Section 1-One
久々の新シリーズです。この作品を下地にして、文学賞用の作品を描こうと企んでいます。忌憚のない感想やレビューをお願いします。
宇宙では毎日のように、新しい星が生まれては消滅しているという。文明が星の表面にしか成立しない以上、どんな文明も星の寿命を超えることはできない。永遠に続く文明など存在しえないのだ。
ある惑星には、それなりに立派な文明が存在していた。知性を獲得した生命体、いわゆる人間が棲息できる地域の半数近くを、高度な通信技術と資金力に裏打ちされた、巨大な経済圏が支配していた。暴力的な奪い合いを避けるために、厳格な法律を定め、誰もが平等に富を手にする環境が整えられ、平和的な文明を作り上げることに成功した。
しかし、誇るべきその文明は壊滅した。
最大の要因は、のちに『世界戦争』と称される、文字どおり世界中の国々を巻き込んだ泥沼の戦争である。最初は通信網を駆使した遠隔的な攻撃だったが、潜在していた国内外の対立が絡み、次第にその規模は拡大していった。大きな経済力を持っていた大国たちが衝突し、それらに経済的に依存していた他国が阻止できず、戦闘は長期化した。
世界のリーダーを自称する国家の、負けるわけにいかないという意地は必要以上に強かった。互いに相手を完膚なきまでに叩き潰そうと躍起になり、多くの人員と最新の兵器を投入し、攻撃と暴力の限りを尽くした。この戦争の勝利条件はただひとつ、相手の国力を完全に削ぐこと、だったのだ。
三年におよんだ戦闘は、痛み分けに終わった。参戦した国の大多数は焦土と化し、一時は百億人と言われた世界の人口は、五百万人まで激減したとされている。この数字は、戦争が終結して五年が過ぎた現在でも、減り続けているという。
かつての文明はもはや見る影もなく、戦争に加わらなかった一部の国を除いて、まともな国として機能している所はなかった。人々の生活は荒れ果て、経済のシステムも廃れ、わずかに残った技術力と、なけなしの倫理観だけが、人間らしい営みの支えになっていた。
そんな時代にあって、自分の仕事がどんな意味を成すのか、考えない日はない。あるいはただの惰性と言われても否定できる気がしない。
コンクリートの壁がむき出しになった、ボロボロの建物の中にわたしはいる。砲弾をまともに食らいながら、なんとか倒壊を免れた建物を改修し、現在はバーとして使っているという。改修といっても、壁の穴をセメントで塞ぎ、崩れそうな箇所を細い鉄柱で支えているだけだから、大きな地震が来れば瞬く間に潰れるだろう。バーの設備も、周辺から使えそうな機材をかき集めただけで、椅子の形状もすべて異なっている。
とはいえ、ここの店主は世界戦争以前からバーテンダーをしていたので、味はそれなりに楽しめる。わたしは酒をたしなまないが、冷たいコーヒーもなかなか美味なので、休息の時には重宝している。この日もゆっくりと、頭と体を休ませるつもりでいた。
しかし、休息はたいてい唐突に終わる。これもこの仕事の宿命だ。
「おう、あんたが探偵さんかい」
カウンターでわたしの右隣に腰かけてきた、口元に黒ひげを蓄えた大柄の男が、こちらを見ることなく尋ねてきた。わたしに用のある人は、だいたい目を合わせずに話す。
「どこで嗅ぎつけたの」
「ボヌアット共和国で難事件を解決した、さすらいの女探偵が、この街に来てるって噂を聞いてね……しらみ潰しに尋ね回ったら、昼はいつもここにいると分かったのさ」
「たいした情報収集能力ね」
「俺には信頼できる手下が大勢いるんだ、人海戦術ってやつさ。ほとんど独力で情報をかき集められるあんたには及ばんよ」
「それはどうも。で、用件は何?」
無駄話は好きじゃない。言葉巧みに相手を篭絡しようとするやつは、たいがい多弁で饒舌なのだ。
「噂どおりの冷淡ぶりだな。その前に一杯注文させてくれ」
男は酒を注文し、グラスを一度呷ってから話し始めた。
「実はこの街で、子どもの人身売買が行なわれているそうだ。あんたには、その人身売買の実態と首魁を突き止めてほしい」
「身売りね……」
ため息をつくしかない。そんなことか、と思ったからだ。
文明も経済も崩壊し、かつての安定した生活が失われた昨今、非人道的な活動によって資金を稼ぐ動きはどこにでもある。政府機関もまともに機能しないせいで、法律で取り締まることも難しく、かつての世界では犯罪とされていた行為も、非難されることなく公然と行なわれている。人権を擁護すべきという風潮はすっかり薄れてしまった。
