8.ミレイナ、魔獣係を解雇される(2)
◇ ◇ ◇
魔獣舎に戻ると、リンダが魔獣の相手をしてやっていた。ミレイナが戻ってきたことに気付くと、笑顔を向ける。
「お帰り、ミレイナ。なんの用事だったの?」
「行政区の侍女役になれって」
「えー! すごいじゃない!」
リンダはぱあっと表情を明るくする。
ミレイナはそれを見て、きっとこれが普通の反応なのだろうなと思った。無理に笑おうとするけれど、笑顔が引き攣ってしまった。
リンダはそれを、敏感に感じ取ったようだ。
「ミレイナ、もしかして嫌なの?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど……」
言葉に詰まってしまい、ミレイナは俯いた。
「わかった。この子達が心配なんでしょ? 大丈夫、私がちゃんと世話するから。それに、ミレイナが抜けたら誰か別の人が魔獣係になるはずだから、一緒に頑張るよ。ミレイナはたまに遊びにきて」
「……うん、ありがとう」
これ以上、心配かけさせるわけにはいかないと、ミレイナは無理やりに笑顔を作って見せる。
リンダはホッとしたように微笑むと「よしっ!」と立ち上がった。
「今日は舞踏会だよ。そろそろ参加者がみんなダンスホールに集まっているはずだから、こっそり見に行こうよ」
「え? 行けるの?」
ミレイナは驚いて聞き返す。
「中に混じるのは無理だよ。でも、庭園からこっそり眺めるくらいなら大丈夫。私がとっておきの場所を教えてあげるから行こ」
「うん」
リンダはミレイナの手を引いて歩き出す。
そうして辿り着いたのは、王宮の庭園にある大きな木の上だった。幹が横にせり出しているので、高い位置に座って眺めるのにちょうどいい。
「わあ、すごい……!」
ミレイナはその木の上から見える光景に、感嘆の声を上げた。
既に辺りは夜の帳が下り始め、シャンデリアの光に明るく照らされたダンスホールは外からよく見えた。
大きな部屋の白い柱は上下に飾りの彫刻が施され、壁には何かの壁画が描かれているように見える。高い天井からは大きなシャンデリアがぶら下がり、虹色の光を放っていた。
風に乗って、微かに漏れるオーケストラの演奏が聞こえてくる。
「あ、あれジェラール陛下じゃない? ほら、右の奥。赤いマントをしているわ。やっぱり素敵ね」
リンダが興奮したように声を上げて指をさす。ミレイナは視線だけを右側に移動させる。
そこには、確かに赤いマントを身につけた長身の男性がいた。シャンデリアの光を浴びて青みがかった銀色の髪が、煌めいている。
「本当だわ」
ミレイナはジェラールの姿を見つけて、笑みを零す。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
ジェラールの周りには、多くの女性が集まって笑顔を見せていた。ジェラールの表情はここからではよく見えないが、その女性達の話し相手をしているように見える。
その中には、時々ジェラールの執務室で見かけるメイド──レイラの姿もあった。
今日はメイド服ではなく豪華なドレスを着ており、愛らしい笑みをジェラールに向けている。
(みんな、綺麗だな……)
ミレイナは自分の姿を見下ろした。
魔獣係として一日作業していたせいで、赤茶色のケープと黒いワンピースはところどころが泥で汚れている。さらに、木に登るときに付いたのか、至る所に木くずのような細かい汚れが散らばっていた。
あの華やかな美女達とのあまりの違いに、急激に恥ずかしくなる。
「あれ、レイラ様かしら。あの方、私はあまり好きじゃないけど、やっぱりお綺麗よね。今回の最有力はレイラ様かなぁ。ジェラール陛下の侍女役をずっとされているし」
「最有力って?」
「レイラ様ってジェラール陛下付きの侍女でしょ? ジェラール陛下付きになれる貴族令嬢は皇帝陛下の花嫁候補なんだよ」
「そうなの?」
初めて知る事実に、ミレイナは呆然としてリンダを見返す。
「え? ミレイナ、知らなかったの? 今回の舞踏会はジェラール陛下の花嫁選びを兼ねているんだよ。でもね、ジェラール陛下以外にもたくさん、有力貴族のご子息が参加しているでしょ? だから、すごくたくさんロマンスが生まれるんだよ! 誰と誰が恋に落ちるのか、想像するだけで楽しみだねー」
恋愛話が大好きなリンダがはしゃいだような声を上げるのが、まるで別の世界の言葉のように聞こえた。
(花嫁候補?)
確かに、ジェラールは竜王なのだからそれなりの家格のご令嬢を妻に迎えるのだろう。
そんなことはわかりきったことなのに、思った以上にショックを受ける自分がいる。
胸にズキリと痛みが走り、ミレイナは胸を押さえる。すると、メイド服の下にしまったカメオのペンダントトップの硬い感触に触れた。
これを付けてくれたときの、ジェラールの優しい眼差しが脳裏に甦る。
(私、きっとジェラール陛下のことが好きなのだわ)
出会いは最悪だった。
死にかけたところで気が付いたら隣国に連れ去られており、『太らせて食べる』と言われたのだから。
けれど、色々な部分を知るにつれて彼が本当は優しい人で、竜王としての威厳を保つために時々見栄を張ったりする可愛い部分もある人だということを知っている。
そして、誰よりも国を思っており凜々しい人であることも──。
ミレイナはもう一度、舞踏会の会場へと目を向ける。ジェラールはミレイナの知らないご令嬢の手を取り、ダンスホールの中央へと向かうところだった。
ご令嬢は、嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべて頬を赤らめている。
それは、端から見るととても素敵な組み合わせに見えた。
凜々しい竜王陛下と美しいお姫様。物語で読んだ通りだ。
(あんな人を好きになるなんて、私ってばかだな……)
大声で叫べば気付いてもらえそうな距離。
きっと、ジェラールはミレイナが木から下りられないと言えば助けてくれるだろう。
だけど──。
煌びやかな世界の中心に立つジェラールが、とても遠い存在なのだと知らしめられた。
ミレイナは服の上からカメオを握る手の力をそっと緩めると、舞踏会会場から目を逸らした。
茜色に染まっていた王宮の外壁が徐々に夕闇に沈み込む。もうすぐ夜が来る。




