7.ミレイナ、迷子捜しをする(6)
◇ ◇ ◇
魔獣達の食事の準備をしていると、にわかに外が騒がしくなった。
ミレイナは作業している手を止めて、ひょこりと外の様子を見る。案の定、そこにはクレッグとゴーランを連れたジェラールがいた。
「ミレイナ!」
クレッグが顔を出したミレイナを見つけて、顔を明るく紅潮させる。
「いらっしゃいませ、クレッグ様。ジェラール陛下」
ミレイナは笑顔でぺこりとお辞儀をする。
クレッグはミレイナの返事が終わる前に魔獣達のほうへ走り寄っていった。その後ろから、ジェラールが入ってくる。
「ああ、ご苦労」
ジェラールが小さく答える。
素っ気ない返事だが、無視せずにしっかりと返してくれるのだから律儀なものだ。
クレッグは足下に寄ってくる魔獣達を一通り撫でてから、ミレイナのほうに走り寄ってきた。
「ミレイナ、何をしていたの?」
「食事の準備です。クレッグ様もされますか?」
「うん、する!」
クレッグが嬉しそうに返事する。ミレイナは隣にいたジェラールにも目を向けた。
「陛下もなさいますか?」
「ああ、やろうかな……」
そう言って頷いたジェラールを見て、ミレイナは相好を崩した。
クレッグを探し出した一件以降、ジェラールはクレッグを伴って頻繁に魔獣舎を訪れるようになった。
忙しい身なので時間は短いことが多いが、そういうとき、ジェラールはクレッグと共に積極的にミレイナの手伝いをしてくれる。
最初は皇帝陛下にこんなことをさせる訳にはいかないと頑なに断っていたミレイナだが、何回か繰り返すにつれてジェラールは本当に自分の意志でやりたいのだと悟った。
餌やりを頼んだときなど魔獣達が食べる姿を飽きることなく嬉しそうに眺めており、本当に動物──正確に言うと魔獣だが──が好きなのだとわかる。
ちなみに、リンダは初めて魔獣舎でジェラール達に遭遇したとき、驚きすぎて腰を抜かしていた。
ミレイナはジェラールを窺い見る。
今日も、飽きることなく魔獣達のことを見つめていた。
「よく食べていますね。きっと、クレッグ様や陛下からご飯をもらったのが嬉しかったんですね」
ジェラールは少しだけ口の端を上げる。
そして、少し考えるように宙に視線を彷徨わせた。
「ララも肉を食べるかな?」
「ウサギは肉を食べません。好物は野菜です」
「ラングール人参とか?」
「そうですね。きっと、今頃どこかで食べています」
先日、クレッグを助けた褒美としてミレイナはラングール人参を五本ももらった。さらに、「もっとほしかったらいくらでもやる」というありがたい言葉まで!
毎日おやつに摘んでいる。
ミレイナが笑顔で頷くと、ジェラールはこちらを見つめる目を細める。
その優しい眼差しに、ミレイナは戸惑って視線を逸らせた。
(この人は、私がララですって伝えたらどんな反応を示すのかしら?)
そんなことを考えて、ミレイナは慌ててその考えを頭から追い出した。
最近、ジェラールが未だにララのことを気にしてくれていることに対して、嬉しい反面申し訳ない気持ちが強くなっている。
獣人は元々、アリスタ国の奴隷階級だった。『半分動物の気味が悪い民族』というのが獣人に対する世間の評価だ。だからこそ、ミレイナも親しい人以外には自身が獣人であることを隠して生きている。
(言えるわけがないわよね……)
でも──。
ただ、一度でいいからあのときのような優しい眼差しで「ミレイナ」と本当の名前を呼んでくれたなら。
そんなことを思ってしまい、ミレイナは小さく首を振る。
「ミレイナ、遊ぼう!」
「あ、はーい」
クレッグの掛け声に、ミレイナは慌てて立ち上がって笑顔を見せる。
色々と考えすぎて、遠くから自分のことを忌々しげに見ている視線があることには気が付かなかった。