6.ミレイナ、露天市にいく(3)
「では、中へどうぞ。ここから眺めるだけでは私の仕事ぶりはわからないでしょう?」
ミレイナが誘うと、ジェラールは瞳を瞬かせ、「うむ、それもそうだな……」とブツブツ呟いている。
本当に素直じゃない。
ミレイナが獣舎の扉を開けて中に入ると、中にいる動物たちが一斉に寄ってきた。
今は人型なので言葉は通じないが、[どこにいってきたの?][なにをしてきたの?]と言っているに違いない。
「餌をあげるなら、このお皿に入れてあげてください。あ、ラトのものはこっちで」
ミレイナが新しい皿を差し出すと、ジェラールは素直に持っていた餌類をその皿の中に入れる。ご丁寧にラトのための木の実まであった。こんなに準備万端で、たまたま通り掛かっただなんて、やっぱりあり得ない。
「動物には、癒やされますよね。柔らかな毛並みに触れていると、心が和みます。もふもふ効果です!」
ミレイナが笑顔を向けても、ジェラールは答えない。けれど、その腕にはラトをしっかりと乗せて撫でていたので、肯定ととっていいだろう。
ララのことも可愛がっていたし、ジェラールはきっと元々動物が好きな人に違いない。
しかし、ラングール国はミレイナの知る限り動物や魔獣を愛玩動物として可愛がる習慣はなさそうだ。
ジェラールはもふもふ好きを周囲に明かすのが恥ずかしい、もしくは竜王としての威厳が傷つくとでも思っていて、ララのことも「太らせて食べる」と言っていたのだと、今となってはなんとなく想像が付く。
「今日は──」
ラトを抱いて木の実を食べる様子を眺めていたジェラールが、ミレイナのほうを見る。
「随分と遅いのだな」
この発言は裏を返せば、いつもこの時間にミレイナがいないことを知っているということだ。ミレイナが想像する以上に、ジェラールはここに来ているのかもしれない。
「はい。友人に誘われて、初めて城下の露天市に行って参りました」
ミレイナは笑顔で頷いた。
「そうか。城下は楽しかったか?」
「ええ、とても。色んなお店がありました。お花屋さんにパン屋さん、小物屋さん、食器屋さんも見たかしら。あとは──」
ミレイナは先ほどリンダと訪れた場所をひとつひとつ想像しながら、夢中で喋る。そして、だいぶ喋ってからハッとした。
「申し訳ありません。ひとりで喋りすぎました」
「よい、俺が聞いたんだ。城下が栄え、民が楽しんでいることはよいことだ」
形のよい唇の口角が少しだけ上がり、普段は鋭い目元が和らぐ。
その表情を見たとき、胸がトクンと跳ねるのを感じた。ミレイナは赤らんだ頬を隠すように、ジェラールから顔を逸らす。そして、肝心なことに気付いた。
「そうだわ。これを陛下に」
ミレイナは鞄から今日買ったナツメヤシの袋のひとつを取り出した。
「なんだこれは?」
ジェラールは紙袋を受け取り、怪訝な顔をする。
「陛下への、城下のお土産です」
「土産?」
ジェラールにその紙袋をずいっと押しつけると、ミレイナはにこりと微笑んだ。
「陛下はナツメヤシがお好きでしょう?」
「なんだと?」
ジェラールが眉を寄せて怪訝な顔をしたが、ミレイナはそれに気付くことなくフェンリル達が遊ぶ様子を眺める。
「そういえば、竜が飛んでいるのを見ました。とても大きな竜です」
「……俺は見ていないからなんとも言えないが、竜化した竜人か、本物のドラゴンのどちらかだろうな。いずれにせよ、この国では珍しい光景ではない」
「はい。友人もそう申しておりました」
ふと脳裏にいつか見た白銀の美しい竜が脳裏に甦る。ちらりとジェラールを窺い見ると、美しい水色の瞳と目が合った。
(この人もいつか、誰かを乗せたりするのかしら?)
そんなことを考えたら、なぜか胸がチクリと痛んだ。
「陛下」
「なんだ?」
「またいつでも、私の働きぶりを確認にきてくださいね」
予想外のお誘いだったのか、ジェラールは驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにふっと表情を和らげる。
「そうだな」
すっかりと暗くなった空にはいつの間にか星が瞬き、月光が優しく二人を照らしていた。




