表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編「恒例行事」

   

「……ということがあったの、覚えてる?」

「何度目だよ、この話。それに、あれが俺たちのきっかけだからな。忘れるわけがないさ」

 同じベッドで横になっている彼が、私に微笑みかける。

 確かに、彼の言う通りだ。あのアクシデントこそが、私たち二人を結びつけてくれたのだ……。


――――――――――――

――――――――――――


 あの後。

 いつのまにか砂浜を走り抜けて、私は岩場でしゃがみこんでいた。

「みんなに見られた。三島くんに見られた。どうしよう。もう合わせる顔がない……」

 恥ずかしい。本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい、というのは、まさに今こういう時の心境なのだろう。

「ビキニなんて、着るんじゃなかった。慣れない水着なんて、着るんじゃなかった……」

 ワンピース型とは違って、紐で結ぶタイプ。脱ぐ時にほどけないと困るから、蝶結びにしておくのだが、まさか少し腕を動かしただけでほどけてしまうとは……。

 もしかして、私の結び方が悪かったのだろうか?

 今さら遅いが、そんなことを考えていると、

「由貴子ちゃんって、あんな大きな声も出せるんだな。由貴子ちゃんの新しい一面を見せてもらえて、なんだか嬉しいよ」

 後ろから声をかけられて、私は飛び上がるほど驚いた。

 首だけで振り返ると、そこに立っていたのは三島くん。

 つい先ほど、合わせる顔がないと思ったはずなのに、まじまじと彼の顔を見つめてしまう。

「三島くん……? どうして……?」

「忘れ物を届けに来た」

 彼が手にしているのは、私の水着のトップ。

 いや、持ってきてくれたのは助かるけど、普通こういうのは、同性の久美ちゃんあたりの役目だよね……? なんで男の三島くんなの……?

 頭の中に疑問符をたくさん浮かべながらも、とりあえず、ビキニを返してもらう。私が付け直す間は、彼も背中を向けてくれた。

 しかも。

「ビキニの紐の蝶結びは、一度ではなく二度結んでから蝶を作るようにすればほどけにくい、という話だ」

 と、アドバイス。私としては、なぜ男なのにそんな知識があるのか、と詰問したいくらいだった。

 さらに。

「それでも『また落ちるんじゃないか』と心配なら、今日は俺が、つきっきりでガードするからさ」

「えっ?」

「ほら、せっかく来た以上は、ちゃんと海で遊ばないと、もったいないだろ? でも、みんなのところには、ちょっと顔を出しづらいかと思って……。だから今日は、人気ひとけのないところで、俺と二人で海水浴を楽しむ、というのはどうかな?」


――――――――――――

――――――――――――


「……そう言って、あなたは私を独占したのよね、あの日」

 当時の私にしてみれば、むしろ独占されて嬉しかったわけだが……。

 後で彼から聞き出した話によると。

 あの場面における、私の「いやあああああああああ!」という叫び声。それを耳にした瞬間、彼は「この子は放っておけない」という気持ちになったのだという。私のことを、強く意識したのだという。

「そして海水浴から帰ってからも、あなたは私を構ってくれて……。二人で一緒に遊ぶようになって、今に至るのだから、人生ってわからないものね」

 普通ならば「そうだね」と言ってくれる彼なのに、返事がない。

 よく見ると、もう彼は目を閉じていた。耳をすますと、寝息も聞こえてくる。

「あら。それじゃ、私も……」

 大学時代の海水浴のアクシデントについて振り返るという、結婚記念日の恒例行事を切り上げて。

 夫の隣で、幸せな眠りにつくのだった。




(「夏の浜辺の一大事」完)

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか、このシチュエーションが妙にツボにはまりました。 [気になる点] 人気のないところで楽しんだ結果、どうなったんでしょう……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