番外編 竜王陛下の止まらないもふもふ愛
ラングール国の竜王──ジェラールの右腕であるラルフは、ふと書類から顔を上げてジェラールの様子を窺い見た。
最近、ジェラールの機嫌がすこぶるいい。
そのお陰で、ラングール国全体によい空気が集まる好循環が続いている。
長年に亘っての懸案事項だったアリスタ国との和平が結ばれ、国内は平和そのもの。
天候も安定し、治安もいい。
機嫌がよくなる要素は盛りだくさんなのだが、一番の原因はやっぱりあれだろう。
「ラルフ、少し休憩してくる」
時計の針を確認したジェラールが、ラルフの返事を聞く前に机に手をついて立ち上がる。
「はい、わかりました」
ラルフは承知したと軽く頭を下げてその姿を見送った。
婚約者殿には申し訳ないが、ラングール国の平和のためにここは頑張ってもらうしかない。
一人執務室を後にしたジェラールは、慣れた足取りで王宮の片隅へと向かう。
そこにあるのは広い遊び場が併設された石造りのシンプルな建物──魔獣のための保護施設だ。近付いて行くと、ジェラールの到来に気付いた魔獣達が大喜びして飛び跳ねているのが見えた。
かつては誰も希望者がいなかった魔獣係だが、現在は押しも押されもせぬ人気の役職になっている。
ミレイナが魔獣を通してジェラールと親しくなったことが知れ渡ったほか、最近併設された従獣の飼育施設に自身の従獣の様子を見に来る要職の軍人達とも知り合えるからだろう。
ちなみに従獣の世話も魔獣係が担っており、現在の魔獣係は五人。
魔獣係長はリンダが務めている。
「あ、ジェラール陛下」
魔獣達の声に気付いたのだろう。魔獣舎の中で作業していたミレイナが中からひょっこりと顔を出す。
ミレイナはジェラールの婚約者なのだから今は魔獣係ではないのだが、本人が強く希望するのでこうして魔獣の世話を好きなときにさせている。
「陛下、見てください。先日保護された猫型の魔獣ですけれど、すっかり元気になったんです」
ミレイナは嬉しそうにジェラールの手を取ると、魔獣舎の奥へと導いた。
中では三人の魔獣係が作業をしていた。
ミレイナの後ろ姿を見ると、今では隠すことをやめてしっかりと見えるうさ耳が、ジェラール来訪を喜ぶようにピコピコと揺れている。
「ほらっ、可愛いでしょう?」
ミレイナが両手に抱いて差し出したのは、ファイヤーレパードと呼ばれる猫型の魔獣だった。成獣になると体長一メートルを超え、威嚇するときに体の周囲に炎を纏うためそう呼ばれている。
保護されたファイヤーレパードはまだ生後一ヶ月も経っていないのだろうか。
ミレイナの腕にすっぽり嵌まっており、ウサギになったときのミレイナと同じくらいのサイズだ。ミレイナが頭を撫でると、甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らした。
「陛下も撫でますか?」
ミレイナはファイヤーレパードをジェラールへと差し出す。ジェラールが手を差し出すと、まだ産毛の柔らかな毛並みが手に触れた。
「可愛いな」
「でしょう! とっても可愛いのです!」
ミレイナは屈託のない笑みを浮かべ、そのファイヤーレパードにすりすりと頬ずりをする。
ジェラールはその様子を見て、相好を崩した。
「ああ、たまらない」
もふもふな婚約者がもふもふと戯れるこの姿、最高に可愛い。
この世にこれ以上尊い組み合わせがあるだろうか。いや、ないっ!
「抱っこされますか?」
「そうするとしよう」
ジェラールはミレイナの隣に座ると、おもむろにミレイナを横抱きするように膝に乗せる。
「え?」
突然膝に乗せられたミレイナが驚いたように目をみはり、ジェラールを見上げる。ジェラールはそんなミレイナに構うことなく髪の中に顔を埋める。
「こうされるのは、嫌か?」
「嫌ではないのですが、恥ずかしいです……」
「誰も見ていない」
ミレイナは辺りを見渡す。先ほどまで何人かいたはずの魔獣係は今は一人もいない。
主の空気を読み取ることに長けた、非常に優秀なメイドである。
ミレイナの「なぜ!?」という心の声が聞こえてきそうだが、それは無視して頬に口づけた。白い肌がピンク色に染まる。
鼻孔をくすぐるのは香油のフローラルな香り、頬を撫でるのはぴこぴこと揺れる長い耳。
その様子から嫌がっていないということはわかるので、ジェラールは遠慮なく愛でる。ふわふわの耳をくすぐり、白い肌を撫で、ついでに髪や頬、おでこや唇にも口づけを落とす。
もちろん、ファイヤーレパードのもふもふとやわらかな肉球も存分に堪能させてもらった。
◇ ◇ ◇
「待たせたな」
およそ三十分後、一見すると冷然とした無表情で戻ってきたジェラールをラルフは出迎える。
「いえ、大丈夫です。気分転換はできましたか?」
ラルフはぺこりと頭を下げた。
「まあまあだ」
ジェラールはぶっきらぼうに答える。
しかし、長年の付き合いであるラルフにはわかる。端から見るとわかりにくいジェラールだが、よく見ると口の端がほんの少しだけ上がっているのだ。
これは通常の人間であれば鼻歌を鳴らし、犬で尻尾があればブンブンと振られていることが明らかなくらいに機嫌がよい。
(ミレイナ嬢、ありがとう!)
これで今日も執務が絶好調に進むことだろう。
こうしてラングール国の平和は今日も守られるのだった。