そんな世界にあって、人身売買はもはや犯罪じゃない。違法行為として摘発される必然もない。探偵が出しゃばって調査する必要があるとも思えないのだが。
「そんなものを調べてどうするの。治安当局に告発でもする気?」
「落ちぶれた政府の手先なんか、ハナから当てにしてないさ。この街の治安は、俺らが守っていると自負している」
なるほど、この男は自警団の類いに属しているのだろう。手下も大勢いると言っていたし、それなりの規模を有しているようだ。人道的な集団とは限らないが。
「ふうん……街の守護神として、正義の鉄槌でも下すわけ?」
「まあ、そんなところだな」
「言っておくけど、嘘つきの依頼は受けないから」
わたしの一言に、グラスを持つ男の右手がびくりと揺れた。分かりやすい反応だ。嘘と言われたら誰しも動揺するが、嘘をついた自覚がある人は、隠そうとして動揺を一瞬で抑えようとする。嘘をつき慣れている人間だったらなおさらだ。
「……嘘だと?」
「正義なんて安っぽい動機で、手下を大勢使って探偵を捜し出すとは思えない。その労力を差し引いても余りあるほど、自分たちに利することがあるんでしょう」
「穿ちすぎるのはよくないと思うぞ」
「残念ながら、このくらい穿って考えて、見誤った経験がまるでないのよ。ついでに穿ってみると、簡単に露顕しない人身売買は、組織的に行なわれていると考えていい。公的な後ろ盾もなく、この地域を牛耳りたい組織にとって、そんな連中が台頭するのは目障りなはず。早めに潰しておくために、敵の内情はなんとしても知っておきたい」
「よくそこまで憶測を働かせられるものだな」
「わたしは正義の信奉者じゃない……利己的な目的があろうと、情報を正確に提供し、報酬をきっちり払ってくれれば、普通に仕事は受けるよ。印象が悪くなることを恐れているんだろうけど、わたしは善人だろうが悪人だろうが、嘘つきが一番嫌いなの」
「……そうかい。分かった、あんたの憶測は正しいよ。連中の内情を暴き、あわよくば壊滅に追い込んで、この地域の利権を一手に握るつもりだ」
男は降参と言わんばかりに両手を上げ、苦笑しながら白状した。わたしが女だからか、接触してくる人間はいつも、こうやって印象を気にして些細な嘘をつく。そのくせわたしが嘘だと見抜いたら、割とあっさり手の内を明かしてくる。
「で? その身売りの噂はどこで聞いたの?」
「俺たちはこの街の住人について、色々と記録をとっている。住所ごとに家族構成をまとめたりしてな……もちろんこれは、いざって時にすぐ身柄を確保できるようにするためだ」
この男、もうごまかす気はさらさらないな。精神的な余裕ができたのか、マッチを取り出して、左手に持った葉巻に火をつけた。優雅に煙をくゆらせる姿は、似合わない。
「この記録によると、二年ほど前から、貧民街を中心に、子どもが行方をくらませる事例が多発している。ざっと数えた感じだと、二年間でおよそ百件だ」
「ふうん……たいした数じゃないわね」
「これが、親が自分の子どもを進んで差し出したのなら、確かに大きな数字とはいえない。ところがこの街で、子どもが姿を消した家は、そのほとんどが誘拐されたと訴えている」
「誘拐……つまり、知らないうちに子どもが売りに出されたと?」
「そうだ。金に困っているとはいえ、子どもを売りに出す親はそう多くないってことだ。まあ、訴えているといっても、警察はまるで機能していないし、近所に触れ回って話を広めるのがせいぜいだがな。ちなみに消息を絶った子どもは全員十代で、男女比は女子がやや多いくらいだ」
「確かにその状況だと、身売りを疑うのが筋だけど……」
子どもを誘拐する目的は限られる。身売りの他に、身代金の要求とか、性的欲求を満たすため、などが考えられる。しかし身代金が目的なら裕福な家庭を狙うはずだし、男女比にあまり偏りがないなら、性的欲求も無関係だろう。様々な要求に応えられるように子どもを集めているとしたら、人身売買が最もありそうな話だ。
誘拐となれば、当然親元に身売りの儲けは入らない。利益を得るのは、子どもを売り渡す組織だけだ。百人も扱えばなかなかの商売になるだろう。この連中が神経をとがらせるのも無理はない。
「それならお得意の人海戦術で、売りに出された子どもを見つければ、組織の尻尾くらいは掴めるんじゃない? 顔の特徴くらいは分かってるんでしょ」
「もちろん、行方不明の子どもの特徴は把握している。それに、国境をまたいだ形跡もないから、国内に絞って情報を集めれば何とかなると思っていた」
