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8.ミレイナ、魔獣係を解雇される(4)

「ジェラール陛下!」


 ディックは慌てた様子でミレイナから離れると、頭を下げる。


「財務局はよほど暇と見えるな。人員配置の見直しを図るべきか」


 ジェラールの皮肉に、ディックの表情が途端に強張るのが見えた。ジェラールはそんなディックの横を通り過ぎると、ミレイナの元まで歩み寄る。


「ミレイナ、お前に用事がある。こい」

「私ですか?」


(こんなところまでわざわざ来るなんて、なんの用事?)


 ジェラールは戸惑うミレイナの腕をぐいっと掴み、半ば強引に部屋を出た。


 廊下に出たミレイナはジェラールの後ろ姿を仰ぎ見る。

 すぐに思いついたのは、魔獣達に何かがあったのではないかということだった。


「陛下、どうされたのですか? もしかして、魔獣達になにか?」


 ジェラールはくるりと振り返ると、顔色を青くしたミレイナを見下ろす。その表情は一見すると無表情だが、僅かに寄った眉から不機嫌さが滲み出ている。


「なぜ、魔獣係を辞めた」

「え?」

「なぜ、魔獣係を辞めたんだ。最近見かけないからおかしいと思っていた。魔獣達があれほど懐いていたし、お前も楽しそうだったのに」


 突然何を言い出すのかと、ミレイナは返す言葉がなく口をはくはくとさせる。


 自分だって辞めたくてそうしたわけではない。

 魔獣係をしていたら、ジェラールやそのまわりの人に取り入っていると言われたから、そして、ケープを着たジェラールを下男と勘違いした誰かに部外者を入れていると言われたからだ。


 本当は、それを捲し立ててやりたい。

 けれど、それをジェラール本人に言うこともできない。完全な八つ当たりであることは、ミレイナ自身が一番よくわかっていたから。


(私はやっぱり、ここにいない方がいいのかな……)


 また先ほどのように、アリスタ国に帰りたいという想いが沸き起こる。

 叶うことなら、ジェラールと知り合う前に戻りたいとすら思った。


 ミレイナはぐちゃぐちゃになった感情を隠し、ジェラールを見上げる。


「私はそろそろアリスタ国に帰国したいと考えております。お金も貯まってきて帰りの移動の足を手配する見込みも立ったので、引き継ぎをするなら今かと思いました」


 その瞬間、ジェラールの顔がこわばる。


「……本気か?」

「本気です。元々、すぐに帰るつもりだったのがだらだらと長居してしまいました。お仕事を与えてくださった陛下には感謝しております」


 ミレイナは感情を押し殺して淡々と答える。


 ──それに、結婚して誰かと幸せそうにしているあなたを見るのは辛いのです。


 決して口にすることはできない思いを、ミレイナは心の中でジェラールに告げる。


「──ラングール国に残る気持ちは?」

「ありません」


 ジェラールはしばらく絶句して、呆然とミレイナを見下ろしていた。

 青空のようなスカイブルーの瞳は、ひどく傷ついたように揺れている。


「…………。お前が本気で帰りたいというならば、俺にそれを止めることはできない」


 それはミレイナに言っているというよりも、自分自身に言い聞かせているかのように聞こえた。


(なんでそんな顔をするの?)


 ミレイナは胸の前で、ぎゅっと手を握る。


 自分はなにか重大な間違いを犯したのではないだろうか。

 そんな気がしたけれど、引き返す勇気がなかった。

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