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7.ミレイナ、迷子捜しをする(5)

「褒美は何がほしい?」

「褒美?」

「ああ、そうだ。クレッグを助けた褒美に何がほしい?」


 褒美など貰えると思っていなかったので、ミレイナは戸惑った。

 こういうときは何をお願いすればいいのかと考えるけれど、ちっとも思い浮かばない。


 そのとき、ふとジェラールの足下に座るゴーランの姿が目に入った。モフモフの毛並みに、金色のチェーンペンダントが光っているのが見える。


(そうだわ!)


 ミレイナはいいことを思いついてぱっと表情を明るくした。


「この子達に、首飾りがほしいです。ゴーランが付けているようなおしゃれなものを」

「魔獣達に? お前は何か望むものはないのか?」


 ジェラールに怪訝な表情をされて、ミレイナはむうっと考え込む。改めてそう聞かれると、なかなかほしいものが思いつかない。


(あ、そういえば!)


「陛下の食べているのと同じ人参がほしいです。ラングール人参!」


 ジェラールがララに与えていたラングール人参は、元々美味なラングール人参の中でも抜きん出て絶品だった。

 ミレイナは人間の姿で働き始めてから何度か賄いご飯に入っていたラングール人参を食べた。しかし、あれほどの味のものには未だかつて出会えていない。きっと、国中のラングール人参の中でも特に上質なものを用意しているに違いない。


「……ラングール人参だと?」

「はい!」


 予想外の品を告げられ、ジェラールは唖然としてミレイナを見返す。


「それをどうするんだ?」

「どうするって、もちろん食べますけど?」

「…………。好物なのか?」

「大・大・大好きです!」


 力強く頷いたミレイナをジェラールは呆気にとられたように見つめていたが、耐えきれない様子で肩を揺らして笑い出した。


「あの……?」


 ミレイナはもしかしておかしなことを言ってしまったのだろうかと、不安になってジェラールを見つめる。ジェラールは未だにくくっと笑っていたが、顔を上げてミレイナを見つめた。


「わかった。所望のものは早急に用意して届けよう」


 その眼差しがとても優しい気がして、ミレイナは急激に頬が赤らむのを感じた。



 ◇ ◇ ◇



 執務室に戻ったジェラールは、ドサリとソファーに腰を下ろした。


 朝からアリスタ国との国境沿いの地方都市に行き、戻ってきたと思ったらすぐにクレッグを探しに出かけたので今の今までずっと気を張ったままだった。


 すぐにドアをノックする音がして、侍女役のメイドが飲み物と軽食を運んでくる。時々見かける娘だ。


「陛下、どうぞ」

「ああ、ご苦労」


 いつまで経っても出ていこうとしないメイドを不審に思ったジェラールが視線を向けると、メイドは何か言いたげにこちらを見つめている。


「何か用か?」

「今度の舞踏会、わたくしも参加するのです」

「それはご苦労なことだ」


 ジェラールは素っ気なく答える。

 メイドはそれ以上ジェラールが話す気がなさそうだと悟ると、ぺこりとお辞儀をして部屋を辞した。


(あのメイドは、そろそろ交代だな……)


 今度の舞踏会とは、結婚しないジェラールを心配したラルフが勝手に企画した会だ。ラングール国内の未婚の貴族令嬢がほぼ満遍なく呼ばれているという。


「頼んでもいないのに、余計なことを」


 ジェラールは忌々しげに舌打ちする。


  竜王という立場上、いつか伴侶を持ち世継ぎをもうける必要があることはわかっている。

 ただ、ここ数年の度重なる色仕掛けにはもううんざりだ。


 ジェラールに言い寄ったメイドが次々に交代になってからはあからさまなものはなくなったが、未だに熱のこもった眼差しを向けてくる者が後を絶たない。

 しかも、なぜか自分付きの侍女役は有力な妃候補とされているらしいからたちが悪い。きっと、ジェラールの母親が元々父である前竜王の侍女役を務める貴族令嬢だったからそういう噂が立ったのだろうが、完全な間違いだ。


 はあっとため息を吐くと、心配そうにゴーランが寄ってきてペロリとジェラールの手を舐める。頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。


 ──魔獣や動物を愛でると、心が癒やされます。いつでも、遊びにきてくださいね。この子達は、陛下がお優しいと知っているからこんなに懐いているのですよ。


 ふと、以前ミレイナと喋っていたときに言われた台詞が脳裏に甦る。もふもふが好きだと知られるのは竜王としての威厳が削がれる気がしてなんとなく周りには秘密にしている。

 けれど、ミレイナは恐らくそれに気付いていて、しかも嬉しそうだった。


「しかし、褒美に人参がほしいとは、変わったリクエストだ」


 てっきり、宝石がほしいとか、ドレスがほしいとか、そんなことを言われると思っていた。しかし、ミレイナが所望したのは魔獣の首飾りとラングール人参。どちらも予想外だ。


「ラングール人参が好きとは、まるでララのようだな」


 美味しそうにラングール人参を頬張っていたララのことが思い出されて、ジェラールは人知れず表情を緩める。そして、今日一瞬だけ見たあの光景がまた脳裏に甦った。

 ミレイナの側頭部のあたり、黄金色の髪の毛の合間から、ぴょっこりとうさぎのような耳が生えていた。


「ララが人間に変身しているとでも?」


 ジェラールは自分の頭に浮かんだおかしな考えを否定するように、首を振る。そんな馬鹿なことが、あり得る筈がない。


 けれど──。


 あの日、ゴーランにララを探させたら結果的にミレイナが見つかった。その後も何度か試したが、最終的に辿り着くのは必ずミレイナがいる場所だった。


(これは本当に偶然か?)


 ジェラールはまた浮かんできたおかしな想像が頭を離れず、額に手を当てた。

 執務机に置かれたガラスケースの中に、先日ミレイナにもらったナツメヤシの残りが入っているのが目に入る。


 ──陛下はナツメヤシがお好きでしょう?


 そう言って渡されたとき、確かな違和感を覚えた。


(なぜ、これが俺の好物だと知っていたんだ?)


 ナツメヤシが好きだと誰かに打ち明けたことはない。だが、ララの前ではこれをよく食べていた気がする。


 あまりにも重なりすぎた偶然に、ジェラールはひとり深い思考に沈み込んだ。

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