7.ミレイナ、迷子捜しをする(8)
押しているトレーには色とりどりのスイーツが載っている。テーブルに用意されたそれのひとつを、レイラよりも先にジェラールがひょいっと取る。
ジェラールはミレイナに持っていた皿を差し出した。
「食べろ」
ミレイナは驚いた。皇帝陛下にこんなことをさせるなんて、不敬極まりない。
横に立っていたレイラも驚いた様子でこちらを凝視している。
「じ、自分でできますっ」
「もう用意してしまった。先日の褒美の一環だ。食べろ」
「褒美の一環?」
ミレイナは自分の前に置かれた皿を見る。
繊細な絵付けがされ、周囲に金箔が施された美しい皿の上には、一切れのケーキが載っていた。
褒美の一環と言われてしまうと断る理由もない。
再度食べるように促され、ミレイナはフォークでそれをカットすると恐る恐るそれを口に入れた。
「んんっ! お、美味しい!!」
ミレイナは思わず口に手を当てた。
なんだこのケーキは!
しっとりとしていながら、舌に載せるとふんわりと柔らかい。噛むと、独特の甘さが口の中に広がる。これは、もしかして──。
「キャロットケーキですか?」
「そうだ。ラングール人参が好きと聞いて、作らせた。気に入ったか?」
「はい! すごく美味しいです!」
ミレイナは目を輝かせてコクコクと頷く。
「こっちのクッキーも人参を入れてあるんだ」
「え、本当に?」
もぐもぐと口を動かしながら目をキラキラさせるミレイナを、ジェラールは一見すると無表情に眺めている。
しかし、よく見るとほんの少し口角が上がっており、普段は鋭い目元が柔らかだ。
(なんか、嬉しそう……?)
ララに餌やりをするとき、ジェラールはよくこんな表情をしていた。期せずして当時のことを思い出して、頬が紅潮してしまう。
ジェラールが紅茶を飲み干すと、隅に控えていたレイラがカップに紅茶を足す。ジェラールはレイラに「もう下がってよい」と命じた。
今日も去り際にジェラールから見えない角度で憎々しげに睨まれ、ミレイナは苦笑する。
(きっと、明日あたり色々と言われちゃうんだろうなー)
考えるだけでも憂鬱になる。
まあ、気にしなければいいだけなのだけど。
ジェラールはそんなミレイナの苦笑いに気付くことなく、さっと立ち上がった。
「今日は、これを渡そうと思ってな」
ジェラールは立ち上がって、サイドボードの引き出しから何かを取り出した。差し出された手の上には、太さの違う金のチェーンが数本載っている。
「あ。これはもしかして、先日の褒美の品としてお願いしたものですか?」
ミレイナはそれを見てすぐにピンときた。太い金のチェーンの中央にドラゴンの紋章。今、ゴーランが首からぶら下げているものと一緒だ。
「ありがとうございます。あの子達も喜びます」
ミレイナはそれを受け取り、表情を綻ばせた。
保護施設にいる四匹の魔獣達は、唯一触れあう機会がある大人の魔獣であるゴーランに憧れている部分がある。同じ首飾りをつけてやったら、さぞかし喜ぶことだろう。
「あの魔獣達だが、俺の側近達にそれぞれ従獣として授けようと思う。今回のようなことがあったときに、ゴーランがいないと探せないのでは都合が悪いからな」
「本当ですか? それはいい考えです。あの子達はゴーランに憧れていますから、喜びますわ。ラトも木登りが上手で、きっと役に立つと思います」
ミレイナは笑顔で頷く。
まだ保護して間もなく親元に帰してやることが可能な場合や、大人の魔獣の場合は元の場所に返してやることができる。
けれど、シェットを始めとするあの四匹の魔獣達は赤ん坊の頃に親を亡くして保護されており、自然の中で生きる術を知らない。最後まで面倒を見てやるほうがいい。
ミレイナがにこにことしていると、ジェラールは口角を上げて立ち上がる。そして、もう一度先ほどのサイドボードの引き出しを開けると、何かを取り出した。
「これは、ミレイナに」
ミレイナはジェラールの手のひらを覗き込む。
大きな手の上には、先ほどと同じように金のチェーンとペンダントトップが載っていた。
ただ、チェーンの細さが全く違う。
これは普通のネックレスの細さだった。
ペンダントトップはカメオになっており、水色の背景に白でドラゴンが浮き出るように彫刻されている。
「え? こんなに高そうなもの、いただけません」
ミレイナは驚いて首を振った。
明らかに、ミレイナが手にしていいような品には見えなかったのだ。
「俺に恥を掻かせるな。褒美の品は受け取りを拒否されたら捨てるだけだ」
そんな言い方をされると、断れなくなってしまう。
シュンと眉尻を下げると、沈黙を受け取る了承だと受け取ったジェラールが、立ち上がる。そして、ミレイナの背後へと回った。
「つけてやる」
「え?」
「早くしろ」
促されてミレイナはカメオペンダントをジェラールに手渡す。首に掛かる髪の毛がそっとよけられて、大きな手が前に回される。
後ろで何かをする気配がした。吐息がかかりそうな距離感に、ミレイナは心臓の高鳴りを押さえようと胸に手を当てて俯く。
(耳が赤くなってるの、気付かれないといいな)
首周りに少しの重量を感じると共に、ジェラールが離れるのを感じた。
ソファーを回って元の位置まで戻ったジェラールが正面からまじまじとミレイナを見つめる。
「ああ。思った通り似合っているな」
心底嬉しそうに相好を崩したジェラールを見て、ミレイナはまた頬を染める。
これは、クレッグを助けたことに対するただの褒美の品だ。
ジェラールは与えた褒美の品が間違いなかったことに満足して喜んでいるだけ。
なのに、なんだか自分がジェラールの特別な人になったような錯覚を覚えて、胸が高鳴るのを止めることができなかった。
「決して手放すな。お前がこの先、何かの危機に見舞われたとき、守ってくれるだろう」
ジェラールはそう言うと、もう一度満足げにミレイナを見つめて目元を和らげた。