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2. ミレイナ、脱走を図る(2)

「うーん、こっちでいいのよね……」


 ミレイナは広大な森の真ん中で途方に暮れていた。

 辺りを見回しても、見えるのは鬱蒼と繁った木・木・木。とにかく四方に同じような光景が広がっている。


 数時間前に見事に王宮を抜け出したミレイナは、太陽の位置を頼りにアリスタ国へと向かっていた。しかし、歩けども歩けども、周りは同じような林が続くばかりだ。


 気絶したところを連れて帰られたくらいだからそんなに遠くないと高をくくっていたのだが、どうやらそんなに甘くはなかったようだ。


「後どれくらいかかるのかしら?」


 ミレイナは不安に駆られ、小さく呟いた。

 見上げれば、太陽が傾き始めているのが木々の合間から見えた。

 夕闇がすぐ近くまで迫っている。


 ふと木の上にリスのような生き物が走っているのが見え、ミレイナは目を止める。木の実でも集めているのだろうか。


「仕方がないわね」


 ミレイナが呟くのと同時に、うさぎのような耳がポンッと髪の合間から現れ、尻尾が生える。ミレイナはその姿になると、頭上にいるリスに声を掛けた。


[こんにちは、リスさん。アリスタ国はどっちかしら?]

[こんにちは、お嬢さん。アリスタ国ってなんだい? 木の実なら、この木の上にまだ残っているから採りに行くといいよ]


 リスは動きを止めてミレイナにそう言うと、すぐにどこかへと走り去ってゆく。


 獣人には、見た目の変化だけでない特殊能力がいくつかある。

 ミレイナのようなウサギ獣人の場合、最も代表的なことは耳のよさだが、それとは別に全ての獣人に備わっている能力もある。それは、獣、もしくは半獣の姿を取っているときは動物と会話できることだ。


「帰り道を聞きたかったんだけどなぁ……」


 ミレイナは思ったような情報を得られず、長い耳をしょんぼりと垂らした。そもそも、リスはさほど行動範囲が広くないし、国名を言っても通じるわけがなかった。


「どこかに渡り鳥でもいないかしら?」


 広範囲を移動する鳥ならば、あとどれくらいの距離を歩けばアリスタ国に到着するかを知っているかもしれない。

 そう思ったミレイナは上空を見上げる。しかし、茜色に染まった空に濃い橙色に染まった雲が浮いているほかは何も見えない。


(戻ったとしても……太らされて食べられちゃうのよね……)


 ミレイナがあの部屋を抜け出してから数時間が経過している。

 もしかするとジェラールは既にミレイナが逃げ出したことに気が付いているかもしれない。


 ウサギが一匹逃げ出したぐらい、気にも留めないとは思うけれど、戻ればまた逃げ出すかもしれないと警戒されてすぐに殺されてしまうかもしれない。


(戻るのはないわね。ということは、なんとしてもアリスタ国に辿り着かないと……)


 ミレイナは気を取り直すと、再び人型へと姿を戻し、ひとり歩き始めた。





 しかし、数時間後。

 この判断が大間違いだったと悟った。


「もう! ここ、どこよ?」


 辺りに広がるのは漆黒の闇。

 月明かりでなんとか周囲を確認することはできても、相変わらず見えるのは同じような林ばかりだ。しかも、間が悪いことに急激に雲が出てきて、その月明かりも隠れつつあった。


 ──ガサッ!


「ひっ!」


 近くで物音がしてミレイナはビクンと肩を震わせる。カサカサと地面の落ち葉を踏むような音も聞こえるので、近くに動物がいるのかもしれない。


「この暗闇をこれ以上歩くのは、無理ね」


 ミレイナは大きな木の根元に膝を抱えて座り込む。明日、夜明けと共に起きてすぐに出発しよう。そうすればきっと、アリスタ国に着くはずだ。


 とりあえず仮眠しようと目を閉じたミレイナは、ぽつんと冷たさを感じて空を見上げる。あっという間に辺りは大雨になり、遠くで雷が鳴っているのが聞こえた。


(どうしよう……)


 雷のときに木の近くにいると危ないと聞いたことがあるけれど、ここは辺り一面木しかない。せめて雨に当たらないようにと木の根元の溝に体を寄せる。


 また遠くでカサリと音がした気がして耳を澄ます。雨の音に混じって確かに落ち葉を踏む音が複数聞こえる。それに、ハッハッという息づかい。


「これは……、魔獣?」


 ミレイナはパチッと目を開けて周囲を見渡す。大雨の中、暗闇にぼんやりと浮き上がる木々以外は何も見えない。けれど、確かに聞こえる複数の足音と息づかいが、ミレイナの頭に警鐘を鳴らした。


「逃げないとっ」


 でもどこへ?

