7.ミレイナ、迷子捜しをする(2)
探すと言われても誰を?
それに、お兄様とは誰だろう?
なんのことだか、一向に話が見えない。
慌てた様子のラルフが横からその女性を止めるように腕を伸ばす。
「セシリア様、この者は軍人でも竜人でもありません。クレッグ様を探せないでしょう」
「お黙りなさい、ラルフ。今は他に頼る人がいないのです」
セシリアと呼ばれた女性はラルフをビシャリと叱ると、ミレイナの両手を握り、真っ直ぐに見つめてきた。その空を思わせる水色の瞳に、なぜか既視感を覚える。
「お願い。私の息子を探して。今朝から行方不明なの。魔獣の森に行った形跡があるから、アリスタ国の密猟者に撃たれたのかもしれないわ」
「アリスタ国の密猟者?」
ミレイナは眉を寄せる。なぜアリスタ国の人間がラングール国まで密猟に来て、かつ竜人の子供を撃たねばならないのか。
「そうよ! 魔力を奪うためだわ」
そう言うと、セシリアは再びさめざめと泣き出した。
両手で顔を覆う、セシリアの後頭部を見つめながらミレイナは状況を把握しようと頭に手を当てる。
「えーっと、お嬢様──」
「セシリアよ」
「セシリア様の息子さんが今朝から行方不明で、どうやら魔獣の森に入った形跡がある。だから、探してほしいということですか?」
「そうよ。あなたはフェンリルを連れていたから、探せるでしょう?」
フェンリルを連れているから探せるという理論には無理がある。
確かにミレイナとフェンリル達とは時々探し物ごっこをして遊んでいるが、あくまでも遊びの延長であり、前世でいう警察犬のようにきちんと訓練しているわけではない。
けれど、ミレイナはさめざめと泣くこの女性をなんとなく放っておくことができなかった。
「わかりました」
ミレイナは頷く。
「探せるかはわかりませんが、努力しましょう。──何か、息子さんの匂いが付いた小物はないですか? 洋服とか、帽子とか……」
「ハンカチでもいいかしら?」
「はい、十分です。少しだけお借りします。あと、息子さんの名前と見た目の特徴を──」
「名前はクレッグよ。今、三歳なの。見た目の特徴は──」
ミレイナは一通りの話を聞くとセシリアからハンカチを受け取り、すぐに魔獣舎へと戻った。
[みんな! もう一度ゲームしましょう!]
[え? 本当? やるやる!]
ミレイナの掛け声に、シェットがまず最初に飛び出してきた。ラトも乗り気なのか、高い場所にある寝床から駆け下りてきた。
[今日はいつもとルールが違うわよ? このハンカチの持ち主の男の子──クレッグ君を探すの。場所は、魔獣の森全体です]
[なんだか面白そう!]
シェットとエミーナが叫ぶ。
[えー、そんなに広くて見つかるかなぁ?]
イレーコは自信なさげに尻尾を下ろす。
[とにかく、行くわよ!]
ミレイナはそう言うと、早速動物たちを連れて魔獣の森へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
そうして辿り着いた魔獣の森で、ミレイナは動物達のあとをついて行く。
三匹のフェンリルは時々立ち止まっては鼻をひくひくとさせ、ああでもないこうでもないと言いながら匂いを辿っていた。
[この辺りの匂いが強いような気がするわ]
[うん、そうだね。でも、ここで匂いが消えてるよ]
一時間ほどして三匹が立ち止まった場所は、魔獣の森をだいぶ奥深くまで進んだ場所だった。
ミレイナは周囲を見渡す。周囲には鬱蒼と木々が生え、日の光はあまり当たらない。耳を澄ますと木々の葉が風に揺れる音、鳥たちの囀り、それに混じるのは風を切るような羽ばたく音……。
「この音は……」
ミレイナは頭上を見上げる。木々の葉の隙間から見える青空を、大きな竜が飛んでいるのが見えた。
「きっと、クレッグ君を探しているのね」
これだけ木が茂っていると、上空から地上にいる子供を探すことはかなり難しいだろう。逆を言えば、ミレイナ達から周囲を見渡すことも困難だ。
[どうにかして、周囲の状況を掴めないかしら?]
ミレイナの呟きに、トコトコと後ろを付いてきていたラトがピンと耳を立てる。
[なら、私が木の上に行って周囲を見てきてあげる]
[本当? ありがとう!]
ラトはすぐにするすると木を登り始める。そして、あっという間にミレイナ達が見えないくらい上までいってしまった。
待つこと数分、ラトはするすると器用に木を下りてくる。
[周囲には山と森しか見えないわね。ちょうど上にいた鳥さんに話を聞いたんだけど、それらしき竜人の子供が竜化してあっちの方に飛んでいくのを見たって。飛ぶのが下手くそで、高度も低いし今にも落ちそうになりながら飛んでたらしいわよ]
[本当? あっちの方って?]
[うーん。特に珍しい景色はなかったんだけど、崖が見えて、その上にドラゴンが何匹か群れているのが見えたわ]
[ドラゴンが……]
ミレイナはじっと考える。もし、自分が探している子供の立場だったとして、迷子になったとしたらどうするだろう?
[王宮は見えた?]
[見えなかったわ]
自力で帰ろうと空からまずは王宮を探すのが普通だ。
そして、もしそれが見えなかったら?
[もしかして……]
普通であれば、誰か自分を保護して一緒に帰る道を探してくれるような大人を探すはずだ。そして、迷子になった子供は竜人。崖の上にいるというドラゴン達を竜人の大人だと思い込んでそちらに向かったのではないだろうか。
(ここで匂いが途絶えているのは、きっと空を飛んでいったせいだわ)
なんとかしてその崖のほうに行かなければ。ミレイナはキュッと唇を引き結ぶ。
[みんな、その崖のほうに行きましょう。ラト、案内して!]
[うん、任せて]
ラトはトタトタと森の落ち葉の上を走り抜ける。
ミレイナは息を切らせながら、その後ろを追いかけた。




