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2. ミレイナ、脱走を図る(1)

 ミレイナがここに連れてこられて二週間ほどが経った。

 今のところ、食べられてはいない。

 痛めていた足はすっかりと癒え、むしろ元気いっぱいだ。


 毎日のように観察した結果、ジェラールは一日の半分くらいは執務室で執務に当たり、残りの半分はどこかに外出していた。そして、そのときはフェンリルのゴーランも連れて行くことが多い。


 その間、ミレイナはこれはチャンスとばかりに外に出てみようと試みたことがある。

 しかし、この部屋には特殊な防御魔法がかかっているようで、許可された人以外は扉を開けることはできなかった。きっと、留守中に不審者が侵入することに警戒してのことだろう。


 そんなわけで、今日もミレイナは一人でお留守番をしていた。

 日なたぼっこをしながらテラスの花壇を眺めていると部屋の外から複数人の軽い足音が近付いてくるのが聞こえて、慌ててソファーの下に隠れる。


 暫くするとドアが開き、三人のメイド姿の若い女性が入ってきた。

 ミレイナが日中を過ごしているジェラールの執務室には、一日一回清掃のためにメイド達が訪れるのだ。


 その日も掃除道具を持って訪れたメイド達を、ミレイナはソファーの下に隠れたまま眺めていた。


「見て。ロゼッタの蕾が咲きそうよ」


 ひとりのメイドが声を上げる。


「本当ね。そろそろ庭園も見頃になりそうよ。私、今度の休日に彼と庭園デートをする約束しているの」

「えー! 羨ましい! いいなぁ」

「第一団のロベルト様とは約束していないの? 最近いい感じじゃない?」

「え? リンダの目からもそう見える?」


 部屋の掃除をしながら、三人の若いメイド達が恋バナに盛り上がっている。

 普段は黙々と作業をしている彼女達だけど、今日はジェラールが不在にしているので、お喋りしていても誰も怒らないからだろう。


 執務室から見えるテラスにはいくつかの花壇が配置されているが、そのうちのひとつに付いた蕾がそろそろ咲きそうだ。あれが『ロゼッタの花』なのだろう。


(なんだか、いつも思うけどアリスタ国の若い子と同じだなぁ……)


 ミレイナが住んでいたアリスタ国では竜人は『野蛮な人種』『残虐な人種』とされていた。

 けれど、こうしてラングール国に連れてこられて始めて目にする竜人達は、なんらアリスタ国の人間と変わらないように見える。


 時々こうやって物陰で会話を聞いていても、美味しいご飯の話やお洒落の話、恋の話など、アリスタ国の年頃の女性と同じような話題で盛り上がっている。


「ロベルト様ってね、竜化したときのお姿が少しグリーンがかっていて、とっても素敵なの。この前近くで見て、うっとりしちゃった」

「え? もしかして、乗せてもらったの? 凄いわ、もう結婚秒読みね」

「でも、お美しいと言えばジェラール陛下に敵う方はやっぱりいらっしゃらないわよね。あの銀色に輝くお姿、本当に素敵」


 メイドの一人が頬を染めてほうっと息を吐く。

 竜人と言うだけあって、ラングール国に住む人達は竜に変化できる。


 ミレイナが足に怪我をした日も、上空に飛ぶ竜を何匹も見た。その中で一匹だけ白銀に輝く大きな竜がいた。あれがジェラールの竜化したときの姿に違いない。


「側近のラルフ様が近々舞踏会を開催するって仰っているのをレイラ様が聞いたって」

「じゃあ、いよいよジェラール陛下もお妃様を迎えられる覚悟を? 噂じゃ、なかなかご結婚なさらないのは心に決めた方がいらっしゃるからだって。夜になると秘密通路からその方を呼んでいるって噂も──」

「その話、私も聞いたわ! 本当かしら?」


 またきゃあきゃあとメイド達が盛り上がり始める。

 ミレイナは長い耳をぴこぴこと揺らす。


 うん、その話は嘘だ。


 ミレイナは既に二週間、毎日のようにジェラールと寝室を共にしているけれど、一度も女性を連れ込んでいたことはない。

 というか、秘密通路があるならさっさとその恋人が現れて出入口を教えてほしいくらいだ。

 場所さえわかれば、そこから自分が逃げるのに。


(あの人って、不思議な人なのよね……)


 まだ二週間しか一緒に過ごしていないので当然と言えば当然かもしれないが、ミレイナはジェラールという人についていまいち掴み切れずにいた。


 執務室に部下達が現れた際はいつも険しい表情をして指示を下し、絶対的な威圧感がある。

 こうして掃除に訪れるメイドや休憩のお茶を運んでくる侍女達にも笑顔を向けることはなく、事務的な言葉を交わすことがたまにあるだけだ。


 これだけを見ると冷徹な男にしか見えない。けれど、ミレイナと二人っきり(正確にいうと、ジェラールは一人っきりだと思っているかもしれないけど)のときは、優しく微笑むことが多いのだ。


 笑って目尻が下がると、整いすぎてやや冷たく見える顔が優しく見える。

 その表情を見ていると、まるでペットとして愛情を注がれているかのような錯覚をおぼえそうになる。


「あら、ここの絨毯が汚れているわ。私、絨毯用の洗剤を取ってくるわ」


 床を箒で掃いていたメイドの一人が声を上げる。そして、ドアを開けるとパタパタと走り去っていった。 残った二人は時折お喋りをしながら掃除をし続けており、一人は窓拭きを、もう一人は花瓶の水を取り替えていた。


 ミレイナは今さっき一人が立ち去っていった方向を見つめる。ドアの向こうには、長い廊下が続いているのが見える。艶々の石張りの床には赤い絨毯がまっすぐに敷かれている。


(もしかして、今なら逃げられるんじゃないかしら?)


 こんなチャンスは二度とないかもしれない。

 ミレイナは足音を立てないようにソファーの下からそっと抜け出すと、足早に廊下を駆け出したのだった。

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