 そこまで考えて、ミレイナは自分の背後にある木の枝を見上げると、力いっぱいジャンプした。

 ウサギ獣人だけに、ジャンプ力も優れているのだ。しかし、雨に濡れた枝は想像以上に滑りやすかった。

 片足がずるりと滑り落ちたその瞬間、その足に痛みが走る。


「ガオオォー」


 うなり声と共に、靴がもぎ取られ、血がしたたり落ちる。

 垂れていたスカートの裾が引きちぎられた。


 ミレイナはとっさにもう片方の足でその魔獣の顔を蹴り付けた。

 けれど、一蹴怯んだように見えた魔獣はすぐにまたミレイナに襲いかかってくる。しかも一匹や二匹ではない。ハイエナのような姿をしており、おそらく群れになった肉食の魔獣だ。


「止めて! あっちに行って!」


 必死になって更に木を登り枝の上に避難したミレイナは下に向かって叫ぶ。けれど、興奮状態の魔獣達には通じない。


(どうしよう……。降りたら殺される……)


 雨で急激に体力は奪われていく。

 恐怖でガタガタと体が震え涙がこぼれ落ちそうになったとき、不意に魔獣達の様子が変わった。一様に背後を気にするような仕草を見せ、尻尾が下がる。


(なに? これは足音と、鳥の羽ばたき?)


 ミレイナが耳を澄ますと、僅かに聞こえてくるのは先ほど聞いたのより遥かに大きな足音と、上空を飛ぶ鳥の羽ばたきのような風を切る音だった。


 次の瞬間、目の前に颯爽と現れた巨大な狼に、目の前の魔獣達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。クウーンと哀れな鳴き声を上げている。


 ミレイナは目の前の巨大な狼を見た。真っ直ぐにこちらを見て、尻尾を振っている。そして、首元にチェーンの首輪が付いているのが見えた。


「え? もしかして、ゴーラン? なんでこんな場所に?」


 器用に後ろ足で立ち上がり枝に前足かけたゴーランは、驚くミレイナの顔を舐め、ますます大きく尻尾を振る。


「わわっ、くすぐったい」


 ペロペロと顔を舐められて慌てていると、すぐ近くで木々がなぎ倒されて何かが着地するような大きな音がした。


「ゴーラン、見つけたのか?」


 低い呼び声がしてミレイナはハッとした。


(この声って……)


 思った通り、そこにいたのはジェラールだった。


(こんな嵐の中で、何をしているのかしら?)


 ミレイナが見守る中ジェラールはゆっくりとこちらに歩み寄ると、ゴーランがしきりに舐めているミレイナを見た。


「お前は誰だ? なぜこんな時間に、大雨の中でひとりで森にいる?」

「私は……」


 ミレイナは困った。

 なんと答えるのが正解かと思考を巡らせ、下手にうそをつくよりは本当のことを言った方がいいと判断した。


「迷子になりました」

「迷子? 飛んで帰ればいいだろう?」

「私は飛べないわ。竜人ではないもの」

「竜人ではない? なぜ人間がここにいる?」


 訝しむようにジェラールの眉間に皺が寄る。


(ひぃぃ! 怒っているわ)


 ミレイナは早くも逃げ出したい衝動に駆られながらも、なんとか気を失わずに耐えた。

 横では未だにゴーランがミレイナの顔と頭を舐めていた。もう髪の毛がぐちゃぐちゃだ。


 ジェラールは不機嫌そうな表情を浮かべたまま、ゴーランに視線を移す。


「ゴーラン。探していたものは?」


 ゴーランはその場にお座りすると、小首を傾げた。

 その様子を見て、ジェラールは額に手を当てるとはあっとため息をついた。


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