に飲み干して、わたしは人心地つきました。
「あんた達も災難だったねぇ、車が燃料切れなんて」
残りのお茶が入った容器を、床下の格納庫に仕舞いながら、ベルサさんは言います。
「うちにあるのは電動二輪車用の燃料だけど、まあ大丈夫でしょ。新しい燃料はうちの旦那が街で調達してくるだろうから、好きなだけ持っていきな」
「すみません、お茶をごちそうになるばかりか、燃料までいただいてしまって」
ローゼさんが丁寧な口調を使うところは初めて見ました。
「おいしいお茶ですね。ハーブを使っているのですか?」
「そう、うちで育てたやつね」わたしの問いかけにベルサさんが答えます。「何代か前の先祖が、ジパニカから来た移民に指導してもらって、育て方を教わったそうよ。それを今でも受け継いでいるの」
「ジパニカって……東の果てにある島国でしたっけ」
「ええ、行ったことはないけど、話には聞いている」ローゼさんが言います。「先の世界戦争に参加しなかった唯一の先進国で、終戦後もほとんど荒廃していないそうよ。まあ、島国ゆえに、今の世界を統率するほどの存在にはならなかったけど」
「そんな国があるんですか……いつか行ってみたいですね」
「その前にあんたが目的地に辿り着いたら、一生行くことはできないけどな」
ああ、そうでした……わたしは旅の目的地に着いたら、そこで穏やかな死を迎えるつもりでいるのです。大陸のはるか東の国では、辿り着く前に旅が終わってしまう可能性が高いです。
「残念です……」
「落ち込むことはない。その東の国こそが、目的地である可能性もあるからな」
「あんた達、一体どこを目指して旅をしているんだい?」
ベルサさんがわたし達に尋ねます。ローゼさんがわたしを指差して答えました。
「彼女が心安らかに暮らしていける場所を探して、気ままにあちこち巡っているんです。だから彼女が『ここがいい』というまで続きます」
「じゃあ、あんたはこの子の旅に付き合ってあげているのかい?」
「いえ、逆です。わたしの気ままな旅を利用して、彼女がそういう場所を探すためについて来ているんです」
ローゼさん、その言い方だとわたしが姑息な人みたいじゃないですか……まあ、事実といえば事実ですけど。
「じゃあ、あんたはどうして旅を?」
「……どうしてなんでしょうね」自嘲するように笑うローゼさん。「シャルロットと違って、心安らかに生きたくないと、思っているのかも」
それはまるで、生きる意味を失いかけている人の物言いでした。ローゼさんが何を求めて旅を続けているのか、それを知るには、途方もない時間が必要なのでしょう。
「よく分かんないねぇ。そもそもこのご時世に旅をする人っていうのをまず聞かないんだけど。あんた、宿代とか飯代とか、交通費とかもどうしているのよ。車の燃料を手に入れるにも、結構な額の金が必要だろう?」
「旅先でちょくちょく稼いでいますよ。荒廃した街で目ぼしいものを拾い集めて売ったり、問題解決請負人みたいな仕事をしたり」
「なんだい、それは」
「ローゼさんは探偵なんです。依頼を受けて色んな事を調査しているのですよ。悪い人のしたことを推理でズバズバ当てたりして、かっこいいんです」
「別に悪い人を糾弾するのがわたしの仕事ではない……」
ローゼさんはぼそぼそと小声で否定しましたが、わたしを救出した時とか、本当にかっこよかったんですよ。
「ふうん、探偵ね……あれかい、依頼したら何でも調べてくれるのかい」
「内容や報酬にもよりますね。基本、ただ働きはしない主義なので」
「じゃあ、あの川の呪いを解いてほしい、っていう依頼はどうだい?」
あの川の呪い……さっきわたし達が水を飲もうとしていた、あの川ですね。ベルサさんは呪われているとおっしゃっていましたが、一体どういうことでしょう。とても気になります。こういう謎めいた現象を解明するのも、きっと探偵の仕事で……。
「却下です。祈祷師にでも頼んでください」
あら?
けんもほろろに断って、ローゼさんはおもむろにお茶を口に運びます。もしかして、現実主義者のローゼさんに、呪いという言葉が胡散臭く聞こえたのでしょうか。
呆然としていたベルサさんは、慌てて言い直しました。
「ああ、そうじゃなくてね、あの川が呪われている原因を調べて、なんとか解消してほしいという話で……」
「あいにく、呪いの原因を突き止めたところで、解消する手段をわたしは持っていません。他の専門家に任せるべきです」
あらら?
なんだか奇妙に感じます。わたしはあまり呪いを信じない方ですが、ローゼさんは呪いという言葉を否定的に捉えているわけではなさそうです。まるで呪いが本当にあると思っているような……。
「ローゼさん、呪いを信じてらっしゃるんですか」
「信じるとか信じないとか、そういう観念自体が科学的じゃない。科学は事実の積み重ねと、論理に基づいた推測がすべてだ。そして呪いは、その存在が立証も反証もされず、事実認定に必要な再現性も持たない。つまり科学の対象にはならない。科学の対象外である以上、呪いを信じるかどうかという議論は無意味だ」
……ちょっと、話の内容が難解すぎて、飲み込んで消化するのに時間がかかりそうです。
「えっと、つまり……?」
「信じるか信じないかで言えば、『どっちでもない』がわたしの答えだ」
「あ、大変よく分かりました。でも、話くらいは聞いてみてもいいのでは? わたし達もあの川の水を飲もうとして止められた以上、無関係ではいられませんし、少なくともわたしは、あの川で何が起きているのか知りたいです」
「ふむ……まあ、噂話を小耳に挟むくらいなら、たいした手間じゃないからな」
「そうですよ、依頼を引き受けるかは、話を聞いてから決めればいいんです」
こうしてわたしとローゼさんは、呪われた川の話を聞くことになりました。ベルサさんが呆れたような口調で言います。
「よくもまあ、こんな難しい人をうまく扱えるものね」
「それほどでもないですよ。ローゼさん、意外と分かりやすいですし」
「おい」
ローゼさんは短い苦言を呈しました。
読んでいてなんとなくお気づきだと思いますが、作中に出て来る“ジパニカ”は、日本がモデルになっています。次にもし世界大戦が起きても、日本は憲法9条を盾にして、主体的な参戦はしないだろうと信じています。
次週はいよいよ、川の呪いの話に踏み込んでいきます。




