10.ミレイナ、竜王陛下と再会する(4)
馬車から見えるのは、白亜の宮殿だ。
三角形の屋根の建物がいくつか組み合わさり、一番高いところには円筒状の塔が付いている。ラングール国の王宮とはまた違った趣がある立派な城だった。
「わぁ、すごい……」
ミレイナは目の前の光景にただただ圧倒され、呆けたように見上げる。
ミレイナは国境沿いの辺境の地、要は田舎に住んでいるので、アリスタ国民でありながらアリスタ国の王宮を見るのは初めてだ。
馬車通り沿いには、アリスタ国とラングール国の国旗が交互に並べられ、祝賀ムードに包まれていた。
(いよいよかぁ……)
ミレイナはその様子を見て、口元を綻ばせる。
今日、ジェラールの悲願だったアリスタ国とラングール国の和平調印式が、アリスタ国の王宮で執り行われるのだ。
一ヶ月ほど前に起きたあの事件の日、ジェラールはすぐにラルフを伴い、捕らえた辺境伯を連れてアリスタ国の王宮に抗議に向かった。
そこで明らかになったのは、俄には信じられないようなお粗末な内容だった。
まず、アリスタ国王を始めとするアリスタ国の中枢部は一連の事件の概要を全く知らなかった。辺境伯が一切の情報を中央に知らせず、独断で処理していたからだ。
そして、魔法石の盗掘や魔獣の密猟も、辺境伯が手引きしていたものだと明らかになった。
ミレイナの住む地域はアリスタ国一の魔法石の産地で、かの地の収益の多くを占めていた。
しかし、近年思うように採掘ができなかったため、よりたくさんの資源があるラングール国側の土地を狙ったのだ。
ところがラングール国側がそれに抗議してきたので、自分達の非を隠すために国境を脅かしているのはラングール国側である、竜人は野蛮で粗暴であると事実を歪曲し、ときには事実無根のことをねつ造していた。
アリスタ国王はこのことにひどく驚き、ラングール国側に深く謝罪した。そして、話し合いの結果、両国で今度こそ和平条約が調印されることになったのだ。
「でも、なんで私が呼ばれたのかな……」
この調印式に同席するようにとはるばる王宮から使者がやってきたとき、ミレイナはとても驚いた。ミレイナが関わったことといえば、あの日現場に駆けつけてグラスを割ったことくらいだ。
なのに、必ず来るようにと言われ、わざわざドレスまで用意してくれたのだ。
「いよいよ……」
ミレイナはぎゅっと手を握る。
あの事件の後、主要な新聞社により、このことは大々的に報じられた。
和平の証に、ラングール国はアリスタ国に魔法石を低価格で輸出し、アリスタ国もラングール国にない機械や道具を輸出するという。
──そして、報じられていることがもうひとつ。
それは、今回の調停に合わせて、アリスタ国王がラングール国に政略結婚を打診したらしいという話だ。国の報道官からは正式に発表されていないが、まことしやかに囁かれている。
ジェラールに嫁ぐなら、きっと相手は王女殿下だろう。ジェラールはその提案に対し、すぐの明言を避けたとも噂されていた。
(ジェラール陛下、王女殿下とご結婚なさるのかしら?)
ジェラールはあの日の夜遅く、ゴーランと共にミレイナの元を訪れてラングール国に来てほしいと告げた。前回、早々に帰ってきてしまったことを後悔したミレイナはそれを快諾した。
今度はジェラールが幸せになる姿を見届けてから、アリスタ国に戻るつもりだ。
けれど、自分は所詮は最下層のメイド、対するジェラールは竜王だ。
もしかすると今日が、ジェラールを近くで見られる最後の機会になるかもしれない。だから、後悔のないようにその姿を目に焼き付けておきたいと思う。
ミレイナは目を伏せると、自分のスカートを弄ぶ。
水色の布が幾重にも重なる豪華なそのドレスは、どこかジェラールの瞳を思わせる。ミレイナがいつも付けているカメオとも、一緒にデザインしたかのようにぴったりと合う。
王宮に着くと係の者が扉を開けてくれたので、ミレイナはゆっくりと馬車から降りた。
馬車乗り場からは真っ直ぐな開放廊下が続いている。
(さ、落ち込んでもいられないわ!)
ミレイナは止まりそうな足を叱咤して歩き始める。
こんなふうに着飾った姿を見せるのは、最初で最後だろう。
どうせなら、笑っている自分を覚えていてほしい。だから、何があっても笑顔でいようと思った。