文明が崩壊して以降、国境を越えた交流はほとんど下火になっている。ただでさえ移動には金がかかるし、隣国同士の関係も不安定だから、誰も進んで他国には渡らないのだ。わたしという例外はいるけど。
だから、国境を越えようとする人は簡単に見つかるし、子ども連れはそれだけで目立つ。隠れて人身売買をやりたい連中が、そんな危ない橋を渡るとは思えない。
「ところが……どこをくまなく探しても、行方不明の子どもと特徴が合致する人物が、一人も見つからないんだ」
「百人近くが売り渡されたはずなのに? なら、売り渡した先も、子どもの存在を必死に隠そうとしているのね。よほど探られたくない事情があるんでしょう」
「ことはそう単純じゃない。このご時世だ、売られた子どもを買うだけの、経済的に余裕のある所は多くない。俺たちは、縄張りの外で手出しできるほど力は強くないが、この街の外にいる、似たような集団とも連携しているし、子どもを買うだけの金がある所を中心に探した。それでも見つからないから困っているんだ。人海戦術の限界を感じたよ」
そこで探偵の出番か……まったく、これでは便利屋と区別がつかない。
「とりあえず、行方不明の子どもについて、あるだけの情報をこちらに提供して。報酬は三百万ポルドに経費を上乗せして、契約終了時にまとめて請求するから」
「後払いか。しかし三百万とは少しお高めだな」
世界戦争の余波で通貨価値が暴落し、かつて広く流通していたポルドも、今では小さなパンひとつ買うのに二、三千が必要なほどに価値を失った。
「わたしも日々の飯代や移動費が必要なので。じゃあ、これに署名して」
懐から取り出した紙に、報酬の金額を書き込んで、男に手渡す。男は受け取った紙をテーブルに置いて、前屈みになりながら肘で紙を押さえて、自分のペンで名前を書いた。……字が汚くて読めないな。いや、それよりも。
「……左利きなの?」
「ん? いやまあ、そんなのはどうでもいいさ」
「どうでもよくはない。信用もないのに依頼されるのは非常に不愉快だからね……願わくは、わたしに矢とか針を向けないでほしい」
「……なるほど、あんたの武器はその観察眼か。なんで分かった」
男は右手に隠し持っていた、小さな筒を見せた。たぶん、バネか何かで矢を放つ器具だ。
「あなた、本当は右利きでしょう。グラスを持つ時も、マッチに火をつける時も右手を使っていた」
この男は葉巻を左手に持っていた。つまり火をつけたマッチを持っていたのは右だ。
「だのにあなたは左手でペンを持ち、しかもその紙を手じゃなく肘で押さえていた。頬杖を突いているわけでもないのに」
前屈みの状態では、頬杖を突くことはできない。実際この男は右の肘を突きながら、その先は左腕に隠していた。その手の中に何かを隠し持っていれば、その矛先は、左隣に座っているわたしに向いている。
「大方、わたしが下手なことをしたら、その矢で始末するつもりだったんでしょう。なるべく騒ぎを起こさないよう、先端に即効性の毒でも塗っているのかしら」
「何もかもお見通しか……すまんな、あんたがもぐりの探偵という可能性もあったから、念のために用意しておいたんだ。どうやらあんたは、敵に回さない方がよさそうだ」
「賢明な判断ね。たとえ矢を放っても、防刃胴着に阻まれて返り討ちにされるから」
「ぬかりないな。ほれ、書いたぞ」
男が渡してきた紙を受け取る。簡易的ではあるが契約書だ。利き手じゃない方で署名したせいで、名前が読み取れないが。
「……あなたの名前、確認していい?」
「ああ、すまん。ビエラットと呼んでくれ。探偵さんの名前も確認していいかな」
「……名前はない。通り名として、ローゼと呼ばせている」
「了解、俺が先に調べたとおりだ」
「あなたも割と探偵に向いているかもね」
この男、ビエラットの話をすべて鵜呑みにするつもりはない。だが、一度契約を結んだ以上、下調べや裏取りをするのは当然だ。ビエラットから提供される情報が正しいか、まずは実際に足で調べる必要がある。彼もそれくらいは織り込み済みのはずだ。情報の扱いに慣れている……探偵をやっても不足はないかもしれない。
わたしはコーヒーの代金をカウンターの上に置くと、契約書を仕舞って立ち上がった。さっさと片付けよう。どうせこれが、この街で扱う最後の事件なのだから。
あらすじやキーワードに“百合”とありますが、その要素が出るのは次回以降です。肝心のヒロインも次回にやっと登場します。
それでは、次週の更新をお楽しみに。