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9.ミレイナ、アリスタ国へ戻る(4)

 ミレイナがいなくなったのちに、新しい魔獣係がまたすぐに辞めてしまうのではないかと思ったがそれは杞憂だった。ジェラールが見る限り、リンダは新しく入った魔獣係とよくやってくれている。


(ミレイナ、魔獣達もお前に会いたがっているぞ)


 四匹の魔獣達は、最近ジェラールの側近の四人の竜人の従獣として行動することが増えてきた。彼らが森で活躍する様をミレイナが見たら、どんな表情をするだろう。

 きっと、目をキラキラと輝かせて大喜びするに違いない。


「邪魔したな」

「いえ。いつでもお越しください」


 ジェラールが声を掛けると、リンダは人当たりのよい笑みを浮かべてぺこりとお辞儀をする。

 リンダに背中を見送られながら、ジェラールは王宮へと踵を返した。


「見て。あの下男、まだいるわ」


 途中、耳障りな高い声が聞こえ、ジェラールはそちらに目を向ける。そこには数人のメイドの姿があった。

 何人かはジェラールも見覚えがある、自分付きの侍女達だ。

 最近呼んでもいないのにティーセットを運んでくるなど行動が目に余る者が増えてきたので、そろそろ人事を刷新しようと思っていたのだが、色々あって後回しになっていた。


「まあ、本当ですわ」


 ほかのメイドがジェラールのほうを見て、眉を寄せる。


 どうやら、自分が下男と間違われているらしいとジェラールはようやく気が付いた。まあ、ケープを目深に被るという特殊な格好からすると、そう勘違いされても不思議ではないのだが。


「そういえば」


 ジェラール付きの侍女、レイラがなにかを思い出したように指を口元に当てた。


「あの身分不相応に陛下に近付いて魔獣係を外された子は、結局メイドを辞めたみたいよ。やっぱり、魔獣係に行政区の侍女役なんて無理だったのね」

「あら、やっぱり。だってあの子、アリスタ国の人間なのでしょう? いい気味」


 そして彼女達は手を当てて、くすくすと笑う。


 ジェラールはそれを聞いて、はたと動きを止めた。


(身分不相応に俺に近付いて魔獣係を外された?)


 アリスタ国の人間と聞いてすぐにミレイナのことだと思ったが、『身分不相応に自分に近付いた』という点も、『魔獣係を外された』という点も初耳だった。

 ミレイナに近付いたのはあきらかにジェラールからだし、行政区の侍女役に異動したのはミレイナが望んだことだと思っていたのだから。


「どういうことだ?」


 思わずメイド達を呼び止めると、彼女達は明らかに不愉快そうな顔をした。


「まあ、下男のくせに気安く話しかけないで。わたくし達は陛下付きよ。身のほどをわきまえなさい」


 一人が不愉快そうにしっしと手を払う。


 ジェラールはそのメイドの顔を静かに見つめた。知らない娘かと思ったが、自分付きと言われれば、確かに見覚えがあるような気がする。最近きたばかりの娘だ。


「おやめなさい」とレイラが片手を上げる。

「このかわいそうなお方はきっと、仲良くしていた女性がいなくなって混乱しているのよ。そうね、お情けで教えてあげる。あなたの懇意にしていた子は平民上がりのメイドであるにも拘わらず、陛下に近付いて色目をつかったの。だから、メイド長にお願いして異動していただいたら、結局やっていけずに辞めたのよ。残念だったわね」

「なんだと?」


 ジェラールは低い声を上げた。

 今の話が事実だとすれば、ミレイナは強制的に異動させられたことになる。しかも、自分に言い寄ったという事実無根の疑いによって。


 あの日、なぜ黙って辞めたのかと詰問したジェラールを見上げたミレイナの泣きそうな瞳が脳裏に甦る。


「その告げ口は、お前達がしたのか?」

「告げ口ですって? 口の利き方に気を付けなさい。わたくし達は陛下付きの侍女なのよ? 陛下に相応しくない人が近付いたら、きちんと対処する義務があるわ」


 レイラは不機嫌そうに眉を寄せる。

 目の前の女達に、底知れない怒りが湧いた。


「そうか」


 ジェラールはケープを脱ぎ、隠れた顔を露わにする。目の前の男の思っても見なかったような完璧な美貌に、レイラ達の頬はほんのりと赤く染まった。


「確かに相応しくない者は排除する必要があるな。お前達を全員、解雇する。以後、俺の目の前に現れることも、王宮に立ち入ることも禁止だ」


 突然の物言いに、レイラ達はポカンとしてジェラールを見上げた。そして、今度は怒りから顔を赤く染めた。


「無礼者! 一体なんのつもりで、わたくし達にそのようなことを! わたくしを誰だと思っているの?」


 ジェラールは静かにレイラを見返した。

 たしか、地方領主の娘だ。父親は身分はあるものの大して目立たない、これといった成果も上げていない男だったと記憶している。


「なんのつもりで? お前達こそ、俺を誰だと思っている」


 ジェラールは氷のように凍てついた声で言い放つと変えていた髪色を元に戻す。青みがかった銀髪の竜王の姿を見た瞬間、レイラ達の表情は強ばった。

 感情の乱れから、ピキッと足下から氷柱が上り始める音がする。にわかに風が強くなった。


「そんな……」


 目の前でおこった状況が理解できないかのように、全員の顔が真っ青になる。


「主の顔も忘れるような侍女は不要だ」

「陛下! 違うんです!」

「違う? 今、自分達が俺に何を言ったのか忘れたのか? 『口の利き方に気をつけなさい』だったか?」


 冷然とした笑みを浮かべたジェラールを見上げたまま、レイラ達は恐怖でかたかたと震え始めた。


「どうかお許しを」

「こうして解雇と永久追放だけで済ませているのだから、これ以上どう温情をかけろと? それに、お前達が謝罪する相手は、俺ではない」


 ──本来なら、家もろとも取り潰しにして八つ裂きにしたいくらいだ。


 そう続けたい気持ちを、ジェラールはぐっと押しとどめる。


 先ほどはカッとして、すぐにでも目の前の女達を斬り捨てたい衝動に駆られた。しかし、彼女達がそうなった理由の一端が自分にもあることに気づき、今度は自分に対して言いようのない怒りが湧いた。

 ジェラールは不用意に魔獣舎に近づき、ミレイナの好意に甘えてばかりでしっかりと彼女を守る心配りを欠いたのだ。


「今すぐ去れ。今度俺の目の前に現れたら、次はないと思え」


 言葉だけで凍りそうな冷ややかな口調に、これが冗談ではないと悟ったレイラ達は一目散に走り去る。その様子を見送り、ジェラールはため息をつき天を仰ぐ。


(ミレイナ、お前は今、何をしている?)


 心の中の問いかけに、脳裏に住むミレイナが答えることはない。

 見上げた空を覆う分厚い雲からポツリと頬に冷たいものが落ち、それはやがて本降りとなった。

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